竜を奪う者達  -JAUNE-

■ショートシナリオ


担当:外村賊

対応レベル:1〜4lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 44 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月26日〜02月02日

リプレイ公開日:2005年02月04日

●オープニング

 荒くれ冒険者がごった返す昼前のギルド。その場所の剣呑さを示す、少なくない血や汗の異臭をものともせず、仕立ての良いドレスの裾をはためかせて一人の少女が駆け込んだ。
 少女は依頼受付にたむろしている数人の前に出て、指にはめていた指輪を幾つか、カウンターの上にたたきつけた。
「――って、さらっと抜かしてんじゃねぇよ!」
「ごめん、追われてるの! これで足りるよね?」
 背後の厳つい強面の親父に、物騒な言葉を発しつつウインクを飛ばし、少女はすぐに姿勢を戻して係員と向き合う。係員は彼女に見覚えがあった。じゃじゃ馬貴族令嬢マルガレーテ。最近フィールドドラゴンをペットにしたとかで、知る人には噂になっている。
「私のドラゴンが狙われてるの、お願い、冒険者を何人か回して!」
 マルガレーテは係員の了承も得ぬまま状況を語りだした。

 ドラゴンを手に入れてからと言うもの、マルガレーテは毎日暮れるまで牧場に入り浸って世話をしていた。買い取るまでによく人に馴らされた竜ではあるが、気難しい彼らに騎乗するには深い信頼を築かなければならない。
 そんなお転婆な令嬢を心配する執事は、彼の指揮下の私設護衛団で牧場の周りを固めた。
 しかし昨日、その任に就いていた五名の護衛団が、屋敷の前で呻いている所を発見されたのだった。
 屋敷付きのクレリックが治療しているが、誰も酷い怪我。彼らが痛みに耐えながら伝えるには、ドワーフは『これ以上怪我人を増やしたくなければ以上10日以内に竜を引き渡せ』と脅しをかけたらしい。執事はすっかり憤慨して、すぐさま怪我をした護衛団の代わりを補充し、牧場の警備に当たらせた。

「じいやの気持ちはわかるわ。私だって人の物を暴力で奪おうなんて、そんな人間の言う事なんか聞きたくない。でも、私はじいやの一存で動く忠実な『犬ども』より、実戦の勘を持ったたくさんの人の方が心強いと思って、私、お願いに上がったの」
 マルガレーテは護衛団に精一杯の皮肉を込めて言葉を紡ぐ。護衛団に良い思い出はないらしい。
「お褒めに預かって光栄だね。で、そのドワーフ共は身体のどこかに黄色い布を巻きつけちゃいなかったか?」
「あ! ええ、巻いていたわ。『犬ども』が言ってた」
 係員はしたりと頷いて口を開く。
「そりゃ『ジョーヌ』だぜ。団員のほとんどがドワーフって言う、地味な仕事をする盗賊団さ」
 しかし地味と言う言葉は、盗人に関しては褒め言葉になる。怪盗だとか山賊や海賊、並み居る目立つ悪人の傍ら、こういう盗賊団は確実な玄人仕事で腹を肥やしている。
 ジョーヌであればその手先の器用さだ。石や金属に造詣の深いドワーフならではの職人気質が、彼らに静かに錠前を外し、目当てのもののみ盗み出し、そっと現場を離れることを成功させ続けている。
「マリー嬢。護衛団以外に牧場を守る物は?」
「特製の鉄柵で囲ませているわ。ドラゴンが逃げないようにって、凄く頑丈にしてるって話よ。ドラゴンを柵の外に出すには、見張り小屋にある三つの鍵で、門の鍵を開けて、うちの屋敷の前まで続く一本道を通らなきゃいけないわ。その道以外は雑木林で、暴走してなぎ倒さない限り、ドラゴンは木の隙間を通れなくなってるんですって」
 仕事中には呪文さえ呟かないのが『ジョーヌ』のやり口。仕事の前に姿を見せたり、派手に暴れたりというのは、彼らの美徳に反する事だ。彼等が『ジョーヌ』なら、狙いをつけた家の執事や令嬢の性格も入念に調べているはず。
 ならば、勝負は9日後。期限の切れるその日に、ドラゴンを奪うべく作戦が動くはずだ――。
「よし、では期限も合わせて手配しよう。条件は『盗賊の捕縛』」
 いいな、と笑みを浮かべた係員に、マルガレーテは満面の笑みを浮かべた。
「感謝するわ。貴方にも、後ろで待っててくれた人にも。追いつかれるまでに話がまとまって良かったわ。じゃ、よろしくお願いするわね!」
 ドレスの端をつまんで、周囲の人々に優雅に礼をするや、そのままドレスをたくし上げてマルガレーテは駆け出した。
 軽い足音が、荒くれ者の騒ぎ声に紛れて消えていく。
「おい‥‥匿わなくていいのか? 盗賊団に追われてんだろう?」
 あっという間に消え去ったマルガレーテの後姿を見送りながら、客が係員を見遣る。係員は手早く書類を作りながら、軽く笑った。
「追ってるのは『犬ども』さ。彼女が依頼を持ってくる時は、奴らの目を盗んで家を抜け出してきた時と同義だ」



