洞穴を抜け、吟遊詩人の元へ

■ショートシナリオ


担当:外村賊

対応レベル:1〜4lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 80 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月27日〜05月07日

リプレイ公開日:2005年05月06日

●オープニング

――賊はそれだけでは飽き足らず、南下を続けて強奪して回った。村の者は怒りを露に立ち上がった。そこは戦に生を賭ける猛き部族である。男どもは、泉に突き立つ搭に賊の血をささげる事を誓い、すぐさま船を繰り追いかけた。川の支流を上らせ、追い詰め、船を捨てさせ、広い草原の先の森の中に。すでに双方疲弊していたが、こちらには主の加護がある。父の尊き力を前に、ついに賊は負けを認めた。‥‥
 〜黒僧ハレイス・ネグイスの書簡『色彩の導』7〜

「故買商の話によると、書簡をマイアと言う吟遊詩人に転売したのだそうだ」
 海戦騎士ダリクはギルドの一等奥の相談室を選び、冒険者に説明を始めた。
 マイアは毎年冬の間、情報のあった街の近くにある、山の中腹の小屋で過ごしている。買い物ついでに街にやってきては、色々と古い伝承を歌って聴かせるので、その街ではちょっとした人気者なのだ。しかしあくまで冬の間だけ。雪が溶け出す頃にはふらりとどこかに旅立ってしまうのだそうだ。
「書簡を持ってあてのない旅に出られる前に、書簡を買い戻して欲しい。ただ問題は、街道を通ると、酷く迂回しなければならない事だ。‥‥道さえ選ばなければ、街道を馬で飛ばすよりも三日も早く着くのだが」
 ダリクは、例の街の方角へ一直線に伸びる洞窟を示唆した。『山賊の宝倉』とあだ名される所で、宝を探す人間を惑わせるかのように、いくつもの枝道が入り組んでいる。
「ま、本当の所は土が脆くてすぐに壁が崩れるから、『宝倉』にするには危なっかしい場所だ」
 一枚の地図を取り出すと、木の枝のように分かれ、交差する道の所々に附された×印を指差す。
「この印が道が土砂で埋まってしまっている場所だ。が、これも何年も前のもので、今どうなっているのかは分からん。それにあの辺りにはよくクマが冬眠しているという話もある。この時期なら、まず大丈夫だろうが‥‥子持ちのクマは長めに冬眠するからな。彼女らを見つけたら、気をつける事だ」

●今回の参加者

 ea3725 ジャン・ゼノホーフェン(36歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea8221 シエロ・エテルノ(33歳・♂・ナイト・人間・イスパニア王国)
 ea8951 トゥルム・ラストロース(22歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9537 ヴェルブリーズ・クロシェット(36歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb0435 ヤマ・ウパチャーラ(53歳・♂・僧侶・シフール・インドゥーラ国)
 eb1351 ヒース・ラクォート(46歳・♂・バード・人間・フランク王国)
 eb1779 ナタリー・パリッシュ(63歳・♀・ナイト・人間・イスパニア王国)
 eb1964 護堂 熊夫(50歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)

