●リプレイ本文
牢屋の詰め所に冒険者は集められ、最終的な持ち物検査が行われた。今まで装備を持ってきていた者は、それらをすべて外し、騎士に預ける。
ルーナ・フェーレース(ea5101)は騎士の中に見知った顔を見つけて声をかけた。向こうも覚えがあったらしく、軽く手を上げて答える。
彼は先日、別の依頼に協力してくれた人物だ。
「あんたのおかげで家出は防がれた。今日はそのお礼もと思ってね」
と、降ろした荷物の中から小さなワイン樽を取り出す。
「代わりにリュートは持たせておくれね。曲を披露するかも知れないからね」
「分かった。ま、あのマイアって婆さんも持ってはいるみたいだし、構わないだろ」
「なんだ二人でこそこそと。お前らデキてるのか?」
「な、何言ってんだ!」
ダリクが茶化して、騎士は咄嗟に否定する。
「これは、差し入れ用ですよ。ドワーフの方は、お酒が好きな方が多いようですので‥‥」
イサ・パースロー(ea6942)がルーナのワインの隣に自分の樽を並べると、ナタリー・パリッシュ(eb1779)も倣って樽を出す。
「牢屋で尋問なんて辛いだろう? これで少しでも気が楽になればと思ってね」
皆、考える事は同じだねとナタリーは二人にウインクをしてみせる。イサも微笑し、ルーナに視線を送る。彼女をかばっている風合いがその表情に読み取れた。ダリクは納得しない様子で、ワインと冒険者、牢番の騎士を見比べる。
「まぁ毒見して、奴が望めば泥酔しない程度で許可しよう」
「すまんな。後でお前の分はゆっくり味合わせてもらうから」
小声でわびる騎士に笑って了承するが、何故か寂しさを覚えるルーナである。
「ダリクさん、サギーがジョーヌの中で新参者であるとか、そう言った事はありませんか?」
と訊ねるのはイコン・シュターライゼン(ea7891)。
「ふむ、あの一緒のドワーフよりは後輩のようだったが。それがどうした?」
「サギーとドワーフ、部屋を分けて尋問を行いたいんです。ロキの刺客の話ですが、サギーにロキの息がかかっているかもしれないと、思ったものですから」
「証拠は?」
騎士をからかった軽い雰囲気は何時しか消え去って、ダリクは真顔でイコンに聞き返した。明確に理由を考えてきていなかったイコンははっとして、「考えすぎかもしれませんが」と付け足した。
「物足りんな。確かに‥‥本心が何処にあるのかよく分らん奴ではあるが」
「手伝おうとは言ったけどね。こんな年寄りに二度も歌わせる気かい?」
竪琴の弦を調整しながら、マイアが冗談めかして言う。ダリクは頤に手を当てて考えこむ。
「とはいえ喋らん内に殺されても困るからな。双方部屋の端々に離し、印を組ませないように縛ろう。これで良いか?」
「分りました。では、もし今回何も無かった場合、この事をサギー個人に訊ねる時間をいただいてもよろしいですか?」
「ああ、そうしてくれ」
イコンは礼を述べ、冒険者とダリク、マイアは地下へと降りていった。
カビの臭いがにつく。がらんとした、広く、何もない部屋だ。万一の時の為に投げられるような物はないかと首をめぐらせたフォーレ・ネーヴ(eb2093)だったが、今は壁の破片も見つからなかった。
いくらも待たぬ内に、二人の囚人は現われた。イコンと約束したとおり、後ろ手に縛られ、両端にすえてあった椅子に、それぞれ座らされる。すれ違い様、かつてサギーに騙された事のあるルーナは、嫌味混じりに笑いかける。
「おや、サギー。しばらく見ない間に男っぷりが上がったじゃないかい?」
「‥‥嬉しいな、前の俺を覚えていてくれているんだね。願わくば、君の中にその記憶のままの俺が残りますように」
