騎士と山賊のフラッグ

■ショートシナリオ


担当:外村賊

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 8 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月01日〜06月05日

リプレイ公開日:2005年06月09日

●オープニング

 薄暗い。ランタンの明かりのみが周囲を照らす。
 良い具合に突き出した岩を椅子代わりに、色白のドワーフが明かりの下、文を読んでいる。
 灯火の外の闇では、息遣いが聞こえていた。息を詰めて、文を読む姿を見詰めている、十数人。
「で、なんて書いてあるんで?」
「海戦祭の日取りが決まったそうだ。例年通り各地貴族らを呼び、領主自ら祭に参加するとの由、今が好機とある」
 低く、どよめきが起こる。リーダーらしき色白のドワーフ、もう片方の紙を取り上げて、そちらも読む。
「頭からは、冒険者がしゃしゃり出てこなければ手筈どおり、とのことだ」
 先程よりも大きなどよめき。こちらは、幾分か歓喜が混じっている。
 しかし彼らの周囲の、どこか重々しい空気を拭いきれてはいなかった。
「本当にやる気で? 中央に仕事に入るなんて。いくら警備が薄くなると言っても、あのエイリークのお膝元ですぜ」
「紫の良い様に遣われっぱなしじゃねぇかよ」
 暗闇から漏れる不満。色白のドワーフは片手で制した。
「ロキ・ウートガルズに歯向かえば、奴が我らを殺すだろう。――奴めが我らの前に現われた時点で、我らの進退は窮まっていたのだ。どうあっても死にたくないなら今黄布を絶つことを薦めるが」
 腰の剣を抜き払う。彼自身も身につけている黄色い布は、団員の証であると共に、身につけた部分を深く傷つける事が、団を抜ける試練ともなっていた。鋭い切っ先が、恐怖心を見抜かんとする眼光が、半円を描くように集ったドワーフたちの前を巡る。
 名乗りを挙げる者は、誰もいない。
 やがて色白のドワーフは、剣を下ろした。
「鍛えぬかれた鋼の如き、君らの結束が知ることが出来て安堵した。その覇気、団と己の生の為に活かせ」
 オオッ、と。拳をつきたてる山賊団の叫びは、広くに響き渡った。

「手空きの冒険者を回してくれ。急ぎだ」
 海戦騎士ダリクはのっそりと受付に入ってきた。纏う鎧にはまだ水気のある血の跡がぽつぽつと残り、独特の臭いがしていた。
 依頼帰りの冒険者ならともかく、依頼人その人が戦帰りとは。係員が尋ねると、手袋の甲でぐいと拭き、何でもないと切り出した。
「なに、ちょっと不逞の騎士をとっ捕まえてきただけだ。聴くに、囚人にそそのかされて、その仲間と連絡を取っていたようだな。紫ローブの配下で、黄布の山賊団『ジョーヌ』‥‥海戦祭の賑わいに紛れて、こちらの調査資料を盗みに来る腹らしい。正確には祭りの後の気が緩んだところにな」
「そいつはまた‥‥大胆な事をしてくれますね」
 係員は声を落とした告白に顔色を変えた。ダリクはしかし、さほど差し迫った風でもなく、口の端を吊り上げて見せた。
「どんな綿密な秘密の計画も、露見してしまえばそれまでだ。ここは上手く利用して、奴らを一網打尽にしてやろうかと思う」
「わざと忍び込ませると?」
「ああ。こっちは何かと情報が少なくて辟易している。盗みにくるぐらいだから、あちらさんもこちらの動きを押さえておく必要があるんだろう。メインフラッグならぬ、内部情報をかけて勝負、と言った所だな」
 本来ならば騎士団で処理するべき問題ではあるが、折りしも海戦祭。多く貴賓も招かれていることから、そちらの方に借り出され、人員不足であるのだ。祭りの後も、数日は滞在する来賓は多い。まさかご来賓の護衛を冒険者に任すわけにもいかんだろう?とダリクは笑った。
「場所や時刻は奴が自白している。賊を捕らえられれば紫ローブの裾ぐらいは掴めるかもしれん。祭の行方も気になるだろうが、重要な依頼だ――任せるぞ」