●リプレイ本文

 てらてらと光るランタン。
 砂をにじる足音。
 誰かの金具のぶつかりこすれる音。
 洞穴の壁に跳ねて、小さな音は延々と響いていく。
 冷えた空気は、冒険者に冬に戻ったような寒さを感じさせた。
「灯りを」
 ジャン・ゼノホーフェン(ea3725)が言うと、ヒース・ラクォート(eb1351)が彼の手元を照らす。それによればここは、しばらく真っ直ぐ続く一本道だ。
 もう一つの灯りを持つヴェルブリーズ・クロシェット(ea9537)が、前方に灯りを投げる。現在の洞窟は、彼女の足元から、土砂が緩やかな坂を作って、先に続く道を天井近くまで塞いでしまっていた。
「ほらよ」
「ふむ」
 ナタリー・パリッシュ(eb1779)が持っていた羽ペンを差し出すと、地図を睨んだままジャンはそれを受け取る。ヒースは地図を覗き込んだ。ここさえ過ぎれば、後はいくつか枝道を過ぎれば、すぐに出口と言うのに。
「◎まで戻って、北に回るか?」
「いや、それだとこの分かれ道より手前が崩れていた時、また引き返さなければならない。やや遠回りだが、枝道の多い東よりを進むべきだ」
 地図には先程通ってきた三叉路に、◎印が記入されている。取り出した羽ペンの先で、ジャンは三叉路の内、ヒースとは反対にそれる道を指し示した。彼らの示した道に挟まれたもう一つの道は、今彼らが立つ道だ。
 冒険者達が脆く、迷いやすい洞窟に対して取った作戦は二つ。一つは、預かった地図から、いくつかのルートを立ててから入った事。一つは、地図の複製を作って、土砂崩れなどで様子の変わった所、迷いやすい所を、細かく記号として記していく事。記号は洞窟の壁にも刻み付けるようにし、確実性を高めている。慎重な行動のお陰で、迷うことなく『宝倉』を半分ほどを乗り切っていた。
「◎からここまで百と十歩。引き返すだけでも随分ロスだねぇ」
 距離感を掴むべく、地道に歩数を数え続けてきたナタリーが嘆息する。
「名前ばかりの埃っぽい宝倉なんざ、さっさと抜けてお日様を望みたいもんだ」
「そう言わずに。古代文献を探し求める冒険の障害と考えれば、心も躍るだろう?」
 根っからロマンティストのジャンは不敵に微笑むが、ナタリーは肩をすくめるばかり。
「ピンと来ないね。まあ、アンタみたいに危険を楽しむような人間は、上手く切り抜ける術も良く知ってるだろうさ」
 諦め口調に、蓋を開けたインクをジャンに差し出す。塞がった道には×印をつけなければならない。
「では、東を進む事にしようか」
「しばし待ってください」
 遮ったのは護堂熊夫(eb1964)。印を結んだまま、じっと崩れた道の、ジャイアントである彼の身長の倍ほどにまで積もった土砂を見据えている。その広い肩に留まって合掌するのは、ヤマ・ウパチャーラ(eb0435)。
「少し掘ってみましょう。幸い、側面が崩れているだけで天井はしっかりしているようです。ゆっくり崩せば人が通れるぐらいの穴は作れるかもしれません」
「近くに、私達以外に生き物はいないみたいですしね」
 ヤマも穏やかに微笑む。地図を囲んでいた三人は顔を見合わせた。
「三叉路の他の道はずいぶんと迂回することになる。通れるなら通るに、越した事はないけどな」
 双方のルートを想定して、シエロ・エテルノ(ea8221)が自分の意を述べる。
「けど大丈夫かい?」
 ナタリーは訝しげに見遣る。隊列の殿であるシエロのさらに後ろに隠れるように立つ、トゥルム・ラストロース(ea8951)が、不安げな表情でナタリーと同じ意見を訴えている。熊夫は彼女たちに快活に笑って、周到に用意していたスコップを掲げた。
「なあに、音を立てないよう、慎重に慎重を期す所存。大丈夫ですよ」
「私、お手伝いします」
 行動派のヴェルブリーズは、面倒見の良さも手伝って、早くも腕まくりをしている。
「よっしゃ、オヤジ二人が頑張るなら、俺もだまっちゃおけんな」
 ヒースも膝を叩いて立ち上がる。年若い者が多い冒険者達の中にあって、たまたま(肉体的)年長者が集まった今回の依頼、自らも四十に足をかけるヒースは、ヤマや熊夫に親近感を抱いているらしかった。
「ではまず私が上を当たりましょう」
 ヤマが飛び、先に頂の砂利を掻き分け始める。続いて、他の者達もそれぞれに作業に加わった。
 土砂を掻き出し、叩き固める。
 時間にして三叉路からここまでを往復する頃程には、通路らしい穴が出来上がっていた。ヴェルブリーズが嬉しそうに熊夫に笑いかける。
「迂回するより早く行けそうですね」
「残るは、ここを固めて‥‥」
 そう言って熊夫が一歩踏み出す。掻き出した土砂の上に足が乗ったとき、その巨体がぐらりとかしいだ。
「のおおおおおっ!?]
 バランスを崩した熊夫が作った通路のほうへ倒れこむ。倒壊音が聴覚を、巻き上がった砂埃が視界を奪う。どこか遠くで、地響きのような低い音が聞こえてくる。音に誘発されて、新たな場所が崩れてしまったのだろう。
「ごほっ、うう、面目ない」
 埃が晴れたときには、大きく開いた通路と、腰まで土砂に埋もれた熊夫の姿があった。唯一幸運だったのは、作った通路は塞がれたのではなく、逆に大きく拡張されていた事だ。ヒースは快活な笑みを浮べて、オヤジ仲間を助けるべく、右手を差し出した。
「なあに、時間をかけずに通路を作れたと思えば――」
 
