【聖夜祭】星降る野で一夜を

■ショートシナリオ


担当:外村賊

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月27日〜01月01日

リプレイ公開日:2005年01月05日

●オープニング

 ドラゴン、ドラゴン、ドラゴンドラゴンドラゴン。
「何だったんだろーなぁ、一体」
「‥‥また報告書勝手に持ち出す」
 いつも慌しい冒険者ギルドが、ふっと静まり返る夜間業務の一瞬。ドラゴン襲撃関係の報告書の一つを受付で眺めていた係員を、今日成立した依頼書を抱えてきたもう一人が嗜める。
「だってよー。こんな事ギルド始まって以来だぜ? しかもドラゴン! ジャパン語でリュー! 気になって当たり前じゃねーか」
「それと報告書を無断で持ち出す事とは関係がない。すぐに返して来い」
「‥‥この事務的男め」
「それが仕事だ、文句があるか?」
「ちくしょー、そんなんじゃ彼女できねーぞー」
 受付で負け惜しみのような台詞を吐く同僚を尻目に、もう一人はてきぱきと動き、依頼を掲示板に貼り付けていく。
「でもこんだけの事があったってのに、領主サマは何もしねぇな。いつもならこーいう血生臭いコトにゃ、すぐ動くってのに」
「エイリークは今遠征中だろう。‥‥少々、予定より帰還が遅れているようだが」
「あぁ。そういやそうだったか? へへ、じゃあ奴が帰ってくりゃ、その内こっちにも何かデカイ依頼が舞い込んでくるかもな‥‥いいなぁ、そんな大冒険に出られる奴はよぉ」
「無駄口を叩くな。さっさと返して来い」
「‥‥ちっ、お前さえいなけりゃ、家でじっくり読み込めたのに」
「何か言ったか?」
「べ、つ、にー!」
 話題を逸らして報告書の事をうやむやにする作戦は失敗したようだ。しぶしぶ係員は椅子から立つと、ひらりとカウンターを飛び越える。しかしそのまま素直に持って行くのも癪だ――同僚の隙さえ窺えば、持ち出すことも可能ではないかと考え、そっと背後を振り返る。
 相変わらずてきぱきと事務仕事をこなしている光景を予測していたが、彼が目撃したのは何やら掲示板を凝視しているらしい静止した同僚の背中。
 抜き足差し足近づいて、そっと覗き込むと、見えたのは掲示板の目立たない所に張られた小さな紙。

『雪降るかの野のいかに美しきか 星降るかの野のいかに神々しきか
 誠にあれなるは人の住まいし場所か 主は私にこれを詩にせよとお命じになった
 しかし、ああ、何たることか! 私にはあの野に捧げる聖文など思い浮かばない!
 直に見よ、旅人よ、惜しむことなく足を動かし 詩人を詩人でなくす地を眺めたまえ!

 H.N』

「んだぁ? この落書き。どこのヘボバードだ?」
 詩とも散文とも付かない文句の後に、星降る野への行き方が細々と記されてあった。いずれにしろ、依頼には全く関係ないものだ。生真面目な同僚ならば有無を言わず剥ぎ取るだろう物だが。
 今のところ、彼はじっとそれを眺めているだけだ。
「‥‥ジャンヌと行ってみようかな」
「って、お前彼女いんのか!?」
「な、いつからそこに!?」
 駆け込み依頼のない平和な今日のギルド。二人の居るだ居ないだと騒声だけがギルドに響いていた。

 そんなやり取りを知るべくもなく――明くる日あなたは掲示板の隅の落書きを見つけた。貴方の後ろで、ミスを犯したのか係員がこっぴどく叱られている。
 なんでも、報告書を勝手に持ち出した挙句ほったらかして帰ったとか。

●今回の参加者

 ea2229 エレア・ファレノア(31歳・♀・ジプシー・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea4035 星 不埒(32歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4746 ジャック・ファンダネリ(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea5215 ベガ・カルブアラクラブ(24歳・♂・レンジャー・人間・エジプト)
 ea5779 エリア・スチール(19歳・♀・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea6392 ディノ・ストラーダ(27歳・♂・レンジャー・人間・神聖ローマ帝国)

