ジョセフィーヌ謝れっ!

■ショートシナリオ


担当:外村賊

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月30日〜07月05日

リプレイ公開日:2004年07月09日

●オープニング

「そうさ。あの頃の僕はお金さえあれば全てが手に入ると思っていたのさ‥‥物も地位も、人の心も‥‥」
 さらさらの金髪を掻き上げると、光の粒子が飛ばんが如くに光を放つ。そしてふんだんに振られた薔薇の香水が、素晴らしくどぎつい香りを振りまきまくっている。
 豪勢な服を着た若者は、ギルドの受付に座るお姉さんにキザったらしく、かつ演技くさい挙動で迫った。
「ダイヤに真珠にエメラルド‥‥金の首飾りにシルクのドレス‥‥そう、彼女の望む物は全て、買い与えてあげた。もちろん似合っていた‥‥麗しき春の女神もかすんでしまうほどに‥‥!」
 何を想像したのか、男は勝手に頬を赤らめて立ち眩み、カウンターに手をつく。
「ああかくも美しい僕の小鳥‥‥ジョセフィーヌ。だけど僕は気付いてしまった。君だけを見つめていたばかりに。‥‥罪作りな君は何たることか! 僕以外にも何人もの男性と友好を深めていたのだ‥‥っ! しかも君は、僕がこの間ちょっと高いかなーって思った水晶のブレスレットを、あんな冴えない男に買ってもらっていた!」
 今度は真っ青になって立ち眩む。
 お姉さんからすれば、そのオーバーアクションもかなり冴えないのだけども。
「僕だけに愛を誓い、僕だけを見つめてくれると言ったのに‥‥そのバラの蕾のような唇でっ!」
 また赤らむ。
 忙しい事だ。
 お姉さんは、ほっとくといつまでも顔芸を繰り広げそうな依頼人に向かって、こほんと一つ咳払いをした。
「で。依頼はどう言った事でしょう?」
「彼女に謝罪してほしいんだ!」
 熱い涙をはらはらと流し、男は訴えた。
「僕以外の男性と付き合っていた事を‥‥僕に対して嘘を付いた事を」
「‥‥それは御自分で仰った方が早いのでは‥‥」
「僕の口から、そんなみっともない事が言えるはずがないだろう!」
「ね〜ぇ。アーベルぅ、まだ終わらないの〜?」
 興奮していた依頼人が慌てて涙を拭き、表情を整える。と、その後からするりと手が伸ばされ、派手なドレスを着た女性が腕に組み付いてきた。手首に、件の水晶のブレスレットをきらめかせて。
「ああ‥‥ジョセフィーヌ。近くの宝石店にいるように言っておいたじゃないか」
「だってぇ。あそこの宝石、もうほとんど持ってるんだもの。それより、早く用事を済ませて出ましょう? ここ酸っぱい匂いがするのぉ」
 必要以上の猫なで声で、ジョセフィーヌはアーベルに身を寄せる。大きな胸をわざとらしくアーベルの腕に擦り付けている。アーベルは鼻の下が伸びきって、謝罪を求める行為以上にみっともないだろう表情を浮かべていた。
「す、すっぱいですって〜?」
 むっとして睨むお姉さんに向かい、ジョセフィーヌはアーベルに見えないように微笑んだ。そしてまたくるりと表情を変えて、甘え声でアーベルにしなだれかかる。
「早くぅ。ジョセのアーベルがいつまでもこんな所にいて酸っぱくなっちゃうの耐えられな〜い! あ、ジョセ、ジャパンのカンザシが欲しいなぁ! 前に見つけたあのカンザシ‥‥ジョセにとっても似合うと思うのぉ」
「う、うむ。ではこれで、あの件は頼んだよ。連絡をくれれば、僕はいつでも協力しよう」
 アーベルは報酬金をカウンターに置くと、ジョセフィーヌにせかされるままにギルドを後にした。


