盗賊少年、黙秘

■ショートシナリオ


担当:外村賊

対応レベル:1〜4lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 20 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月17日〜04月22日

リプレイ公開日:2005年04月25日

●オープニング

――彼らは言う。雷の槌に賭けて、そんなものは存在しない。我々は世の終幕、神々と共に戦う為に、生き、その魂を賭して戦うのだと。主よ許したまえ。彼らはまだ父なる貴方の名を知らないのです。‥‥‥‥

 〜黒僧ハレイス・ネグイスの書簡『色彩の導』3〜


 数ヶ月前の竜の襲撃、その影に見え隠れする『紫のローブの男』。
 強大な力を持つ竜の、襲い来る驚異。まさにその危機に晒されたドレスタット。
 領主エイリークの指揮の下、その下の海戦騎士団が調査に動き出した。
 様々な情報が飛び、憶測とも事実とも取れぬ情報が交錯する、その中の一つ。

 とある村の、うち捨てられた教会の中で見つかった、竜の絵が刻まれた壁画――。
 その事について記されているらしき、二百年ほど前の黒クレリックの十二枚の書簡。



 『商人へ手紙を届ける者募集』という依頼掲示に貴方に、ギルドの係員は身を乗り出した。
 何の変哲もない依頼。しかし、高報酬と緊急の走り書き。
「騎士団からの依頼だ――話を聞けば、後には引けんぞ?」



「その書簡は、阿呆な山賊どもが盗んで売っ払い、散り散りにしてしまった。冒険者にはこれから、その一つ一つの奪回、入手を頼む事になるだろう」
 ダリクと名乗った海戦騎士は、冒険者達にそう切り出し、騎士団での調査の結果を語りだした。
 ここしばらくの調査で第一の収穫と言えば、この書簡に使われている顔料が剥げ落ちた壁画のものと一致すると解った事だ。昔の画材で特定が難しいが、顔料を判別できればそこから壁画の内容を復元が出来るかもしれない。現在専門家をドレスタットへ召集して、調べさせている。冒険者と共に壁画を発見した画家のモリスも、その一人として頭を悩ませているという。
 そして要の書簡の行方なのだが。
 調子良く喋っていたダリクは、その話に差し掛かった途端、潮焼けした顔に難しい表情を刻んだ。
 書簡のありかを唯一知るのは、売り払った張本人の山賊の下っ端少年。少し前に冒険者達が捕まえ、その後はダリクが預かっていた。
「その小僧‥‥ハーラルと言ったか。あれがなかなか。口を頑として割ろうとしない。なだめたり、すかしたり‥‥脅しつけもしてみたが‥‥口を開くとボロが出るのが、自分でよく分かっているんだろう。あんまり頭が回るようには見えんしな。まあ、俺も人の事は言えんが」
 ダリクは苦笑して、腰に下げた剣を叩く。
「実の所、ヤクザ者相手に吐かせる方法ならいくらでも知ってるが、だんまりを決め込む子供にどう対処すればいいかは、さっぱり解らんのだ」
 脳裏に、チェインヘルムの少年の、喋るまいと懸命に噛み締める顔が浮かんだ。ダリクがハーラルの口の開いた所を見たと言えば、日に二回の食事の時のみだ。お陰で栄養失調気味の盗賊少年の血色は、見違えるほど良くなった。
「こっちはお陰で、一から情報集めさ。家の中に答えが転がってるってのにな」
 依頼書にあった商人とは、騎士団が駆けずり回って集めた情報の内の、書簡を買い求めたと思われる有力候補の一人でしかない。旅をしながら商う移動商人で、依頼期間にちょうどドレスタットの最寄の町に立ち寄っているらしい。
 ここに出向き、商人が書簡を持っていれば買い戻すというのが、今回の依頼である。
「お前たちには、騎士団の刻印の入った念書と、幾らか金貨を預ける。念書を示せば向こうも下手な事はしないだろうが、書簡の真偽を確かめるのに、ハーラルを連れて行ってくれ」
「けど、その子って、喋らないんでしょう? 協力してくれるのかしら」
「わざわざ連れて行くのか? 逃げるかもしれないし、仲間が連れ戻しに来るかも知れんぜ」
「ああ、だからだ」
 疑念を口にした冒険者に、にやりとダリクは、口の端を上げる。
「真偽云々と言うのは、まあ、名目上だ。俺の所じゃあどうにも構えてしまうようだからな。あえて逃げ出せそうな状況を作って、小僧の気を緩ませるのさ。あっちが何か行動を起こすのに乗じれば、手掛かりぐらいは引き出せるかも知れん。一応、情報収集の片手間に、ハーラルを俺が預かっているって話も流させてもおいたから、奴の仲間が接触する気なら、自然こっちの動きも嗅ぎつけて来るだろう」
 それに、お前たちの中に俺より子供の扱いの上手い奴がいるかも知れんしな。と付け加えて、ダリクは茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせる。
「交渉ですむ書簡入手だけなら、わざわざお前たちには頼まないさ。いつ二度目の竜の襲撃があるともわからん中、あまり悠長に書簡探しばかりしておれんのでな。手っ取り早く、有益な情報を、頼むぞ」



