【聖夜祭】お菓子de聖夜祭を

■ショートシナリオ


担当:外村賊

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:6人

サポート参加人数:3人

冒険期間:12月27日〜01月01日

リプレイ公開日:2005年01月05日

●オープニング

 料理人にとって、祝いの日は勝負の日であり、戦いの日である。
 諸侯貴族が料理を頼む‥‥誰に、どれだけ、どんな物を依頼されるか。それは料理人がこれまで築き上げた実績の証であり、これから後の勲章ともなる。
「で、私の担当はお菓子なんです! お客様のお口を整えて満足させるデザート! しかも砂糖使い放題で!!」
「そうー。良かったわねー」
 少女料理人・シルビは冒険者ギルドの受付で熱っぽく語る。にこにこと話を聞いていた受付のお姉さんはそのままの微笑でこう続けた。
「でー。それでどうしてギルドの受付に立つのかしら? 悪いけどここは困ってるヒトの来る所で、前途洋々のヒトが来る場所じゃないのよー」
 ――どうもお姉さん、聖夜祭もお仕事で気が立っているらしく。しかしそんな事には気づかないシルビは慌ててここにきた理由を話す。
「えと、急ぎでお手伝いできる人をお願いしたいんです。この時期みんなかきいれ時で、人手が足りなくって‥‥報酬は少ないんだけど、でも、お菓子が余ったら残りは食べてOKですよ!」
「ほうほう、なるほどねー。それって、聖夜祭当日?」
 凄くやる気なさげにペンを走らせていたお姉さんの動きが、ふと止まる。
「はい。前の日から当日一日‥‥あの、どうかしました?」
「‥‥良い依頼持ってきたわね‥‥」
 いまやお姉さんは感涙でも流さんばかりの笑みだった。そして今までにないスピードで依頼書を書き上げると、ずびしとシルビの前に突きつけた。
「急ぐのね!? 重要用件ね!? あなたの熱意は分かったわ、一番目立つ所に張って張って張りまくるわ!!!」
「いえ、一枚だけで‥‥」
「ふふふふふ‥‥聖夜祭をラブラブ過ごす冒険者よ! この依頼を受けて恋人とのデートを蹴るがいいわー!!」
 お姉さんの急変にだいぶ引きながら、掲示板に駆けていくその後姿を呆然と見送るしか出来ない、依頼人シルビであった。
 いやそれ以前に、ラブラブしたい冒険者はそんな依頼受けないと思うのだが。

 そんなやり取りを知るべくもなく――明くる日あなたは掲示板の依頼を見つけた。読み進めてふっと頭の中に浮かんだのは。
(「あの人と一緒にお菓子作りも、悪くないかなぁ‥‥」)
 お姉さんの目論見は、最初っから躓きっぱなしである。

●今回の参加者

 ea3844 アルテミシア・デュポア(34歳・♀・レンジャー・人間・イスパニア王国)
 ea4111 ミルフィーナ・ショコラータ(20歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ea5380 マイ・グリン(22歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7191 エグゼ・クエーサー(36歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea7553 操 群雷(58歳・♂・ファイター・ドワーフ・華仙教大国)
 ea7891 イコン・シュターライゼン(26歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

