行くてに賊は潜み、ヘイムダルは橋を隠す

■ショートシナリオ


担当:外村賊

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 55 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月17日〜08月27日

リプレイ公開日:2005年08月31日

●オープニング

 異臭の漂う、よくあるすえた酒場だった。あたしが竪琴を陽気に奏でれば、酔っ払いが歌い騒ぎ、給仕女に破廉恥な言葉や行動を浴びせる。
 だけどあたしは知っている。
 腰に回した手に金貨が挟まっていて、さりげなく給仕が受け取る事。やがて料理にまぎれて、彼に毒や麻薬の入った包みが運ばれてくる事。無理に勧められてあおる安酒に盗品の指輪が混じっている事。
「お婆ちゃん歌上手いんだね〜」
 この場には似つかわしくない、明るい笑顔の少年――いや、パラだ。
「僕感動しちゃった! 小さいんだけど、受け取ってもらえる?」
 パラは肩に提げた鞄から何か探り当てる。大きな瞳を輝かせてあたしに笑いかけ、細長い布包みを差し出した。
 簡単に巻いていただけの布は、途中ではがれた。
 酒場の暗い明かりを反射して鈍く光る、ナイフ。
 柄に竜とルーン文字が刻まれている。あたしが親父から渡され、息子のエッセに譲った、ジョーヌの頭に代々受け継がれる代物だ。そう易々と他人に渡る物じゃない。
 あるとすれば、息子の身に何かあった時。
「殺したってのかい?」
「ううん。命令違反したからさ、兄様がちょっとお仕置きしただけ。でもちゃんと反省したから、逆らってまで行きたかった場所‥‥えっと、遺跡の島の‥‥塔、だっけ?‥‥そこでお仕事させててもらえてるんだよ。兄様は、優しい人だからね」
 甘えるように身体を摺り寄せ、ナイフを握らせてくる。闇取引の客と同じ、慣れた仕草。
 竜がこの辺りで暴れだしてから、何だか不穏な空気が流れてると思っていた。冒険者が例の書簡を求めて来た時に、あの遺跡が関係している事を知った。
 そうなればジョーヌの連中がこの騒ぎに関わる。念願の為に息子が無茶をしでかしそうだと、予想してはいた。
 団を抜けた今は関係のない事と言い聞かせてきたけれど。
「ドレスタットの牢屋にも、仲間が一杯捕まってるんだって。後は言わなくても分かるって、兄様が言ってた――ねぇ、引き受けてくれる?」
 しくじりは仲間内で内々に消し去れと、そう言っている。あたしが、団の連中に教え込んできた掟だ。
「兄様兄様って‥‥依頼主の名も明かさないのかい? あんた達は」
「ああ、ごめん。兄様はロキ・ウートガルズ、僕はロギっていうの、覚えておいてね」
 あたしは琴を下ろし、差し出された柄を握った。