妙にしんみりと、サギーは答える。前の事もあって、ルーナは素直に本心とは受け取れない。
「せっかく今を誉めてやってんのに。まあいいさ。二人が、ジョーヌの掟に従って、嘘偽りなく答えてくれる事を誓ってくれるならね」
「黄布に捧げた右腕に誓って、そうあろう」
ドワーフはルーナを真っ直ぐ見据えて、誓った。
「黄布に捧げた喉に誓って」
サギーはルーナから傷を隠すように、うつむき加減に誓う。
「そろそろ始めようか」
ダリクが頷きかけると、マイアの竪琴を持ち上げる。マイアを気にする風に、ドワーフがちらりと見やる。やがて銀の光がほのかに彼女を包んだ。
咎人よ、偽りなきよう、と彼女は歌う。
「では、ロキ・ウートガルズについて、まず確認を。直接会った事はありますか?」
イコンが訊ねると、ドワーフは頷く。
白い髪、痩躯の長身、華美な紫のローブ――。祭の夜、見かけた姿をイコンはそのまま羅列した。
「その男だ」
「彼の目的は?」
ふむ、とドワーフは思考をめぐらせ、
「直接的なものと言うならば、遺跡から己が持ち出した宝の回収であろうが。それをいかに使うかという問いであるなら、我は断定できぬ」
「何かヤバイのは皆分かってるんだろう? 世界平和の為なんかじゃないって」
「‥‥あの遺跡には、神の領域を侵さんとする物が眠っている。あれはいつか神を侵し、神に牙を剥くだろう。‥‥我は、眼にそれを見た」
ロキ。込み入った事は分からないが、それはスサノオにも似た荒神であるらしい。神楽薫流(eb2631)はダリクにそっと話しかける。
「魔法を使うわ‥‥証言に基づいて、未来を占ってみたいの」
「他のを使えば、命はないぞ」
「そんな無粋な事はしないわ」
妖艶に微笑んで、薫流は印を組む。彼女の技量では、まだ一つの単語しかフォーノリッヂに織り込む事は出来ないが、そこから導き出されるものもあるかもしれない。
『ロキ・ウートガルズ』その言葉の向こうに、薫流は炎を見た。深い闇に燃え盛る炎。
これを規準にしてさらに卜占を行う。
「全てが剋すると言うの‥‥? 世界を揺るがさんばかりの、凶相だわ‥‥」
これほど悪い卦を今まで見たことがない。薫流は恐ろしくなった。
「あの‥‥」
声を掛けて、ドワーフの視線が自らのほうを向くと、トゥルム・ラストロース(ea8951)ははっと息を呑んだ。
恐ろしいという訳ではなく、これから死に逝くと知る人間と相対する事に息苦しさを覚えたのだ。
「あの‥‥それは、直接本人にお会いした、と言うことでしょうか。連絡を取るときはいつもロキの方から会いに来るのですか」
「最初だけだ。後は手紙か、代わりの者が来た」
「‥‥では、その時、大事そうに持っていたものとか、何か特徴‥‥字の癖とか、ありましたらお伺いしたいです」
「持ち物については思い浮かばぬ。字はいささか右に上がる風であったと記憶している」
「もう燃やしちゃってないけどね」
「最後に‥‥彼の能力など、ご存知でしょうか」
「ローブ越しであるが、余り大きな得物を振り回す身体ではなかったと言っておこう」
「‥‥ありがとう、ございました」
ぺこりと頭を下げ、トゥルムは後ろへと下がる。続いて、イサが穏やかに尋ねる。
「彼の拠点にしているような所は、お分かりになりますか?」
「俺ら以外にも色々接触してるみたいだったし。目的にあわせて移動してるんじゃないの? 抜け目なさそうな奴だから、そこまで致命的なトコは俺らなんかに知らせないって」
「じゃあ、仲間内の噂とかにもなってない? ロキ本人やこれからの作戦とか。こういうのが分かると、対策にも目安が立つんだけど」