 暮れ掛かった日差しが、高い窓から降り注ぐ。
 細い手首には、しっかりと縄が掛けられている。食事時以外は、こうして動きを制限されていた。
 小さな個室に閉じ込められたハーラルは、小さく息をついて、差し込む西日を眩しそうに見上げた。
「‥‥兄貴ぃ。おれ、絶対言わないからね。何があったって‥‥絶対だ‥‥」
 固い決意を秘めた小さな呟きは、その窓の向こうにすら届く事はなかった。

●今回の参加者

 ea6942 イサ・パースロー(30歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea7890 レオパルド・ブリツィ(26歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea8221 シエロ・エテルノ(33歳・♂・ナイト・人間・イスパニア王国)
 ea8537 ナラン・チャロ(24歳・♀・レンジャー・人間・インドゥーラ国)
 ea8889 ルクミニ・デューク(34歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 ea8910 セル・ヒューゴー(25歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea8951 トゥルム・ラストロース(22歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9689 カノン・リュフトヒェン(30歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

 ハーラルは、逃げられぬよう騎士達に四方を挟まれてギルドに現われた。監禁されていた時と同じように、手首を縄で縛られている。街門をくぐってやっと騎士団の監視から逃れられても、ハーラルは誰とも目を合わせず、俯いて黙ったままだ。
 ナラン・チャロ(ea8537)が、そんなハーラルの隣に並んだ。
「あたし故郷はインドゥーラなんだ。そこで、バラサ流の師匠に鍛えてもらってたんだけどね。それがもうべらぼうに強くて、かっこいいの!」
「そんなに凄いんですか?」
 話に乗ってきたのはハーラルではなく、彼を挟んで向こう側にいる、トゥルム・ラストロース(ea8951)。ナランを伺う表情が少し怯えているが、その中には遠い異国への好奇心も混じっている。ナランは『モチロン!』と請合った。
「師匠にだけは、どんなに挑んだって勝てなかったなぁ。師匠の剣先がくるって回って、気づいたら、あたしが地面に転がってるの。‥‥あの瞬間、いつも胸がどきっとするんだ‥‥」
 そう言うナランの表情は、恍惚に浸っている。トゥルムは師に憧れる彼女に素直に共感したが、見る者が見れば憧れとはまた違う感情が垣間見えたろう。
「僕にも、尊敬できる人はいますよ」
 前を歩いていたレオパルド・ブリツィ(ea7890)もさりげなく会話に加わる。
「同い年の友人と、その相棒の事ですけど。今はパリを騒がせている怪盗と渡り合ってるんです。家同士が親しくて昔から彼とは良く張り合ってましたから、出遅れたのはちょっと悔しい、かな。でも、すぐに僕だって彼に劣らない冒険者になります」
「お互いを磨きあえる、いいお友達なんですね」
 トゥルムが微笑むと、レオパルドは決まりの悪そうな顔をする。
「ねえ、ハーラルは誰か、尊敬できるような人って、いる?」
 見計らって、ナランがハーラルを伺った。ハーラルは反応しなかった。レオパルドはからかうように片眉をあげる。
「確か兄貴分がいるってお話でしたけど。『話す程の事でもない方』なんでしょうかね?」
 ハーラルの方がぴく、と震える。悔しさに思わず口を開ける――レオパルドはそれを期待したが、返ってきたのは臀部の激痛だった。振り向くと足を上げたナランが、怒りに顔を高潮させていた。
「バカにしたような言い方、しないで!」
「おやめなさい。いかなる行いも、主は見ておられますよ」
 すぐさまイサ・パースロー(ea6942)が間に入る。さすがにイサにまで蹴りを入れることはなかったが、ナランは口を尖らせて不満を訴える。師に崇拝にも等しい感情を抱くナランには、例え他人の事でも、けなす行為は許しがたかった。それを汲んでか、イサはそれ以上責めず、穏やかに微笑んだ。
「正しき怒りも無闇に力で伝えては、更なる怒りと過ちを生みます。今は、お互いの軽率を恥じましょう」
 二人はイサの説得でお互いに謝罪した。その止まった足のまま、冒険者達は昼食をとることにした。

