●リプレイ本文
●密輸団を探せ〜二層〜
明日をも知れぬ根無し草、自らの腕を頼りに生きる冒険者達の仕事は、場所を選ばない。
本来なら仕事の疲れでも取ろうかと考える、五日間の船旅も、そこに依頼があれば仕事場に一変する。
リフィール・ラグナイト(ea1036)とシャルク・ネネルザード(ea5384)は、今まさに後悔の只中にいた。
「ノルマンで一番旨い店だって? そりゃあそこさ‥‥」
軽い気持ちで声を掛けた、男の話の切り出しは確かこんな感じで。
「‥‥だからパリは盆地なんだ!」
今はそんな話。
二人は料理(?)の話を延々と聞かされていた。
「‥‥????」
「‥‥そんな話は、そんな話は聞いてない‥‥」
かれこれ五分は聞いているだろうか、この男、あらゆるテクニックを使って二人が逃げる隙を与えない。しかし聞く相手がそこにいれば後はどうでもいいのか、イギリス語の通じないシャルクがきょとんとしていても気にする風はない。
二人は密輸団員を見つけるべく、虱潰しに怪しい人物に話しかけていたが、堂々と『それっぽい』格好をしている者は当然ながらいる訳もない。二人の検索範囲は、シャルクが条件をつけて除外した『怪しくない人』以外、と言う広範なものだった。
「手持ちの荷物多いし、連れもいないし。この人、ぽいと思うんですけど‥‥ホラ、話長いのは、実は仲間を探させるのを引き止めるためだったりして」
「もう白でも黒でもいい。俺はとりあえず解放されたい」
「なあ、いいだろ? 俺にちょうだい!」
早くもくじけそうになるリフィールを救ったのは、ケヴァリム・ゼエヴ(ea1407)のと、もう一人誰かの言い争うような声だった。賑やかしい人込みの中でも一段と目立って聞こえる。男がそのやり取りに一瞬気を取られたのを見て取るや、二人は口々に礼を述べ、声のする人込みへと逃げ紛れた。
「ケチだなぁ、オジサン。こんな変な落書きしてるボロ金貨なんか使えないよ? くれたっていいじゃないかー!」
「駄目だ。お前なんぞにやる義理はない」
ケヴァリムが声を張り上げ、ちょこまか動き回ると、周囲の人々が不思議そうな、迷惑そうな、はたまた好奇心旺盛な視線を投げてくる。ケヴァリムは手近な野次馬の所に飛んでいって、手にしたコイン――ギルドから渡された、密輸団の符丁らしきコインを見せる。
「ほら、こんなの使えないよねぇ?」
背後から捕まえようと飛び掛ってきた男を、文字通り飛び上がってかわすと、二人の間に船員がケヴァリム達の間に割って入ってきた。ケヴァリムは咄嗟に、船員の頭の後ろに逃げ込む。
「助けてっ、この厳ついオジサンが俺を捕まえようとするんだ!」
「てめ、元はお前が‥‥!」
「ここはあんた専用の個室じゃないんだぜ。喧嘩なら陸に上がってからやってくれ」
船員が一睨みして、男はやっと冷静になったようだ。周囲から注目されている事を悟ると、途端にくるりと背を向けた。
「どけ、邪魔だ!」
丁度男の背後に出たリフィール達に当り散らし、男は悪態を並べながら乱暴に野次馬を掻き分けていく。
「覚えた? 顔」
「ああ、バッチリだ」
リフィールはそう問いかけたケヴァリムに頷いてみせる。船員も満足したらしく、ケヴァリムの背を軽く叩いた。
「こんな事ならいつでも協力するから、鼻持ちならん密輸団を、とっとと取っ捕まえてくれよ」
「うんっ、ありがと!」
彼らとの協力体制は出航前に提携済みなのだ。
「怪しい人物、一人発見だよね☆」
「ねずみ様のご加護ですよ!」
エジプト語でそう言って、ケヴァリムがウインクをして見せると、答えたシャルクはすかさず、世界のどこかのねずみに感謝の祈りを捧げるのだった。
●密輸品を探せ〜含・一層〜
船底の倉庫には、すえた埃の匂いと潮の匂いが入り交ざって、荷物で狭っ苦しい上に息苦しい。薄暗いその場所で銘々に船員に借りたランタンをかざしながら、冒険者達はひたすら地道な作業を続けていた。
客の荷物と商人ギルドの貿易品、山と詰まれたそれら中身を調べ、覚えた商品リストと照合する。
航海が始まってから三日目。それらの日の大半はその作業に費やされていた。
「ああ、今日はもう最悪」
