謎の壁画を調査せよ!
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■ショートシナリオ
担当:外村賊
対応レベル:1〜4lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 68 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月06日〜01月15日
リプレイ公開日:2005年01月14日
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●オープニング
今年初めての朝日が昇った。
外からは飲み明かして新年を迎えたへべれけどもの、とっぱずれた歌が響いてくる以外に、取り立てて騒音も聞こえてこない。誰もが家族とともに穏やかな年の始まりを過ごしているはずだ。
それでも、やはり冒険者ギルドは眠らない。今年は特に、例年より忙しいぐらいだ。
理由は勿論、領主の命じた『ドラゴンの大事物探し』のせいだ。
「ええと‥‥以前の依頼の手数料の不足分を払いたくて‥‥それから」
係員の前には、絵の具で服を汚した冴えない青年画家と。
「エイリーク様の新しい依頼である。心して受けろ」
海で鍛えた巨体の騎士が並んで立った。
内容は簡単、以前ある教会跡から見つかった、竜らしき物の描かれた壁画に関して調査をするのだ。
「前回の報告書がエイリーク様の眼に留まったのだ。やると決めたら、どんな小さな穴もつつくのがあの方のやり方だからな」
とは言っても、こう一言に言っても美術面から、伝承面から、歴史面から――調べる事は山ほどある。その上肝心の壁画の損傷が激しく、アタリをつけるのも困難な状況だ。その為、最初は、壁画の正体に迫るべく、この教会を有していた村から調査を始めることとなった。
「って、そりゃいくらなんでもアバウトすぎじゃないですかい? もう少し情報を貰わねぇと、募集のしようもないっすよ」
書き取っていた係員が渋面を作ると、青年画家・モリスが小さく挙手した。
「今、僕村長さんの所に滞在させてもらっていて‥‥、その間に知った事なら、お話できます」
村は人口二十人ほどの小さな集落で、小さな教会とその前の広場を中心にして作られている。現在ある教会は白教会だが、壁画のある教会は黒教会だと言われている。村の場所を移す時に、黒教会のほとんどの荷物を白教会に移してしまい、今の黒教会は荒れるままになっている。それももう随分昔の事で、若い者は森の奥の建物が教会であることも知らない。
「――と、村長さんが言ってました。あと、壁画は、このスケッチを見てもらえれば」
と、モリスが示したのは、蝙蝠の羽と目玉、鱗のような波型――想像で輪郭を描くなら竜になりそうな――と、その隙間を縦横に走る、なにやら不思議な文様のような文字のような物の羅列だった。
「なら、調べるなら新旧教会にその村長ぐらいか? そうだな、古物や美術の鑑定やら、伝承系に詳しい奴でも募るか」
「情報は多いほうがいい。それ以外でも調べるべき物が思い当たるならば、調査に加わって構わない事を明記しておいてくれ」
「わかりやした。じゃ、今日中に出しときますよ。他に、付け加える事はおありで?」
「そうだな、壁画調査の今後についてだが、詳しく方針が決まっているわけではないのだ。今回の結果にも寄るが、まあ何か手ごたえがあれば、これきりで終わる事もなかろう。冒険者の方から方針に関して意見があれば受け付けるぞ」
「あの、村長のお話を伺うのでしたら‥‥話術の巧みな方のほうがいいかもしれないです。お年を召してらして、時々話が違う話とドッキングしたりするので‥‥」
「‥‥了解。しっかり追加しときますよ」
二人の話を係員はしっかりと記録に留め。調査依頼は日が高くならないうちに掲示板へと張り出されたのだった。
●リプレイ本文
●旧教会
つい最近降った雪が、旧教会の天井の穴からも容赦なく降り注ぎ、ここを調べることにした冒険者はまず壁や床の除雪の仕事から始めなければならなかった。
「ふー、冷たい‥‥」
李美鳳(ea8935)はすっかりかじかんだ手に息を吹きかけ、揉み解す。
「カノンさんは大丈夫?」
「ああ」
眼をやった先、数歩ほど離れた場所のカノン・リュフトヒェン(ea9689)の短い返事。顔色一つ変えず、冷え切った石壁に手を当て、どこか変わった箇所がないか調べ続けている。目下休息を取るようにも見えず、美鳳も仕方なく最小限の休息だけ取って再び壁に向き合う。
「なるほど、竜か。確かにそう見えなくもない」