 ハーラルに、イサは自ら作ったスープを勧めた。その両手は縛られたままだ。
「せめて、食事の時だけは‥‥」
「いや。ここじゃ、部屋の中みたいには行かないだろう」
 シエロ・エテルノ(ea8221)が首を振る。シエロとて縛られた少年を見るのは気が重い。
 食べさせようとイサがスプーンを持つと、ハーラルは顔をそらす。器用に腕をひねって碗の縁を挟みこんでそのまま口に付けた。量を調節しきれないのか、口からこぼれたスープが、首に巻かれた黄色いバンダナにしみを作る。
「凄い根性だ」
 セル・ヒューゴー(ea8910)も、思わず目を見張る。
「『黄布を他人に掴ませちゃいけない』だっけか? 仲間を思うその心、そして根性。それがあれば冒険者としても十分‥‥いや、十二分にやってけると思う。うん決めた。ずっこけヘルム君、君を冒険者にスカウトする」
 ぽこ。
 セルがハーラルのチェインヘルムに手を置くと、小気味いい音がした。無言で、しかし恨みがましそうに、ハーラルはセルを睨んだ。
「俺達はお前に仲間のことを話して欲しい訳じゃないんだ。聞きたいのは、書簡がどこにあるかって事だけ」
 冗談めいた口調から、セルは改まった。
「よく考えてみてくれ。あの書簡は君らにとっちゃ、ただの金づるだったはずだ。すでに君らの手元から離れた物の在り処を話した所で、『ジョーヌ』が壊滅するなんて事はないと、思わないか?」
 それよりもむしろ、ずっこけ君を捕まえた時みたいに、詐欺とスリに気づいた書簡の買い手が、怒ってギルドに依頼を持ち込む方がマズそうな気がするけど。セルは畳み掛けるように続けた。
 ハーラルは碗を置いた。中身はすっかりなくなっているが、喋る気配はない。
「‥‥貴方自身は、あの書簡がいかに大事なものか、ご存知ですか?」
 今度はイサが、ゆっくりと、出来るだけ穏やかに話し始める。
「あれは、ドラゴンの怒りを鎮めるために必要な手がかりです。近隣が竜に襲われた事。貴方もご存知でしょう」
 そこで初めて、ハーラルの表情に変化が現われた。
 驚き――
「私達は、ドラゴンの強大な力の前にこれ以上多くの命を失わない為、書簡を探しているのです。‥‥お願いです、書簡が今どこにあるのか、私達に話しては頂けませんか?」
 イサが窺うと、再び少年は表情を固くしてしまった。その驚きの意味は、知らなかっただけなのか、それとも別の何かなのか。イサには判断がつきかねた。ただ分かるのは、まだ頑なに山賊に信頼を置いている事。
(「急かずに、ゆっくり、やればいいのです‥‥」)
 彼に盗みを働いた罪を悔いてほしかったが、少年の真摯な態度に言いそびれてしまっていた。荷物の中には、渡そうと思った玩具がまだ残ったままだ。
「とにかく今日は、書簡が本物かどうか頷くだけでいいから。な?」
「期待してるぜ、相棒」
 ぽこ、ぽこ。
 セルとシエロがチェインヘルムを叩く。どうも二人は、このスキンシップが好きらしかった。



 相変わらず、ハーラルは羊皮紙を睨んでいる。片道を共に旅した冒険者達は、固唾を呑んで少年の動きを待った。
 そしてハーラルはしぶしぶ――本当に不承不承、頷いた。冒険者達はほっと息を漏らす。
 本物だと分かったからではない。受け答えをしてくれるぐらいには、自分達の誠意が伝わったことを確信したからである。

