振り向けばアガチオン

■ショートシナリオ


担当:外村賊

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月03日〜08月10日

リプレイ公開日:2004年08月12日

●オープニング

『私、悪魔アガチオンは今後一切人前に姿を現し、このような悪事はいたしません。約束を破った時は、冒険者に討伐されても文句を言いません。云々』
 依頼の掲示を見に来たあなたが最初に見つけたのは、依頼書ではなく、誓約書らしき文面だった。最後にインクを使った、小さな手形が押してある。昼間に現れる変わった悪魔、アガチオンのものであるらしい。人を騙したり悪戯をするのが三度の飯より好きという困った悪魔だが。その悪魔が悪さをしない誓約とはいかに?
 首をひねっていると、新しい依頼書を貼りにきた受付のお姉さんが解説をしてくれる。
「ああそれ? この間井戸の女神に化けたアガチオンを退治に行った冒険者が、達成の証として持ってきたの。公衆の面前に晒しとけって言うんで張ったのよ。
 それよりちょっと聞いてくれない? 友達の話なんだけどさぁ」
 依頼書を貼りながら、受付のお姉さんは片手間に世間話を始める。あなたも新しい依頼が気になって、張り終わるのを待つついでに、お姉さんに付き合うことにした。

「ここから歩いて半日ほど離れた町に住んでるんだけどね。後ろから声を掛けられて振り向いたら、ちょっと驚くぐらいの素敵な男のヒトが立っててね。何でも旅費を盗まれて宿屋にも泊まれないって言うの。
 そんなヒトに頼られたら、純情可憐な乙女としてはホラ、色々夢が膨らむじゃない? 本当に困ってるようだったし、友達は家に一晩泊めたげたの。
 ま、でも現実はそう甘くなくて、何のロマンスも生まれずに次の日ね。別れ際にその人が『何かお礼を』とか言うから、友達は軽い冗談で『貴方みたいなヒトがずっと私のそばにいてくれたら』って言ったのね。もちろんさらっと流されて、その人とはそれっきり別れたんだけど。
 問題は次の日の朝。
 彼女が寝てるとベッドで何かごそごそ動くの。妙に思って目を開けると、醜悪極まりない顔が、鼻もくっつかんばかりの至近距離で彼女を見てたのよ!
 驚いたのと怖いのとで彼女が固まってると、そのキモイ顔歪ませてそいつが笑うのね。
『昨日はアニキが世話になったナ。お望み通りのお礼でサ』
 助けた奴はアガチオンが擬態した姿だったのよ。それ以来どこへ行くにもアガチオンが付きまとって、彼女は『恐怖!アガチオン女』と呼ばれるようになってしまったわ‥‥乙女の純情踏みにじって、ひどい話でしょー」
 そんな怪しげなお願いを、乙女の純情で受けるお姉さんの友達にも、ちょっと非がありそうな気がしないでもない。しかしお姉さんはあなたのそんな心中などお構いなしに、一人憤慨している。
「良く調べてみるとね、他にもこの街で、アガチオンの仕業らしき被害が出てるの。『必ず後ろ』から声を掛けて、『美男美女を装って、助けを請う』って段取りでね」
 
 これは果たして偶然だろうか。あなたは再び不思議な誓約書に視線を落とした。お姉さんの話のアガチオンは、『人前に姿を現さず』『井戸の女神でない段取りで』悪さをしている――。
「前の一件で冒険者の事をかなり警戒してるみたいだから、少しでもそれっぽい格好とか、態度とかしてると絶対話しかけてこないみたいよ。そこはちょっと頭をひねんないとね〜。‥‥と言うわけでどう? 悪魔退治」
 にっこりと微笑みかけるお姉さん。張られたばかりの依頼書には『アガチオン、退治する強者募集』と大きく書かれてあった。
「きっとそいつ倒したら、友達に付きまとうアガチオンも追っ払えると思うのー。可憐な乙女を助けると思って、ね?」