●今回の参加者

 ea3990 雅上烈 椎(39歳・♀・浪人・ジャイアント・ジャパン)
 ea5640 リュリス・アルフェイン(29歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea8951 トゥルム・ラストロース(22歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9803 霧島 奏(41歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb1351 ヒース・ラクォート(46歳・♂・バード・人間・フランク王国)
 eb1964 護堂 熊夫(50歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)
 eb2411 楊 朱鳳(28歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb2524 柴翁 白若(34歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 騎士の自白した、犯行の日の日が暮れた。
 それまでジョーヌらしきドワーフを、冒険者は見かけなかった。今回捕まった騎士以外に内通者はいないと言うのが騎士団からの回答であった。冒険者のうちその可能性を危惧していた幾名かは、それを信頼し、作戦に臨んだ。何もなく当日を迎えたのはその裏付けであろう。
 しん、と、耳にこだまする静けさ。
 そのこだまの長さだけ、ゆっくりと夜は更けていく。

――リ。

 柴翁白若(eb2524)は聞いた。鉄こすれあう音と共に響いた鈴の音。不自然に響きがとまったのは、気づかれたせいか。音の違う黒塗りの鈴を用意して戸や窓に設置したのはトゥルム・ラストロース(ea8951)。これでは彼女のいる二階まで聞こえはしなかったろう。
 灯りは全て消されて、窓の戸板は閉まっていた。そこに一筋、細い月明かり。


 資料室は二階の、北に三つ並んだ部屋の東端である。廊下を挟んで中央の部屋の向かいに一部屋、その両隣は階段。
 敵がどの程度資料の位置を把握しているのかは分からない。敵をこの部屋へ踏み入れさせるのは最悪の状況だ。
 霧島奏(ea9803)は資料室の戸口の側壁にひたりと身を貼り付けて待った。
 その時まで、先に感付かれてはならない。声はおろか、息さえも聞かせてはならない。
ひたすら――
 空気が流れる。
 闇に慣れた眼が、入り込む人物の影を認めた。
――この瞬間。
 眼が合った。
 大きく踏み込んで間合いに入り、至近距離から左手に握った刃を突き出す。
「敵襲です!」
 肉を裂く手応え。声に応じて、東階段の傍の物陰に潜んでいたトゥルムが隠し持っていたランタンの布を剥ぎ取った。隣室で待機していた仲間も動き出す。

(「ここまでは予想通りか――」)
 思いつつ、リュリス・アルフェイン(ea5640)はゆっくり体勢を起こす。
 冒険者達は実地検分と騎士団からの見取り図で、賊は西の階段を通り、二階の廊下を渡ってくるのではないかと予測した。東の階段は目の前に騎士が泊り込むスペースがあるからだ。
 トゥルムとは逆、西階段に潜んだリュリスは、その目の前を三人のドワーフが上ってくるのを見た。
 鞭を構える。
 ドワーフは二人資料室へ向かい、残る一人はリュリスに背を向け、向こうの気配を窺っている。
 挟撃も、予測の範囲内だ。
 無言でリュリスは鞭を振るった。背後の気配に気づいて振り返るが遅い。鞭はドワーフの太い足に絡み、リュリスが引き寄せる力のまま、仰向けに倒れこんだ。
 その時。
「一階の援護を!」
 階下で派手な音が聞こえた。切羽詰った白若の声。彼は最終的な退路を防ぐべく、ジョーヌが進入してきた入口の近くに潜んでいた筈だ。
 気取られたか。
 階段へと身を翻すリュリス。足首にドワーフがすがった。バランスを崩し、倒れる。