怜悧なガイエル・サンドゥーラ(ea8088)をして言わしめた感想の通り、壁に入り込んだ色はわずかな線を残してほとんど落ちてしまっている。ガイエルは壁画から距離をとり、その全体像を眺めた。
竜が描かれているのは、ガイエルの腰より少し低い位置。残った歯や目玉の位置から、竜が上を見上げているように思える。その目線をたどっていけば、様々な色の断片が目に付くが、それが何なのかは判別できない。下の方に目を移せば、例の文字列や獣か何かの足に見える幾本の線が、上と比べればまだ明確に残されていた。
「これを見るに、ルーンでも、マントラでもなさそうだ」
自分の知識と照らし合わせて、精霊碑文学ではない事だけは分かるガイエルだ。
「ラテン語でもないようですね」
分かる範囲で文字の形を懸命に写し取っているイコン・シュターライゼン(ea7891)も言う。ゲルマン語でないのはもちろん、ヒンズー語や華国語とも違うようだ。
別のドラゴンの宝探し依頼で見つかったというナイフや鏃や槍だと見える部分も、今はない。
「モリスさんはどう思います? 画家の目から見てなにか、分かることはありますか?」
難しい顔をして絵を眺めていたモリスは、イコンの問いかけにはっと我に返る。
「そうですね‥‥年代はちょっと分からないのですが‥‥珍しい塗料を使っています」
「修復は出来ないの?」
壁を慎重に叩きながら美鳳が問えば、
「ドラゴンに使われている赤は、この辺りでは見かけない物です。多分、他の顔料も。時間をかけて、これが何なのか分かれば」
「描かれた時代も分かり、材料を集め、修復も出来ると?」
「出来る限りの努力はします」
厳しいガイエルの視線に、どぎまぎしながらモリスは請合った。
「‥‥これは」
カノンがやっと壁を探る手を止めて、数キロ先まで見通せそうな目をすがめ、壁画を注視していた。手を添えた壁と幾度か見比べ、納得して続きを述べた。
「違う石だ」
さらによく見てみると、カノンより2、30センチの高く、その三分の一ぐらいの横幅を持つ一枚岩に、絵が描かれていることが知れた。綺麗に石が組まれているのにそこだけいびつに形を添わせていた。
わずかに色白の、美しく化粧した岩に遠慮をしているかのように。
「もとはこれだけがあって、上に教会を建てた?」
「もしくは――」
まじまじと見つめる美鳳に、ガイエルが続ける。
「何らかの理由で、ここに埋め込む必要があったか」
しかし旧教会内、念の為見回った周囲の森でもそれ以上何かを見つけることは出来なかった。他の冒険者達の得るだろう情報と引き合わせて考える事として、ひとまず調査を打ち切った。
●新教会の倉庫
古びた組み木細工の箱に詰め込まれている物。
「剣。盾。兜に‥‥この、ハンマーのような鉄片」
シュタール・アイゼナッハ(ea9387)は教会の僧侶に事情を話し、少なくとも十数年は開けられていなかったようなかんぬきをはずしてもらい、新教会奥の倉庫に置かれた、旧教会の物品を一つずつ調べては書き出していた。
綺麗に整頓され、行儀正しく収まっているのはどれも、教会にはあまりふさわしくない、血なまぐさい物品がばかりだ。
「何の変哲もない、よく見るバイキングの品物だが‥‥ん?」
目をやった木箱は、閉じられた蓋からちらりと羊皮紙の先端が覗いていた。金属製の道具に飽き飽きしていたシュタールは、手に取っていた兜を置くと、すぐさまその蓋を開けた。
中身ははみ出ていた紙が一枚きりだった。ひらりと舞い落ちたそれを手にとって見る。一番上に鮮やかな赤い顔料で12の数字が付され、下に文章が続いていた。ずいぶん年代物のようだが、涼しい堂内に保管されていたせいか、虫食いなどは驚くほど少ない。美しい筆跡を、シュタールは目で追った。
「‥‥ラテン語のようじゃのう。何かの記録か‥‥?」
しかし、ラテン語について深い知識のないシュタールは、難解なそれを解読することが出来なかった。
「確か、ローマ出の冒険者がおったはずだ。持ち出しの許可を貰って、見てもらうとしよう」
シュタールは数ある書簡の中から付された番号の若い方を選び出そうと、早速紙束の整理を始めた。
●村長のお話
「この村が出来たのは、ワシが生まれるよりもずーっと昔の話だ。そん頃の村というたら、まだ慈悲深い神様もしらねぇ不信心モンでな。そこに旅の僧侶様がいらっしゃって、『これこれ、そんな所に金や銀を供えても主は喜ばね。土耕して、羊を飼うて、一所懸命に働かねばなんね』といいなさってな。その話にえらく感動した村人は、その僧侶様と一緒に教会を建てて、主の信仰一筋に生きる事を誓っただよ。