――おおお‥‥ん――

 土砂の崩れる音とは違う響きが、通路の向こうから聞こえてきた。思わず冒険者達は身を凍らせる。
「‥‥熊の声、です‥‥興奮してるみたいです」
 トゥルムがおずおずと、ごく小さな声で、響いた音の正体を告げる。
「起こしちまったか」
「くうっ、面目ない」
 しかし人間のヒースだけでは熊夫を助けられず、最後には大きな蕪を引き抜くごとく、全員で熊夫を引っ張り出す事になった。一人この場では戦力外のヤマが、周囲の警戒をかねてディテクトライフフォースを唱える。
 その表情は、あまり芳しくなかった。
「‥‥近いですね。すぐそこに、犬ぐらいの大きさの生き物が」
「があ」
 最後にいたシエロは妙な音を聞いて頭を巡らせる。彼のすぐ後ろで、小熊が一頭、眠そうに欠伸をしていた。
「わぁ‥‥」
 愛らしい仕草にトゥルムやヴェルブリーズは一瞬微笑が浮かぶ。しかしすぐ後に聞こえた鳴き声に、途端に笑みは消えうせる。
「母熊の声‥‥子供を捜しているかも‥‥」
「うむ、早くここを離れよう」
 最後の力を込めて冒険者は熊夫を引っ張る。小熊は好奇心をくすぐられたのか、シエロやトゥルムの間を行ったり来たり、臭いを嗅いだりと、一向に離れる気配がない。
「わ‥‥私達はあなたのお母さんじゃありませんよ」
「しっしっ」
 懸命に追い払おうとするが、小熊は嬉しそうに冒険者の周囲を駆け回っている。
「ほら、さっさと向こうに行けって」
「静かに」
 ジャンが制し、ヴェルブリーズも真剣に耳を澄ませる。
 荒い鼻息と重い足音。熊夫の向こう、緩やかなカーブの向こうから現われたのは、母熊。
 同時に、熊夫の下半身が土砂から解放される。小熊は嬉しそうに母熊を呼んだ。片や母熊の眼は凶暴さを帯びて鈍く光っている。
「グオオオオッ!!」
「こりゃまずいっ」
 熊夫やナタリーが保存食として持ってきていた干し肉を投げるが、まったく見向きもせず、迫ってくる。
「‥‥子供を心配してるんです‥‥」
 トゥルムが言う。しかし下手に小熊をどうにかすると、余計に母熊を刺激しかねない。シエロは、縄ひょうを取り出し、オーラエリベイションを掛けると、冒険者と熊の間に割り入った。
「俺がひきつける、そのうちに」
 立ち上がって熊が威嚇する。シエロも刃の先端を見せ付けるように対峙する。彼の視線の先では、小さい土砂の山からこちらの様子を伺うヤマの姿が見て取れた。何か作戦があるようだ。
「ヤマみたいに回り込めりゃ良かったんだが。贅沢も言っちゃおれんな」
 そしてシエロのすぐ後ろに、ヒースが立ち、印を組む。
「背中を向けたら飛びつかれるよ。慎重に、少しずつこのまま下がるんだ」
 ナタリーが忠告するとおり、他の冒険者はゆっくりと熊と差を広げていった。小熊は、冒険者を木立に見立てたかのように、足の周りを走り回っている。
 母熊はシエロと視線を合わせたまま、詠唱の声をいぶかしむ様に、様子を伺っている。
(「好機!」)
 すかさずヤマが飛び出す。その腕は、青白く不気味な光を発している。洞窟内に青い残光を残しながら、熊に肉薄すると、その肩の毛皮に腕を沈めた。
 途端、母熊の眼から怒りが消え――生の光すら消え、すべての力が抜けたように呆然と立ち尽くすのみとなった。
 小熊が事態に気づいて不安な鳴き声を上げる。その時には、母熊はどうとくずおれ、そのまま動かなくなってしまっていた。慌てて母親のそばに走り寄るが、やがて小熊は母にうずもれるようにして寝息を立て始めた。
「うまくいきましたね。どうやら小熊を少し、怖がらせてしまったようですが」
 ヤマが上から二頭の様子を伺う。良く見れば、母熊も胸が上下して息があるのが見て取れる。クーリングで抵抗力を奪い、ヒースのスリープを効きやすくしたのだ。
 ヒースは脇にかがんで、そっと小熊の首筋をなぜた。揃って眠る姿が、自分の妻と子を思い出させる。
「すまんなぁ、ボウズ。お前の目が開いた時には、元の元気なおっかさんだから、心配しなくていいぞ」
「その子‥‥女の子ですよ」
「む!? そうか‥‥そりゃ、重ねてすまん」
 トゥルムが小声で訂正すると、ヒースは照れくさそうに頭を下げた。
 やがて冒険者はこの難関を切り抜け、日光の差し込む出口が見える場所までたどり着いた。出口をさえぎるように、不自然に枯葉や木の枝がたまった所があったが、トゥルムに言わせると、それが熊達の本来の寝床であったらしい。遅かれ早かれ、彼女達の睡眠を邪魔することになったのだと思いながら、冒険者達は麓の町へと続く道へと出た。

