お転婆お嬢、襲撃さる
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■ショートシナリオ
担当:外村賊
対応レベル:2〜6lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 21 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:06月20日〜06月28日
リプレイ公開日:2005年06月28日
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●オープニング
仕立てられたドレス、薄く化粧した顔、飾った宝石の類。
ちっとも似合ってない。
馬車の中で、マルガレーテは考えた。
攫われたドラゴンの事が心配で、冒険者に依頼を出した。
仔細は調査中だがまだ生きている、と言うのが結果だった。それだけ分かっただけでも十分に安心できた。
しかし、勝手に屋敷を抜け出そうとしたお転婆が祟って、冒険者と付き合う事を執事に禁止されてしまった。
自分でも、自制心のきかない、子供っぽい行動だと思った。その時はそれ以外思いつかなかったのである。
そんな彼女に、冒険者は幾つかの指針を示した。
飛び出す他にも出来る事を考えろ。竜を御する事を志すなら、まずマルガレーテを思い従う人を御せよ。
それについてどうすれば良いか、ずっと考えあぐねていた。
とりあえず、執事についてはいう事を聞くようにした。
この服の見立ては全て執事のものだ。愛らしいフリルや刺繍がついて、動きづらい事この上ない。もっとシンプルで、走っても転ばない裾の物が好きなのだが。
‥‥何か、違う気がする。
「どうすればいいんだろ」
馬車はドレスタットを北上していた。
さる貴族のパーティーに出席するのだ。出先の父からの急の知らせである。
先日届いた書状を、開いて見る。
『華が欲しい、■■■■手配してある、すぐ来るよう』
一部がインクで塗りつぶしてある。間違えでもしたのだろうか。急いだ筆跡だ。
爵位と、わずかながらも領地を持っている身でありながら、いつもこの調子でいつも奔放である。
それに引き換え、この自由のなさ。
執事達が心配しているのは、分かっているのだ。
ただ、それ故に窮屈な暮らしを送らねばならないのが我慢できない。
執事達に心配されず、自由に暮らせる身になりたい。
父のように、大人になれば自由になるだろうか。
溜息をついた。
父のように――誰にも迷惑をかけないぐらい、強くなれば。
なんのきっかけともなく、そう思った。
そうなると、武芸の修練をしようと誘いかけてくれた冒険者達の言葉が魅力に思えてくる。
しかしそれには執事との約束が邪魔――
ゴオッ!!!
馬がいななき、馬車が揺れた。中で、しこたま身体をうち付ける。
「何者だ!」
執事配下の護衛たちが声を荒げた。問われた主は下卑た笑いを浮べてこう返した。
「お前らに用はねぇ。竜飼いのマルガレーテ嬢、いるんだろう? ついて来てもらおうか」
時は数日前。
冒険者達はマルガレーテの屋敷で驚嘆した。
「お嬢様はすでに出立されました。なに、我が精鋭の護衛を八人、つけましたゆえご心配には及びません。早々にお引取りを」
彼女の父の名で護衛依頼を受けて、冒険者はやってきたのだ。しかし執事は、涼しい顔でそんな事を告げる。
これで万一のことがあれば、ギルドの信用がなくなってしまう。いや、それ以前に、純粋に令嬢の危険が心配される。普段使用人として働く彼ら。荒事における技能は、冒険者達に一段劣る。
冒険者達は全速力でマルガレーテの後を追った。そしてようよう追いついた時、彼女が乗る馬車の前でマグマが吹き上がったのである。
二本足で立ち上がり、いななく馬の前には、三人の男。一応装備は整えているようだが、どれも使い込まれ、ぼろぼろである。柄の悪いごろつきのように見えた。
冒険者は、自らの得物を構えた。
塗りこめられたインクの下に、彼らは綴られていた。
『冒険者は、すぐ来るよう』