しっかし、最近の若いモンはろくすっぽ祈りもせでよ。ワシが若い頃は例え船の上でも神様を思って祈っとっただ。こないだも教会の前でうろついとった旅の若造に、教会さ参って旅の祈願させねばちゅうて叱り飛ばしたら、すぐすぐ、て口だけ。ちぃと目を放した隙に逃げおおせおった‥‥して、旅の方は、ちゃんと教会へ行っただか?」
「もちろん。ここのお堂はすごく綺麗で、心が洗われたわ。ねえ、あの白い教会はいつ建ったのかな?」
ふごふごと白いひげの中からしゃべる村長に、エルトウィン・クリストフ(ea9085)は何度も大きく相槌を打つ。教会は外から見ただけだったが、にっこり微笑んでまるでおくびにも出さない。村長も目を細めて頷き、自分の半分ほどしか生きていない娘の答えに満足する。それを一歩後ろで眺めて、アーディル・エグザントゥス(ea6360)と五木奏元(ea8474)は顔を見合わせた。
「‥‥分かるか?」
「‥‥いや」
村長は話は訛るわ聞きづらいわで、ゲルマン語に詳しくない二人には、単語単語を聞き取るのがやっとだ。ここはエルトウィンの巧みな話術にかけるしかない。ふがいなさと共に、達弁のハーフエルフの耳が何かの拍子にひょっこりと出てこない事を祈る二人である。
「ああ、ありゃ、ワシが生まれた時に建っただよ。そんなもんだで、なんとのう愛着があってな。若い頃は教会に錦飾ってるだて思うてな、船でそこいらを巡り渡ったモンだべ。♪海の彼方に舳先向けぇ、死は恐れるな、男どもぉ♪」
この船乗りの歌から勢いづいたか、村長はそのまま若かりし船乗り時代の冒険話にスイッチが入ったらしい。目を輝かせて、いかに自分が凄い冒険をしてきたか、それまでに増して熱っぽく語りだす。
「へえ、凄かったんだね! アタシなら怖くて逃げちゃうわ」
対するエルトウィンも同じぐらい目を輝かせ、村長の話に乗る。彼の話すままに任せ、不快にさせずに色々聞き出そうという算段だ。
しかし。
「そうして稼いだ金で上の鐘をこしらえてな‥‥」
ずれた話はずれっぱなしで。
「羊の毛を刈るときは‥‥」
エルトウィンが元の話に戻すきっかけを掴むのに、
「忠告する老人からトンズラとはあの若造、けしからね!」
「そうよね。そんな人はきっと、昔の教会にあった絵の竜にぱくっと食べられちゃうんだわ」
たっぷり数時間を費やさねばならなかった。
「言葉が通じんと言うのを、ここまで苦痛に思ったことはないな‥‥」
「てか話が元に戻ってるような気がするのは、聞き違いか?」
奏元とアーディルの我慢もそろそろ限界に達しようとしていた頃。
「きっとあの竜は、信心深いこの村を守ってくれてるのよね。この村に何か言い伝えとか、他の遺跡とか残ってたら、聞いてみたいなぁ」
信心深い村長にあわせながら、エルトウィンは核心の質問を、やっと引き出すことが出来た。
しかし村長はもじゃもじゃの眉毛を小難しげに寄せるのだった。
「それがな。モリスにも聞いただが、そればっかしはワシにも皆目わからねんだ」
物心ついた時には、すでに新しい教会が出来ていたせいもあって、村長も旧教会に足を踏み入れた事はないと言う。
「もしかすっと旧教会の道具の中に、何か分かるもんが入っとるかもしれんだが、ワシらは字は読めんもんでの」
「エルトウィンさん、アーディルさん、まだいらっしゃるかの?」
ノックと共に入ってきたのは、先程の紙を抱えたシュタールだ。
「それは?」
「教会から借り受けてきた、旧教会のラテン語の資料だ。わしでは追いつかなくての。ちょっと読んでもらえんか」
「それなら、俺が」
やっと出番が回ってきたように感じたアーディルがすぐさま受け取って、文面を追う。何行も読み進めないうちに、アーディルの表情は険しくなった。
「シュタール、この他の文章は?」
「倉庫は全部見て回ったんだがの。どこにもない」
「‥‥あの小僧だで」
紙を覗きこんだ村長がもじゃもじゃ眉毛をさらに寄せて、むっつりとした声で言った。
「モリスが来る前だ‥‥あの時教会で叱りっ飛ばした小僧っ子が、おんなじ紙をもっとっただ。その字とおんなじように、青い字が見えただ。間違いね」
盗まれた――?
冒険者達の心を、漠然と不安が駆ける。アーディルはラテン語を静かに音読した。
『契約の壁画を主よ守りたまえ。愚かなる者どもの欲望より。先の見えぬ者どもの穢れた手より。願わくば、この書が再び人にまみえる前に、時の流れが全てを消し去らん事を。
若(も)しこれ読む者が神の目に適いし賢人ならば、我の記した事肝に銘じ、この色彩の導(しるべ)を再び箱に封ぜよ。
若しこれ読む者が悪意に穢れた愚者ならば、必ずや主の裁きが汝の上に降りかかるであろう事肝に銘じ、悔い改めよ。
神聖歴840年 ハレイス・ネグイス記す』