●今回の参加者

 ea1931 メルヴィン・カーム(28歳・♂・ジプシー・人間・ビザンチン帝国)
 ea2059 エリック・レニアートン(29歳・♂・バード・人間・ビザンチン帝国)
 ea2229 エレア・ファレノア(31歳・♀・ジプシー・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea3047 フランシア・ド・フルール(33歳・♀・ビショップ・人間・ノルマン王国)
 ea3856 カルゼ・アルジス(29歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea4746 ジャック・ファンダネリ(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea4747 スティル・カーン(27歳・♂・ナイト・人間・イスパニア王国)
 ea4954 リースト・オーストラフ(20歳・♀・ファイター・エルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

 街の商店通りは賑わっていた。働き、日々の糧を買う。例え小悪魔が出るという噂が出ても、止められるはずのない人々の営みだ。
 その通りを、一人の男と、二人の女性が肩を並べて歩いていた。
 女性の方は銀の髪と白い肌、服装も似て歳の離れた姉妹のようだった。男の方は庶民には少し値の張るように見える格好をし、おまけにはっとするような美男子だ。彼が普通の街娘と仲良く腕を組んで歩く様は、なんとなく奇妙に映った。
「では、アギーさんはイギリスのご親戚の家へ?」
 穏やかな雰囲気の年上の女性が問いかけると、アギー青年は申し訳なさそうに微笑む。
「ええ。でも途中で路銀が尽きてしまって‥‥一夜の宿をお二人にお頼みしたのです。お恥ずかしい話です」
「でもそのお陰で私達縁ができたんですもの。神様のめぐり合わせに感謝しなくちゃ‥‥ね、エレア姉さん?」
「やだエリカったら、そんな‥‥」
 妹にからかわれ、エレア・ファレノア(ea2229)は恥ずかしそうに視線を逸らす。そして照れを取り繕うように慌てて謝罪した。
「すみません、妹が変な事を」
「いいえ、貴方みたいに美しい方に助けていただけるとは、僕も神に感謝するばかりですよ」
「そうだ、私教会に聖水をもらいに行くのを忘れていたわ‥‥」
「聖水‥‥?」
 エリカのふとした呟きで、組んだ腕から、かすかにアギーの体が強張った感じが伝わった。
「最近悪魔がこの辺りをろつくらしくて、教会で悪魔よけの聖水を配っているんです」
 アギーが不安げな声音を出すのに気付かない振りをしてエリカが答える。と、途端アギーは足元をふらつかせた。
 一瞬たりとも逃す隙を与えまいとしている二人は、腕を放さぬまま、アギーの体重に引きずられて、一緒に道端に倒れこんでしまった。
「申し訳ない。昨日から何も口にしていなくて‥‥」
 力なく笑ってみせるアギーの表情は、どこかわざとらしい。だが二人は心底同情したように答えた。
「まあ。それなら、急いで休んで頂かなくては」
「そうね‥‥教会なら明日でも寄れるし、今は早く帰りましょう」
 二人はアギーを助け起こしつつ、目を見交わした。エリカ――エリック・レニアートン(ea2059)は確信めいた表情で頷く。聖水云々は真っ赤な嘘。それは悪魔を見分ける為のエリックの出任せ――間違いない、この男こそがアガチオンだ。エレアも了解して頷くと、柔和な表情に戻ってアギーについた土埃を払った。
「辛抱なさってくださいね、私達の家はもう近くですから」

