いざ、海賊洞へ

■ショートシナリオ


担当:外村賊

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月19日〜05月25日

リプレイ公開日:2005年05月27日

●オープニング

――曰く北の海にあると。曰く泉の上に立つと。樹よ吾が敵の血をその根に注がん!
その崖下の岩礁に揺れる船が、不気味な歌と共に近づく。彼らは船にあがりこみ、思いのままに武器を振るい始めた。屈強な身体を鉄の鎧に包み、我々の刃はことごとく断つ前にはじかれた。主よ守り給え!‥‥‥‥

 〜黒僧ハレイス・ネグイスの書簡『色彩の導』2〜

 数名の冒険者がドレスタット近くのある屋敷を訪れた。
 海戦騎士ダリクの住まいである。
 彼らが丁度門の前まで来たとき、ダリクは馬に乗り出かける直前であった。冒険者達に気づくとすぐに馬から降り、片手を上げて合図を送った。
「これからギルドに顔を出そうとしていた所だ。丁度いい、あがって行け」

 ダリクは冒険者達を客間に通し、それぞれに紅茶を振舞った。結構な嗜好品であるはずだが、ハーラルはダリクの隣で遠慮なくがぶ飲みしている。以前依頼を共にした盗賊の少年である。その時、今まで義理を通してきた仲間から強制的に団を抜けさせられている。それで彼が傷ついてはいまいかと心配して、冒険者は様子を見に来たのである。
 ダリクは半眼でその様子を見やり、軽く息をつく。困ったような感情が伺えた。
「俺の前じゃ、前と変わらず、黙秘しどおしだな。捕らえる側だ、嫌われても仕方ないが」
 この間にすでに三回おかわりしているが、一言たりと話す気配はなかった。余り消沈している風でないのは安堵したが、その様子はまだ団に心残りのある証拠だった。
 ハーラルは冒険者のほうを一度ちらりと見る。こちらの様子を伺うような、抜け目のない視線。あるいは、どこか不安げな視線のようにも思える。
「こっちの用事ってのは、まあ、書簡の依頼な訳だが。まずはいい知らせだ。竜の壁画に何が描かれているか、少し分かった」
 ダリクは机の上に一枚の紙を示してみせる。
 それはインクで緻密に書かれた復元計画書のようなものだった。壁画そのものではなく、抜き出された部分がいくつか描かれている。大半は草か何かをモデルにしたような装飾模様で、一つ一つに注釈がつけられている。その中にあって目立つのは、上下を一直線に貫く、太い柱のようなものの下の部分を、くるりと取り巻くように細長い竜の体が横たわり、自分の尻尾を咥えている図だ。
「これが壁画の中心に来る絵なのだそうだ。今ある資料で大方三分の一は復元できるらしいが、まだ分かっていない部分も多い。壁画が元の姿を取り戻すかどうかは、お前達の活躍に掛かっている」
 ダリクは居住まいをただし、冒険者達を眺めた。

 今度の書簡の買った者も、やはり商人であったようだが、彼らは海沿いの街道を馬車で行く途中、切り立った崖に車輪を取られて下へ転落してしまった。馬車が落ちる前、とっさの判断で飛び出した一人だけが助かって、仲間を案じて覗き込んだが、崖より下は岩場で、荷車は大破、見るも無残な光景であったらしい。
 彼からこの情報を聞いた騎士は、現場を見て持ち帰れそうならば書簡を譲り受ける約束をし、一人調査に向かった。
 以上を報告したシフール便から一週間、それきり連絡が途絶えてしまった。ダリクは念の為にもう一人現場に向かわせたが、彼は奇妙な情報を持って帰ってきた。
 曰く、崖の下には、荷車にらしい物も、死体らしい物も、かけら一つさえない。近くの漁村の者に話を聴けば、彼らも荷馬車が落ちた形跡を見たことはないと。
「ただ、最初の騎士は漁村に立ち寄っていたらしい。村の者は岩場の調査をやめるよう説得したんだそうだ。‥‥海賊のねぐらだからってな」
 岩場の辺りは波が浸食した大小の洞窟があり、海賊がよく船や宝を隠している。つい先日も黄色い布を額に巻いた、賊らしきドワーフを見た。一人では危ないと再三言ったが、奥にまでは踏み込まないからと岩場に向かい、結局現在まで姿を見たものはない。
 ハーラルは話に聞き入っている様子だった。黄布といえば、彼の属していた山賊団の印である。
「この岩場を調査し、書簡の在り処を突き止める。この依頼、お前達ならば受けるだろう?」