 同刻、カノン・リュフトヒェン(ea9689)は行程で山賊が現われた折迎撃する仲間を誘い、食料の買足しに来ていた。
「行きに山賊らしい気配はあっただろうか?」
「俺は気がつかなかったな」
「あっちも逃げ隠れはプロだからね。殺気を撒き散らして歩くような真似はしないだろうさ」
 カノンにルクミニ・デューク(ea8889)が肩をすくめて見せる。
「相当の精鋭だって話もある」
 カノンはシエロに頷いた。黄色い布を旗印にする山賊、ジョーヌ。彼女は一度追い詰められた経験があった。
「何にしろ、説得は続けられている。ハーラルもすぐに協力してくれるだろう」
 カノンは気配を窺った。感じるのは町の活気、聞こえるのは人々の営み。山賊の気配はやはり微塵も感じられなかった。
 自分達に追尾がついていることを、彼女は願った。この会話を聞いていてくれれば、向こうも何かきっと、反応を返してくるはずだ。



 帰路についても、黙秘は続いていた。張ったテントの隅で、ハーラルは膝を抱えて座っていた。共にテントにいるトゥルムは、やるせない気持ちで一杯だった。
 すでに夜は更けていたが、月の光は明るい。入り口から忍び込んだ一筋に、トゥルムは酷く怯えていた。
 月の光は怖い。月の光で狂う事を知られる方が、もっと怖い。
 だから夜間の見張りも、断れなかった。
 ハーラルは、微動だにしなかった。しかし光に浮かび上がる彼の白目部分が、瞬きで明滅するから、起きてはいる。
 山賊が動くなら今夜しかないと、皆考えていた。ハーラルも同じだろう。
「‥‥なぁ」
「え?」
 聞き間違いだと思った。無意識に聞き返すと、声は、またした。
「‥‥おいら、山賊だ。ちやほやしたって、言うこと聞かないぞ」
 ハーラルの声だった。色んな思いが行き交ったが、トゥルムはこう答えた。
「違います‥‥。皆、心配してるんです。もし、ドラゴンがまた暴れだしたら、私や貴方も、街の人も、貴方の仲間や兄貴さんも、同じように犠牲になってしまうから‥‥それを止めたいだけなんです」
 がいん!
 外から突然、激しく鋼が打ち合わされる音がした。続けざま、ルクミニの叫び声。
「山賊だ! きたよ!」
 ハーラルは反射とも言える反応の速さで立ち上がった。
「だめっ‥‥」
 外へ出る事への躊躇いから、トゥルムの反応は遅れた。伸ばした手は後一歩、飛び出すハーラルの背中に届かない。
「っと、そうは行かないぞ」
 見計らったように入り口で待ち構えていたセルが、ハーラルを抱えあげた。そのまま、剣戟とは反対方向に走っていく。
「何すんだバカ、ヤメロっ!」
「一ヶ月ぶりだな、君の声を聞くのは」
「こっちへ」
 隣のテントから出てきたイサとレオパルドが、視界の広い原のほうを指し示す。
 テントの四方を見張っていた者達は、それぞれ山賊と敵対していた。
 彼らは獲物を構え、目の前の冒険者と間合いを計りあっていた。
「この場。任せてもいいかい?」
 互いの背中が触れ合いそうになった折、ルクミニは背後に問うた。
「この程度なら、問題ない。私だけで十分だ」
 カノンはドワーフ達の切っ先に、冒険者達ほどの技量がない事を見て取った。
「このままじゃ本命が手薄だしな‥‥」
 おそらくこの四人は囮だろう。
「じゃ、こうしよう。――せー、のっ!」
 掛け声と共に、膠着の場が動き出す。
 シエロとナランは共にハーラル達の所へ駆け出した。ルクミニは賊に一人に肉薄して、刀を抜きざま、鳩尾に叩き込む。体制を崩した賊を避け、一直線に前方の茂みに向かった。その目標に気づいた賊が追いすがろうとするが、後ろからカノンに一太刀浴びせられ、どっとその場に倒れる。
(「あわよくば捕縛したい所だが――さすがに厳しいか」)
 倒れた賊から赤黒い液体が流れだした。数差を考えれば互角だろう。短く祈り、カノンは剣を構える。
 ルクミニはその殺意を、嫌になるほど感じ取っていた。加えて、茂みの中でわずかに光る、金属の反射。そこに弓兵が潜んでいるのは必然だった。
