仕入れ屋サントマリー★商品は冒険者
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■ショートシナリオ
担当:外村賊
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:05月28日〜06月04日
リプレイ公開日:2005年06月05日
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●オープニング
じきじきの呼び出しと言う時点で、すでに予感はしていたのである。
「失礼ながらお嬢様……ひょっとして、お屋敷から逃亡する品をお求めですか?」
「しーっ! どこで爺やが聞き耳を立てているか分からないんだから。言動を慎重にしつつ、とりあえずさりげなくそこに座って」
通された貴族令嬢マルガレーテの部屋は、昼間だというのに窓が締め切ってあり、薄暗い。中でも一等奥まって影の濃い、ベッドの方を彼女は指し示す。言われたとおり、サントマリーは出来るだけ自然を装って腰を下ろした。
部屋の向こうに執事の気配を窺っているのだろう、ご令嬢はまるで獲物を探す狩人のように注意深く目と耳を巡らし。やがてサントマリーの隣に座った。
「あれ以来、爺や達の見張りが一段ときつくなっちゃって。夜逃げを手伝ってくれる冒険者を何人か、用立てて欲しいの。あと、私が使えそうな装備もね」
『あれ』とは彼女が飼っていたドラゴンが山賊に盗まれてしまった事件のことだ。活発なマルガレーテは、屋敷を抜け出して街に遊びに出ることも度々で、一度は冒険者ギルドに護衛依頼まで出して家の者から逃げ回ったこともある。山賊が現われたときも、自ら弓を引いて冒険者と共に戦ったのである。
――その彼女が『ドラゴンを自分で連れ戻す!』と言い出す可能性――。
執事や、彼の束ねる令嬢の護衛達ならずとも、その高さたるや想像に難くない。
サントマリーが執事でも、同じように閉じ込めたろうと、思う。
そんなことを考えて、深刻な顔でもしていたのだろうか。マルガレーテは相好をぱっと崩した。
「大丈夫よ。何も山賊のアジトに乗り込もうって言うんじゃないの。ドレスタットの牢屋まで連れて行ってくれれば。あの時捕まえた山賊が一人いるんだけど、今は海戦騎士団が取り調べてるの。アイツにもう一度会って、私が居場所を問いただすわ‥‥今回はそれだけ、出来ればいいから」
サントマリーは唖然とした。
「それって‥‥どう言う‥‥」
「今から頼めば丁度お祭の時期でしょう? ドレスタットにさえ行き着けば爺や達だって簡単には探せないだろうし、護衛や騎士も祭の仕事に追われて、牢に忍び込みやすくなってるかもしれないし。今を逃せばチャンスはないと思うの」
畳み掛けるようにマルガレーテは迫る。
落ち着いて聞けば、それは余り計画性のある話ではない。しかし令嬢の余りの早口に頭が追いつかない。サントマリーは混乱した。
「いえ、私がお聞きしようとしたのはそこではなくて‥‥あ、そこも十分問題がありますけど‥‥『今回は』と言う事は、『次回も』あるという意味合いに取れるような気がしたもので‥‥」
しどろもどろの質問に、マルガレーテは噴き出した。どこか寂しげに。
「ごめんなさい。自分でも、あまりいいアイディアじゃないと思うから、勢いで攻めてみたんだけど‥‥困らせちゃったみたいね」
マルガレーテは肩をすくめて見せた。
「そりゃ、無茶ばっかりやってるけど。ドラゴンを盗んだ奴らは『竜を操るって言う紫のローブ』の仲間みたいだったし、趣味で狩りをしてるぐらいの腕しかない私が、そんなのと正面対決できるなんて思ってない。だからアイツだってすぐ騎士団に引き渡したのよ。‥‥でも、調査状況を手紙で聞いても、返ってくるのは『調べてる』『追って連絡する』‥‥その間に私のドラゴンがどうにかなってるかも知れないって思うと、家を出ることしか考えられなくなって」
いつしか令嬢は俯き、膝の上で握り締めた両の拳をじっと見据えていた。
「何もしないでじっと待ってるのは‥‥嫌なの」
真摯な横顔が、そこにはあった。
彼女にドラゴンを仕入れたのはサントマリーだった。どうしてドラゴンを飼うに至ったかは知らないが、仕入れた品をここまで思ってくれる人間に、商人として感じ入るものがあった。