「――半月前の話。あたしがここへ来た理由さ」
 ドレスタット、さる地下牢の中。山賊団ジョーヌの取調べが行われている。
 隠し持っていたナイフを自ら暴いたマイアは、無抵抗を示すために軽く両手を挙げていた。
「先代‥‥」
 椅子に縛られたままの黄布のドワーフ、カタリスが、身を乗り出してマイアを見上げた。眼が驚嘆と猜疑を宿している。マイアは悲しげに首を振った。嘘偽りはないのだ、と。
 もう一人の黄布であるエルフのサギーは、かすれた口笛を吹く。おどけたつもりだったのだろうが、その音は静まり返った牢内にうら寂しく響いた。
「ジョーヌってのはね。今でこそ山を縄張りにしてるけど、あたしの親父が頭張ってた時は、ヴァイキングだったのさ。神の宝を手に入れようと、遺跡の島に乗り込んだのはいいけれど、どじって山に引っ込まざるを得なくなってね。
 ドワーフってのは、身内を大事にする性分があるからね‥‥ロキってのがジョーヌに目を付けたのは、そんな因縁を利用しようと考えたからだろう。
 あんたらはあんたらで、ロキを利用してお宝を手に入れようとか、考えていたんだろ」
 カタリスは黙していた。黄布のジョーヌは厳しい掟の元に成り立っている。内情漏洩は掟に反する。
「頭のピンチだよ? 非常時ぐらい何か言ってもいいんじゃない?」
 サギーの言葉にもカタリスは反応しない。
 しかし勘のいいの冒険者は気付いていた。彼の黙秘は内情に踏み入る証拠、肯定を意味する事を。
 この場の唯一の海戦騎士であるダリクが、マイアの挙動を伺いながら、足下に落ちたナイフを拾う。先程話に出てきた模様が刻まれている。マイアは何もしなかった。
 何かを決めかねるように、難しい顔で、彼の所作を見ている。
 そしてダリクが再び立ち上がった時、彼とその場の冒険者を見渡して、軽く息を吸い――言った。
「ねえどうだい、あんた達の誰か、遺跡の島からうちの愚息を連れ戻してくる気はないかい?」
「‥‥どういう意味だ?」
 急な話にダリクが訝る。
「ナイフを差し出すってのは、団を譲り渡すに等しい事。自慢にもならないけど、息子は得体の知れない相手に許しを請うぐらいなら、団を道連れに死ぬような奴さ。きっと何か理由がある‥‥。親としてはね。何かまずい事にでもなってないか、心配なのさ」
 決意を秘めた口調は、次第に覇気をなくして、冷たい周囲の石に溶けて消える。だがすぐに、寂々とした空気を打ち消すように、マイアはぱっと顔を上げる。
「もちろん、只でとは言わない。塔の入り口は精霊の力で隠されているという。親父の見つけた、入り口の事を教えるよ。息子が塔にいるってんなら、その場所を当てにしてるはずだからね。探索ついでに拾ってくれればいい。
 それで息子が戻ったなら、あのロギとか言うパラのいた酒場の場所だって教えようじゃないか」
「分からんな。ロキに手を貸した罪があれば、戻っても俺達が処刑するぞ。いくら協力した所で、貴方の罪も免れないだろう」
「あんたこそ分からない男だね。この老いぼれに、息子を心配しながら煉獄へ行けって言うのかい?」
 憮然と言い返して、マイアはもう一度、冒険者を眺める。すがるような、挑むような、不思議な視線だ。しかし、そこに澱みはない。
「‥‥大事なのは、あんた達にとっても、悪い話じゃないだろうって所さね。ロキの奴、のうのうとあたしに話を持ちかけてくるぐらいだから、どうせ尻尾が掴めてないんだろう」
 冒険者の視線はダリクを向いた。彼らは今この騎士に雇われている立場である。ひとまず、その判断を仰がねばならない。ダリクは無精髭をさすって考えこむ。
「まずその場所を明らかにしてもらおう。それをこの取引の証拠として上に掛け合う」
「‥‥それだけ持ち逃げする気じゃないだろうね」
「交渉する気なら信頼してもらおう。こちらも、その情報を信頼したいんだ」
「いい答えだ。だからって全部言う程お人好しでもないけどね‥‥さて、どこまでバラしたものか」
 マイアが軽く考える仕草をすると、彼女の答えを待たず、別の声が響いた。

「橋の袂に 世界照らす白き神
 そを 無知なる者どもより隠し
    愚かなる者どもより守る
 終焉のときまで
 昼においては 光れる鳥に
 夜においては 光れる滴に
 姿を変える
 汝 オーディンの知識 崇めし者は
 光を誘い 道を訊ね聞くべし
 汝 オーディンの勝利 崇めし者は
 光を探し 神の剣に克つべし
 さすれば ヘイムダルは退くであろう」