●今回の参加者

 ea3725 ジャン・ゼノホーフェン(36歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea8221 シエロ・エテルノ(33歳・♂・ナイト・人間・イスパニア王国)
 ea8537 ナラン・チャロ(24歳・♀・レンジャー・人間・インドゥーラ国)
 ea8910 セル・ヒューゴー(25歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9387 シュタール・アイゼナッハ(47歳・♂・ゴーレムニスト・人間・フランク王国)
 eb1351 ヒース・ラクォート(46歳・♂・バード・人間・フランク王国)
 eb1779 ナタリー・パリッシュ(63歳・♀・ナイト・人間・イスパニア王国)
 eb1964 護堂 熊夫(50歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)

●リプレイ本文

 ハーラルは両手を縛られて、冒険者の前に現れた。相変わらず無言のままであったが、以前の様にあからさまな敵意は放っていない。
「一緒に来るか?」
 シエロ・エテルノ(ea8221)が問いかける。ハーラルに言葉はない。以前のように黙秘を通しているのとは違う、言いたいことがまとまらない風だ。
 シエロは表情を改め、真っ向から彼の目を見据えた。
「盗みが悪いことだってのは、分かるよな?」
「‥‥そりゃ」
 迷った先に、そう答える。
「黄布の兄貴だって、それぐらい分かってるはずだぜ? だから、お前を団から外した」
「‥‥」
「俺達は、お前の兄貴から『お前を真っ当にして、二度と山賊団に近づけるな』と頼まれたぞ。お前なら真面目に生きることが出来ると、信頼しているからこそ、やったことではないかな」
 いきなり仲間と別れさせられた少年の心細さも理解出来る。
 それでも今は、少年を突き放した山賊達の思いを、彼等に代わり伝えたかった。
 ハーラルの両手は、縛られたまま。それはまだ犯罪者と繋がっている絆、冒険者と隔てられた溝のように感じられていた。
「それならちゃんと‥‥兄貴の口から、聞きたい」
 ハーラルはぽつりと言った。
「『団に関われば更なる絶望が待つだけ』と言うおぬしの兄貴分の言葉。わしには、それが引っかかって仕方ないのだ」
 浮かない顔で、シュタール・アイゼナッハ(ea9387)が言った。ハーラルをを引き離す為の文句とも取れるが、どうも嫌な予感がする。
「個人的には、おぬしが行く事は反対だのぅ。だが、おぬしや皆の希望なら、無理に止める事はせんよ。こう言う意見もあると、覚えておってくれればな」
 シュタールの声は静かで、憂えた響きを持っていた。彼もまた、盗賊少年を案ずる一人だ。
「それでも、行くのか?」
 シエロは、再び、彼に尋ねる。
 少年は、神妙な面持ちで頷いた。
「じゃあハーラル君、今回も一緒だね☆」
 ぱっと華やいだ声を上げたのはナラン・チャロ(ea8537)。ハーラルの手をとる。再び依頼を共にする喜びに手を握り締めた――のかと思いきや、縛めの結びをさらにきつくした。それはもう、ぎゅ――――っと。
「絶対縄抜け出来ない結び方だよ。師匠直伝なんだけど、アタシも成功した事ないんだよね!」
 実は縄抜けの専門的技術を持つ彼女、憧れの師匠を思い出してか、虚空を見つめてうっとりしている。
「そう言う時決まって師匠は言うの。障害は高いほうが、報われるものも大きいんだって」
「それって頑張って縄抜けて、こっから逃げろって事?」
「うへっ!?」
 ハーラルは突如ズボンに通る真っ直ぐな金属の感触を覚えて飛びあがった。振り向くと、眠たげな目のセル・ヒューゴー(ea8910)が立っていた。
「まずは、冒険者見習いから始めることだね。冒険者ご用達のナイフ、誰でも最初はそれから始めるんだ」
 セルはぽこ、とハーラルのチェインヘルムをしばいて歩き出す。
「分かるか? これがお前が得ようとしてる、新しい仲間の信頼の形だ。裏切ったりするなよ?」
 ヒース・ラクォート(eb1351)は、ぼんやりとセルの後姿を見送るハーラルに笑いかけた。声に気付くや、ハーラルはそっぽを向く。
「‥‥考えとく」
 それでも、答えを返すようになっただけ、以前よりは信頼が増しているのだ。
「では、改めてよろしくお願いします。親交を深めるにはまずお互いを知る事です」
 護堂熊夫(eb1964)はジャパンの事について、陰陽師の事について語り出す。ハーラルはどう反応して良いのかわからなかったのか、目的地まで延々聞き役に回っていた。