「野郎ども、いいか。あの派手派手しい魔法使いどもより俺達の方が腕が立つって事を、紫の旦那に証明してやるんだ」
 おう!
「抜かりはねぇな?」
 おう!
「大事な大事な宝の地図‥‥宵闇よりも静かに、この手に入れてこそ『ジョーヌ』」
 暗がりに十数の腕が突き立つ。一人岩の上に立ったドワーフが、にやりと口の端を吊り上げた。

●今回の参加者

 ea5101 ルーナ・フェーレース(31歳・♀・バード・パラ・ノルマン王国)
 ea7891 イコン・シュターライゼン(26歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea8594 ルメリア・アドミナル(38歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea8910 セル・ヒューゴー(25歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9387 シュタール・アイゼナッハ(47歳・♂・ゴーレムニスト・人間・フランク王国)
 ea9448 久是 戒斗(45歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9689 カノン・リュフトヒェン(30歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb0435 ヤマ・ウパチャーラ(53歳・♂・僧侶・シフール・インドゥーラ国)

●リプレイ本文

 冒険者に執事の対応は冷たかった。内々に事を治めようとしていたのに、マルガレーテの一存でどこの者とも知れぬ人間がやってきては当然だろう。
 しかし冒険者はなるべく彼と諍いは起こしたくなかった。
 相談の中で浮上した、護衛団の中に内通者がいる疑いが真実であった場合、彼の協力が必要不可欠なのだ。ルメリア・アドミナル(ea8594)は、後ろで見守るマルガレーテの視線を受けつつ、執事を前に声を落とす。
「執事様の選ばれた護衛団にそんな事はないと思うのですが。私達を使って下さればお嬢様も納得いたしましょうし、もし何かあっても隙をついて捕まえれば、執事様の大手柄になります」
「ではあなた方の中に盗賊がいないと言えますかな?」
「爺!」
 マルガレーテが声を荒げるが、執事は態度を崩さない。
「お嬢様、これは冒険者だから言ったのではありませぬ。中に疑念がある以上、この私自らお嬢様をお守りする所存。片時もお側は離れませんので、そのおつもりで」
 それを聞くなり冒険者の方を振り返り、マルガレーテは酷いしかめっ面をする。しかし冒険者に執事の決意を曲げさせる方法はなく、気まずさを残して護衛依頼は始まった。