「根も葉もない噂は混乱するだけ、君らの捜査の邪魔になるよ」
フォーレの問いに、サギーは優しげな微笑を浮べて見せ、続けた。
「‥‥まぁ、どこかにそういう情報の集まる拠点があるとしても、噂の届かない‥‥この国の外、とかね」
その表情を伺い、フォーレは特に何かを隠しているような違和感は見つけられなかった。ドワーフのほうは達弁には遠く、都合が悪ければ答えないので分かりやすいが、サギーはどこでどう嘘をつき、はぐらかしているとも知れない。自ら誓いを立て、マイアの歌もあるのだから、可能性は低くなっているとはいえ、0ではないのだ。真実を知るには、深い洞察が必要だった。何気なく視線を送っていたのに気づいたか、サギーはフォーレに一つウインクをした。
「せめて奴の行動パターンさえ掴めれば、楽になるんだけど。何とかならないかい?」
ナタリーが食い下がると、サギーが顔を向けてくる。
「基本的に隠したがりで、なんでも一人でやらないと気がすまないタイプ‥‥と、黄布対人鑑識係の俺は思う。でも、まだ一つ二つ裏を持ってても、おかしくないだろうね」
イサの質問は続く。
「他の協力者がどの程度いるか、どんな人物かなどは分かりますか」
「金に目が眩んだ海賊、山賊は多いだろう。もしくは‥‥」
「何だか分からないけどスゴそうな、ロキの魅力に惚れちゃった、とかね」
「では、貴方がたの盗んだ黒僧の書簡について、ロキはどの程度知っているのでしょうか」
「ロキのあずかり知る所ではない」
しばらく待ったが、それ以上の回答をする気はないようだ。
「‥‥これも盗んだ、竜の居場所についてはどうでしょう?」
「俺達は管理してないよ。でも、死んではない」
「管理してないってのに、言い切るじゃないか。何でロキが竜を欲しがったのか、理由でもお知りかい?」
「宝を嗅ぎわける力を持っているからって、本人が言ってたけどね」
ルーナにサギーが答えた瞬間、フォーレはドワーフが彼を睨むのを見た。が、サギーは分かっていないのか無視しているのか、そ知らぬ顔である。
薫流は、『ドラゴン』の未来を占う。伝聞でしか知らない、様々な種類の巨大な蜥蜴然の生き物が、翼や足を動かして、どこかへ向かおうとしている。その周囲には赤や白の光り輝く物が、輪を描くように飛び回っていた。卜占によれば、それは吉とも凶とも言えない。
「では‥‥そもそもロキはどう貴方達に接触してきたのかは、答えてもらえるだろうか」
カノン・リュフトヒェン(ea9689)が、やっと一言口を利いた。
皆が質問を行う間、じっと二人がどの部分で言い澱むのか、見てきたのだ。カノンの目から見て明らかだったのは、書簡についての事。それから協力報酬の事でサギーが横から口を挟んだ事。
それは彼らがロキの指令とはまた別に、竜のことについて調べていた事実を指していると言えないだろうか。そして、ロキが最初に口にしたであろう『金以外の報酬』にも関係するのかもしれない。
ロキに知られないで行う必要があったのだ‥‥『ジョーヌ』単体の、『目的』が。
カノンの中で予想であったこの事は、確証に近付いてきた。
ロキがジョーヌの何に興味を持ったのか、そこから彼らの持つ――ロキに有利に思われた――何かを知ることが出来れば。
それこそが、一連の事件に関わる山の一角を崩す、始まりになるように思えたのだ。
ドワーフは、それほど迷う事もなく、答えた。
「向こうは無作為の中の一つであったろうよ。報酬をちらつかせて動く、捨て駒の一つとな」
ならば、ジョーヌにとっては‥‥
ふいにマイアの歌が途切れた。
「ああ‥‥悪いね。久方ぶりにこんなに長く歌ったもんだから‥‥しばらく効果は続くはずだから、少し休ませてもらってもいいかい?」