●リプレイ本文
悪漢共が喚いている。既に気づかれた。
「面倒臭い事は嫌いなんだけどね」
ユージィン・ヴァルクロイツ(ea4939)は一人ごちて、馬の腹を鐙で叩いた。少しでも先んじて打って出ようと言うのである。身の丈ほどもある古びた樹の杖を携えた男の身体が、ふっと緑の光を放つ。彼の足下から砂と幾つかの雑草を巻き上げる。
あれが風ウィザードなら、その隣で、ストリュームフィールドに赤いローブをはためかせている男は火ウィザードだ。
不自然な突風を見て、馬が怯えるそぶりを見せる。さっと飛び降り、逃がしてやる。
その数メートル手前で再度、マグマが噴出した。直進していれば巻き込まれたろう。
ユージィンの右手数十メートルに馬車。ウィザード達は馬車とユージィンの間に入った。
暴れいななく馬車馬二頭を、ファイターが綱を切って逃がした。
「…やあ。見るからに、金が欲しくて身を持ち崩したっていう見本だね」
挑発がてらに暴言を吐く。答えの代わりにウインドスラッシュが飛んできた。身構えたが、ユージィンの所まで届いてはいないようであった。
次いでマグマ。先程より遠くで、柱があがる。
初級魔法を時間差で発動させる事によって、詠唱の隙を減らしつつ、行く手を阻んでいるのだ。これではマルガレーテの馬車にホーリーフィールドをかけてやるどころか、近付けば魔法の餌食になろう。精神がつきようが、マルガレーテを連れ去るまでの時間稼ぎが出来ればいいのだ。
「せこいなぁ。だからいつまで経ってもチャンスに恵まれないんだ」
溜息混じりに、十字の縫われた美麗なマントの下から、クルスソードを引き抜く。
「おおおおっ!」
その背後で気合の雄たけびが響いた。
「気張りや〜っ!」
遠くでルイーゼ・コゥ(ea7929)の声援が聞こえる。それを受けるは、レオパルド・ブリツィ(ea7890)である。シールドソードを前に掲げ、ジグザグに走りながらユージィンを追い抜く。
突撃の格好だ。
ウィザード達を囲む突風が一部分、揺らぐ。ウインドスラッシュが放たれた。間をおき、それはレオパルドの頬を、わずかに傷つける。
風ウィザードは異変に気づき、目を細めた。
レオパルドは走り寄るのをやめない。
マグマがその足下から吹き上がった。
レオパルドの全てを飲み込む。
「ひゃははっ、馬鹿が!」
何も考えずに突貫してきたレオパルドに、火ウィザードは勢いづいて罵る。
「さあ、てめぇらもこうなりたくなったら‥‥」
焚き付いた勢いは急激に冷めていった。
「おおおっ!」
レオパルドは飛び出した。例え抵抗に成功したとしてもやけどぐらい負っていて良いはずだが、シールドソードにすら、こげ後一つすらついていない。
懐で、携えてきた身代わり人形の形が崩れるのを、レオパルドは感じる。
勢いを殺さず迫る。ストリュームフィールドが、何かに浸食されていくかのように、威力が落ちる。
「ウインドレス‥‥!」
レオパルドにかけられた魔法の正体に気づいた頃には、風ウィザードは突撃して来たレオパルドに押し倒されていた。
「ぬあ‥‥」
たじろいだ火ウィザードに、白い光が飛んだ。巻き込まれ、吹き飛ばされる。イサ・パースロー(ea6942)が十字を切り、よこしまなる者への救いを祈る。
「この哀れな者にも、主の慈悲を‥‥」
「セーラ様にまで愛想をつかされたら、終わりだね」
首を振りつつ立ち上がる火ウィザードに、すかさずユージィンが斬りかかった。
ウィザード達が封じられた隙に、ブラン・アルドリアミ(eb1729)が抜ける。馬車の上では、怯える二人の侍女の傍で、マルガレーテが戦士をきっと睨みつけており、御者席と馬車の周囲で黒服の護衛達がおろおろうろたえている。黒服達はそれぞれに馬に乗ってきたらしかった。人数が聞いたより数人少ないのは、恐らく暴れる馬から下りるに降りられず、どこかへ行ってしまったのだろう。
ブランは大回りした。ブランに気づいた戦士は、身体をそちらへ向ける――瞬間、横目に凄い勢いで巻き上がりながら迫る土煙を見た。
「なんて様だ! お嬢を守るのが仕事だろう!?」