「でねー、その女の笑顔ったら、悪女よ悪女! なのに媚び媚び! もームカツクっ」
 アーベルの依頼書について尋ねたあなたに向かって、お姉さんは、長々と二人の事について解説してくれたのだった。
「でもでも、近くで見て分かったんだけど‥‥あれ、かなり厚化粧だよ〜。きっとスッピンはオーガみたいに凶悪なのよ!!」
 なぜか嬉しそうなお姉さんに、依頼の話をと再三食い下がると、思い出したように一言答えてくれた。
「この依頼受けるの? まっ、報酬は魅力的だし、依頼を性悪女を懲らしめると言う意味に解釈するなら、世のため人のためにはなると思うわよ〜? こんなお門違いな依頼持ってくるよーな、世間知らずのボンボンがきちんと納得できる仕事にしないと駄目だけど、ね」

●今回の参加者

 ea1671 ガブリエル・プリメーラ(27歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea1717 楼 風空(21歳・♀・武道家・シフール・華仙教大国)
 ea1861 フォルテシモ・テスタロッサ(33歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1906 ヴォルディ・ダークハウンド(40歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea2606 クライフ・デニーロ(30歳・♂・ウィザード・人間・ロシア王国)
 ea3129 アルベール・クマロ(22歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea4167 リュリュ・アルビレオ(16歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4263 ホメロス・フレキ(34歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

 いやあ、色男は辛いねぇ。今この瞬間、ホメロス・フレキ(ea4263)は自分の境遇を嘆いていた。
(「仮にも依頼人の恋人である女性を、一時で惚れさせてしまうとは。全ては色男に生まれた俺の宿命‥‥かな」)
 ジョセフィーヌを人気のない場所へ誘い出す作戦としてのナンパであった。万一の為に(アーベルの金で)貢物も用意していたのだが、二、三言声を掛けた時点でべったりとくっついてきた。
「ジョセもう歩けな〜い」
 街の端まで歩いた所で、ジョセフィーヌはその場にしゃがみ込んでしまった。見下ろすホメロスにさり気なーく胸の谷間を強調したりしている。手馴れたもので、今までの道すがら様々な手段を使って彼女はワガママを押し通そうとしてきた。紳士としては、こうなる前に率先して美味しい食堂へ案内する所だが、依頼の成功が彼女の為にもなるのだ。
 優しげな中にも少し悪戯めいた感情を浮かべて、ホメロスは微笑んでみせる。例え演技であろうとも、女性への気遣いは忘れない。
「歩かせてごめんよ。もう少ししたら着くからさ」
「どこに?」
「それはもちろん‥‥ジョセ、君が気に入ってくれる所さ」