 落ちたはずの荷馬車が、次に行った時には影も形もない。目的地に着いた冒険者はその謎を解くべく、近くの漁村への聞き込みと、落ちた現場の調査に分かれたのである。
 漁村は、働き手はほとんど沖に出ていて、いるといえば女子供ばかりである。その中でナランは投網を繰っていた男性をひっ捕まえた。
「ねえっ、あの岩場に海賊が出るって、ホント?」
 ナランは村の人間が部外者に知られたくない何かを洞窟に隠していて、海賊のアジトと偽り、荷馬車や騎士を隠しているのだと考えていた。男性はそっけなく答えた。
「ああ。お嬢ちゃん冒険者? 宝探しなら止めておいた方が良いよ」
「ホントにホント?」
「ああ」
「本当〜?」
「からかってるのなら、止めてくれ!」
 しつこく迫るナランから、身体ごと背けてしまった。何度か声を掛けてみたが、徹底的に無視されてしまう。
「ったく、舟が盗まれてタダでさえムカついてるってのに」
 とぶつくさ言うのみだ。
 他の人間にも聞いたが、回答は変わらなかった。
「うーん、村の人はシロなのかなぁ。でも、いつも嘘ついててこれが普通の状態になってるとすると、自然なさまがなおさら怪しい気もする〜‥‥」
 独り言を呟き考え込んでしまった主人を、犬のチマキは心配そうに見つめていた。
 ナタリー・パリッシュ(eb1779)はといえば、浜辺で遊ぶ子供達に近付いていた。村を来訪する者は少ないのか、子供達はいささか警戒を交えた視線を向けてきた。
「怪しいもんじゃないよ。ちょっとあんた達に聞きたいことがあってね」
 ナタリーは腰に携えた皮袋から銅貨を数枚取り出して見せた。
「最近落ちたって言う荷馬車の事と、調べに来た騎士の事さ。どうだい?」
 子供達は物珍しそうに銅貨を眺めていた。やがてガキ大将らしき少年が口を開いた。
「使ったことない」
 ここは小さな村で、店といえば雑貨屋を兼ねた酒場ぐらいだ。ものがある都会ならともかく、こんな場所では子供の自由になる金などないのだ。
 結果的に、子供との距離は縮まるどころか広がってしまったようだ。
「(性根の素直な子供なら、いい情報が聞けると思ったんだけど。さてはて‥‥)」
「あーっ!」
 一から考え直そうとしていたナタリーを救ったのは、意外にもガキ大将だった。
 彼の指差す先には、大きな荷物を背負った一人の男がいて、真っ直ぐ酒場へ入っていく。気づいた子供達の表情にぱっと明るい笑顔が浮かぶ。
 ナタリーは察した。行商人だ。
「じゃあ、あたしの聞く事に正直に答えられる子には、好きなのを買ってやろうじゃないか」
 ナタリーは満面の笑みでウインクして見せた。それが伝播する様に、子供達の顔が輝いた。
「海賊のことは言っちゃ駄目なの。言ったら漁が出来なくなるの」「バイキングが財宝を隠してるんだ!」「きしさん、かっこよかったです。よろいぴかぴかです」「馬も落ちたよ‥‥かわいそうだった」
 ナタリーはすっかり閉口して、思わず空を仰いだ。
「一気に話しちゃ分からないよ!」
 酒場の女将さんはセルに、あからさまな渋い顔をして見せた。
「海賊に売る品物はないよ」
「本当かい? もし彼らが洞窟をアジトにしているなら、油やランタンがたくさんいるはずだけど」
「さあ、知るもんかね」
 と言って入ってきた行商人の相手をしに行ってしまった。
「どう思う? 冒険者仲間見習い君」
 隣に立つハーラルに、セルは小さな声で窺った。手の縄が見えないよう、女将さんとの間にセルは上手く立つ様に心掛けていた。
「さあ。村に黄布はいないみたいだったけど」
 と返してきた。ヒースの提案でハーラルは村人に山賊が成りすましてはいないか、見てきたのだ。
「みんな、海賊の事聞かれるの、嫌そうだね」
 ナタリーが入ってきたのは丁度その時だった。
「海賊の事を話したら、村が襲われるって? 賊との間にそんな取り決めがあるそうじゃないか。荷馬車を隠したのは、恐らく、辺りのシマの者じゃない、しがない山賊なんだけどねぇ」
 明らかに表情が硬くなった女将さんの後ろで、解かれている行商人の荷物には、野山の物が詰まっていた。
「干しぶどうをくれやしないかい。好物でね」