放ったグラビティーキャノンの命中も気にせず、チュリック・エアリート(ea7819)は黒服達を一喝する。黒服達ははっとして表情を改める。
「こいつらは任せて、お嬢の安全を確保するんだ!」
「は、はい!」
普段叱られ慣れているのか、喝への反応は早い。
「ち、余計な真似を」
戦士は魔法を受けた剣を一振りして、手に残る痺れを払う。間を置かずブランは体当たりを仕掛けた。こちらも戦士は押し返した。ブランはどっと尻餅をついた。
「てめぇらに用はねぇんだ。忙しい、とっとと失せろ」
「俺達はお嬢様護衛の責務を果たさねばなりません」
ブランは刀を構える。そのままじっと、戦士を睨み付けた。
「口だけは一丁前だな」
攻撃しないのは怯えだと思い、戦士は鼻で笑った。
「マルガレーテ様よ。俺達は別に悪い話を持って来た訳じゃねぇんだぜ。素直に一緒に来てくれさえすりゃ、あんたのドラゴンに会わせてやれる」
「え‥‥?」
ブランが声を上げる。マルガレーテは戦士の向こうで、眼を見開いた。
「何であんたが‥‥」
「黄土の鱗のドラゴン‥‥ドワーフの穴倉の中で助けを求めて鳴いてるぜ?」
「お嬢様、嘘です! 引っかかってはいけません!」
異口同音に黒服が叫ぶ。それが彼らの精一杯であった。
しかし盗んだのがドワーフ達である事を知っているとなると、情報の信憑性は決して低くはないように思える。
「どこで聴いた、話?」
「お嬢!」
チュリックが叫ぶ。馬車や黒服が戦士に近すぎて、魔法を撃つに撃てないでいる。
「さあてな。まあ、一緒に来れば安全に会える事は保障しよう」
「乱暴しないで下さる?」
マルガレーテは、一歩戦士に近付いた。恐怖か、強張った表情をしている。
「無論だ、お嬢様」
戦士は下卑た笑いを浮べる。黒服が止め、侍女がすがるのを気にもせず、もう一歩、マルガレーテは近付きかけ――
「そう上手くいくものかね!」
馬車の向こうで、高い子供のような声がした。その方角に思い当たる節があり、戦士ははっと視線をめぐらせる。戦士の用意した馬の近くに、ルーナ・フェーレース(ea5101)が立っていた。馬は不自然なまでに大人しい。尾すら微動しないのだ。その動かない足に寄りかかって、不敵にルーナは微笑んだ。
「ちょいと影を縛らせてもらったよ。あんただけ馬持ちじゃ、不公平だろう?」
戦士がブランやお嬢の誘惑に気を向けていたため、ルーナは全く労する事無く馬車を通り過ぎ、馬にシャドウバインディングをかけることに成功していた。
「くっ‥‥」
「あれぇ? そっちばっかり気にしとってええの?」
今度は耳元で、突然聞き知らぬ声。
振り返る。
驚くマルガレーテと眼が合った。
瞬間、足下に激痛が走る。
「ぐあ‥‥ッ!?」
ふくらはぎに、矢が一本突き立っていた。
「ウィザード共ももう終わりだ、あんただけだぞ、ファイター殿!」
遠くに赤毛の男が弓を番えていた。シエロ・エテルノ(ea8221)だ。
接近戦に入ってしまえば、ウィザード達は呪文に集中できず、頼みの風も威力が弱まり、少しずつ押されていた。
時折、火ウィザードが奇妙な方角を振り仰ぐ。それを狙って、ユージィンは剣の平で殴る。
「み‥‥耳を貸すな、ヴェントリラキュイだ!」
風ウィザードが警告する。戦士の視界から、上空にキモノを着たシフールが飛び回っているのが見えた。
風ウィザードも、レオパルドの猛攻を防ぎきれてはいない。
「ちっ、役立たずが」
戦士は鋭く舌打ちした。振り返って、ぎろりとブランを睨みつける。その眼に余裕がなかった。
「邪魔だ!」
走り出すように重心を前にして、大きく剣を横に凪ぐ。そのまま逃げようというのだ。
それは余りに雑な振り。
「ええい!」
ブランは見極め刀を振るった。相手の間合いの中に潜り込んだつもりだったが、つばにしこたま頭を打ち付けた。しかし、ブランの刀は、ぼろぼろであった革鎧の縫い目を斬り、身体をえぐった。
ブランと戦士が離れた瞬間、シエロが矢を打ち込む。戦士は痛みに眩んで、膝をついた。
イサが主への祈りを捧げる。ロープで縛り上げられた戦士の、脇腹の傷が、穏やかな光に癒されていく。