 白若が様子を窺っていた樽の隙に、突如太い腕が突き込まれた。手には刃、白若は身をひねったが、狭い場所である。刃は頬を掠めて、身を引いた拍子に背で樽を押し、倒してしまった。その隙間から、慌てて広い場所に転がり出る。
 階下には忍ばせた明かりはない。わずかに開いた入り口から漏れる月明かりのみが光源だ。
 隣室で叫びが聞こえた。今日唯一の当直騎士が、待機してくれていたはずだ。
 ドワーフの追撃はやまない。やはり夜目については向こうの方が勝っている。月明かりに反射する刃の軌跡を追って、かろうじて避け、やっと白若は抜刀できた。懐の短刀も引き抜き構え、応援を呼んだ。
「好きにはさせませんよ」
 太刀を薙いで接近を防ぎ、大きく間合いを取る。ここは炊事場かつ食堂であり、テーブルなどは片付けられて、戦うには申し分のない広さになっていた。
 恐らく騎士も襲われているのだ。早くこのドワーフを何とかして、助けに行かなければ。
 ドワーフは白若のリーチの長さを警戒して、距離を測っている。牽制に刀を振るう。わずか、ドワーフの体勢が崩れた。好機と見て太刀を振り上げた。
「今――ッ!?」
 思考が痛みにさえぎられる。背後、背骨の脇を刃が刺し通っていた。もう一人いたのだ。
 たまらず、膝をつく。
「ちっ、やってくれる」
 小太刀と衣服を血に染めた、リュリスが階段を駆け降りてくる。気づいたドワーフが向かってくるが、鞭を振るっていなし、白若の前に立つ。後ろ手にしていた左の手には、小太刀と共にリカバーポーションが握られていた。すぐさま、白若は受け取る。
「手負いを守りながらじゃ、出来るもんも出来やしねぇ」
 鞭を振るう手を休めず、リュリスは冷たく言い放つ。
「すみません」
 白若は素直に恥じ入り、一気にあおった。

 奏の一撃より戦いは始まった。
 資料室の隣室で待機していた雅上烈椎(ea3990)と楊朱鳳(eb2411)は乗じて飛び出した。朱鳳は手にランタンをかざし、あらかじめ調べておいた壁の金具に吊り下げる。
 トゥルムのランタンとあいまって、宵ほどの明るさにはなった。
「気をつけて――」
 トゥルムが警戒を促す。資料室の中で、立ち回る音は響いていた。二人のドワーフはまだ中だ。縁の広い帽子の奥にある視線はそちらではなく、遅れて東階段を上ってきたドワーフに注がれていた。
 体毛も肌も色の薄いドワーフ。彼女は一度相対したことがある。
「ジョーヌの偉い人です‥‥たぶん、強いです」
「相手にとって不足無し」
 椎が隙なく短刀を構える。朱鳳は棒を構えながら、トゥルムを守るようにして立った。
 ドワーフも手斧と盾を構えた。

「おおおおっ!」
 野太い叫びが資料室に満ちる。
 戸口から光が差す。ドワーフは脇腹に傷を負っているものの、追い出すには至らなかった。雄叫びの主、護堂熊夫(eb1964)が最初のドワーフに掴みかかっていた。初撃の折に受けた反撃で奏の腕にも、痛みが走っている。しかしすぐに刃を構え直した。ドワーフの後ろからもう一人が入り込んできていた。
 少なくとも最初の相手は、奏と同等以上。
「ぬうううっ」
「ぐぐぐ」
 狩衣に隠れた筋肉が膨れ上がる。ジャイアントである熊夫は慎重さを活かし、押さえ込むようにドワーフの胸倉を掴む。投げて一気に部屋の外へ追い出す算段だ。ドワーフは傷に顔を歪めながらも床にしかと足をつけ、熊夫の力を逃そうと踏ん張る。
 徐々に位置を変えつつ、ドワーフは戸口の方へ追いやられていく。それはジャパンの相撲にも似ていた。
 だが、二人の周囲で響くものは声援ではなく、剣戟と、けだるさを誘うような呟き。
「!?」
 気づいた時には遅かった。部屋の奥で淡い銀光が溢れる。ヒース・ラクォート(eb1351)が呪文を唱え上げた。
「スリープ!」
 急にドワーフの力が抜けた。ここぞとばかりに熊夫は力を込める。
「おおおっ!」
 叫んだのは熊夫ではなかった。相対するドワーフが魔法に抵抗したのだ。力の均衡が崩れ、ドワーフが熊夫を抜けた。