ついにフィーナ・ロビン(ea0918)はうっすら溜まった埃を払って、手近な木箱に座り込んでしまった。
作業を止めると余計に先程の事が思い出されて、さらに気が重くなる。溜息をつくと、つい先程の事のように、その光景が思い出された。
それは、午前中の事だった。
「そうですか‥‥また気が変わられましたら、いつでもお呼びくださいね。船員の方に頼んでもらえば通じますから♪」
フィーナは吟遊のあいさつ回りを装って、一層の一等客室を中心に密輸団を探していた。この日も優雅に一礼し、客室の一つから退室する。こうして毎日全部屋を巡り、不審な所がないか見回っていた。
(「そっけない人だけど、あの人は違うかな‥‥部屋も怪しい様子はないし‥‥」)
一人の乗客をチェックから外し、フィーナは軽く一息整える。次の部屋にいる人物は爽やかな長身の男性で、いつも曲を所望してくれる。女性ならば少なからず心躍ってしまうような青年に会う事を、恋に恋するお年頃のフィーナも密かに楽しみにしていた。
いつもどおりノックをする。奥からも同じように返事があって、ややあってから扉が開かれた。
ドアから覗いた顔は、いつもどおりの爽やかな笑顔。
しかし次の瞬間、フィーナの頭は真っ白になった。
同じ層で船員の振りをして情報収集をしていた、ニコル・ヴァンネスト(ea0493)が聞いたのは、その時のフィーナの悲鳴だった。対応していた客に断りを入れ、すぐさまニコルは悲鳴の方へ走っていく。
フィーナは上半身を廊下に投げ出し、仰向けに倒れていた。
まさか密輸団員が、フィーナの正体を知って攻撃を仕掛けたのか。警戒しながらもフィーナに駆け寄り、抱え上げると、どこにも外傷がない事に気がついた。
「丁度良かった。この子、入ってきたと思ったら、急に倒れてしまって――」
声は途惑っているように聞こえる。しかし警戒は解かずに、ニコルは顔を上げた。
そして、フィーナが気絶した原因を知った。
申し訳程度に布を羽織ってはいたが、青年は半裸‥‥と言うかフンドシとか言うジャパンの下着だけを身に着けた姿だった。
しかも、日の出。
と言うか、何故?
「ニコラス。こんな所で何をやっているのです」
思考が停止しかけたニコルを現実に引き戻したのは、幼い少女の掛けた声だった。フリルとレースをふんだんに使ったドレスを纏ったユキネ・アムスティル(ea0119)が、高飛車な様子でニコルを眺めていた。
「このたびは、うちの『下僕』達がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありません。さあ、行きなさい」
ニコルが正気づいた事に気付くと、そのままユキネは貴族風にスカートをつまんで礼をし、ニコルに行くように目で合図を送った。
「ユキネが通りがかったから良かったものの。もし奴が本当に密輸団員だったなら、命はなかったぞ。や‥‥まあ、気持ちはわかる」
ニコルは光景を思い出して泣きそうになっているフィーナを慌てて庇う。ユキネは例の姿にショックを受けた様子もなく、淡々とニコルに質問をする。
「あの方が密輸団と言う可能性はありませんか?」
「ないだろう。いくら装っても、荒事をする奴らがあんな隙だらけになれるはずがない」
「商人さんのようでしたしね‥‥」
フィーナはまた小さい溜息をついて、いつも帳簿らしき書類が広がっていた机の事を思い出す。
「くそ、もう少し手掛かりがあれば‥‥」
「来てください!」
奥から声が上がり、ショー・ルーベル(ea3228)が大きな箱の裏から顔を出した。彼女の白い掌の上には、乱雑に裂かれた薄いなめし皮が一片。中央付近に三日月の印の焼印が入れてある。
「木箱の隙間に詰め込んであったんです。もしかしたらと思って、探していたんですが」
「『下弦の月』の印‥‥?」
「断定できませんが、可能性は高いと思います」
「調べてみるか」
ニコルがダガーを器用に使って木箱を開けると、雑多な陶器皿が入っている。さらに良く調べてみると、箱は上げ底になっていて、中から数本の短剣が姿を現した。そのどれもが、一目で良品と分かるような物ばかりだ。