ミケイト・ニシーネ(ea0508)/ 燕 桂花(ea3501)/ ラフィー・ミティック(ea4439

●リプレイ本文

「‥‥『クランセ・カーケ』と言うのは、北方のお菓子です。‥‥正式には、十八段だそうですが‥‥ケーキを何段も重ねて盛り付けるんです。‥‥きっと華やかになります」
 マイ・グリン(ea5380)がボウルに入った生地を混ぜながら説明すると、ミルフィーナ・ショコラータ(ea4111)が嬉しそうに返す。
「私、こんなたくさんのお砂糖、見たことないですぅ。眺めてるだけでやる気が沸いてきますぅ♪」
「今んとこ口ばっかり出しとるだけやけどな〜」
「ううっ、それを言わないで下さいよぉ」
 手伝いのミケイト・ニシーネに突っこまれ、ミルフィーナは口を尖らせる。料理の腕こそプロ並みのミルフィーナだが、揃えられた器具の中にシフール用のものがなく、ミケイトに代わりを頼んでいるのだ。料理の経験はほとんどないものの、ミケイトは持ち前の器用さでミルフィーナやマイの指示に答えている。
「おーい、オーブン、もう焼けるぞ〜」
 オーブンの火加減を調節していたエグゼ・クエーサー(ea7191)がふいごを振って合図を送る。マイは今まで作った生地の量を眺め、こっくりと頷いた。
「‥‥これで十分足りますね。‥‥下の段から、焼きに入りましょう」
「じゃあ、型に流すのを手伝ってくださぁい」
「よっしゃ、任しときぃ!」
 三人がピッタリな呼吸で作業を進める、その向こうでは、火の気のない調理台からなぜか煙が上がっている。何だか甘いにおいのする煙の中で、盛大に咳き込んでいる人物が一人。
「きぃ! 粉の分際で人に逆らうなんて、十年はや‥‥げっほ、ごほ!」
「そこのお兄さん、ちょっとあれ吹いてくれない!?」
「可愛いお嬢さんの頼みとあっちゃ、断れないなぁ」」
 文字通り、突然目の前に飛び出た少女に、ニヤリと笑ったエグゼはふいごを構えて風を起こす。見る間に煙は吹き飛んで、アルテミシア・デュポア(ea3844)の姿が現われる。しかしアルテミシアは助けられたことに気づきもせず、懸命に生地を――
「こねてるん、ですよね?」
「いやー、俺には叩きつけてると言うか、殴ってると言うか‥‥戦ってるよーに見えるな」
 恐る恐る確認したシルビに、エグゼは感じたままを形容する。掛け声と罵声を入り混じらせながら、生地に拳を沈める姿は、日頃冒険でよく見慣れた動きだ。その度に小麦粉が勢い良く舞い上がっては、先程の煙を作り上げていた。近付くと、料理人にはさらに信じがたい光景が繰り広げられていた。
「これは、水と卵をもう少し入れたほうがいいんじゃないか?」
 粉が多すぎてぼろぼろになっている生地(?)を眺めて、エグゼがアドバイスを送る。
「今入れたらべっちゃべちゃになっちゃったのよ! あんなんで焼ける訳ないでしょ!?」
「その状態でも焼けないでしょっ」
 付き合いが長いのか、桂花は手刀と共に鋭いツッコミを入れる。苦笑するエグゼの横で、シルビは一つ咳払いをして、生真面目に説明をはじめる。
「えっと、アルテミシアさんの担当されてるクッキーもなんですけど、お菓子は生地が大事なんです。水、卵、小麦粉、調味料‥‥バランスのいい生地は焼き上がりの良さにも影響しますし」
「普通の料理の時も、下味が決め手になったりするもんな」
「そうです、一つまみの塩がスープを台無しにしてしまう事もあるんです」
「ああ、それ分かるな」
 商品として自分の料理を世に出している二人、やはりそれぞれに培ってきた経験が語らせるのか、話題はだんだんクッキーとは遠く離れた、料理論に発展していく。報告書に記すには余りに高等で、余りに長い為、やむなく割愛の運び。
「ねぇ、群雷おじさんは何もしないの〜?」
 操群雷(ea7553)はどっかりと椅子に腰を下ろし、腕を組んで動かない。手伝いに来たラフィー・ミティックが首を傾げて訊ねるが、群雷は動く気配を見せない。
「料理には待つコトも大事。全ての材料揃うまで、見切りで作り出しては、痛い目に遭うネ」
「ふーん、難しいんだね〜?」
 とにかく待つ事が大事なのだと理解したラフィーは、彼の隣に椅子を持ってきて、ちょこんと座って待つことにした。