 カタリスの低い声が、一言と過たぬように、ゆっくりと詩を唱えあげる。
「かつて――遺跡に行ったと思しき海賊の、隠れ家の跡で見つけた詩だ。これを担保にすればいい」
「それって先々代の情報でしょ。気前いいじゃない」
 サギーが茶々を入れると、慌てたように、カタリスは咳払いする。
「ジョーヌは山賊だ。同名の海賊のことなど知ったことか」

 そして先日、再度島を巡る探索隊の募集がなされた。
 ジョーヌの頭目、その配下に遭遇した場合、生け捕りにするべしとの任務を携えて。

●今回の参加者

 ea5101 ルーナ・フェーレース(31歳・♀・バード・パラ・ノルマン王国)
 ea7262 皓月 花影(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea7890 レオパルド・ブリツィ(26歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea9085 エルトウィン・クリストフ(22歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ea9517 リオリート・オルロフ(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ロシア王国)
 eb1779 ナタリー・パリッシュ(63歳・♀・ナイト・人間・イスパニア王国)
 eb2259 ヘクトル・フィルス(30歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb2284 アルバート・オズボーン(27歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●予測
 ノルマンより北方の伝承によれば、オーディンは神々の支配者。自分の身を犠牲にして様々な知識や魔術を手に入れた知識の神でもあり、世界の終幕の戦の時の兵士にする為に英雄の魂を集めさせたりする戦の神でもある。
 ヘイムダルは光の神で、天界、地上、地下世界を繋ぐ虹の橋・ビフロストの袂を守っていると言われる。彼はまた、終幕の戦の始まりを知らせる役をオーディンから託されている。
 ヘイムダルが角笛を吹き鳴らす時、ラグナロクが始まるのだ。
「まぁこれが、大体言われてる二柱の神の特徴だね。ノルマンでは、これらは神ではなく精霊を示したものだと言われてる。例えばオーディンは高位の精霊だとかね」
 パラの吟遊詩人ルーナ・フェーレース(ea5101)が答えると、ヘクトル・フィルス(eb2259)はなるほど、と太い腕を組む。異国人であるヘクトルは、まず元になる伝承から誰かに訊ねなければならなかった。
 緩やかな潮風が船を後ろから押している。冒険者は遺跡の島にたどり着く前に、今回の探索の最終的な方向性を相談した。
 騎士団の先だって派遣した調査隊は、森の先に街があり、その中央にイグドラシルらしきものがあるという事だった。しかしマイアが入り口の場所と指定したのは中央から離れた森の中だ。
 冒険者達はカタリスの詩から、入り口である『橋』はその物だけではなく、橋を思わせる自然物である可能性が高いと考えた。『光を誘い』と言う文句からは、その自然物の一点に光を当てる事で入り口が開かれると予測をつけた。
 自然物がいかなるものであるかについては幾つかに意見が分かれたため、それらしきものに気を配って進むということでその場はまとまった。