●リプレイ本文

 こぉぉ、こぉぉ。
 雪降りの日には空が鳴く。
 獣の遠吠えの様な、遠くで叩く太鼓の残響のような。
 灰色の空から白い雪が空から降って、屋根に、窓の桟に、外に放った樽に。
 舗装のなっていない道路に往々突き出た石もそのままに、一色に染まっている。その上に落ちた足跡はない。
 どこにでもある小さな街だった。聖なるその日を人々は、家の中の暖かい暖炉の前で安らかに過ごしている。
 響くのは薄い光を漏らす空の音。時折、子供のはしゃぐ無邪気な声。聖夜の贈り物が、サンタから届いたのだろうか。
 狭い路地を歩きながらそんな想像をして――ジャック・ファンダネリ(ea4746)は一人、表情を綻ばせた。母親がたっぷりと干し果を入れたパウンドケーキをこしらえて、子供がその甘い匂いの周りを走り回る。父親は彼らを幸せそうに眺めて。
(「っと、確かこの辺だったような‥‥」)
 本来の目的を思い出して、周囲を見渡すジャックの耳に、賑やかな笑い声が飛び込んできた。
「もうっ、待ってくださいよぅ、ディノさぁん!」
「はっはっは、こっちこっち!」
 降り続く雪の中、道の雪を散らし走る、一組の男女。ディノ・ストラーダ(ea6392)と、エリア・スチール(ea5779)。二人とも息を弾ませ、顔をほてらせている。
 町の目抜き通り、とは言っても、荷馬車が通れば人は脇道に引っ込まなければならないような広さだ。ディノは馬車も来ないのに急に脇に引っ込んでは飛び出し、転ぶ素振りを見せては猛然と引き離し、エリアを翻弄する。エリアは白い街の中に目立つその赤い衣を懸命に追う。
「今度こそつかまえますぅ!」
「はっはっは‥‥ふぅふぅ‥‥」
「息切れてますよぅ。そろそろ、はぁはぁ、観念してくださぁい!」
 不意に、雪に染まった町に、前を走るディノ以外の『色』が現われた。何気なく視線をやったエリアは、その容姿を見るなり感嘆の声を上げた。
「ディノさん、ディノさぁん! これ凄くカワイイですよぉ!」
 それはブロンズで作られた天使の像だった。ラッパを手に、ちょこんと切り株に腰掛けて休憩している。そんな様子だ。民家の軒に置かれて、頭の上にも切り株にも、今にも吹き鳴らしそうなラッパにも、雪が積もっている。
「裸だと寒いですねぇ?」
 雪を払いのけて、上を見上げる。雑貨屋の看板がやっぱり雪を積もらせている。
「これも売り物なんでしょうかぁ? ねぇディノさん、ちょっと覗いてみてもい‥‥」
 ディノの立っているであろう方に振り向いてエリアは数秒固まった。
 そこにいたのはディノとは似ても似つかない、背の高い見知らぬ青年だった。特徴的な目を白黒させて、慌ててエリアは辺りを見回す。
 雪景色のどこにも、赤い衣が見当たらない。
「また勝手に行っちゃう‥‥ディノさぁ〜ん!」
 エリアは銀の髪をなびかせて、再び駆け出す。おそらくはディノのものであろう、点々と続く足跡を追って。
「‥‥何だったんスかね‥‥?」
 青年、路地から出てきたジャックは首をかしげる。しかしエリアはこちらを振り返ることもなく行ってしまったので、彼女についてこれ以上知ることも出来ない。気を取り直し、雑貨屋へ居直る――が、それは彼にとって残念な結果を知らせた。
「‥‥聖夜祭だもんなぁ」
 雑貨屋の扉には休業の札が掛けられていた。
「ジャックさん」
 背中から掛かった声。声の主は良く知っている相手だったが、それゆえにジャックは心臓が止まるほど驚いた。暖かく、やわらかい羊毛コートが肩に乗る。
「雪の日にそんな薄着のまま出掛けるなんて。風邪を引きますよ?」
「すまない、うっかりしてた」
 そう答えると、エレア・ファレノア(ea2229)は母親のような寛容な微笑を返してきた。
「何か探し物でも?」
「ああ、だったんだけど‥‥うっかりしてた」
 来るべき日の為に、黙って一人で指輪を買おうとしていたことを、まるで見透かされているようで、心苦しい。いい答えが見つからないまま、同じ言葉を繰り返す。
 しかし彼女は、何も言及することなく、宿へ帰ることを提案した。
「芯まで凍えない内に帰りましょう。ご主人が温かいスープを作ってくださってるんですよ」

 その頃ディノは、町の中央の教会前広場で一人立ち尽くしていた。
「エリアまで置いてきたら、どうしようもないじゃないか‥‥」
 見上げた灰色の空はただ、ひらひらと白い片鱗を舞い散らせていた。