 
 ジャン・ゼノホーフェン(ea3725)は帽子のひさしを持って、見上げた。
「荷馬車かどうかはともかく、何か大きなものが落ちた形跡はあり、か」
 崖には比較的新しい、大きな力で抉られた様な跡が残っていた。
 振り返れば沖がぐるりと一望でき、大小の船が行き交っている。
 ジャンには、どれが漁船であるかは区別できなかった。
「この辺りで漁をするならば、何か見知っていてもおかしくはないな」
「ここは、商人の話を信用しておくべきか」
 ヒースはふむ、と唸って、大柄の身体を屈ませた。
 話の食い違いから、どちらかが嘘をついているのではと予測した冒険者達は、商人にも再度面会を希望した。彼は騎士から礼金を受け取ってその街を離れてしまっていた。
 岩場は十分に歩き回れるぐらいの広さを有していた。波は今はヒースの足さえも濡らさないが、岩場は全体に湿っている。
「今は潮が引いている状態なのかも知れんな。満ちた時に小さな破片や何かは流されていった可能性もある‥‥荷馬車ごととなると、疑問だがな」
「一理あるな」
 ジャンもその予想に頷く。
 ここではこれ以上分かることはないようだ。二人は漁村に向かった仲間が、有益な情報を得ていることを期待して、その場を後にした。