●惑わす滴
 遺跡の島を取り巻く森は、月の光を隠し、手元のランタンだけを頼りに冒険者は進んでいた。
 低木の向こうに投げかけられた光が、二つの点を反射して返す。
「――狼だ。襲ってくる気配はないみたいだな‥‥さっさと切り抜けよう」
 一行はアルバート・オズボーン(eb2284)が先導していた。狩猟の経験とモンスターへの知識がある彼の機転で、今まで無駄な戦闘をせずに進んでこられたのである。
 加えて、冒険者が虫の羽音のような小さな音にさえも足を止めるぐらい、周囲に気を払っているせいもある。塔への入り口と見えるものを見逃さないようにするためでもあり、山賊団の急な襲撃に備えるためでもあった。誰もがいつでも武器を構えられる状態で、鋭い緊張感が漂っている。
 ――そんな彼らの頭上、つかず離れず、僅かにひらりと輝く銀光――。
「ん?」
 さらさらと、水が流れる音がする。
 ヘクトルは振り向いた。なぜ気付かなかったのだろう、そこには小さな噴水があって、月光を浴びて溢れる水自体が輝いているようでもあった。
 自分が想像していた通りの姿に、興奮して思わずヘクトルは叫んだ。
「あれだ。皆、入り口を見つけたぞ」
「何言ってんだい、そっちはさっき通った‥‥」
 引き返そうとするヘクトルをとどめようとして、ナタリー・パリッシュ(eb1779)も振り返る。その途中で気付く。彼女のすぐ傍に、他の木々より群を抜いて高く、大きいトネリコの樹がそびえている事に。樹は人を数人飲み込めそうな、うろが根元に開いていて、その奥に小さな光が見えるのだった。
「ああ、これの事かい。これはうっかりしてたね」
「ヘクトル、ナタリー?」
 リオリート・オルロフ(ea9517)が気付いて声を掛ける。二人とも声が聞こえていないのか、振り返ることもなく違う方向に歩いて森の中に入っていこうとする。その先は、どことも代わり映えのない、鬱蒼とした木々しかない。レオパルド・ブリツィ(ea7890)は何事かに気付き、はっと空を見上げた。目を凝らし、探す。
 木々の隙間を飛ぶ、動く月光。
「ブリッグル‥‥!」
 美しい月夜に漂う月の精霊――月の落とした光の滴のようにも見える。
 気付いたその瞬間、ブリッグルが強く輝いたかと思うと、レオパルドの視界は突然闇に覆われた。他の冒険者にも同じく、闇が襲い掛かる。
「や‥‥なになに、何なの!?」
 エルトウィン・クリストフ(ea9085)が声を上げる。暗闇のどこかでレオパルドが答えた。
「詩の中の、姿を変えるヘイムダルとは、きっとこの事だったんです。今は夜。光れる滴‥‥ブリッグルこそがヘイムダル、橋の番人なんです」
 レオパルドは精神を集中させ、オーラテレパスを発動した。
「僕らは敵ではありません。『神の宝』を奪い去る者を捕縛しに来たんです」
 その呼びかけに、淡い光は気付いた。人のような複雑な思考を持ち合わせてはいないようだ。単調な答えが返ってくる。
――タカラ ヒト ウバッタ――
 ブリッグルはさらに警戒心を強めた。
「奪った? ドワーフ達がもう宝を手に入れたと? ヘイムダルの宝を‥‥」
――タカラ セカイジュ ノ タカラ。ケイヤク ノ――
 レオパルドはそこで勘違いに気付いた。ブリッグルは『契約の品を奪った人間種族という存在』に対して警戒しているのだ。
――タカラ モドセ。ナクバ カエレ――
「ぐ‥‥」
 レオパルドの腕に痛みが走る。血が衣服を濡らす感覚があった。ブリッグルが攻撃してきている。
「これは、ブリッグルのかけたシャドウフィールドだ。真っ直ぐ進めば闇からは出られる‥‥足下に気をつけてね」
 ルーナの声が聞こえる。
「よし‥‥わかった」
 アルバートは答え、一歩、ゆっくりと踏み出した。その足に切りつけられる痛みが走る。顔を顰めたが、それだけだ。動きに支障はない。
