捨てて下さい。

■ショートシナリオ


担当:外村賊

対応レベル:1〜4lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 56 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月09日〜04月17日

リプレイ公開日:2005年04月17日

●オープニング

 依頼人はゆったりしたローブを纏い、フードで顔が見えなかった。
「外じゃそんな事が起こってたのかい。家に篭ってばかりで、世情に疎くてね。いや、ご忠告どうもどうも」
 不審に思った係員がもう聞き飽きた一連の事件を話せば、そう言って甲高い声で笑う。なんとなく耳障りな声だ。
 だが、印象だけで態度を変えてはギルド受付としての沽券に関わる。係員はいつものようにインク壷にペン先を浸した。
「この箱をここに、捨てて来てほしいんだよ。私は、忙しいんでね」
 依頼人は懐から地図を取り出すと、ドレスタットから北に数日ほどの岬を指で示した。そこは荒波にもまれて大地が削られ、切り立った崖になっているらしい。近くまでは道があるが、行き着くには、途中で林を越えていかねばならないのだと彼は続けた。
「襲ってくると言えば、林の獣や鳥ぐらいさ。あの辺りのは、ちょいと狂暴だけどね‥‥まあ迷うほど深い林でもないし、獣に箱をひっくり返されないように気をつけさえすればいい。あとは‥‥到着したって証拠がわりに岬の先端にある黒い岩を削って持って帰ってくる。どうだい、別段難しい頼みじゃないだろう?」
 かろうじて見えるとがった顎に張り付いた唇が、言葉を紡ぎだす。係員は手早く彼の言葉を文字に置き換えていく。料金や頭数を相談し、依頼は掲示板に張り出されることになった。
 全て終わった去り際、依頼人は思い出したように動きを止め、再び係員に言葉を投げた。
「ああそうだ。くれぐれも、冒険者には箱を開けない様に言っておいてくれ。くれぐれも、ね」
 係員が必ず、と返事をする。満足そうに依頼人は微笑んで、猫背気味の背を翻し、ギルドの人込みに紛れていった。

 依頼に目を止めたあなたに係員は言う。
「怪しい男だったが、君たちにとっては顔も合わす事もない相手さ。金払いはいいから、受けても損はないだろうぜ」

●今回の参加者

 ea4795 ウォルフガング・ネベレスカ(43歳・♂・クレリック・人間・ロシア王国)
 ea7819 チュリック・エアリート(35歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea7890 レオパルド・ブリツィ(26歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea8221 シエロ・エテルノ(33歳・♂・ナイト・人間・イスパニア王国)
 ea8408 ボラル・ハグアール(23歳・♂・ジプシー・シフール・イスパニア王国)
 ea8910 セル・ヒューゴー(25歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9689 カノン・リュフトヒェン(30歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb1964 護堂 熊夫(50歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)

●リプレイ本文

 光の通る、穏やかな雑木林だった。遠くに潮騒が聞こえ、寒さの緩みだした昨今。
「ぎゃん!」
 銀色の光が木漏れ日に走る。凄惨な断末魔。飛び散る血。
 犬は、飛び掛ってきた勢いのまま体制を崩し、地面に衝突する。以降ぴくりとも動かない。
 さして表情をかえるでもなく、カノン・リュフトヒェン(ea9689)は己の剣の血露を払った。
「‥‥うん、大丈夫。もう、近くには何もいないよっ」
 どこからか声がして、木々の葉が不自然にざわめく。ボラル・ハグアール(ea8408)が飛び出した。葉と同じ色の髪と羽を持ったボラルは、文字通り森の妖精のように見える。後ろのほうに控えていたセル・ヒューゴー(ea8910)は、木に巻きつけたロープを解きに掛かった。
「ふう。自分で考えた案とは言え、めんどくさいな」
 ロープは、木と依頼の品である宝箱とをしっかりと結び付けていた。箱を獣にひっくり返されないよう、との依頼人の忠告を受けての事だ。
「『ソナエアレバウレイナシ』ですからな」
「‥‥ん?」
「祖国の言葉で、準備はしておけと言う意味です」
 巨漢の陰陽師護堂熊夫(eb1964)は、屈託のない笑顔を浮かべる。

 宝箱が解放されると、冒険者は再び歩みを進めた。ルート自体は、林に入る前にあらかじめ決めていた。まずボラルが林の上を飛んで地理を調べ、自然のままの木々の隙間に人が行き来したらしい粗雑な道を見つけてきた。その間にウォルフガングがディテクトライフォースで把握した大体の獣の群の位置と照らし合わせ、できるだけ安全な行程を選んだのだ。
 最初はボラルが地図を描く手はずになっていたが、出立後誰も筆記用具を持っていないことに気付き、目下ボラルの道案内と冒険者達の記憶を頼りに進んでいる状態だ。

