『仁義なき〜獣達の〜斗い』

■ショートシナリオ


担当:外村賊

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 71 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月21日〜06月27日

リプレイ公開日:2004年06月30日

●オープニング

「獣退治じゃ。腕の立つ冒険者を頼む」
 受付にやってくるや、吐き捨てるように男は言った。当番だったお姉さんはちょっとびっくりして、それから、仕事中なのを思い出した。
「獣退治ですね。ええと、依頼書にいたしますので、もう少し詳しくお願いできますか?」
 背格好から見るに、依頼人はドワーフらしい。彼は、髪と髭でもじゃもじゃになった顔を動かして――恐らく頷いて――口を開く。
「わしはこの辺りで石工をやっとるもんじゃ。この間、ここから一日ばかり行った所の、古くなった橋の修理を依頼されたんじゃ。そこに獣がうろつきおる。それをどうにかして欲しい」
 言う事は言ったぞとばかりに押し黙る依頼人。お姉さん、焦った。
「えっと‥‥、どうにか、といわれましても。もう少し具体的な情報はございませんでしょうか? 獣の種類や、数や」

 だむっ!
「ひっ!?」

 何せ相手の表情は見えない。しかしカウンターに拳を叩きつけたその背後からは、恨みと怒りの険悪なオーラが立ち昇っているかのように見えた。件の獣に、よほど困らされているらしい。
 そして、カウンター。今確かに『ばきっ』て言った。
 ドワーフの様子のあまりの怖さに、片手片足を挙げて固まりながら涙ぐむお姉さん。そして思った。
 こんな怖くて強そうなドワーフさんが困るぐらいだから、きっと物凄い獣に違いない。熊とか象とか大蛇とか。これは腕の立つ冒険者を手配しなければ。
「犬じゃ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥はい?」
「犬が毎日、橋の上で縄張り争いをしとるんじゃ。徒弟に追い払わせようとも思ったんじゃが、下手をして怪我をされては仕事に障るじゃろう」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥な、るほど」
 心なしか、ドワーフは身を震わせたように見えた。
 お姉さんの中で、手配する冒険者のランクがガックン下がっていった。
「こっちも期限内に仕事をせにゃならんのじゃ。どうやってもええ。わしらの期限はあと三日。それまで奴らが仕事の邪魔にならんようにしてくれ」
「分かりました。それでは冒険者の方を手配いたしますので、ご希望の報酬額を‥‥」

 手続きを終え、「頼むぞ」と言い残してドワーフはギルドを後にした。依頼書をまとめたお姉さんは、楽しそうに微笑んでいた。
「ワンちゃんが怖いなんて‥‥あのドワーフさん、結構カワイイ」
 とっつきにくそうな依頼人への恐怖心が薄れたせいか、機嫌のいいお姉さんが掲示板に貼った依頼書には、橋のたもとでお目々ウルウルのチワワ達が戯れている図があった。


 ‥‥断じてそんなハズはない。

●今回の参加者

 ea1594 アズエル・フォルド(24歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea1861 フォルテシモ・テスタロッサ(33歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1872 ヒスイ・レイヤード(28歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea2031 キウイ・クレープ(30歳・♀・ファイター・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea2201 アルテュール・ポワロ(33歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2229 エレア・ファレノア(31歳・♀・ジプシー・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea2600 リズ・シュプリメン(18歳・♀・クレリック・エルフ・フランク王国)
 ea3248 ヴァーニィ・ハザード(23歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

