黒の試練に克て!
|
■ショートシナリオ
担当:外村賊
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月12日〜06月19日
リプレイ公開日:2005年06月20日
|
●オープニング
――私は殊更使命に燃えた。これまでの受難はすべて主の課したもうた試練である。それらを乗り越えた私に、主は未開の地の蛮族に主の御心を教え導く名誉を与えてくださったのだ。
村の者に説いてまわる。主は全てを創りたもうた。天も地も、いかに巨大な樹木であろうとも。お前達は悪魔の囁きに拠ってか、主の御力を誤って解釈しているのだ。神に黄昏はあらず、主に適った者のみが蘇る永世の楽園があるのみ。悪魔を祓う力を得るべし、ただ主のみを信じるべし。と‥‥‥‥
〜黒僧ハレイス・ネグイスの書簡『色彩の導』3〜
ハーラルは監禁されているいつもの部屋の小さな窓から差し込む光を見ていた。
この向こうには街があって、色んな人が代わり映えのない生活を送っている。
彼らが足繁く通う、ギルドもある。
冒険者曰く、彼らは何だかとてつもなく悪い男の片棒を担いでいるらしい。
しかし冒険者達は、山賊仲間と戦わないでいてくれた。その仕事を騎士団に報告しないでもいてくれた。
立場的に、戦って当然だった。
自分に気を遣ってくれたのだろうか。
「うーん‥‥」
縛められた両手を無造作に振った。
冒険者や騎士団が悪い奴ではないのは、分かってきたのだ。
だが、だからと言って素直に従ってしまうのも、何だか負けた気がして嫌だ。
そんな事を悶々と考えていると、ドアの錠前が外れる音がした。いい匂いがして、彼を閉じ込める張本人が現われた。
「おうい小僧。飯の時間だぞ」
「てかさ、書簡探し商人にばっかり当たってない? 頭悪すぎ」
騎士ダリクは、黙秘し通しだった少年の声を初めて聞いた。思わず手の盆を落としかけた。その前にハーラルが器用に奪ってテーブルへと移した。
「教えてやるって言ってんの。メモんなくていいの?」
釈然としない気分は、思いっきり態度に出すことで晴らすことにした。
『黒教会の手伝い人員募集』
それで出た依頼が、この見出しだ。
集まった冒険者の中には、今までと違って平和そうなその見出しに、あっけにとられる者もいた。
「まあ、なんだ。『あの書簡は、黒僧が書いたものであるから、曲がりなりにも黒の教義を守る者でないと、受け渡したくない』と言うことらしいのだ」
自筆のメモと、交渉に行った騎士の報告を見合わせ、ダリクは言った。
その教会は街にあって、物乞いなど職に就けぬ者達を集め、教会の仕事を任せている。金は払わずとも結構、代わりにその手伝いをせよとの事らしい。
仕事内容は、堂内と周囲の掃除、教会の補修、革細工に織物作り、写本作業である。どれか一つに、期間中従事するのだ。
黒の教義より見て、一人でも目に余る者がいれば、書簡は譲れないと、教会の僧侶は言った。
つまり『服従』『向上』『完全』。神の新王国に選ばれるべく自らを信仰心のもとに高め、また他者へは助力を極力減らし、その者自身の力を向上させよとする教えである。
「それから、あちらさんはハーラルも連れて来るようにと言ってきている。黒僧の書簡をないがしろにした罪を償わせようってことだ。‥‥一番の問題はこいつかもなぁ」
●リプレイ本文
●黒の試練
敷地内にある旅客用の宿泊施設に荷を降ろすとすぐに、冒険者たちはそれぞれ希望する仕事の持ち場へと案内された。掃除班は最後に、クレリック達の宿舎に通された。
「では皆様。この神の庭において、偽りなく、しかるべき勤めを果たされますよう」
一通りの事を説明し終えた僧が、最後に祈りを呟いて出て行こうとするのを、アルバート・オズボーン(eb2284)が呼び止めた。僧は足を止め、静かに振り向く。ナイトであるアルバートだが、戦の格好は不躾と、今は簡素な衣装のみを身に着けていた。
「ハーラルを見ていて頂けませんでしょうか。彼が無事、この勤めを果たせるように」