 殺気をかぎ分ける力と、ずば抜けた視力、何より始めから遠方の攻撃を意識していた事が素早い行動に結びついていた。
 矢が飛来する。それは何度か試みられたが、彼女にいくつかかすり傷を負わせただけだった。茂みに飛び込む。弓兵は一人だった。慌てて、腰のナイフを引き抜いたが遅い。ルクミニがが鋭く沿った刀を振り下ろせば、ぎゃっと悲鳴をあげてドワーフは利き手から鮮血を噴出した。
 ナランは賊が来るなら、『兄貴』もいるのではないかと予測していた。携えたスクロールを取り出し、古の言語を呟く。
 目標は、『兄貴』だ。
 銀色の光が溢れ放たれた。ムーンアローは原の向こうから駆け寄る三人の内、色白のドワーフの肩口を射抜いた。
「‥‥ってえ!?」
 悲鳴を上げたのはセルだった。腕を押さえてうずくまる。
「思いっ切り噛まれた!」
「あ、兄貴!」
 咄嗟に突き出したイサの腕もすり抜け、ハーラルはドワーフの元へ駆けつけた。
「口は利いたか?」
 呻きもせず、彼は、静かに詰問した。ハーラルはすぐ横に首を振った。
「ならば安心しろ。頭は北に入った。今からでは間に合うまい」
「‥‥うん。でも、兄貴。あいつらが、アレは竜を鎮めるとか、変なことを言ってるんだ‥‥」
「‥‥そうか」
 安堵と不安の入り混じったような表情の弟分に、ドワーフは視線を合わせた。腰溜めのような姿勢。イサの目に、鋭利な金属の光が映った。
「いけない!」
 思わず叫んで、ホーリーの詠唱が止まってしまう。ハーラルは把握できなかった。ドワーフが抜いたナイフが、自分の首めがけて迫っている。
「畜生!」
 シエロが縄ひょうを放つ。オーラの力によって威力を高められたそれは、正確な軌道でドワーフのナイフを持つ手を掠めた。しかしドワーフの刃はハーラルを捕らえ、ハーラルは仰向けに倒れた。
 予想していなくはなかった。
「こいつはずっとお前を信じてたんだぞ。それを!」
「殺すつもりはない。もっとも、もっと深く斬るつもりではあったが」
「な、に‥‥?」
 冒険者が駆け寄って、ハーラルを抱え起こす。黄色いバンダナがばっさりと斬られているが、皮膚はうっすら血がにじんでいる程度だ。もっとも、本人は気を失っているようだが。
「お前達がそれの心身を痛めつけるのなら、助けるつもりだった。それが騎士どもと馴れ合っているならば、殺すつもりだった。だが、今までを見て、考えが変わった」
 色白のドワーフは指笛を吹いた。周囲の山賊達は傷つき、または死んで動けない者を抱え、冒険者と間を空ける。
「それは身寄りがない。頭が拾ったせいでこんな稼業をさせてしまったが、賊をするには、やはり正直すぎる。今、それを斬ったは、『ジョーヌ』の掟。団を抜けるに当たり、誓いの黄布を巻く部位を、黄布ごと団に差し出さねばならぬという儀式だ。これで、それは我にも、団にも、義理立てする必要はなくなったのだ」
 言って、ドワーフは、改まって冒険者達に頭を下げる。
「冒険者よ。それを真っ当にして、二度と我らに近付けさせないようにしてくれはしまいか」
 ハーラルの傷を塞いだイサは、困惑の表情を浮べる。
「私も神に仕える者。この心根の正しい少年が罪を悔い改めるのに、助力は惜しみません。しかし‥‥」
「ハーラル君は、貴方を尊敬してるんだよ? 一緒にいたいと思うよ? それなのに、こんな、無理矢理なのって、ないんじゃない?」
 ナランはハーラルの気持ちを思い、肩を震わせる。
「確かにな。だが、ここでそれが我らの側に戻ったとして、これよりは、この別れより辛い試練が待つだけだ」
 淡々とした物言いだが、冒険者達には、そこに偽りはないように思えた。
「‥‥言っておくが。これは、『黄布を掴ませる』行為ではないぞ。それとお前達を案じての忠告だ」
 ドワーフは、冒険者に背を向けた。いつの間にか、他の山賊はどこともなく消えている。
「紫のローブ‥‥ロキ・ウートガルズに気をつけろ。神に――手を出そうとする男だ」