「‥‥こんなものか」
 ドワーフ達が修理する橋の近くの野原。アズエル・フォルド(ea1594)は草で丹念に罠を隠した。猟師としての経験から、手近な物を拾って作った簡素なものだ。
「こちらも設置完了です」
 ヴァーニィ・ハザード(ea3248)が額の汗を拭いて、野原を見渡す。加工した食材が点在して橋まで続いている。ヴァーニィの保存食とエレア・ファレノア(ea2229)の購入した生肉で作った撒き餌だ。
「後は、犬達が来るのを待つだけですね」
「上手くこちらにおびき寄せられたら、お腹を狙ってください。急所ですから」
 動物に詳しいエレアが犬との戦いの注意を仲間に伝える。
 二日目の朝だった。保存食に余裕がある者は橋で野宿をして見張り、手持ちがないメンバーは近くの街の宿屋に世話になっていた。ヴァーニィ達が乗ってきた馬も、戦闘の時に怯えて暴れだすかもしれないので宿屋に預けてあった。
「やはり、傷つける方法しかないのでしょうか‥‥」
 一人リズ・シュプリメン(ea2600)は華奢な肩を落としていた。そのローブは所々破けて、落としきれていない汚れが不均等なシミを作っている。
 一日目。縄張り争いは、群を養う食料が足りない可能性が多いと調べをつけたリズは、犬を傷つけない為に仲間に頼み込んで一日猶予を貰った。そして食料品を買い込むと、街中に置いて犬達の争いを止めさせようとした。直接犬には会わないつもりでいたが、たちまち嗅覚でかぎつけられ、襲われてしまった。
「わしも慈悲深き母に仕える身ゆえ、殺生を好まぬリズの気持ちはよう分かる。じゃが、あの時わしが犬達をつけていなかったら‥‥一人きりでは大怪我をしていたかも知れぬぞ?」
 フォルテシモ・テスタロッサ(ea1861)が優しく諭す。エレアはリズの視線にあわせて微笑む。
「私達への依頼は『作業中犬を近づけさせない事』ですが、その後野犬のせいで被害が出ないとも限りません。厳しい様ですが、犬達の後々の安全の為にも、少し痛い思いをしてもらいましょう」
「‥‥そうですね」
 悲しげな顔は癒えなかったが、リズは二人の言葉に小さく頷いた。
「それにしても、ここに来る犬達ってどんな子かしらね? かわいい子だといいけど」
 ヒスイ・レイヤード(ea1872)は人差し指を頬に当て、小首を傾げて考える。ちなみにその広い肩幅とぺったんこの胸、そして声。明らかに男性だ。ヒスイが投げかけた視線から外れるように、アルテュール・ポワロ(ea2201)は立ち位置をずらした。
「ねえってばぁ」
「うるさい」
 アルテュールはオカマさんが苦手であるのだ。苛々しながら、コミュニケーション断絶を試みる。
「何を言ってるんです、依頼書に描いてあったじゃないですか。その内可愛いチワワがやってきますよ!」
「そっかぁ。そうかもね〜?」
 二人の間に入って、ヴァーニィが当たり前、といった風に告げる。その苦労を知らずに育ったような顔に冗談の気配はない。その裏で安堵の息を漏らしたアルテュールであった。
「来たみたい。皆、隠れましょう」
 金貨を手に、サンワードで太陽に犬の事を聞いていたエレアが顔を上げる。近くの草むらに身を隠し終わると、さらにエレアは魔法を発動させる。体が薄く金色に輝いたかと思うと、橋の上に松明を掲げた屈強そうな二人の兵士が現れた。
「やだ、なにあの犬、こわーい!」
「静かに」
 嫌悪感も露にしなを作るヒスイに短く注意すると、アズエルが街につながる道へと視線を向ける。その方向へフォルテシモが目を凝らすと、成程四匹の犬らしき影が見える。影は次第に屈強そうな、片目に大きな傷跡のある犬と、後ろに控える三匹の犬の姿を明確にした。彼らからは、明らかに堅気でないオーラが立ち上っていた。