僧は黙っていたが、わずかに笑み、会釈する。了解の返事だと受け取り、アルバートは頭を下げる。
ハーラルの逃亡対策がこれで万全かどうかは分からない。しかし他の冒険者も色々と手を打ってあるようだし、余り作業がおろそかになっても心配して元の木阿弥である。黒の教義に適うべく、作業に邁進するだけだ。
「年季の入った建物だね。掃除のしがいもあるってもんだ」
決意を新たにするアルバートの背後で、セル・ヒューゴー(ea8910)は辺りを見渡し呟く。ここに来るまでぼんやりと眠そうだった目が、やる気に満ちて輝きを放っている。
(「こいつ‥‥」)
アルバートは直感的に感じた。相当の手練れだ。
その瞬間、アルバートの負けず嫌いが燃え上がったのである。
そんな視線をもろともせず、セルはマイペースに持参した小道具を取り出し、確認する。手の少ない所をと希望したクリストファー・テランス(ea0242)は二人の熱意に少々驚きつつ、共に仕事をする僧に挨拶がてら訊ねた。
「まず、手をつけてはいけない所や、注意事項だけ教えて頂いても宜しいですか?」
「俺にもだ。手など抜かんぞ」
アルバートが身を乗り出す。始まりの合図である。
ナラン・チャロ(ea8537)はにっこり微笑んでハーラルにモルタルの乗った板を差し出した。
「教会の壁にひびが入ってる所をこれで塞ぐんだって。ハーラル君の分も取ってきたから、一どっちが早く終わるか競争しよ☆」
「ヤだよ。おいらには、人に言えない重要な仕事があるんだ」
とか言ってちょっとずつ距離を置いていくハーラルである。怪しい事この上ないが、ナランはそんな事はちっとも気にしないで、にっこり笑いかける。
「へぇ。何の?」
「誰かが音を上げて逃げないように見張んだ。で、そいつを追いかける振りをして」
「逃げるんだ?」
「‥‥」
ハーラルは気まずそうに黙った。自慢げに取り出したスリングが悲しい。ハーラルは素直すぎる、と言うのは以前彼の山賊仲間が言った事だが、これが本来の彼だとすれば、もっともの意見と言える。
どうやらセルの逃走防止策、極秘任務責任授与作戦は裏目に出たようだ。
「ははーん。そんなにあたしに負けるのがいやなんだ」
いつまでも黙っているハーラルに、ナランは挑戦的な態度に出た。ハーラルがかちんときたのは、表情でよく分かった。
「なんだよそれ。負けるわけないだろ」
「じゃ、競争ね」
「いいぜ。後で泣いたって知らないからなっ」
言うが早いか、ハーラルは担当の壁に向かって走りだす。前々の発言同様、逃げる云々と言う事はすっかり忘れているらしい。
「奉仕活動で泣かされる‥‥何だか素敵」
一人ナランはうっとり呟いて、ハーラルの後を追った。
どこかで子供の遊ぶ声がする。
トゥルム・ラストロース(ea8951)はふと顔を上げた。図書館は教会の所有する他の施設に囲まれており、街からいくらか離れている。礼拝の時間でもないので、空耳だとは思うが。
そういえば、郷の隣の娘さんは元気だろうか。その両親は、自分の家族は。
‥‥また気が散ってしまった。
溜息をつこうとして、やめる。写本室は、それすらはばかられるほど静かであった。音といえば、ペンを走らせる音と、インク壷の隅で余計なインクをぬぐう音ぐらいだ。
冒険者達に与えられた書物はラテン語で記されてあった。ラテン語を学ぶ機会がなかったトゥルムにとっては、ただ記号を写し取るだけの単調な仕事である。隣のヴィクター・ノルト(eb2433)は知ってはいるものの、古い言い回しや専門用語が分からず、苦労している。落ち着いて作業をこなしているように見えるが、時折、難しい顔をしてペンを止める時がある。
レオパルド・ブリツィ(ea7890)にとってはラテン語は祖国語だ、慣れたものである。写本作業自体も初めてではない。最初は懐かしさがこみ上げもしたが、すぐに文字を連ねる手先にのみ集中する事が出来た。
無心に戻る事こそ写本の修行なのだ。トゥルムは居住まいを正すと、作業を再開した
そしてその日は暮れ。労働者用の宿泊部屋は雑魚寝する大きなスペースで、かろうじて男女が区切られているだけだ。クレリックほど戒律にとらわれない彼らは、眠りに入るわずかな時間をささやかな団欒に使っていた。