「おやまぁ。こんな辺鄙な所に、随分大勢のお客さんだね」
 戸を開けるなり目を丸くしたのは、真っ白な髪と髭を生やした、ドワーフの老人だった。だが、案内してきた町の人間から騎士団の遣いである事を聞かされると、怪しむこともなくすぐに中へと招き入れた。
「それで、あの洞窟を抜けてきたってかい? 無茶な真似をするもんだね」
「その書簡が、ドレスタットを騒がせる犯人を捕まえる重要な手掛かりになるのです。ご協力願えませんか」
 ヴェルブリーズは念書を読むマイアに重ねて頭を下げる。どこから情報が漏れるとも分からないことから、詳しい情報は念書にもぼかして記してある。しかしマイアは目を通しながら、見透かしたような表情が浮かぶ。
「そうだね、ちょっと待っておくれでないかい? これを基にした歌が、完成するまで。なに、時間は取らせないよ。明日までに完成させて、山を降りるつもりでいたからね」
 と言うことは、もう一日到着が遅れれば、彼女と行き違いになっていた可能性もあったのだ。冒険者の答えを聞かないうちに、竪琴を鳴らし始めた彼女を見やりながら、冒険者達は安堵の息を漏らした。
 竪琴の音が、小さな小屋を支配する。音楽をたしなむヴェルブリーズやヒースはその技巧を眺め、イスパニアから出てきたばかりのナタリーはノルマンの楽曲の物珍しさに耳を傾ける。一方熊夫は、書簡を買ったマイアに対して興味を持ち、疑問を口にした。
「そういえば、どうしてその書簡を買われたのです?」
「うるさいよ坊や。急いでるんなら黙っておくれ」
「坊‥‥」
 齢四十を数える熊夫。気は若いつもりだが流石に坊やと呼ばれれば呆気に取られる他はない。
「悪いね、ちょっとした土産もあるから気張っておくれね」
 眼を白黒させる熊夫に代わり、ナタリーがマイアの側にベルモットの瓶を置く。マイアは爪弾くのをやめ、ナタリーを見上げて満面の笑みを浮かべた。
「おや、これはなかなか気が利いてるね」
 早速瓶を取り上げて、ぐいっと一気にマイアは煽る。
「そうさね。『イグドラシル』って伝説は知ってるかい?」
「昔の伝承だ。三本の根は冥界、地上、天界に続くっていう。世界を樹に見たてる神話だ」
 ヒースが答えると、老詩人はこくりと頷く。
「あれをこの地上で探し当てた人間ってのがいるんだ。あたしが知る話だけでも少なくとも、何人かね。偉い学者さんが探しまわってるって話も聞くけど‥‥あたしが読むに、この書簡の僧侶もその一人だろうね」
 ベルモットをもう一口飲んで、彼女は琴をかき鳴らした。
「曰く北の海にあると。曰く泉の上に立つと。僧侶はいと神々しき世界樹の根を、忌まわしき悪魔の塔と思い至りて打ちほろぼさんとす‥‥あたしの持ってる書簡には詳しい事は書いてないけど、もしかすると他のには、行き方とやらが書いてあるのかもねぇ」
 これまで、竜の描かれた壁画を読み解くとされていた書簡である。突然飛躍した話に、冒険者達は目を見合わせるばかりだ。その反応を楽しむ様に、マイアはのどの奥で笑う。
「坊やの話に付け加えるなら、世界であるイグドラシルは全てを育む樹でもある。いかな邪な竜が根を噛んでも、自分が苦しんだそれを養うことを止めはしないのさ。何でも領主様は竜を大人しくさせる方法を探しているそうじゃないか。地上にその根が本当にあるとするなら、探してみるのも、面白いんじゃないのかい?」