「買い物には来ちゃいないけどね。昔、バイキングが財宝を隠したとかって噂の洞窟に、馬や荷馬車を引っ張っていくのは、見た人がいるよ」
 あきらめた女将さんの証言によって、その所在は明らかとなった。翌日、冒険者達はその洞窟に足を踏み入れることにした。ハーラルは、緊張した面持ちで彼らの後ろに従っている。
「黄布とは、出来れば戦いたくないねぇ」
 洞窟の入り口近くに来た時、さりげなく彼の隣で、セルは呟いた。相手は犯罪者ではあるが、ハーラルへの態度や、冒険者に警告をくれた彼らに、セルは悪い印象をもてなかった。この意見には冒険者のほとんどが賛同する。
「もともと彼らと争いに来たわけではないからな」
 とヒースも頷いた。
「まあ、いつ何があるか分からんからの。戦える準備だけは、しておこうかの」
「そうですね‥‥」
 シュタールと熊夫は慎重であった。ハーラルは複雑な表情をするが、それが、冒険者の立場としては、妥当な姿勢だ。
 シュタールが印を結び、呪文を唱える。ふっと彼から茶の光が溢れ、収束した。
「バイブレーションセンサーを使った。向こうが近付けば自然と分かろうて」
「その後は、私がエックスレイビジョンで正確に確かめましょう」
「じゃ、あたしはチマキにお願いしようかな? 怪しい匂い、する?」
 熊夫が頼もしく胸を叩き、ナランはペットの様子を窺った。
 しかしそのときすでに、チマキは何かを感じていた。姿勢を低くし、唸り声を発している。
 じりっ。
 わずかな振動が、打ち寄せる波とは反対側で起こった。洞窟の手前の岩の影‥‥誰かが足を踏みしめた。
「いかん、離れろ!」
 熊夫は咄嗟にチマキを拾い上げた。その場所に、数秒の間なく矢が飛んできた。冒険者がたじろぐ間に、二発目の矢が射掛けられようとする。
「待ってくれ、黄布の山賊。我々は貴殿らに干渉しに来た訳ではない!」
 ジャンは距離をとりつつ大声を張り上げた。武器は手にしていないと、両手を広げてみせる。
「貴殿らの持っている荷馬車の荷物に用があるのだ。貴殿らが一度盗んで売ったと言う書簡だ。それさえ渡してもらえれば、貴殿らと刃を交えるはしないし、騎士団にも報告すまい」
 しばしの静寂があった。波が、ジャンの背後で打ち寄せる。
 やがて右手に黄色い布を巻いたドワーフが、岩陰から姿を現した。ハーラルには気づいているだろうが、視線を合わせようともしない。
「嘘じゃねぇだろうな」
「我々は書簡を取り戻す依頼を受けてここにきている。売った物なのだから、貴殿らには用はなかろう」
「いいだろう。ここで待ってろ」
 きびすを返そうとしたドワーフに、ナタリーは声を掛けた。
「できれば、騎士も助けて帰ってやりたいんだがね‥‥もちろん、邪魔立てはさせないよ」
「ならそこの二人だけ、ついてくるんだ。全員で行って、背中から襲われたらたまらねぇからな」
「そちらこそ裏切りはしないかね? 結託した海賊が背後を襲ってくるとか」
「愚問だな」
 ドワーフは歩き出す。ジャンは吹っかけたつもりだったが、思うような答えは得られなかった。冒険者達は顔を見合わせたが、ジャンとナタリーは目配せしあい、彼に続いた。
 奥に近付いていくごとに、彼らは潮とは違う臭いを感じ始めていた。突き出た岩盤の角を曲がると、開けた場所に出る。その光景に、思わず口元を覆う。
 ばらばらの荷馬車。馬は身体を仰向けにして、商人達は折り重なるように、絶命している。時間がたち、腐り始めていた。チマキはドワーフに染み付いた死臭を、嗅ぎ分けでもしたのだろうか。
 それらの向こうに、騎士と思しき甲冑姿の人間が、平たい岩盤の上に寝かされていた。
「そこで待ってろ」
 洞窟はさらに奥に進んでいて、狭く暗い入り口に、別のドワーフが見張りをしていた。ドワーフはそちらに向かってなにやら話し、奥へと消えていった。二人は馬を横切り、騎士の元へ身をかがめた。
「‥‥」
 ナタリーは、目を閉じ、十字を切る。
 まだ微かに、肌にぬくもりがあった。ジャンは、何か遺品として持ち帰れるものはないかと、己の胸を抱え込むようにしている死者の腕を持ち上げた。
「――ナタリー」
 呼ばれて、ナタリーも彼を覗き込んだ。隠された金属鎧には、血で、なにやら記されている。
『上を見上げ、島へ到れ』
 二人はその通り、上を眺めてみた。見慣れない図形が穿たれている。
「待たせたな」
 しかしそれらを詳しく探る暇もなく、ドワーフは戻ってきた。感づかれぬよう、手甲を抜き取るついでに、血の文字をぬぐって消す。
「死んだか。通報される心配がなくなったな」
 こともなげにドワーフは言い、二人に一枚の紙を押し付けた。確認すれば、確かに今まで集めてきた書簡と同じスタイルで書かれている。
「さあ、用は済んだはずだ。とっとと失せろ」

「それは、ルーン文字じゃな」
 洞窟から出て確かめると、シュタールがそう言った。丁度熊夫が持っていたスクロールと照らし合わせれば、確かに同じ記号が幾つか見て取れる。しかし、すべてをはっきりと思い出すことは、精霊碑文額に明るくない二人には不可能なことだった。
「山賊さん、その島へ行くのに、ここで探し物してたのかな。舟を盗んで‥‥」
 ナランが首をかしげる。
 熊夫は気になって、洞窟を振り返った。だが、交渉を成立させた以上、再び洞窟に入ることは、剣を交えることと意を同じくする。
 あの洞窟の奥には、まだ何か秘密が隠されていたかもしれない‥‥。
 騎士は近くに手厚く葬り、遺品だけを持ち帰ることにした。
 それを確かめる術を持たないまま、冒険者達は書簡と騎士の遺品を携え、ドレスタットへと帰還したのだった。