「二人も、聞かれっぱなしで疲れてるんじゃないかい」
ナタリーが指摘すると、サギーはそうそう、と頷く。警戒だけは休めない事を条件に、ダリクが休憩を了承すると、マイアはふぅと、息をついた。
「ハーラルさんの、事ですけど‥‥」
トゥルムは、おずおずと二人へ近付いていった。彼ら自身で抜けさせた少年の名に、二人は興味をそそられたようであった。
トゥルムはハーラルの事を知る限り話した。サギーは可笑しそうにくすくすと笑った。
「褒められて嬉しそうか‥‥。アイツ、昔っから兄貴分にべったりだからさ。よく似てすぐ態度に出ちゃうんだよね‥‥実の兄なんかよりもそっくり」
そう言えば、ハーラルも少なくともドワーフとは違う種族に見えたが――
「サギー」
「いいじゃん。ハーラルもう黄布じゃないんだからさ」
「‥‥」
反論する術がなかったのか、ドワーフはしばらく押し黙って、
「うぬらには、感謝する。我らがいなくなればまたあれを悲しませようが‥‥その時は支えてやってくれ。勝手な願いだ」
と、頭を下げる。トゥルムは言葉が出なかった。代わりに、涙が溢れて伝っていった。
知人の慕う者。その立場が敵であっても、その生を思うと胸が詰まった。
「俺からも、あなた方に感謝を。‥‥かの少年は強く育ちます。きっと、新しい生をまっとうすることでしょう」
トゥルムの代わりに、イサが二人に十字を切る。
「俺は神に仕える者です。残す言葉があれば、お聞きします」
「できればジョーヌの内で捕まった方と、亡くなった方の名前を教えて頂けませんか?」
涙する女性は庇うべきだと騎士の精神は知っていても、実際どうしたらいいのか分からず、イコンは彼女の前に立って問うた。
ハーラルに教えてやりたいというのは勿論、墓標に刻み付けたいのだと希望も添えた。
「俺らに墓なんか勿体無いよ」
「なら、僕の心に刻みます」
「心根の正しき少年よな。我が名はカタリス。この名でよければ刻むがいい」
真摯な態度で答えると、ドワーフは眩しいものでも見るように目を細める。そして、イサの方に向き直る。
「掟に従いし我に、悔いはなし。主に申し開く事もない」
「俺は‥‥そうだな、もしあんたが真っ当になったハーラルを見ることがあったらさ、洗礼してやってくれないか?」
「‥‥しかと、聞き届けました」
イサは神妙に頷いて、小さく何事か呟く。ぱっと白んだかと思うと、サギーの身体の傷がたちどころに癒えた。
「同族の誼です。手向けとして、受け取ってください。カタリスさんには、お酒を用意しましたので‥‥」
「どうせならもっと早くしてくれればよかったのに」
いいつつ、サギーはどこか嬉しそうだ。
そして薫流は見る。『カタリス』の名に未来を。
この場所のようだった。血溜りが出来ている。呆然としている冒険者。カタリスの身体が傾いで、椅子から転げ落ちる。その背後で血まみれのナイフを握っているのは――
薫流は振り返った。その人物は囚人達の方へ向かおうとしていた。目が合った。未来の像と今の像が心の中で混じって乱れた。
「近付かないで、あなたが――」
「おや、最後の最後で気付かれちまったかね」
カラン、と硬質な音が響いて、ナイフが一本、零れ落ちた。
さっと振りほどいた、三つ編みにしていた白い後ろ髪から出てきたのだ。
「マイアさん‥‥!」
「いい子ばっかりだね坊や達は。歳を食うと、どうも人情事に弱くなっちまう。現役を離れると駄目だねぇ」
「先代‥‥」
呆然とする皆を押して、カタリスが呟く。
「あんた達は団の誇りを守って死なせてやるよ。あたしもあの子も、道連れだ」
マイアはそう、不敵に笑うのだった。