「分かりましたわ」
きっぱりと、サントマリーは言い切った。
「仕入れ屋の名にかけて、お嬢様のご依頼の品、必ずお届けいたしますわ」
(「やはり、抜け出されるのですな」)
薄暗い部屋とはいた一枚挟んだ向こう側。執事は深く嘆息した。
庭に立てかけた梯子は、延々二階の令嬢の部屋の窓まで続いている。そこに登って、ずっと聞き耳を立てていたのだ。小声でほとんど聞き取れはしなかったが、ドラゴンへの心配で無意識に力んだのか、家出の決意は、しっかり彼の耳に届いていた。
(「何を考えているか存じませんが、そう簡単にはいきませんぞ。お嬢様をみすみす危険にさらす真似など、この爺が、決してさせませぬ」)
●リプレイ本文
●騎士団にて
冒険者達の向かい側に、海戦騎士が腰を下ろした。ノルマン貴族であるレオンスート・ヴィルジナが身元を保証したおかげもあって、不審がられることも、門前払いもなく、相対することが出来た。
しかし騎士は固い表情、あまり歓迎されていない様子がわかる。
「マルガレーテ嬢の事に関しては、誰が来ても話すなと執事殿より承っている」
先手を打たれたか。思わずルーナ・フェーレース(ea5101)は表情を曇らせる。
「こちらとしても、令嬢の耳に余計なことを入れて、みすみす危険にさらすような真似はしたくない。それは分かっているな」
「は、は〜ん。いいのぉ、そんな事言っちゃって」
いかにも関わってくれるなと言う風の騎士。エルトウィン・クリストフ(ea9085)は不敵な笑みを浮べ、挑戦的に騎士を見た。
「マルガレーテ嬢の思い込みと行動力の凄さをご存知? 仮にも名家のご令嬢、頼みを無碍に断って心象を悪くしちゃうと、きっとお友達に言いふらすわよ? 『ドレスタットの領主様は‥‥セクハラしか能のない無能っ!!!!』って☆」
「こら、エド」
リオリート・オルロフ(ea9517)が、咄嗟に嗜める。しかし当の騎士はさほど気に留めていないようだ。
「まあ‥‥それぐらいの噂でどうにかなる人なら、我々も、色々やりやすいんだがな」
「げげっ、直轄の騎士まで領主の放蕩っぷりに冒されてるの? 大丈夫?」
「エド!」
「そういう訳だ。わざわざ出向いて頂いて申し訳ないが、こちらが出来ることはない様だ」
言うが早いか騎士は腰を浮かせる。エルトウィンがさらに文句を言おうとするのをリオリートが抑え、その隙にルーナが騎士を呼び止めた。無視して立ち去ることも出来る騎士だが、ルーナの青い瞳に、視線を合わせた。
「そっちの言い分も十分承知さ。けど、ここで手ぶらで帰ったら、本当にお嬢自身が怒鳴り込みに来ちまうよ。あたし達だってそれは願い下げさ」
と、ここに来るまでの経緯を、包み隠さず説明する。
「マルガレーテ嬢の身を案じて下さるなら、話せる範囲だけでもお聞かせ願えないだろうか。エドの言い方は砕けてはいるが、貴族令嬢が危険を顧みず家を飛び出ることにでもなれば、ご領主殿にいかなる影響が出るかも考えて頂きたい」
「文書がまずいなら魔法で伝える。お嬢にも他言無用をしっかり誓わせる。だから、頼むよ」
リオリートは落ち着いた所作で、エルトウィンの言葉を補佐する。ルーナが駄目押しとばかりに懇願すると、騎士は立ったまま目を閉じて思案し、息をついた。
「あの爺さん、なかなかキツイんだ。あの人だけには、漏らしてくれるなよ?」
良くも悪くも海賊上がり。海戦騎士の中には、気の置けない気風の者も少なくはない。
●重なるも平行線
レオパルド・ブリツィ(ea7890)とブラン・アルドリアミ(eb1729)の二人は、サントマリーと共に屋敷へ向かい、執事との面会を求めた。さほど待たされるでもなく中へと通され、がたいの良い執事が前に現われた。
「ブリツィ殿、アルドリアミ殿。長の旅路をわざわざご足労頂いたようで、よくお出で下さいました。さて此度は、冒険者としておいでになられたとか」
執事は慇懃な態度であった。それは二人がナイトであることを踏まえての行動であると思われた。だが、言葉端はどこか冷たい。
「はい。マルガレーテさんが家出など無謀な行動に出ないよう、諌めに参りました」
単刀直入にレオパルドは切り出す。