そこで冒険者達は、補修の監督を任されている男から、一部始終を聞いた訳である。
「だーかーら。誰がスリング持ち逃げて良いって言った?」
セルがハーラルの頭を拳で小突く。ぽこっとチェインヘルムが良い音を出した。レオパルドも厳しい表情。前回ハーラルにわざと辛らつに当たって気を損ねた事は謝罪したが、それはそれ。これからも基本姿勢は変えないつもりでいる。
「貴方には常時オーラセンサーを発動させていますから。いつ何時逃げたって、どこまでも追って捕まえますよ」
「もうやらないよ。ナランに勝つまでは死んだって逃げるもんか」
どうやら今日は黒星だったらしい。
口を尖らせるハーラルに、シエロ・エテルノ(ea8221)は優しく声を掛ける。
「ハーラル。今回の依頼人がお前に償いを求めているのは、大事な人をいやな目に遭わせたからだ。お前が山賊仲間を思う気持ちと一緒なんだ。分かるだろ?」
ハーラルは黙ってうつむいた。
「まっ、元気がいいのは認めるがな。明日はもっと丁寧な仕事を頼むぜ」
監督の男はあっけらかんと笑い飛ばす。そんなやり取りを眺めてしばらく考え、クリストファーは穏やかに提案した。
「それでは、明日は丁寧さを競われてはいかがです? どうすれば綺麗に、そして早く仕上がるのかは、同じお仕事をされている先輩方が良く知っていらっしゃるはずです。‥‥良く見て、身体で覚えれば、きっとナランさんにも勝てますよ」
「なるほど。スリと一緒じゃん」
ならではの得心の仕方に、これまでの経緯を知る者達は慌てたが、男は『上手いな』と笑っただけであった。
「何をされてるんです?」
レオパルドは、隣で羊皮紙を広げなにやら書き付けているヴィクターを覗き込んだ。はたと気づいたヴィクターは、笑って書き付けの内容を示す。
「いや、今日写した文章を祖国語に直そうと思いまして」
「英語ですね。同郷の方でしたか」
とクリストファーもその文面を追う。ヴィクターの理解できる部分部分の訳であったが、神聖騎士であるクリストファーは青くなった。
「いけません、これは聖書ですよ!」
聖書はラテン語で書かれたそのものを理解することが重要であり、他の言語に訳す事は禁忌とされている。それを知ってヴィクターも真っ青になった。
「自らの勉学としての向上を示そうと思ったのですが‥‥僧侶の方に見せる前でよかった」
ほっと息つく冒険者達であった。
翌日。
「さて、と‥‥」
加工場に出向いたシエロは昨日捨てずに集めておいた、革の端布を持って与えられた席についた。使いようもなさそうなそれらをためつすがめつ眺め、重なり合わせては形を整える風にする。水筒や鞄などを縫っていた周囲の人間達は、物珍しそうにちらちらとシエロを眺めていた。やがて会心の笑みを浮かべ、シエロは針を持つ。
端布の寄せ集めは、やがて小さな花になった。後ろに取り付けた紐で、かばんの肩掛けに結べば、ぱっと鞄が華やいだ。
「おお」
思わず周囲から感嘆の声。
教義に基づき、少しでも無駄を減らそうとした考えからであった。それは受け入れられ、そのうち誰もが競うように端布細工をやり始めた。
その日の掃除は、教会堂内。
相変わらず黙々と、セルは作業を行っている。高い所から埃を落とし、細かい所にたまったごみは、持参の細い棒や刷毛でこそぎ、掃う。完全にライバル意識を燃やしたアルバートも、負けじと重い長椅子などを動かしては、下の床を丹念に汚れをぬぐっていく。細かい所に二人が熱中するので、クリストファーは彼らの出した埃を集める仕事を請け負った。
この数日で、アルバートとクリストファーの掃除スキルは、結構上がったかもしれない。
「終わりっ!!」
その時、一瞬早くハーラルが諸手を上げた。手にしたモルタルは丁度綺麗になくなっていて、鐘楼周囲の壁は綺麗にひびがなくなっていた。
「あ〜っ、負けたぁ」
ナランは悔し紛れに大声を出し、その場にへたり込んだ。勝ち誇った笑みでハーラルが見下ろす。
「どうだっ」
「でも、4勝1敗だもん」