「お前さえいなければ‥‥」
風のウィザードが忌々しげにルイーゼを睨む。ルイーゼはすまして答えた。
「ふーん、悪さするほうが悪いのや」
「豪い格好だな」
チュリックに服のことを言われ、マルガレーテは再びその身なりを思い出して顔を真っ赤にした。
「執事殿にとっては、まだまだ可愛らしい女の子なんだろうな」
シエロがかすかに苦笑すると、マルガレーテは耳まで染まった。
「それより、なんで、皆‥‥」
「君の父上のご意向でな、護衛を言い付かっていたのさ。知らなかったのか?」
マルガレーテは横に首を振り、父から届いた手紙を見せた。塗りつぶされた部分に、冒険者を示す言葉が入りそうなスペースは十分ある。
「それよりマルガレーテさん。一度あいつらについて行こうとしましたね?」
レオパルドは今までの通り、厳しい言葉で詰め寄った。
「それは‥‥騎士団や皆が、竜を探すきっかけになればいいと思って‥‥」
「それでさらわれて、人質にでもなったら、余計沢山の方に迷惑をかけるのですよ!?」
「‥‥そうよね。ごめんなさい。私なんかじゃ、なんともならないのね‥‥」
「まあ、飛び出す自信がないなら、籠の鳥でいたほうがいいと思うけどね」
「そんな言い方‥‥!」
反論したのは意外にもレオパルドで、しかし、すぐに口をつぐんだ。心のうちは複雑なようだ。
「ようは、自立する事さね。本気で譲れないなら、突き進めばいい。その本気を、伝えたい相手に見せる事さ」
ルーナは優しく、マルガレーテの肩を叩く。ルーナの声には、いつも励まされる。マルガレーテは、胸を熱くした。
「うん‥‥考える」
「単なる金銭目的ではありませんね。もしかしてマルガレーテさんを狙ったのは、ロキさんの依頼ですか」
回復を終えたイサが単刀直入に訊ねると、三人は身体を震わせ、反応した。
「‥‥なんで知ってんだ。もしかして、ここいらのヤバイお尋ねモンか?」
彼らはロシア近くから盗賊まがいの事をしながらやってきたならず者で、ドレスタット周辺のことについて明るくないようだった。ロキが悪い交渉相手だったと知るや、顔を青くして震えだした。
「俺達ゃ、竜の事をほのめかしゃ、お嬢を楽に誘拐できるって、そのロキって野郎に言われて‥‥報酬も結構だったしよ‥‥それで」
「なるほど。これは海戦騎士の方に身柄を委ねたほうが宜しいかも知れませんね」
イサの言葉に悪漢共はもう震え上がって言葉もない。
やがて、それぞれの馬を探しに行った黒服達が戻ってきた。ブランとユージィンの馬は無事に発見されたが、黒服達の馬は半分ほど見失ってしまって、悪漢共の馬をそのまま譲る事となった。
マルガレーテの父親、イレールは、穏やかで優しげな物腰であった。冒険者が事の経緯と、執事との確執の程を伝える間、常に笑んでいるような表情を僅かに曇らせて聞き入っていた。
「そうですか‥‥その不利をおいて娘を助けていただいた事、言葉に言い尽くせません」
全員に丁重に礼を述べ、また顔を曇らせる。
「私よりよっぽどしっかりした男なので、大丈夫だと思っておりましたが‥‥それが仇になったようですね」
「我々が信用できないと執事さんに思わせてしまったのは、こちらとしても詫びる他はありません。ただ、お嬢様の事も‥‥ちゃんと努力しているのだという事を、見ていただきたいと思うのです」
ブランは静かに言う。戻った時には執事にも同じ事を言うつもりだと、付け加える。イレールは首を振って制した。
「執事を信用しすぎた私の落ち度でもあるでしょう。あなた方の事は、私からしっかりといい含めておきましょう。それから、このようなお礼より知らず申し訳ないのですが、報酬のほうに、僅かばかり加えさせましょう」
マルガレーテは終始黙っていた。いたずらが見つかってばつの悪い子供のようだった。
「母親に良く似ています。とても強い、騎士でした。それ故に死に急いでしまいました。私は、彼女の望むままに生きて、死んだなら、それは幸せな事だと思うのです」
マルガレーテのつややかな金髪をなで、イレールは寂しげに微笑んだ。