「執事さんが心配するお気持ちは、もっともだと思います。今回私達がお嬢様より承った依頼の目的は、捜査状況の開示と、竜の行方を知る事です。マルガレーテさんはドラゴンを案じていらっしゃるだけなのです。私達も、お嬢様が思いつめて無茶な行動をとられる事は望んでいません。出来れば、執事さんもご了解の上でお嬢様を説得し、目的だけは叶えて差し上げたいと思っているのです」
サントマリーは不安そうだった。それは幾度か執事とマルガレーテのやり取りを見たことがあり、根の深さを知っているせいであった。
執事は、お気持ちは嬉しく思います、と返した。
「アルドリアミ殿の提案通り、お嬢様が思いとどまり、竜の話を耳にしたといたしましょう。いずれかの経路でそのことを知った悪漢が、お嬢様を危険な目に遭わせる事がないと言い切れますかな? 山賊を目の当たりにしてせっかく落ち着いてこられたというのに、冒険者の自由さを見て、悪い癖を思い出してしまう事は?」
二人は何も言えなかった。起こらないと断言できようはずもない可能性である。
「私めの杞憂かもしれませぬが。お忙しい身であられる主より、お嬢様をお預かりしているこの身であれば、わずかでもお嬢様が危険と思われれば、未然に防ぐより他はないのです」
「お言葉ですが、そうしてがんじがらめにしてしまうのも、余計にマルガレーテさんを危険な個人行動に導いてしまうと思うのですが」
「奥様は先立たれ、お子はマルガレーテ様お一人。有望な騎士を娶り家を守って頂かねばならぬ身。お嬢様とて、それが分からぬ年頃ではない」
執事は首を振った。どこか悲しげな、しかし断固とした表情だった。
「サントマリー殿」
「は、はい」
「その箱の中の物は、そのまま引き取って頂きたく存じますが」
お引取りを、彼の最後の一言は、それまでに増して毅然としたものだった。
●マルガレーテ
それより数日の後。
夜も更けて、雲が月を隠しては流れていく。窓から差し込む月明かりが途切れたと同時に、セル・ヒューゴー(ea8910)は廊下の角を飛び出した。日頃慣らした身のこなしは、石の床であろうと音を立てない。護衛の黒服が目をそらした瞬間を見計らい、階段の裏へと身を隠す。
屋敷に入るまではまったくと言っていいほど見張りがなく、楽に侵入できた。だが、さすがに中ではそうは行かない。移動したすぐ傍を黒服が通ることも度々で、幾度かひやりとさせられた。
階段を上りきって東の角を突っ切れば、マルガレーテの部屋である。
その前に立つ黒服をやり過ごして、踊り場まで行くことが出来れば――
「サントマリー殿には此度の来客の連絡は頂いておりませんでしたが」
暗闇に響く低い声に、セルの肩がぴくりと震える。
執事が、少し離れた所に立っている。
どたどたどた、と。声に呼応するようにあちこちで足音が聞こえ、気がつくと黒服に取り囲まれてしまっていた。
「目的の為には手段を選ばぬ者達ゆえ、先の来客より警備に念を入れておりましたが。最悪階段で押さえる手筈にはしておりましたが、まさか本当にここまでこられるとは」
「二階まで行く予定だったんだけどね」
確かに、二階へ行くのに階段を固めてしまえば、内からの侵入はほぼ防げる道理だ。
こうなってしまっては多勢に無勢である。セルは観念して両手を挙げた。執事は面白くなさそうにセルを一瞥し、黒服たちに指図した。
「まだ他にも侵入者がいるかも知れん。入念に探せ。この者は朝まで厩にでも入れておけ」
「待って。これは私が頼んだのよ! 悪く言わないで」
声の主は慌しく階段を駆け下りてきた。マルガレーテだ。
「お嬢様が無茶なご依頼さえせねば、魔術師殿も下手な真似はしなかった筈でございますな」
前の依頼の誤認識が拭えておらず、執事はセルをこう呼んだ。詰問するような語調に、マルガレーテは下唇をかみ締める。
執事は、何かを待つようにじっと令嬢を見つめていた。
「悪かったわ‥‥もう、ギルドに依頼は、出さないから‥‥」
「冒険者との付き合いを、絶って頂かなくては」
「――分かったわよ」
苦々しい思いを言葉中ににじませてマルガレーテは呟き、きびすを返して駆け上がっていった。
「マルガレーテ!」
思わずセルは叫んだが、自身は黒服に押さえられ、彼女は遠ざかり、見えなくなった。
「‥‥すまない」
「いや。『犬ども』を甘く見すぎていたようだ」