 それでも期限の日――今日までには、執事と冒険者はある程度打ち解けていた。これはヤマ・ウパチャーラ(eb0435)によるところが大きい。マルガレーテが眠ってから、僧侶の心得で色々と話を聞き、親交を深めているのだ。
「色々情報は出てるんだけどねぇ。どうもハッキリしないんだよ」
 ルーナ・フェーレース(ea5101)は檻の門で作業をしながら呟いた。目の前のドラゴンは頷くような仕草で返した。
 ルーナは以前この竜と、人に飼われる代わりに彼らの探す大事な物を探し、情報を提供する約束をした本人なのだ。今のように、月の加護で意志を通わせて。
『カンシャ スル、ヤクソク マモルモノ。オレモ ヤクソク マモル』
「お嬢さんの事よろしく頼むよ」
『タベハシナイ』
 竜の返答に思わずルーナは吹き出す。これがドラゴンの最大の譲歩なのだろう。毎日使用人と一緒に、重い肉を運んでは仲良くなろうとしているマルガレーテの姿が頭をよぎる。
「鳴子かい?」
 背後から掛かった声に、ルーナは一気に鼓動が早まった。冒険=イイ男探しでもある彼女にとって、冒険を始めて一番の収穫かもしれない。
「向こうもプロだからね、隠すのが大変さ」
「冒険者ってのも、色々大変だね」
 いかにもエルフらしい、線の細い美青年。寡黙な黒服達の中で、一番気さくな男だ。パラのルーナの視線に合わせて屈み、そっと手を掛ける。
「サギー!」
 雷が落ちる如き一喝に、青年は屹立する。
「何をしておるか! 交代だ、持ち場を変われ!」
 まだ一本道の向こうに姿が見えたばかりの執事の声は、しかし周囲に良く響く。周辺警護を行っていた黒服達は慌てて整列した。執事は満足して、後ろに控えさせていた交代要員を檻の方へ行かせようとする。それを遮ったのは、セル・ヒューゴー(ea8910)だ。
「待って下さい。この道には、俺が警戒の為にファイヤートラップを仕掛けているんです。後に付いてきて下さい」
 執事は何の変哲もない道と、白髪の青年を見比べて、不承不承頷く。セルは慎重に歩き出す。おっかなびっくり歩く執事達の後ろで、マルガレーテがくすくすと笑う。
「お嬢様、気をつけないとたちまち真っ黒焦げですよ」
 数十歩しかない道のりをたっぷり時間をかけて歩ききると、執事達はやれやれとばかりに息をつく。しかし冒険者達の視線に気付くと、また喚き散らして黒服に行動を急がせた。
「ドラゴン。きっと守るから。私、誓うわ」
 マルガレーテが檻向こうの鱗に声を掛けるが、竜はそっぽをむいて歩き去っていった。
「なら、こういう計画は?」
 きょとんとしているマルガレーテに、セルはそっと耳打ちをする。しばらくそうしている内に、みるみる笑みが浮かんでくる。
 その日、マルガレーテは意外なほどあっさりと屋敷に帰って行った。

 暖炉の残り火が灰の中で薄赤く光る。欠伸を噛み殺して、ヤマは足元の組み木細工で出来た箱を見下ろした。
 ヤマは、盗賊に他の目的があるのではないかと予想とつけていた。ドラゴン警護で手薄になる屋敷の中に――執事と仲良くなったのは、その警護を任せて貰う為でもあった。
 箱の中身は古い歌が書かれた羊皮紙だ。竜に挑んだ英雄を讃えた詩で、マルガレーテの父が気に入って、行商人から買い求めたのだそうだ。襲撃騒ぎ以来最近竜の宝を求めるならず者が増えたこともあり、ヤマはこの紙を守ることにした。
 静かだった。平穏な夜ならば、そのまま眠りに就くのに何の障りもない。しかし、一晩警護しようとするにはこれ以上の障害はない。
「身体でも、動かしましょうか‥‥」
 伸びをして宙に浮き上がったその時だ。ヤマは一気に目を醒まし、天井を見上げた。
 神の黒き加護が、二階の複数の気配をヤマに気取らせたのだ。大体の大きさで男と知れる。ヤマは舞い降り箱に足をかけ、祈りの言葉を呟く。黒い聖光がヤマから広がって、一つの魔法を築き上げる。
 もしこの書が目的ならば、きっとこっちに向かってくる。一旦範囲から消えた命の気配は、階段を駆け下りる足音となって、やがて再び気配が戻り、部屋のドアが乱暴に開けられた。
「お嬢様!」
 今にも箱を持って逃げようとしていたヤマは、執事と黒服が血相変えて現れたので目を瞬かせた。執事はヤマの他に何の気配もない事を悟ると、小さく口中で毒づく。
「やはり外か‥‥ウパチャーラ殿、しばらく屋敷の事、頼みましたぞ!」
 焦りを隠しきれない様子で執事は黒服を追いたて、部屋を出ていく。慌しい足音が消え去って、静やかな夜が戻ってくる。
「まさか、狙いはマルガレーテ嬢――?」
 不穏な思いが頭によぎるが、黒服達が出て行った後、屋敷に何かあればヤマ以外に何とかできる者はいない。ヤマは一つ深呼吸して、再び箱と共に飾り棚の上に座した。