「最後に勝った奴が勝ちなんだよ」
いい訳じみた理由をこねるハーラルに、ナランは軽く落胆の息。
「あーあ。負けたあたしをけちょんけちょんに嬲って悶えさせるくらい、ハーラル君が強かったらよかったのに〜」
「‥‥え」
ナランがそーいう趣味であるのは、うすうす感付いていたハーラルである。が、やはり面と向かって言われると抵抗を禁じえない。ナランはやはり気にしていない風で、立ち上がって、鐘楼から見える風景を臨んだ。
「でも、楽しかったよね。上手くなったし、褒められたし」
日は西に傾きかけていた。次の朝が来れば、冒険者達は帰路につく事になる。
宿舎で、その日の事を監督に褒められたり、注意されたりするのが嬉しかった。ハーラルもそうだったと思う。楽しそうにしていたから。
ナランと並んで景色を眺めつつ、ハーラルはぽつりと言った。
「何でみんな、ジョーヌじゃねぇんだろーなぁ」
翌朝、旅支度を終えた冒険者は、教会の堂内に集められた。セル達が隅々まで磨き上げたおかげでどこもかしこも燦然と輝いているように見えた。
「掃除はいいねぇ」
しみじみと、セルが呟く。
「皆様、短い間ながらお勤め、ご苦労様でした。皆様が加わられた事で、他の者も良い影響を受けたようです。停滞しがちであった作業が、再び活気に満ちました。多少、眼に余ることもございましたが、それは、今後の皆様の変わらぬ努力と向上を期待する事といたしましょう。兄弟ハレイス・ネグイスの書簡です。お持ちになってください」
僧がこういって携えた小さな木箱を差し出すと、冒険者達はそれぞれに思わず笑み零した。僧はそれから、こうも続ける。
「兄弟のことは、北の伝道師としてこの教会に伝えられております。船にてアイセル湖周辺の蛮族に、主の存在を教えたとか。彼の航海のルートとされる文書が、こちらにございます。書簡と共に入れてございます。お役立てください」
「感謝いたします」
代表してレオパルドが黒教の礼をすると、僧も冒険者達の魂の向上を祈った。
●告白
ハーラルは立ちすくんだ。
「邪魔になってはいけないと思い、今まで黙っていました。此岸に引き止める事、出来ませんでした。私が殺したも同然です。御免なさい‥‥」
帰りの道中、トゥルムの突然の告白だった。依頼で、彼の元いた山賊団『ジョーヌ』の仲間の命を奪ってしまった事。
ハーラルは無言だった。やがて、涙を零し始めた。抑えようと、肩や顎が震えるが、それもむなしく、とめどなく中から沸いてくるようだった。
「皆、いい人なんだ‥‥お前らとおんなじぐらい‥‥悪い事するけど‥‥監督みたく、褒めてくれるし、認めてくれるし‥‥だから‥‥っ」
もし怒って、トゥルムに掴みかかろうとするようなら、くすぐって笑わせようかとも思ったシエロだが、彼の思っているよりハーラルは辛い思いを抱いている事を知った。
ハーラルは冒険者を認めてくれていた。しかしそれは山賊仲間への信頼を断ち切ったという事ではない。双方の人間に関わって、双方の気持ちを知っているから、板ばさみになって辛いのだ。
もしかすると、この依頼での経験が、そうさせたのかもしれなかった。
シエロはハーラルの頭に手を置く。ひやりとした鉄の感触が伝わってきた。
「前に進め。それを、みんな望んでる」
泣きじゃくる少年に、赤毛の騎士は小さく、強く、言った。
●酒場近くにて
「これを‥‥エムロードさんへの寄付だと、冒険者が渡したと、伝えてください‥‥」
目深にかぶった帽子にその表情は窺いきれなかったが、少女といって差し支えない、高い声だった。冒険者酒場に入ろうとしていた冒険者は、特に何も思わず、気軽にそれを受け取った。
「嘆願には署名も要るんだぜ。あんた名前は――って、おい!」
少女はすでに走り出しており、街角を曲がって見えなくなってしまった。男は手に残ったずっしり重い袋と、少女の消えた角をしばらく交互に見ていた。
「‥‥怖かった‥‥あの人、ちゃんと渡してくれるでしょうか」
帽子の下で、トゥルムは不安げに酒場のほうを見やった。
その後金は、無事に寄付されていたようである。