敷地から出た雑木林。その場には、シエロ・エテルノ(ea8221)とチュリック・エアリート(ea7819)、ブランとレオパルドがいた。セルが経緯を説明する間、林はただ静けさを返してきた。
音がするといえば、チュリックが上空に放っては戻らせる鷹の翼の風きりのみ。
「菓子が無駄になったかな‥‥」
チュリックがマルガレーテと一緒に食べようと買ってきていた菓子包みを気にして呟いた。甘い物で気分を落ち着かせて、閉じ込められている間の愚痴でも零してくれれば、気も軽くなるだろうかと考えていた。
彼女だけではない。この場にいる者全員が、自室のマルガレーテの心境を思っていた。
「せめて、竜の事だけでも、伝えられれば‥‥」
「伝えるよ、勿論。竜のことも、皆の事も、全部ね」
新しい声だった。
少し出で立ちを変えているが、しっかりとリュートを携えてきたパラは、ルーナであった。リオリートとエルトウィンも共に居る。鷹を使ってチュリックは、現在位置を伝えていたのだ。
冒険者達に迷惑をかけてしまった。一層悪いほうへ転がってしまった。
部屋へ戻ったマルガレーテは絶望的な思いが渦巻くのを感じた。
手近な机の小物入れを払い落としてみた。蓋が開いて、中の宝石類が冷たい音を立てて転がった。
「‥‥」
空しい苛立ちは消えない。
まだ冒険者達は近くにいるだろうか。
ふとそんな事を思い立って、前庭を臨む窓に歩み寄る。
『マルガレーテ!』
『え――何?』
『良かった、通じる所にきてくれて。テレパシーで声を届けてる。ご依頼の捜査状況を聞いてきたから、しっかり心に留めておくれよ。‥‥あんたの身が危ういんだからね、くれぐれも他言しないように』
聞き覚えのある声だ。マルガレーテが了承すると、声の主ルーナは一つずつ聞き覚えたことを話し始めた。
まずは、騎士団の事。マルガレーテが面会を希望していた囚人サギーは、口が回る男で尤もらしく大嘘をつく。捜査は難航して竜の居所はまだはっきりと分かっていないが、少なくとも殺してはいないようだ。調査の遅れと、不躾な返事であった事を謝罪するとも。
「黄布は仲間のことを喋ると殺されるって掟があるらしいからね。仮に喋ったとしても、それは彼の命を奪う事になる。そういう事情も、考えてほしい」
セルはジョーヌに関わった経験から、そう嗜めた。
冒険者の総意としては、マルガレーテにあまり無茶はして欲しくない事を。
「紫のローブの名は、ロキと言う。仲間でもないロキに黄布は従っている。別口で関わって思ったことだが、多分、黄布も奴に良い印象を持っていない。となれば黄布を縛っているのは恐怖か、打算的な何かか‥‥いずれにしろ、危険すぎる事に変わりはない」
シエロは、以前会った色白のドワーフとのやり取りを思い出してそう告げた。
「気晴らしに祭り見物をしたいと言うなら、いつでも連れて行ってやるけどな」
と、これは個人的願望である。
「もし、いてもたってもいられないと言うなら、僕が相手をしましょう。僕程度に勝てないようでは、足手まとい以下ですから」
こう薦めるのはレオパルドだ。わざと冷たい態度をすることに迷いは、ない。
「祭はともかく、一度ゆっくり落ち着いて、お茶を飲みたいな」
と笑うのはチュリック。
「俺もあの竜に係わり合いになってる一人として、お嬢の気持ちは想像できる。あんまり待ちすぎな感はあるが、無茶やる他にも、出来る事はあるんじゃないかね。知り合いのロトスもお前の事を『近々良い事がありそうな予感』があると、占っていたぞ。あいつはこの依頼を受けた訳ではないから、直接会えないと残念がっていた」
「竜に認められるのは至難の業と聞き及びます。あなたの事を考え、思ってくれる人をも御せぬようでは、竜に認められるのは難しいと思いますよ」
チュリックが気楽さを促せば、ブランはしっかりと釘を刺す。
『最後に――あたしからは謝罪を。元はと言えば、あたしらの読み違えが竜とお嬢をこんな目に遭わせてるんだからね‥‥』
数度に渡るテレパシーでの伝達が終わった後、マルガレーテは無言だった。悔しさと嬉しさが入り混じったような感情があって、うまく言葉になっていない。
『ごめんなさい。本当に‥‥ありがとう』
泣いているのだろうか――。
その思いを受けたルーナの目にも、知れず、涙が光っていた。
逃げてばかりでは余計に窮屈になるのではないか、そんな疑念が現実になった。誰もが辛かった。