 最初に仕掛けたのは色白のドワーフだった。中央の廊下に比べれば、階段周辺はまだ広かったが、それでも退る余裕はない。ジャイアントである椎なら尚更である。ミドルシールドを胸まで持ち上げて、振り下ろされた手斧を防ぐ。隙を狙って椎が繰り出した短刀も、ドワーフの盾に防がれた。
 ドワーフは階段を背にしていた。下手に動けば落ちる。
 現状では、双方この長至近距離から相手の出方を探りつつ打ち合うしかない。
 長丁場になるか。椎は髪と髭に隠れた相手の表情を見やりながら思った。

 ヒースは戦慄した。次いで腰にあったナイフを抜いた。彼の背後は資料の入った棚であった。いわばヒースは、最後の守りだ。しかし彼はあまりにも、格闘には不向きだ。
「くっ――」
 熊夫と奏が追いすがろうとする。その前にもう一人のドワーフが立ち塞がった。手にしたダガーを振り回す。
 ヒースに迫ったドワーフが手斧の背を振るった。鳩尾に埋まる。ヒースはよろめき、くず折れる。手早い仕事で、ドワーフは丸めてある羊皮紙の入った箱の内、一つを取った。

 椎とドワーフの戦いを、朱鳳は見届ける以外になかった。棒を突く隙も、余裕もない。
 かといって体力のないトゥルムを放って階下の援軍にまわることもできない。
「実力伯仲だな‥‥」
 彼女の後ろで、トゥルムがスリングを構えている。彼女には気負いがあった。以前にも、ジョーヌに関わった事のある身として、ロキに従うとはいえ、彼らに邪悪さは感じていなかった。
 後ろに流れる大きな事件のためにも、彼ら自身のためにも。
 負けられない。
 ひゅ。椎が受けに身をよじったその瞬間を狙い済まして、石は飛んだ。ドワーフの眉間に当たる。
「隙ありィ!!」
 それを逃すほど甘くはない。のけぞって露になった首にダガーを素早く掠めた。
 血が噴出す。
「ぬぐぅ‥‥」
「なッ‥‥」
 ドワーフは倒れなかった。双眸かっとばかりに見開き、手斧を振り下ろす。椎は避けることなど思いもよらなかった。
 二の腕に突き刺さる。

 しかし、ドワーフの攻撃はただがむしゃらなだけであった。
「戸はこちらですよ。それでどうやって逃げるおつもりで?」
 部屋の窓は細長く、シフールが行き来できるのがやっとの広さだ。奏はダガーをかいくぐり、数度目のスタックポイントアタックを入れた。今度はしっかりと鎧の隙を縫い、腹を貫いている。ドワーフはうめき、全身の力が抜けた。
 その隙にもう一方は窓に駆け寄っていた。荒々しく鎧戸を開けると、涼やかな鈴の音が響き渡った。
 投げ落とす気だ。
「ぬりゃあああああっ!!!」
 熊夫は中央にあったテーブルを弾き飛ばして組み付いた。資料は部屋の内側に転がり込み、衝撃で蓋が開いて中身が散らばった。
 ぼろぼろに擦り切れた、読めもしない紙。
 くっく、とヒースが笑った。
「この中でならな、移動もばれないかと思ってな‥‥うまくいった」
 近くの鎧の中に隠しているのだが、ヒースの独断によるものだった。
「敵を欺くにはまず見方から、ですか」
「恐れ入りました」
 がっちりとホールドを決めながら熊夫はいい、奏が肩をすくめる。

 朱鳳は地を蹴った。膝をついた椎に代わり、喉元に棒を叩き込む。続けざま、顎に蹴りを放った。
 ドワーフは抵抗するまでもなく、どう、と倒れた。
 向こうでは熊夫の絶叫が響き渡り、まもなく、静かになった。
 いつしか階下の騒ぎも収まっているようである。
 椎は懐に携えていたリカバーポーションをまさぐると、自らを省みずドワーフに近寄り、口をあけて流しこんだ。
「最初から死ぬ気だったって? そうは‥‥させないよ」

 かくて、冒険者は辛くも資料を守りきった。冒険者は負傷者数名、一人の騎士は数名で攻められたらしく重傷だったが、命はあった。
 対するジョーヌは指揮官であると思われるドワーフを含む四名を捕縛し、四名死亡、外で資料を受ける手はずだったらしいもう二人は、逃げおおせてすでに姿もなかった。