「あら、ジョセフィーヌ様が見えてきましたわ」
 傍らで腕を組むガブリエル・プリメーラ(ea1671)の言葉に、アーベルはピクリと肩を震わせて前方を見やった。道端でしゃがみこみ、なにか会話している様だ。
「これもお二人の愛の為ですわ。お心苦しいかもしれませんが、我慢なさって」
 どこか居心地の悪い表情でニ人を眺めているアーベルをガブリエルが小声でたしなめる。アーベルがいつまでも彼女だけの物だと思わせないようにする脅迫作戦なのだ。気を取り直したアーベルは何度か細かく頷いてガブリエルの方に視線を向け、ぎこちなく微笑む。
 さらにアーベル達が近づくと、ジョセフィーヌも気がついたらしく、血相をかえてホメロスの背後に隠れる。ガブリエルは妖然と微笑み、ホメロス達とすれ違った辺りで急にアーベルにもたれかかった。
「ご免なさいアーベル様。‥‥何だか甘くて安っぽいにおいがして‥‥気分が‥‥」
 気だるく言うと、ジョセフィーヌに見せ付けるようにアーベルの首に腕を絡みつかせて見せる。そこにはアーベルが依然買い渋ったという腕輪が煌めいている。
 もともと蟲惑的な見た目のガブリエルが、物憂げに寄り添ってくる。最初は躊躇いがちに肩に手を置いたアーベルだったが、顔はたちまちだらしなくなっていく。
「へ、平気かい」
 などと言って背中をさすり、次第に腰の位置へ手を持っていく。
「ガ、ガブリエル‥‥涼しい所で休も‥‥!?」
「私は大丈夫ですわ。貴方と寄り添っているだけで、気分が良くなる様‥‥」
 眼を白黒させてアーベルは何度も頷く。ガブリエルの防衛ラインを軽く超えようとしたアーベルは、つま先をいやと言うほど踏みつけられてた。もちろん聡いガブリエル、偽恋人用のドレスで巧みに隠し、周りに気づかれる様なマネはしない。
「やっぱあの男馬鹿だ! 女の敵! 一発殴んないと気がすまない!」
「駄目ですよ、風空さん。女性の方がそんな乱暴な」
 物陰で偽カップル二組の様子を窺って、怒りを募らせる楼 風空(ea1717)をクライフ・デニーロ(ea2606)がたしなめる。二人は顔をすっぽりと包む黒覆面で隠しており、怪しい事この上ない。
「確かに、少し配慮が足りないようにも思いますが‥‥」
「だったらバカ男にバカ女どっちも殴ってスパッと解決!」
「するんだったら依頼の後にしてくれよ。それで報酬がパーになったら更にアホらしいからな」
 同じく覆面のヴォルディ・ダークハウンド(ea1906)はアーベルにもジョセフィーヌにも、大して感想を抱いていないようだ。
 そんな会話の中一人呪文を詠唱していたリュリュ・アルビレオ(ea4167)が杖の先を少し振る。変異に気がついたのか、ジョセフィーヌが喉を押さえて口を開閉させる。
「どうしたんだい‥‥」
 ホメロスが声を掛けようとした時、浅黒く逞しい腕が伸びてジョセフィーヌ腕を背後からホールドした。腕の主ヴォルディの手には冴え冴えと光るダガーが握られている。
「うわあああっ、何だこの黒い集団はっ!」
「いやあっ!」
 どこか演技くさい叫びを上げて、ホメロスとガブリエルが逃げ出す。後は仲間に託すのみ。取り残されたのはうろたえるジョセフィーヌと竦んでいるアーベル。ベールとマントで黒いてるてる坊主の様になったリュリュが近づき、無言で何やら喚き立てているジョセフィーヌの顎を杖で押し上げる。
「貴様がジョセフィーヌだな。垂れ込み通りいけすかねえツラしてやがる‥‥」
 リュリュが顎でしゃくると、クライフが進み出て、目隠しを施す。依頼前まで明るい感じの少女だったリュリュの変わりように少し途惑いながら。
「少しでも変な真似をしたら、その大きな胸に赤い化粧をする事になるぜ」
 ドスのきいたリュリュの脅しに、風空が羽先で胸元を撫でる。刃でなぞられたように勘違いしたジョセフィーヌは、青ざめて動かなくなった。
「てめぇも又掛けられてたクチか? 俺達ゃこの女に貢がされて捨てられた男から復讐するように雇われたのさ。‥‥良かったな、お前の恨みも俺達が代わりに晴らしてやるぜ」
 アーベルに罪が及ばないようにわざと挑発的なセリフを投げかけ、ヴォルディは竦んだままのジョセフィーヌを担ぎあげる。そしてノリノリで悪役するリュリュに促されるまま、黒覆面達は颯爽とその場を後にした。