 ヴァーニィが愕然と叫ぶ。
「チ、チワワじゃない!」
 そりゃそうだ。
 犬達はその隊列を崩さないまま橋の方へ行こうとしたが、手下の一匹が撒き餌に気付き、冒険者達のすぐ近くで進軍を止めた。
「うがうっ!」
 撒き餌を咥えようとした手下の犬に、傷のリーダーが吠える。びっくりして手下が飛びのくと、リーダーは前に出て周囲をかぎまわり始めた。
「警戒しているようだな」
 その時、けたたましい吠え声と共に、橋の方からもう一方のグループが駆けてきた。手下の三匹が傷の犬のグループに吠え立て、後から他より一回り大きい犬が悠然と、道に落ちている撒き餌を食べつつ歩いてくる。対する傷の犬達はリーダーを中心にして集まり、威嚇の唸りをあげている。
 いつしか犬達の周りを、剣呑な空気がどろりと取り巻いていた。
 やんのかコラァとか、この餌はわしらのモンじゃあとか、そんなセリフが聞こえてきそうでもある。一触即発だ。
「‥‥私達から向かうしかなさそうですね。ライトを使うので、その隙に‥‥」
「ここからでは光が届かないだろう」
 アズエルは弓を置くと、腰に下げたダガーを取り出した。
「魔法をここで出し、一気に駆け込もう。俺が援護する」
「そうですね。お願いします」
 エレアは軽く息を吸うと呪文を唱え、掌に太陽を凝縮したような光の塊を作った。
 草むらの向こうで急に光が発生した事に、犬達は一瞬ひるむ。
「俺の踏んだ所以外は踏まないように気をつけるんだ」
 罠への注意を促しつつ、ダガーを構えてアズエルは駆け出す。エレアが背後に居るせいで、アズエルが後光を背負っている様に見えたのが気後れさせたのか、一瞬間をおいて犬達はアズエルに向かって吠え出した。
「今だ!」
 ダガーの柄を下顎に食らわせ、飛び掛った犬がバランスを崩した瞬間、エレアがライトをぐいっと突き出した。突然鼻先に閃光を突きつけられた犬達は、声もなく驚き、立ち竦む。
「貰った!」
 罠を避けて大回りしてきたキウイ・クレープ(ea2031)は、その瞬間を逃さなかった。スペイン語でそう叫ぶと、二メートルに近い身体を跳躍させ、目が眩んでいる傷のリーダーの首根っこを捕まえて引き倒す。もう片方の手で下あごの付け根を押さえて無理やり腹を向かせた。
「ここはあんたの縄張りじゃないよ! とっとと出て行きな!」
 力任せに押さえつけると、リーダーはぎゃわっと、苦悶の声。屈辱的な体勢から逃れようと、懸命に身体をばたつかせる。
「往生際が悪いねっ」
 キウイは更に力を込める。それでもリーダーは抵抗をやめない。それどころか敵意をむき出しにした、ぎらつく目でキウイを睨みつけてきた。
 それがキウイには、堂々と戦う事を望んでいる眼のように思えた。
「そうかい。ならあたいも応えさせてもらうかね」
 にやりと笑うと、押さえつけた姿勢のまま、キウイは犬に眼光を返す。
 だがリーダーが組み伏せられて、黙っている手下でもない。行く手を阻止していたアズエルとエレアをすり抜け、一匹が動かなくなったキウイの背後を狙う。残る二匹が冒険者を足止めし、どうする事も出来ない。
「危ない!」
 キウイに飛びかかろうとした犬はしかし、まるっきり見当違いの方に突っ込んで、足を絡ませて勝手に転んでしまった。
「か弱い私をこんな所にまで引っ張り出してきて‥‥この礼は高くつくんだからねっ」
 犬との戦場からは一歩ひいた、効果がぎりぎり及ぶ場所に立ち、ヒスイは再びダークネスの印を構える。
 一方デカ犬のチームの方では、フォルテシモが奮戦していた。