 それから一時間ほど後、裏口から入ってきたイコン・シュターライゼン(ea7891)は、大きな荷物を抱えていた。冬のさなかにも関わらず汗だくで、よほど急いできたのだろう事が知れる。群雷は彼を見るなり駆け寄ると、床に下ろした木箱の蓋をこじ開けた。
「月道の日から日が経っていたので‥‥これが精一杯なんだそうです」
「イヤイヤ、よく集めたヨ。カンシャするネ」
 華仙出身の群雷は祖国の薬膳甘味を作るべく、その材料の使用許可を、シルビを通して貴族に願い出たのだ。そこは砂糖を無制限で使わせてくれる御大尽。物珍しさも高じてか、二つ返事で了承してくれた。
「食器もちゃんとあるネ。素晴らしアル」
「それは、出席者のお一人から、お借りしたものなんだそうです。くれぐれも気をつけて扱ってくれと、言われました」
「心配スルナ。食器も料理の一部、傷つける、するわけないヨ」 
 一通り確認して、木箱を持ち上げると、やっと群雷は調理へと取り掛かった。
 いそいそとかまどに向かう群雷と入れ違うように、焼きあがったケーキを持ったマイとミケイトが、ミルフィーナの待つ調理台へ向かう。
「‥‥十八段め。‥‥これで、終わりです」
「やっと私の本領発揮ですねぇ」
 ボウルから、木べらでクリームを掬い上げて、ミルフィーナが空へと舞い上がる。見上げると首が痛くなりそうなケーキのデコレーション、それこそミルフィーナの適任であった。自在に飛び回ってクリームを塗っては、一気に遠のいて全体のバランスを確認する。マイも下の方から、てきぱきと、正確に飾りつけていく。見た目に関わるこの仕事だけは、ミケイトは暇だった。
 一方エグゼは、シルビと一緒にクリスマス・プティングを作っていた。ドライフルーツを刻み、しっかり混ぜ合わせ、型に流し込む。いたってシンプルな作業だったが、その素朴さこそが人を満足させることを、エグゼは知っていた。
「これ‥‥この酒を加えてみたら、風味が良くならないか?」
 生地を味見して、納得いかない風に首をひねるシルビに、ワインを試し飲みしていたしたエグゼが一つの樽を指差す。言われるままにワインをなめたシルビの目に、ぱっと光が差す。
「あ‥‥なるほど。そういうパターンもありかもしれないですね。エグゼさん、本当にお菓子は作られたことないんですか?」
「ああ。だから本当の所、キミの技を盗んで帰ろうと思ってたんだ」
 隠していても仕方ないと思い、エグゼは本音を告げる。一時の間でも、ともに料理をする人間に対して、嘘のある状態で挑みたくなかった。
 シルビは小難しそうに頷いて同意する。
「私も盗まれる腕になったんですねぇ‥‥なんて、先生に叱られる回数の方がまだまだ多いんですけど。エグゼさんの経験の足しになるんだったら、嬉しいです」
 照れたように笑って型ごと台に打ち付けて馴らし、すぐに真顔に戻って人差し指をエグゼの目の前に突きつけた。
「代わりにエグゼさんの技も教えてもらいますからね」

 刻んだラディッシュと餅粉に葛粉に蜂蜜、粗目。鍋の中でとろとろと煮立てられているそれらは、他の菓子とは違った上品な香りが漂っている。これを冷やして固めると、デザート風大根餅『蘿蔔餅』だ。
「ラフィー、も少し薪くべるヨロシ」
「はいは〜い」
 ラフィーは一直線に飛んで、脇に積み上げられた薪を一本ずつ持って来ては投げ入れる。
 薪の爆ぜる音。木べらが鍋をかき回す音。
 他のメンバーの楽しそうな喋り声。
「ねぇ、他にお手伝いする事ないの?」
「ないアルな」
「だって、さっきからずっと火の番ばっかりしてるよ〜っ」
 キッパリと言い切られて、ラフィーは群雷の頭上をじたばたともがく。
「蘿蔔餅以外は材料不足で作れないんだから、仕事も減るアル。仕方ナイ」
 胡麻団子や甘粥などのメニューも考えて、人手が足りない分ラフィーを呼んだのだが、大根もラディッシュを代用する結果である。
「黒っ、黒だわ!」
 火の番に飽き始めて来たラフィーの下から、テンション高めの声がする。見れば鉄板を持ったアルテミシアが目を輝かせて胡麻を見つめている。群雷達が何事かを問う前にぐっと身を乗り出してきた。
「頂戴! これ!」
「クッキーに胡麻アルか。まあ、多めに頼んでおいたから、構わんアルが‥‥」
「ふっふっふ、これでセバスチャーノは完璧だわ〜っ!」
「アルテミシアちゃん、お礼ちゃんと言わないと駄目〜っ」
 桂花は慌しく二人に礼を言い、舞い踊る勢いでオーブンにダッシュするアルテミシアを追いかける。
「‥‥ラフィー。あのお嬢さんの手伝いしてくるヨロシ」
「わかったっ、でも、後で味見させてね♪」
 桂花の翻った羽を追ってラフィーが飛び立つ。気ままなラフィーも、これでしばらく退屈しなくてすむだろう。
「さて、そろそろ仕上げアルな」
 群雷は洋風の鍋を、馴れた調子で火から上げた。