 それから一時間ほど後。アーベルとアルベール・クマロ(ea3129)は街の外れの納屋の前にいた。ジョセフィーヌを拉致する為にアーベルが用意した物の一つだ。
 アルベールは目深に被った帽子をクイと直す。
「さて、今からムッシュは愛しの恋人を救出しに行く訳だが」
「だからこんなバカな事するのは誰! ルイ? フランツ? フジタ!? ‥‥」
「心の準備は宜しいか?」
「‥‥ああ」
 納屋の中で本人の口から延々と紡がれる、ジョセフィーヌに仕返しをしそうな男達の名。いささかショックを受けつつも、アーベルは首肯した。
「これも二人に立ちはだかる愛の試練。この試練を乗り越えた時にこそ、誠の愛が生まれるのだ。さあ勇敢に救出したまえ」
 アルベールの落ち着いた、自信のある物言いはアーベルに大きく自信を与える。実際は気分次第に口から出る出任せだったが、この際問題ではない。アーベルは勢い良く扉を開け、大音声で呼ばわった。
「悪漢どもっ、僕のジョセフィーヌを返せ!」
「何もんだ!」
 意気込んでヴォルディが振り向くと共に、威勢のいい態度は砂山のように崩れ去った。真っ青な顔に脂汗を流し、ダガーを握り締めた両手は震えている。アルベールはつかとアーベルに近づき耳打ちする。
「恐れる事はない。彼は元々ちょっとガラが悪いだけだ。ムッシュが堂々と立ち回ってくれさえすれば、後は我々が何とかする」
「おいこら」
「う、うおおおっ!」
 近くにいた為、不本意ながら聞こえてしまったヴォルディの非難をすっぱり無視。アーベルは腹にダガーを据えたまま、無防備にヴォルディに向かって突っ込んできた。万一の時の為に、その刃は落としてある。
「こんなひょろっちい奴に何が出来る! やっちまえ!」
 ヴォルディが声を掛けると、リュリュとアルベールはそれぞれに印を構える。茶番に見せかけないように、アーベルと戦いごっこをしつつ派手に暴れればいい。
 のだが。
「ひ、ひえええっ!」
 素っ頓狂な悲鳴を上げると、アーベルは頭を抱えてその場に蹲ってしまった。持っていたダガーが床に落ち、鈍い音を立てる。
 アーベルは金持ちの家でぬくぬくと育ったボンボン。演技だと分かっていても、冒険者達と相対するのはかなりの恐怖だった。戦いに慣れた者の気迫が、恐怖させるのだ。
 少し構えただけだが。起こった事態が把握できず、呆然としてしまった冒険者達だが、すぐに沈黙の理由をジョセフィーヌに気付かれるとマズイ事を思い出した。
「ぐっ‥‥よくも『俺のダガー』をっ」
 咄嗟に呻いてヴォルディは動いた。
「びびってんじゃねえ! 叩きのめせ!」
 蹲るアーベルを無視して手近なガラクタを引っ掴むと、思い切り床に打ちつける。手加減なしの一撃は、桶を見事にバラした。
「ぎゃああっ!」
「喰らえっ」
 リュリュも悲鳴を上げている依頼人とは全く違う方を向き、地面にエアスラッシュを放つ。真空の刃は木製の床を引き剥がし、木っ端にして空に巻き上げる。
「うひぃぃぃぃ!」
 入れ違うようにしてアルベールの掌から轟音と共に雷が伸び、奥の棚を吹き飛ばす。
「ひょおおうっ!」
「この野郎、避けやがる!」
 忌々しげに吐き捨てるリュリュ。
 しかし、アーベルの情けない悲鳴の後で、彼女のセリフに説得力があるかは非常に疑問だが。
「ん〜、ま、ばれたらばれたでその時だしぃ、楽しいからいっか♪」
「これで依頼人が振られるならばそれはそれ。人生上で良い経験を手に入れた代償と思ってもらおう」
「自業自得だな」
 誰も心配する者はいなかった。