四人は頷きかわすと、めいめいに散り、木箱の皮片を探し始めた。
●密輸団を捕まえろ
深夜零時。それが冒険者達が予測した取引の時刻だった。
「月道の開く深夜零時‥‥本当に来るでしょうか」
エルフではなく、また狭く暗い場所に抵抗があるショーには、闇は不安を伴って重くのしかかってくるように感じられた。隠れて待ち伏せる身としては、荷の検分の時の様にランタンなど使う訳にはいかない。
「だいじょーぶですよ。そんな不安な顔しないでください」
隣のシャルクはどこまでもポジティブだった。近くを走り回っているねずみの足音を聞きつけては、そちらのほうに向かって形式ばった祈りをしている。
「そう言えば、シャルクさんのトーテムはねずみ様でしたね」
と言うのも、ケヴァリムが通訳してくれて初めて分かったのだが。どうも躓いて派手に転んだらしいねずみに、南方の言葉で呪文を唱えるシャルク。微笑ましげに眺めていたショーは、ねずみではない音に振り向いた。定期的なリズムを刻んで近づいて来る――何人かの足音だ。
足音は階段を降りきった辺りで止まって、代わりに話し声が聞こえて来る。
ショー達は目を見交わすと、足音を忍ばせて階段へと近づいた。ランタンを取り巻居た男の影が、三つの闇色の棒の様に見えた。
「指、天高く」
一人が言うと、三人は銘々に何かを取り出した。
「あの金貨ですよ」
ランタンを反射する金の光を見て、ショーが言う。彼等は掌の上に金貨を置くと、神経質に位置を調整し始めた。
「何をこそこそやってんでしょ?」
シャルクが首を傾げた時、何事かに気付いたか、一人の密輸団員がこちらを振り向いた。咄嗟に身を引き、壁の影に隠れるが、男は短剣らしきものを抜いて近づいてきた。
(「落ち着いて――」)
鼓動の早くなる胸を抑え、ショーはベルトに挟んでいた鞭を抜き出す。
(「こんな時は、こんな時は‥‥助けてっ、ねずみ様〜!」)
「ち‥‥ちゅう〜」
トーテムと崇めるだけあって、加護を求めながら真似たシャルクの鳴きまねはなかなかの物だった。男はその声に一旦足を止めかけたが、しかし歩みは止まらない。足音は徐々に耳元で響いて。
「伏せて!」
ショーがシャルクを押し倒した僅か後を、刃の銀の軌跡が流れていく。反射的に反撃に出たショーが見たのは、協力してくれるはずの船員が、二撃目を振り下ろそうとする姿だった。
鞭は鋭くしなって、船員の足元を打ち据える。彼が呻きよろけたのを合図に、他の冒険者達が飛び出してくる。
「退け! 顔を見られるな!」
一瞬早く人数の不利を悟ったか、他の二人はきびすを返して逃げ出した。
深夜に目立つ、騒々しい足音。その喧騒は、やがて甲板にも聞こえ始める。蹴破るようにドアを開け、密輸団員が向かおうとする先に、ニコルは立ち塞がった。
その背の向こうには、備え付けのボートの保管してある場所がある。こんな事もあるかと、前もって調べはつけておいたのだ。
「観念するんだな」
ダガーを構え、まず彼らの足を止めようとしたニコルだったが、団員達はニコルが冒険者だと気付くと急に縁へと進行方向を変え、そのまま海へと身を躍らせた。
「しまっ――」
止める暇はなかった。
ニコルが身を乗り出して水面を覗きこむが、月明かりは二つの波紋を波がかき消す様を照らすのみだった。
●到着、出発。
それから、船は何の支障もなしに航海を続け、五日目の朝には無事ノルマンの港につく事が出来た。冒険者達は約束どおり、得た情報と捕まえた船員をパリのギルドへと持って行った。これだけの情報があれば、下弦の月が解体する日も近いだろう。
「では、ここでお別れですね」
ショーはギルドの出口で、依頼を共にした仲間を振り返った。
「皆様に神のご加護がありますよう。ニコルさんとリフィールさんは、探し人と早く会えますよう、お祈り申し上げます」
「ああ、あんたも元気で」
ニコルは請け負うと、小さく微笑む。彼の探し人がノルマンにいるかどうかは分からない。しかし探さない事には、彼の人は見つかりはしないのだ。
冒険者達は攻して別れを告げ、それぞれにパリの街へと消えていった。お互い冒険者ならば、いつか会う日もあるだろうと、胸でひそやかに思いながら。