「あの依頼人、この辺りじゃちょっとした有名人らしいぜ」
 軽快に草を踏み込む音がし、隣にシエロ・エテルノ(ea8221)が並んだ。
「なんでも、自分の館に引きこもって、一ヶ月二ヶ月出てこないなんて事はざららしい。姿を見る時は、必ず大きな箱をロバに負わせて、引いて歩いてるんだそうだ」
「箱?」
 チュリック・エアリート(ea7819)が宝箱のほうに視線をやると、シエロは首を縦に振る。
「箱の大体の特徴はこれと同じさ。それに俺達の前にもに宝箱を持ってここに入る冒険者風の一団を見たって話もある」
 しかし依頼人本人の事に関しては、詳しく知る者は無く、ただ『奴が歩くと腐臭が漂う』だの『足跡から毒カビが生える』だのといった、気味の悪さが一人歩きした噂程度の情報しか得られなかった。名前すら誰も知らないのだ。
 チェリックは考え込むように、釣り目がちの目を伏せる。
「確かに、ギルドの係員の話じゃ、男のローブは酷い汚れだったらしいが」
 まさか、とは思いつつも、ローブの男と聞いて捨て置く気にもなれず、チェリックは出立前に男のローブの色を係員に尋ねたのだ。赤だとか緑だとか黄色だとか、とにかくいろんな色が重なっていたが、仕事柄、所々古い血の痕が残っている事だけは判別できたのだという。地の色は紫ではなかったようだが。
 もう少し突っ込んで聞きたかったが、生憎眉間に皺を刻んだギルドマスターが係員を連れて行ってしまったので、それきりになってしまった。そう言えば、ウォルフガング・ネベレスカ(ea4795)が怪しい宝箱の中身を確認しなかった係員の事を零していたが‥‥。
「まぁ、ますます怪しさに確証が持てた訳だが?」
「だからと言って仕事を止める訳にもいかないからな」
 上品そうな容姿に、どこか悪戯めいた笑みを浮かべてこちらを窺うシエロに、宝箱に目をやったままチェリックは淡々と答えた。シエロは倣って、宝箱を見やる。
「こんな味の悪い仕事なんざさっさと終わらせて、旨い茶でも飲みたいね。‥‥アンタも気晴らしに、どうだい?」
「‥‥まあ、考えておこうか」
 何気なく肩に回されたシエロの手を、さりげなく前に距離を取ってチェリックが塞いだ、その時だ。
「ひゃあぁっ!?」
 出し抜けのボラルの悲鳴に続き、不自然にモミの木の葉が激しく揺れた。
「ボラルさん! こっちへ!」
 レオパルドが叫んですぐさま剣を抜く。葉が大きく一揺れして、ボラルが飛び出す。数秒も遅れず後から鷹が躍り出た。執拗にボラルに爪をつきたてようとする。
 ボラルはレオパルドの背後に隠れる。それでも鷹はスピードを緩めない。
 レオパルドが剣を振り下ろす。鈍い音と、砕ける感触が金属から手に伝わってくる。鷹は片翼を落とされ、地上に激突する。
「奥から何か来るよ!」
 今度は茂みを掻き分ける音。ザッと道の脇の草むらが分かれたかと思うと、箱に向かって野犬が飛び掛ってくる。宝箱は、まだ完全に固定しきれていない。
 迫り来る犬と眼が合った。セルは舌打ちする。このロープを握る手を、ここで放す訳にはいかない。
 しかし、先頭をきって飛んできた犬は、急に横に引っ張られ、その勢いのまま地面に身体をしこたま擦り付けた。
「させるかっての」
 闘気魔法で力を高めたシエロの縄ひょうが、きつく犬の胴に巻きついている。
 縄ひょうに捕らえられた犬と入れ違うように箱の前に立ったのは、カノンとレオパルド。激しく吠え立てながら攻撃してくる犬たちに、臆せず剣を振るう。レオパルド・ブリツィ(ea7890)もシエロ同様闘気を漲らせている。その眼が、目ざとくもカノンの左手から流れる血を認めた。
「カノンさん、怪我が‥‥」
 カノンの返事はそっけない。
「心配ない。囮だ」
 この傷は、カノン自ら付けたものだ。相手は獣ゆえ、血の臭いで箱から注意を逸らせるかと考えての事だったが、獣達の動きを見る限り、あまり効果はないようだ。
 獣の目標は常に宝箱――の、側にいる人間であるように思えた。
「何だか、皆怯えてるように見えるんだよね‥‥」
 黒き聖光が木漏れ日を裂き、急降下してくる鳥達を散らす。ダメージを受けて落ちるものもあれば、光に驚いて一旦逃げるものもいる。しかし翼が動く限り、鳥たちは攻撃を止めなかった。
「怯えて?」
 ホーリーシンボルに手を当てたまま、ウォルフガングはボラルに聞き返した。
「前に、人に酷い事されたのかも‥‥それか、宝箱にヤな思い出があるのかも‥‥」
「ふうむ。では、何故逃げない?」
 メイスで狐の横っ面を殴り飛ばし、ウォルフガングは厳しい顔をした。
「さっきから、同じ方向ばかりから攻撃してこないか?」
 攻撃にまにまに、ずっと観察してきた結果をチェリックは口にする。潮騒を背にして、獣たちは牙を剥き、爪を光らせる。
「まあ、仕事の達成には、厄介なバリケードだねぇ」
 ようやっとセルは自分の獲物を引き抜いた。そのまま空を薙ぎ、作り出した真空の刃を四足の獣の群に突っ込ませる。血しぶきが飛び散る中、それを逃れた一匹の狐が、先陣を切るカノンとレオパルドの間を縫って前に出た。だが生憎その瞬間は、チェリックが呪文を唱え終えた瞬間と同じであった。
 大地の色がチェリックを包む。狐が踏みしめていた雑草が、蛇のようにくねった。思えば次にはその四肢に絡みつき、胴まで押さえ込んでしまった。
「よし‥‥っ」
 レオパルドがひるんだ獣達に切り込もうと剣を掲げる――
『『『『ぎゃん!!』』』』
「え――」
 ほとんど一斉に、獣達は悲鳴を上げた。そして、今までの勢いが嘘のように、尻尾を巻いて、または遠く手の届かない空へ、逃げ出した。
 何がそうさせたのか、分からない。絡めとられた狐すら、必死の形相でその束縛を逃れ、木立の向こうに消え去ってしまった。
 それ以降、林の中で獣に襲われる事は決してなかった。