 クルスソードを大きく振ると、犬が悲鳴を上げて地面に転がる。刃ではなく、剣の平を使って、極力流血を避けようとしている。
「がうわうっ!」
 後ろに控えたデカ犬が吠えて手下に発破をかけると、喚いていた手下はびくっと跳び起き、またフォルテシモに向かってくる。
「えい、キリのない!」
 顔面向かって跳びかかる牙を盾で防いだ瞬間、違う犬の牙が足首に突き刺さる。
「っく‥‥!」
 ぎりぎりと締め付けられる足首の犬の頭に、剣の平を打ち下ろす。
(「犬共はあのクソボスの言いなりだ‥‥奴を何とかすれば」)
 草むらで一人残っているアルテュールは弓を力一杯引き絞った。放った矢は先端に付けられた小さな砂袋の重さによって重量を増し、鋭利な弧を描いてデカ犬の鼻先を掠めた。自分が狙われるとはまさか思っていなかったか、デカ犬は必要以上に驚いて跳びのく。
 その驚きを落ち着ける間もなく、今度は後頭部に激しい衝撃を受け、デカ犬は勢い良くつんのめった。
 デカ犬の後ろには、橋を背後にして、オーラショットを放った姿勢のままのヴァーニィが立っていた。
「これ以上痛い目を見たくなければ、二度とここには現れないで下さい! もし嫌だと言うならば、こちらにも考えがありますよ」
 犬に人語が通じたかは甚だ謎だが、その行動の意味は悟っただろう。すらりと剣を抜き放ち、高く構えて見せる。手下達は次第にフォルテシモに押されつつあり、ヴァーニィと自分を隔てる物はない。
 ――つまり。
 ヴァーニィが支え直した剣が、かちゃりと音をたてた。
「きゃうわぅっ」
 途端図体に似合わぬ可愛い悲鳴をあげて、でか犬は一目散に逃げ出した。それを目の当たりにした手下達は果敢な攻撃も止めて仲間と顔を見合わせる。
「なんじゃ、まだやるのか?」
 散々殴った剣の平をちらつかせながら、フォルテシモが強気な笑みを見せると、犬達はたちまちリーダーを追って逃げ出した。
「こっちは片付いたのう。さて‥‥」
 傷犬とキウイの戦いはまだ続いていた。互いに目を見据えたまま動かない。最初はリーダーを助けようと必死だった手下達も、長い膠着状態を見守る体制に入っていた。アズエル達も警戒は解き、勝負の行く末を見守っている。ライトの効果もとっくに切れてしまった。
 その時。傷の犬がふいっと視線を外し、体の力を抜いた。キウイの眼下で犬が見せたそれは、降参のポーズだ。
 キウイが喉から手を放してやると、犬は器用に起き上がり、尻尾を下げて歩き出す。手下達も、黙って後に従った。
「犬にしちゃ、たいしたもんだったよ」
 去って行く背中にキウイが素直な感想を掛けると、傷の犬は一旦立ち止まって振り返った。
 その顔に浮かんだのは、全力で戦い抜いた充実感だろうと、キウイは一人思った。
 その後夜通しでヴァーニィとフォルテシモが橋を見張ったが、犬達が現れる事はなかった。翌日ドワーフ達も遅れを取り戻さんと懸命に働き、夕暮れには見違えるほど頑丈な橋が姿を現したのだった。


「なあ、あの犬共がこんなクソ狭い街の中で暮らして不幸じゃないのか?」
 帰り際、馬に跨ったアルテュールは橋の上から街を振り返る。
「人間に飼われるでもなく、ごみ漁りなんかで食いつないで。もっとあいつらに相応しい場所があるんじゃないか?」
「‥‥さあな。君はごみ漁りなんかと言うが、ここなら野山で自ら狩りをするよりはよほど安易に食べ物を得られる。住み良いか否かは彼等が決める事だよ」
 アズエルは意味深にふっと笑うと、再び歩き始めた。すっきりと伸びた背筋が歩調に合わせて揺れ、橋を渡っていく。アルテュールはしばらく立ち止まったままでいたが、やがて手綱を引き、馬を動かした。
「元気でな」
 一言呟いて。