 慌しい時が過ぎ。冒険者達はその時を待っていた。
 様々に作り出してきたデザート。それをシルビが自ら貴族たちの元へ届けに行っているのだ。
 彼らが楽しんでくれているか、美味しく思ってくれるか。期待と不安を交えて自然と口数が減り、そんな彼らを何故か焦げた匂いが漂う。
「素晴らしい出来だわ‥‥私のセバスチャーノ‥‥」
「白い駿馬と茶色い通常馬はどこに行ったのかなぁ?」
 額の汗を拭って爽やかに微笑むアルテミシアの後ろでやはり静かに突っ込む桂花。こよなく馬を愛するアルテミシアの事、えこひいきなどせず全種クッキーに表現しようとするはずだ。ちなみに、セバスチャーノはいつか手に入れる軍馬の名前らしい。
 要するに、白馬も栗毛馬も、高価なゴマも、この部屋の異臭の元になったのである。
 桂花の問いかけにアルテミシアはしかし、困った顔一つせずキッパリ言い切った。
「出かけたわ!」
 その時、重々しくドアの音が響き、ゆっくりとシルビが入ってきた。無言のまま後ろ手に扉を閉めるシルビの様子に、冒険者は固唾を呑む。
――何か不手際があったか――
 その言葉を口にしようかどうか、誰もが悩んでいる内に、シルビは冒険者達に向かって顔を上げた。
 あるのは、満面の笑み。
「大成功です! 皆さん、ありがとうございました!!」
 誰もが顔を見合わせて、安堵の息をつくのだった。


 次から次から出てくる品物に、シルビはただ目を瞬かせるばかりだった。
 バックパックから砂の入ったボトルに、防寒具に、絵に。取り出すイコンの顔は既に真っ赤に染まって、たどたどしい動きから酷く緊張しているのがわかる。
「全部、私に‥‥?」
「えっと、何か送らなきゃと思って、でも、いいものが思い浮かばなくて‥‥っと」
 慌てて胸元を押さえたが時既に遅く、転がり出た銀の光はこつりとシルビの足にぶつかった。
 男女が手を取り合うデザインの、恋人に贈るための指輪だ。
 こんな贈り物をしようと思ったのは初めてだった。イコンは立ち眩みそうなぐらいに速いスピードで流れる血液に、何とか抗いながら一つ一つ、言葉を紡いだ。
「それを‥‥大切な、貴方に‥‥」
 たちまち、シルビの顔がイコンと同じように染まる。
「わ‥‥私、料理の勉強する事に精一杯で‥‥そんな事‥‥」
「それでもいいです」
 緊張はしていたが、イコンの声は揺るぎがなかった。
「僕も、修行して、自分を磨いて、迎えに来ます。だから、その時まで‥‥」
 シルビはイコンに最後まで言わせず――そっと、指輪を彼の掌に返した。
「今は‥‥その、恋とか、そういう事を考えられないんです。イコンさんが修行するなら、私も、一生懸命料理の腕を磨いて‥‥立派になった時、もう一度、考えてもいいですか‥‥?」
 彼女の答えは、イコンにとってもどかしいものだった。だが、更に成長したい気持ちを、痛いほどよく分かるのも確かだ。
 イコンは黙って、指輪を懐へと戻した。