 冒険者達は一本道を厳重に警備していた。月は高く昇り、時々北風に流された雲が光を隠しては去って行く。幾人かは門の前で、幾人かは物陰に隠れて――。
 見張り小屋の影に潜んでいたルメリアの肩に、突然何かが触れて、驚いて彼女は振り返った。狩猟用の動きやすい服装に、小ぶりの弓と矢。マルガレーテは、にっこり微笑んだ。
「抜けてきちゃった」
「しかし、その格好は‥‥?」
「ルメリアさんもセルさんも‥‥憎らしい盗賊を前にして、私に隠れてろと言うの?」
 護衛につけたときには、共に小屋に来た賊を捕まえようと考えてはいたが、そこまで戦う気満々でやってくるとは。ルメリアは少し不安を感じる。
「ま、ここで退く様なお嬢じゃないだろう? 俺たちが守る、それでいいじゃないか」
 久是戒斗(ea9448)は通りがかりの市で買った小さな笛をマルガレーテに手渡す。
「危険だと思ったら吹きな。俺が居る限り、どんな事があっても吹かせやしないけどな」
 戒斗が頭を撫ぜて笑ってやると、マルガレーテも嬉しそうに微笑む。
「静かに。大勢‥‥息づく音が聞こえます――」
 風がルメリアの耳に遠くの生き物の気配を運んできているのだ。二人は口をつぐみ、マルガレーテはウエストポーチに笛をしまいこんだ。
 戒斗達は他の仲間に近づく者達の事を伝える。ファイヤートラップを仕掛けた辺りの茂みに隠れたセルは、聞くまでもなく近づく足音を捕らえていた。
 彼らはトラップの前で動きを止める。今日仕掛けた罠を盗賊が知る術は今日の出来事を知っている者から話を聞きだすしかない。
 セルは確信を持って、ゆっくりと、気付かれないように物影から立ち上がった。彼の目的は一つ、内通者の捕縛――。
 しかし、その決心はヤマと同じ理由で揺らいだ。
「アレ、魔術師のお兄さん。えらく重装備だね。らしくない体つきをしてる訳だ」
 執事の後ろから顔を出したサギーは、叱責されてすぐさま隊列に戻る。
「お嬢様がこちらへ来ませんでしたか?」
「いえ、こっちには――」
 セルの言葉を断ち切ったそれは、最悪の代物だった。断末魔にも似た苦悶の叫び。倒れた黒服の背に、一本の矢が深く突き刺さっている。雄々しい鬨の声が沸きあがった。
「ヒューゴー殿!」
 ドワーフ達は間近に迫っていた。前門の盗賊後門の罠の図式に、そして令嬢の行方が知れないという事態。執事は常ならず焦ってセルに訴えた。幾ばくか考えて、セルは口を開いた。
「俺が合図したら、真っ直ぐ檻の方へ。罠は、心配いりません」
 傷を負った仲間を、サギーが担ぎ上げる。見計らってセルは叫んだ。一斉に背を向けて走り出したセル達を追わず、ドワーフ達はたじろいで急停止した。
(「やはりか。しかし、誰が――?」)
 罠がはったりだった事に気付いたドワーフは、再び走り出す。
「セルさん!」
 イコン・シュターライゼン(ea7891)とシュタール・アイゼナッハ(ea9387)、戒斗、そしてマルガレーテが駆け寄ってくる。

 雄叫びと剣戟が遠くに聞こえ始めた。未だ鉄柵の前で、カノン・リュフトヒェン(ea9689)はじっと立ち尽くした。相手は手練、待ち構えていると解っているのに、真正面から全員でなだれ込んでくるだけなどあり得ない。
 やがて雑木林の向こうから、雪を踏みしめる音が、徐々に近づいてきた。
 月光に白々と輝くクルスロングソードを抜き放つ。
 お互いまみえても、何の言葉もなかった。月光の元に現れた、色の白いドワーフを先頭にした五人は、音もなく武器をかざし、少女に打ち掛かる。
 突き出された短刀をいなし、振り下ろされる斧を上段に構えて受ける。
(「戦闘の技術に対しては、さほど熟達してはいない。数の不利さえ何とかすれば」)
 そう判断し、カノンは一旦大きく距離を取る。ドワーフ達はすぐに追った。先頭に出た色白のドワーフが、ロングソードを振り上げた。カノンは剣を上で構える。一対一ならばこちらにも反撃の機会は――
 ドワーフの切っ先が、何故か後ろにずれた。
 下から衝撃。足が空を切る。気づいた時、ドワーフの左腕にカノンは首を掴まれていた。そのまま、地面に叩きつけられる。
 一瞬息が詰まる。ドワーフの足音がカノンを取り巻く。
 戦の空気に触れてか、ドラゴンの興奮した咆哮が響いてきた。
「単独を好む者に、主は時に試練を与える」
 色白のドワーフは、表情も変えずにぽつりと呟く。別のドワーフが、カノンの胸に槍の先を当てる。
 カノンはドワーフを睨みすえた。血が嫌にざわめいた。
 ドラゴンが、烈しく鳴いた。
 瞬間、振り下ろされようとした槍は、ドワーフ自身の手によって背後に投げ飛ばされてしまった。
 月の印を組んだまま、ルーナは側の竜に笑いかける。竜の咆哮が彼女の詠唱を隠したのだ。