 石や根の感触を確かめながら、一歩ずつ進めば、急に光が飛び込んできた。
 光の変化についていけない目が捕らえたのは、月光に照らされ、黒々と立ちはだかる影。自分の肩辺りまでしか背がない、ずんぐりとした風貌。持った戦斧に寄りかかるようにして立っている。
「月‥‥?」
 木々が茂って色濃い闇であった森が、不意に途切れていた。そしてその下――十数メートルは先だろうか、地面の凹凸でその物こそ見えないが、周囲の木々に月光に反射する水面の影が映っている。
 リオリートが闇を抜け出すと、やはりそこにはドワーフの姿があった。眼が慣れていくうちに見えてくる、革鎧を着込んだ胸に流れる髭と、冴え冴えと光る短剣。リオリートの数歩先で、構えたまま、様子を伺っているようだ。
「ドワーフ‥‥ジョーヌか」
「てゆーか、囲まれてる? 完全に」
 リオリートのすぐ傍で闇から顔だけ出した、エルトウィンが恐る恐る呟く。
 二人はアルバートとは反対側、来た道を戻って来たようだ。まだイリュージョンに掛かったままらしいヘクトルとナタリーが、何に見えているのか、ドワーフと戦っている。
「あれは、塔への入り口‥‥?」
「ああそうさ。あの頼りねぇ光を倒すか、納得させるかすりゃあ、お前ぇらは奥の泉を通って、あすこへ行けるって寸法さ」
 思わず呟いたアルバートに、戦斧のドワーフはけだるげな態度で答え、斧を持ち上げる。斧の先は途切れた森の向こうに見える、天を衝こうかと言う巨樹のシルエットを指し示していた。
――イグドラシルだ。
「さて囲んじゃ見たが、さっきの兄ちゃんの話の内容じゃ『契約の品』は持ってなさそうだな」
「何だって――」
「つーことは、口封じに死んで貰うっきゃねぇ訳だが。‥‥おい!」
 そのドワーフの声を聞くや、他のドワーフもそれぞれ得物を構えなおす。エルトウィンは慌てた。マイアに彼らの事を頼まれている以上、このままなし崩し的に戦う事は避けたい。シャドウフィールドの向こうで号令した相手にも聞こえるよう、大声で叫ぶ。
「待って。あたし達、エッセさんのお母さんに頼まれてきたの! 敵の味方になってるって、心配してたよ。それはもう、すっごく!」
「‥‥あぁ?」
 ドワーフは、戦斧を下ろさなかった。
「母ちゃんが冒険者に? ありゃ、そんな正統派な事するタマじゃねぇぜ。俺ぁ機嫌が悪いんだ、つくならもっとマシな嘘つきな!」
「これでもかい?」
 ルーナが強い語調で牽制し、バックパックから一振りのナイフを取り出した。刃の部分を持って、エッセに柄の装飾を指し示す。
 マイアの持っていた、ジョーヌに伝えられるナイフだ。
「ロギって奴からマイアが受け取ったもんだよ」
 一族の繁栄を願うルーンと、力の象徴であるドラゴンが描かれている。これがあれば手出しはすまい、そう考えて気後れなく近付いていけば、エッセが表情を変えるのが、手に取るように分かった。
「おい‥‥」
 エッセが口を開いたとき、上から光が降り注いだ。月の光が、彼の頬と、髭を僅かばかり切った。
 中央に構えていた巨大な闇が消え去り、冒険者と、それを囲む五、六人ほどのドワーフの図式が明らかになる。
 ブリッグルは空中に漂って、再び月魔法の銀光に輝く。ムーンアローが、入り口に最も近いドワーフに、再度放たれる。エッセは鋭く舌打ちして、身を翻す。
「おちおち話もしてらんねぇ。おい、ずらかるぞ!」
「な、ドワーフ?」
「光の剣の巨人は!?」
 効果の切れたナタリーとヘクトルが、周囲の状況が一変している事に目を白黒させる。
「説明は後だ。お頭について行け」
 言うや、突如目の前に現われたドワーフは、森の中へ駆けて行く。よく見れば他の冒険者達もドワーフに付き従っている。お互い顔を見合わせてから、やはり二人も後を追った。