 フォルテシモ・テスタロッサ(ea1861)は納屋の外に立ち、一人見張りを行っていた。
「これだけ派手に暴れれば、人が通れば即アウトな気がしないでもないがのう」
 独り言は背後の爆音にかき消される。救いは今まで人っ子一人見かけない事だ。
 やがてありがちな捨て台詞が聞こえ、ヴォルディ達が外へと出てくる。
「ここまでは予定通りじゃな」
 フォルテシモは手招きをして彼らを納屋の裏手へ呼ぶ。そこには小さな鎧戸が並んで、覗き込むとガラクタの向こうにジョセフィーヌの背とアーベルの姿が見えた。
「‥‥ア‥‥ベル?」
 静まり返った納屋に、声の戻ったジョセフィーヌの声が響いた。途端アーベルは跳ね起きて、慌しく服に付いた埃を払う。まだ恐怖の抜け切らないギクシャクした動きでジョセフィーヌに近づくと、目を隠していた布を取り払う。アイシャドウが崩れて目の横に伸びた顔がアーベルを見上げた。
「た、助けにきた‥‥ジョセフィーヌ」
 全身の冷や汗は、懸命に戦った前向きな汗に見えなくもなかった。
「君が攫われて‥‥気が付いたんだ。やっぱり僕には、君しかいないって」
 恐怖の影響のどもりは、懸命に戦った前向きな息切れに見えなくもなかった。
「僕がいる限り、二度と君にこんな思いはさせない」
 小刻みな震えは、懸命に戦った前向きな興奮のせいに見えなくもなかった。
 それでも言葉だけは一丁前なのは、さすが見栄っ張りボンボンといった所か。
 ジョセフィーヌは肩を震わせて首を振る。
「私も‥‥言葉巧みに誘われて‥‥ちょっとお話をしただけなの。私が愛しているのは勇敢なアーベルだけよ」
「もういいんだよ。さあ、縄を解いてあげよう」
「あれ、謝ったか?」
 報奨の行方が気になるヴォルディが不安げに、納屋の中の光景を窺う。二人にはすでに互いへの後ろめたさは消え、恋人同士の甘い雰囲気を作りつつある。ジョセフィーヌが謝罪するような空気には発展しそうにもない。
 対する隣のアルベールは、不敵に微笑んでいる。
「依頼人はこの結果に満足している。ならば依頼は成功とするべきだ‥‥折角、今まで行動を共にし、彼を煽てるコツを把握した事だしね」
「では、我々の依頼はこれで終了ですね」
 言葉とは裏腹にクライフはまだ緊張を解かなかった。彼にとってはここからが気をつけるべき状況だ。依頼が完了したとは言え、依頼人や関係者に手を挙げさせる訳にはいかない。
 しかしクライフが風空の姿が消えた事に気が付いたのと、納屋の扉が何物かによって開かれたのとはほぼ同時であった。
「むう? ギルドから応援を要請されて来たのだが、もう済んでしまったようだのう」
 フォルテシモはそう嘯きながら剣を鞘に収める。きつく縛られている縄を何とか解こうとしていたアーベルは、訳が分からずきょとんとしている。
「とにかく、恋人は助かったんだな! ラブラブじゃないか憎いね兄さん!」
 風空はどこか笑ってない微笑みで、シフールには一抱えほどある酒の樽を二人へと運んでいく。
「遅れたお詫びじゃないけど、これ飲みなよ。無事助かった祝いだ!」
「いけません、風空さ‥‥」
 ぶしゅわっ!
 クライフが飛び込んだ時には、思いっきり振られていた発泡酒が、ジョセフィーヌの顔目掛けて盛大に噴出した後だった。
「ぎゃっ、何なのよこれ!」
「ご、ごめんなさい! 今拭くから!」
 思わず素で叫んだジョセフィーヌに、風空は嬉しそうに詫び、布で顔を拭きにかかる。
「駄目じゃ、そんな乱暴にしては。わしに代わってみぃ」
 表情はかろうじて心配そうな顔をしながら、フォルテシモも持参のメイク道具の蓋を開ける。そこでジョセフィーヌは彼女達の真意に気が付いたが、アーベルが非力な為にまだ縄は解かれていない。
「ちょ、何すんのよ! 何よあんたら! 止めろっつってんでしょ!!」
「ああ‥‥」
 化粧を落としていく二人の物凄い勢いに、クライフは動く事が出来なかった。そこには彼の割り込むような隙は全くないのだ。アーベルも訳が分からず呆然と、事の成り行きを見ている。
 そして。
「ねえねえ、どうなったのっ!」
 黒ベールとマントを取っ払ったリュリュが、作業を終えたフォルテシモの後からひょっこり顔を出し――そのまま固まった。その向こうでアーベルが何故か失神している。
「とりあえずここは元に戻すがのう‥‥もう少し素肌に気を遣ってやらねば、後々泣きを見る事になるのじゃ」
 フォルテシモは静かにアドバイスして、おしろいを取り出した。

 数日後、冒険者には約束通りの報酬が支払われた。ただ、その後二人がどうなったかは聞こえてこなかった。