 戒斗とイコンも次々に繰り出される剣を防ぐ事に専念していた。しかし、それは反撃を狙う事が目的ではなく。
「ストーン!」
 難しい顔つきで呪文を唱えていたシュタールが高らかに叫ぶ。今にも踊りかからん勢いだったドワーフが、急に止まった仲間に衝突する。しかし仲間は気にも留めず、冒険者に襲い掛かる。
「もうちょっと離れないと狙えないわ!」
 矢を番えたまま、マルガレーテは不満を唱えるが、戒斗がそうさせない。
「今離れても弓を引く前にやられちまうぞ。機会を待て」
「魔法に頼るなんぞ、戦士の風上にもおけん!」
 黒髭のドワーフがハンマーでイコンの足元をすくった。遠心力で頭上まで上げ、そのまま振り下ろす。激しい衝突音、イコンは盾を捨て、両手で剣を支えて受け止めた。
「僕は恥とは思いません。魔法も剣も、素晴らしい力です」
「小僧が!」
 更に体重を乗せるドワーフに、戒斗は隙を突いてタックルし、バランスを崩させる。シュタールは次の詠唱を開始している。他のドワーフが止めさせようとナイフを投げようとするが、その前に側方から伸びた雷がそれを妨害した。震え崩れるドワーフの向こうで、シュタールの魔法が完成する。上に開いた掌に、瞬時にして水晶の剣が出現した。
「任せるぞ!」
「はい!」
 イコンとの会話はそれのみ。シュタールが剣を投げ、イコンの空いた左腕が受け取る。二刀流、両手利きのイコンだからこそまともに扱える技だ。
 最初こそ数の利で押されていた冒険者だが、魔法によるジョーヌ達の脱落によって、この頃には反撃のチャンスが生まれていた。
「よし、これなら少し離れても‥‥」
 マルガレーテは周囲を見つつ、一歩ずつ後退していた。その目に、一人の影が映る。黒い服に血を滴らせ、激しく息をするエルフ。
「サギー!」
「巻き込まれて‥‥あいつが、まだ向こうに」
「いいから、早く下がって」
 令嬢の厳しい命令に、自分にも余力がない事を察知してか、サギーは大人しく身体を引きずって下がり、力なく檻にしなだれかかった。その動きを、戦場のセルは見逃さなかった。すぐさま一線を抜け、彼の名を呼ばわる。
 サギーはさほど驚かず、くるりとセルを振り返った。先程瀕死であったその表情に、生き生きした笑みが浮かんでいた。その手には、鍵束と、外れた錠。
「わかっちゃった?」
 共に駆けて来た執事がサギーの頭を押さえ込む。
「この悪党が!」
「いつの間に!」
 ルーナは驚きの声を上げる。門の鍵のありかが知られている可能性を考慮し、マルガレーテからルーナが鍵を預かっていたのだ。
 セルはすぐさま門を確認する。鍵はかろうじて一つ掛かっていた。
 安堵は出来なかった。
 セルの前に、ぎらつく巨大な両眼があった。
 その眼を知っている。以前、紫の色を見た――竜の。
 セルは竜の視線の先を見た。
 幾多のドワーフ、冒険者。いくつかの石像の向こうにぽつり。
 それは誰もが噂に聞く、紫色のローブ。
 月光の中に、静かに、ただ立っている。
「駄目――」
 ゴオオオオオ――――!
 マルガレーテの叫びを打ち消し、竜は怒りの咆哮をあげ、狂ったように門に体当たりを仕掛けた。たった一つの錠では、凄まじい力をとどめることは出来ない。すぐに竜は檻の外へ飛び出した。
 それからは、数秒か、数分か――咆哮と、地響きと、叫ぶ声。混乱が過ぎ去った後には、竜も、盗賊達も姿を消し去っていた。
 残ったのは、冒険者と、破られた檻と、マルガレーテと黒服。そして。
「エッセもカタリスも助けていってくんないだもんな‥‥」
 サギーと、それをしっかり押さえつけていた執事であった。
「ドレスタットへの力が――」
 呆然とシュタールは、誰も居なくなった道を眺めた。
「悪く思うな。文句があるなら、紫の旦那に言いな」
 混乱の中で囁いた、盗賊の声が、ずしりと胃の奥に響いていた。