 雪の上に、甘い香りを放つローズキャンドルの、オレンジの炎が揺れる。その上で木の碗が、こつり、打ち合わされる。
 乾杯。壊れやすい何かを気にするように、こっそり小声で声を掛け合い、ジャックとエレアはワインを飲んだ。
 雪はやんだものの、灰色の空は日が暮れても変わらなかった。それでも二人は星の降る丘へやってきた。二人の為に気のいい宿の主人は防寒具と敷物を貸してくれた。
 今日これから晴れる根拠はどこにもない。
 しいて言うならば、エレアの微笑が揺るがなかったから。
 ジャックにとっては、それだけで十分だった。
「五ヶ月」
「ええ?」
「出会ってから」
「そう‥‥もっと、長い間一緒にいるみたい」
「まだパリに霧も霜も降りてない時に、悪魔退治の依頼を受けて」
「あの時一人寂しく野営をしてたあなたと、こうしているなんて思わなかったわ」
「その言い方じゃ俺が侘しい一人身みたいじゃないか」
 酒も手伝ってか、二人の話は尽きることがない。共にすごした様々な思い出が、話題に上っては笑いが起こる。
 寄り添う二人の周囲を、ひやりと冬の風が吹きすぎていく。

 エリアは、一人こっそりと宿を抜け出ていした。
 雲の間から差し込む月のわずかな光に雪が反射して、道に迷わぬ明るさを作ってくれている。
「貴方に会うのを 夢に見て
私は海を超え この地にやってきたの
ここに居る私を見つけてね 愛しい貴方」
 知らず、口をついて歌が零れる。
 星のない夜は、どこか寂しく、裏恐ろしい。エリアを置いて急にドレスタットへ旅立っていったディノ、昼間見失ってしまったディノ。今度は彼に自分を探してもらおうと思ったのは、ちょっとした思い付きだった。
 最初はすぐさま自分を見つけてくれるディノの笑顔を想像し、期待と共に待っていた。
 そうしている内に彼女の足は町を出て、丘を登り、もう何分も同じ場所で歩き回っている。
「私はここで歌っているの
貴方は私を見ているの」
 心の中にポツリと沸いた不安が、徐々に、徐々に広がっていく。それを打ち消すかのように、次第にエリアの歌声は大きくなっていった。
「早く私を連れ出して
早く私と言葉を交わして
早く――」
 激しい北風が積もった雪を撒き散らす。息が止まりそうだった。
 凍えたせいではなく。
 風を防いで大きな腕が、彼女を後ろから抱きしめたからだ。
「探した」
 ディノはその時、本当の意味で、やっと自分の気持ちを理解したような気がした。
「勝手に旅立った事は――ごめん。でも、だから分かった。俺にはキミが必要だってことが」
 言葉にしたいことは山ほどあった。しかし、その場ではただもどかしいだけのように感じた。ディノも、エリアも分かっている。
 その選択があまり好ましくない道である事。そして、自分達には抗えず、受け入れるべき、確固たる道である事。
 あの一度きり以外、風はいたずらを控えてただ雲を押し流していく。
「キミの他には、もうなにもいらない」

「何を唱えてるんだ?」
 きょとんとしたジャックに、やはりエレアは微笑んで見せて、組んだ印を彼の元へ向けて呪文を完成させた。
 途端、驚いて目をしばたかせるジャックに、エレアは空を見上げて見せた。
「見上げてみて――ほら」
 今や雲は風に散り散りにされ、隙間から幾百、幾千の光がのぞいていた。光の洪水――テレスコープの望遠眼を手に入れた二人には、眩むほどの光が瞬いている。
 天盤いっぱいに湛えられた光が、流星となって地上に零れ落ちていく。
 しばらくその神秘的な光景に言葉を失っていた二人だったが、やがてジャックが苦笑交じりで呟いた。
「‥‥参ったな、一杯ありすぎてどれに誓えばいいか分からない」
 今度はエレアが首をかしげた。ジャックの悩みはすぐに解決したらしく、次の言葉はいつもの通りに戻っていた。
「この際だ、今見えている全ての星に誓ってやる。エレアを、生涯一人愛し抜くことを」
 自然に流れ出た言葉だったが、エレアにはその決意の大きさがいかほどのものか、痛いほど伝わっていた。
 きっとひどく真剣な顔で言っているのだろうな、と想像する。間近の彼をしっかり見るには、約一分を要する。それは少し滑稽な様に思えた。
 それならば、彼が誓いを立てている星々を、彼と共に眺めていよう。
 それがエレアの決意の表れ。
 種族の違う、幼子を抱えた自分を、限りない優しさで抱いてくれる彼への。
「神への信仰はとっくに捨てている。もし彼らの裁きがあるのなら、会った時に受ける」
 ジャックは手探りでエレアの肩を引き寄せた。されるがままに、エレアは背の高いジャックの肩に頭を乗せた。
「なら、今日だけはジプシーが神に祈りましょう‥‥種族の境なく、共に平等に暮らせる世界を‥‥」


 そこを訪れたのは、奇しくも人間の男とエルフの女。やがて男は女の前で朽ち、女は孤独の悲しみを得るだろう。
 それでも――


 かの人はかの人を愛する。