 崖にぶつかり砕ける波の音に、セルは耳を澄ませ、水平線を見る。船影が浮かんではいないか。
 カノンはじっと木立を見据えている。獣の影――あるいは人の影が木々の隙からみえはしないか。
 幸いにも、いずれも今は見当たらなかった。
 緊張感が冒険者を包む。獣を相手にしている時よりもむしろ、強い緊張が彼らを支配していた。
 ボラルは上空からロープを落とし、その形を真剣に見詰めて、唸った。
「止めとこうよ。ロープに凶相が出てるよ? きっとまずいモノがはいってるんだよ〜」
「確かに義務ではないんですが‥‥でも、放っておいて、後々不利になるような事があったら‥‥」
 レオパルドは遠慮がちに確認を主張する。紫色のローブでこそなかったが、この時期に、一連の竜事件を想像しない者もいないだろう。ボラル以外は宝箱の中身を確認することに賛成、または黙認していた。
「それの心配が当たるか外れているか知るには、中を見るしかないでしょうな」
 熊夫が教師の諭すような目でボラルを見る。
「なあに、心配ないですよ。万一、中に魔物やその他危険な物がが潜んでいようが、開けなければ大丈夫ですから」
 頷いたものの、怖がっているボラルは、黒い岩の後ろに隠れる。そういった熊夫も、初仕事にこの大任、嫌が応にも鼓動が早まっていた。
「では、いきます」
 熊夫が呪言を唱える。ノルマンでは見慣れない、直線を交差させるような印を結び、ゆっくりと目を開く。
 途端、顔をしかめ、目を背けた。
「‥‥死体です」
「人間か?」
 作戦室で自分がやや冗談交じりに言った事を思い出して、ウォルフガングは訊ねる。
「いいえ‥‥動物の。おそらく、鳥も‥‥。バラバラにされているので、詳しく何かはわかりませんが‥‥いくつかは、すでに腐っていますね」
「だ、だからやめとこうって言ったのに〜っ!」
 リアルに想像したのか、ボラルは飛び上がって、黒岩に腰掛けるシエロにしがみついた。
「でも、死骸の遺棄だけなら、別にこんな大げさな事をしなくても。他には、何か見えませんでしたか?」
「何せ、大に小に刻んでありますから。何かしら混じっていたとしても‥‥見るだけでは」
 レオパルドに熊夫は残念そうに首を横に振った。チェリックも納得しかねるように、おとがいに手を当てる。
「動物たちも何か思うことがありそうだったが、これでは分からないな‥‥」
「では、こうしよう」
 ウォルフガングはしばし林の中に消え、一匹の黒い野犬として戻ってきた。宝箱にゆっくりと近づいてきたが、数十歩ほど前で足を止める。
「‥‥犬には、中身の腐臭が嗅ぎ分けられたようだ。これを嫌って、と言うのも可能性の一つかも知れんな」
 元に戻ったウォルフガングは、そう皆に報告した。
 これ以上は、開ける以外に調べる方法を、冒険者は持ち合わせていなかった。最後に、忘れぬよう黒岩の一部を削り取る。剣を扱うものには、岩が前にも何度か剣で削られている事に気が付いた。
 ここに宝箱を運ぶ仕事は、何度か行われている――しかし、そこに宝箱らしきものは置かれてはいなかった。
 出立した時と同じ、不気味な疑問を抱えたまま、冒険者達は帰路に着くしかなかった。
 今は、彼らにこれ以上為す術はないのである。