 小さな家は、街の市門近くにあった。冒険者達が歩き回って探したほか、教会の助力を頼んだために、三日で適当な家を用意する事が出来た。
「どうぞ、奥でおかけになってお待ちください。今何か用意しますから」
 エレアは土間兼台所で荷物を下ろすと、エリカに居間に通すように言いつける。
「姉さんの料理は、美味しいですよ」
「お気遣いなさいませんよう‥‥」
 アギーは勧められた椅子に腰掛けると、姉を手伝いに台所に姿を消したエリカの姿を見送った。そのうち食器を用意する音が聞こえ始めた。鼻歌交じりの、楽しそうな姉妹の会話が聞こえてくる。周囲は小奇麗に片付いていて、さりげなく飾られた花などがいかにも年頃の娘の家といった雰囲気だ。
 アギーは思わずほくそえんだ。この様な世間知らずな娘達は、一体どんな可愛らしい願い事をするのだろう。綺麗な服がご所望なら、カイコをたくさん送ってやろう。愛しい人がご所望なら、また仲間に声を掛けりゃいい。さてはて――
「ブラックホーリー!」
「――え゛!?」
 その小声の祈りは食器の音の紛れていた。もとより考え事をしていたアギーは気付くのに遅れた。戸棚の裏で黒い光が凝縮したかと思うと、轟音と共に黒い光球が飛び出し、避ける間もなくアギーを吹き飛ばした。
「主たる父に背く愚かなる者よ! 父の怒りに触れよ!」
 フランシア・ド・フルール(ea3047)は激しい怒りを露にしながら、戸棚の裏から飛び出す。アギーはローブと胸の十字架に思わず寒気を催した。
 その心情を表すかのように、次々と音を立て窓が閉まっていく。
「大人しくしろ、アガチオン!」
 入り口の方から声が響くと、ジャック・ファンダネリ(ea4746)とスティル・カーン(ea4747)がなだれ込んでくる。ジャックが持っていたランタンを机に置けば、既に抜き身の剣を握った二人は、既に臨戦態勢だ。
「っと、これで逃げ道は塞がせてもらったよ☆」
 最後の鎧戸が閉められ、ついに外からの明かりがなくなる。手にしたランタンのシャッターを上げ、カルゼ・アルジス(ea3856)の程よく整った笑顔が照らされた。後ろから、メルヴィン・カーム(ea1931)も現れる。
 彼らはアガチオンの恐れた、そう、
「ぼ、ボぼ、冒険者! 何デ!」
 最早取り繕う事も忘れたアギーことアガチオンは端麗な男性の姿のまま、素のきぃきぃ声で怒鳴る。しかしジャック達の後ろから、普段の姿で現れたエレアとエリックを見て、絶望的な表情を作った。
 エリカの穏やかな笑顔を捨て去ったエリックが、氷のような視線をアガチオンに向ける。
「残念だったね。隙だらけで何も知らない、お人よしの姉妹でなくて」
「そうそう、姉妹じゃなくて姉弟だったのさ」
「ナナナ!?」
「メル!」
「おっと」
 エリックが短く叱咤すると、上げ足を取ったメルヴィンはひょいと肩をすくめる。
 二つのランタンの白い光に、冒険者達が浮かび上がっていた。今や完全にアガチオンを取り巻いている。ある者は武器を構え、ある者は印を組み、ホーリーシンボルを握り締めている。
「ぬぬぬぬぬ‥‥」
 逃げ場は、どこにもない。
 堪りかねたアガチオンはよよと泣き崩れた。
「悪イ! 悪かっタよぅ! ちょっとした出来心なんだヨ、ダンナ方、お嬢サン方! もうこんな事しないって誓うヨ! アア、その印にミナサマ方の願いを一つだけ、叶えるからサ!」
「‥‥って言ってるけど、皆どうする?」
「どうせ言った事曲解するんだろ?」
「悪いけど、お前の言葉は信用できん。そうやって逃げておいて、何度も人に迷惑かけ続けてきたんだからな」
 カルゼが意地悪そうに微笑んで周囲を見渡すと、メルヴィンとジャックがすぐさま一蹴する。メルヴィンが床に鞭を打ち付けると、それだけでアガチオンは竦みあがった。
「だが、何も命まで取らなくたって‥‥」
 呟いたのはスティルだった。アガチオンは人は騙すが、そんなに手酷い事はやっていない。それを総がかりで滅ぼすのはスティルには抵抗があった。アガチオンは分かり易いことに、正反対の喜々とした顔でスティルを拝む。
「オオ、聖人の様に慈悲深いお方! この哀れなオイラを助けて下さるよう、もっとお仲間に頼んでくださいマシ!」 
「汚らわしい口で善なる方を呼ばわるな!」
 家の石壁を震わさんばかりの怒声。アガチオンの背後に立つフランシアは、怒りに顔を伏せ、肩を震わせていた。揃えられた金の髪も神経質に震えている。
「慈悲、酌量は無用。その魂からして主に背くデビルに、更正の道などありません」
 決意を更に強固にして顔を上げる。瞳には神へ絶対帰依した静やかさ。しかしその奥には冒涜への怒りの炎を湛えている。
 そして胸の十字架を握り締めると、声高からかに祈りを唱え始めた。
 裁きの光、ブラックホーリー。
 慌てふためいたアガチオンは急いで変身を解き始めた。人間の姿のままではあまりに鈍重すぎる。美青年の姿が歪んで、ゆっくり小さくなっていく。
「今だ!」
「行くぞエル!」
 ジャックが掛け声をかけて踏み込み、メルヴィンが鞭をしならせる。カルゼのランタンを頼りにして放った鞭は、変身を解くので身動きが取れないでいるアガチオンの足をすくった。アガチオンが床に叩きつけられ、衝撃を受けている最良のタイミングで、ジャックの長剣とエリックの短剣が振り下ろされる。しかし悪魔は余裕で笑う。
「バーカ。悪魔の俺にニンゲンの武器なんっ‥‥ぐは!?」
「ああ。言い忘れたが、みんなの武器に振舞っておいた。オーラパワー」
 ジャックは予想外の痛みにもがくアガチオンに、ジャックが律儀に解説する。
「‥‥すまん」
 少し躊躇いながらも、スティルも悪魔に剣を振るった。
「冒険者‥‥ヒドイヨ‥‥!」
 ようやく元に戻れたものの、予想外の攻撃は既にアガチオンをしても動く事の出来ない傷を与えていた。
 怒れる神の僕から解き放たれたブラックホーリーは、一欠片残さず、アガチオンを消滅させた。
「‥‥悪戯で身を滅ぼすか‥‥ここまで来れたらお説教してみようかなと思ってたんだけど‥‥」
 台所奥の戸口で一人、万一の逃亡を防いでいたリースト・オーストラフ(ea4954)は、もたれかけていた剣を慣れた手つきで鞘に収めた。