●暗闇の傷
 皆が入り口から遠ざかり始めると、ブリッグルもしつこく追ってきたりはしなかった。
 その気配がないことを確認すると、ルーナはここまで来た理由をエッセらに話して聞かせた。エッセは手近な樹にもたれかかってそれを聞いていたが、表情は険しくなる一方だ。
「あいつら‥‥俺には母ちゃんを殺すって脅しかけてきやがったんだ。それを、騎士団に売っ払うなんざ‥‥最初から俺をこの場で使うことしか考えてねぇじゃねぇか」
 ぎりと奥歯をかみ締め、深く息をつく。なんとはなく様子を眺めていたナタリーには、その様子がどこか疲れを隠しているように見えた。
「あんた、どこか調子でも悪いのかい?」
「う‥‥何でもねぇよ」
 エッセは明らかに言いよどんだ。
「悪いけど、こっちも仕事なんでね。一緒に戻る気がないならある程度のことは喋ってもらわないと、あんたのお袋さんに合わす顔がないんだ」
「ちぇ、そのナイフさえなきゃなぁ!」
 ルーナがかけた発破に心底嫌そうにしながら、しかしエッセはその事を語った。
 ジョーヌはもともと、ロキが失った『契約の品』の半分を探す事を依頼されていた。しかしそれについて調べたり、ロキの手下から情報を聞くうちに、先々代の狙っていた宝の在り処と出所が同じではないかと気付いた。
「デカイ獲物に挑戦したら、必ず踏破するってのが、爺様の‥‥団に伝わる信条だ。こいつをうまく使えば、爺様がなせなかった無念を晴らせると思ったのよ、そん時はな」
 そこでロキの目を欺く為に、カタリスらをロキの命に従わせ、少数で遺跡の島に乗り込んだ。
 しかしロキは上手であった。恐らく団の誰かから情報を得たのだろう、先回りしていた。マイアの良く行く場所を幾つか挙げて、いつでも殺せる風に脅しをかけ、それから、念押しのようにエッセの生命力を奪った。
「『悪あがきの出来ないように、生命力を奪っておく』確かに奴はそう言った。あの時も、ブリッグルが回りを真っ暗にしちまったせいで何も見えなかったんだが‥‥急に力が抜けて、気付いたら、ロキとロギが、前に立ってやがった」
 ロキは脅しが効いたのをいいことにナイフを奪い、ここに『契約の品』を持った冒険者が来れば奪い、持ち帰るようにと命令を出し、立ち去った。ナイフはロギが、妙な白い玉と共に丁寧に鞄にしまいこんだ。その日以来、奇妙なけだるさがエッセから抜ける事はなかった。
「それで‥‥エッセ殿はどうするんだ? お母上は騎士団に拘留されてはいるが、すぐに処刑されたりはしない‥‥多分。会いたがっておられるぞ」
 ゆっくりとした口調で、リオリートが問う。エッセは渋面を作った。
「だからってみすみす騎士団につかまりゃ、何も出来なくなっちまうんだろう? それなら俺はこのまま、ロキを出し抜いて、爺様のお宝と‥‥取り返せるモンなら、生命力も手に入れる機会をうかがいたいね。その結果生きてりゃ捕まりに行ってやる。それまで、母ちゃんには死ぬなって、言っといてくれよ」
 すがるような、挑むような、澱みのない視線。母親に良く似ていた。レオパルドはその答えに不満だった。神聖なものを、冒涜されているような気になっていた。
「ロキの『契約の品』にしろ、あなたの『宝』にしろ、ここのものは人間が触れていいものではありませんよ」
「さてな。爺様の信条を、受け継いでるだけさ」
 渋面のままエッセはそう返し、樹から身体を離した。
「さて、こっちから言える事はこれで全部だ。誰かが『片割れ』を持って来たら、また会うことになるだろうぜ‥‥俺がどうにかなっちまってない限り、島のどこかで、見張ってるからよ」
 親切なのか何なのか、そんな事を嘯いて。その時、エッセはエルトウィンと目が合った。こういう場では得意の口八丁で相手を説得に掛かる彼女が、なぜか不思議そうな顔で、戦斧を担いだドワーフを眺めるのみだ。
「お爺さんの信条とか、お母さんの心配とか‥‥そんなに大事なもの?」
 責めているわけではなく、本当に分からないといった口ぶりだった。ドワーフは背を向け、仲間を促した。
「ドワーフにとって同じ穴倉で暮らす相手は、手前自身も同じよ。大事に決まってらぁ」

 そして、冒険者は結果として、島中央の巨樹のような遺跡への入り口の正確な在り処と、山賊が島で『契約の品の片割れ』を狙っている事実、ロキの謎めいた力の情報を持ち帰った。