 翌日。テントをまとめてきつく縛った束に腰を下ろして、戻ったカルゼ、フランシア、リーストを見上げた。依頼期間中、小屋で宿泊すると言ったエレア以外は全員宿を使ったが、それでは心許無いとジャックは近くで見張りを兼ねて野宿していたのだ。それも杞憂だったようで、ここから慌てて剣を持って走り出すような事もなく、テントは一時の役目を終えた。
「で、どうだったんだお姉さんの友達の方は?」
「俺達が行った時にはもういなくなってたよ。お友達の人には凄く感謝されたけどね。‥‥と、それから『フリーで強くて年頃の冒険者を紹介してくれ』って」
 俺は範疇外らしい、と言ってカルゼはジャックを見たが、お年頃(?)ジャックは苦笑して首を振る。
 一方フランシアは悔しげに奥歯を噛み締める。
「もう少し早く着けていれば‥‥もしくは」
「フランシア。この場は収まったようですし、良しとしましょう。私もあの人の思ってる『乙女の純情』の意味は、一般がこの保存食ぐらいとして、ひよこの羽毛ぐらいの重さだった事がわかって、すっきりしましたし」
「何それ?」
「何でもありません」
 カルゼが首を傾げたがリーストは会話を打ち切り、まとめてあった自分の荷物を取りに行く。まさか依頼中『乙女の純情』の重要さでずっと悩み続けていたとはいえない。
「さあ、行こう」
 いち早く愛馬に跨ったスティルは、手綱を引いて馬を前へ進めた。
(「良かった」)
 安堵で浮かべた笑みを、仲間に見られないように。
 逃げたアガチオンがこれから人前に現れず、ひっそり暮らしてくれたら――。
 それは無理な相談だと心のどこかでわかりつつ、しかしスティルは願わずにいられなかった。

 その日の夕暮れ時に、冒険者達はパリの門を潜った。