●リプレイ本文
●イタズラ・挑戦・ご案内
今はもう誰も寄り付きもしな荒れ果てた屋敷。その玄関をくぐった先、エントランスに一つ、人影。
「ようこそいらっしゃいました。案内を務めさせて頂きます、レイム・アルヴェイン(ea3066)と申す者です」
「あたしはねー。キャル・パル(ea1560)だよ〜! ヨロシクね〜♪」
キャルが元気に飛び回り、レイムが柔らかそうな薄金の髪を揺らし、上品にお辞儀をする。酷く場違いに見えたが挨拶されたフィルルは、まんざらでもない表情を浮かべる。
「案内付きとは気が利いてるな。あんた達みたいに可愛い娘さんならイタズラもされ甲斐があるってモンだ」
かっかっか、と下品に笑うパラ親父。予想通りの反応に、レイムは内心苦笑した。
(「実際、面と向かって言われるとやはり複雑ですね‥‥」)
「キャルはね、いっぱいイタズラ考えたの〜。いっしょうけんめい、がんばるよ〜」
キャルは満面の笑みを浮かべ、フィルルの目の前で羽ばたく。
「シフールのイタズラはいつも突拍子ないからな。期待してるぞ」
「楽しみにしててね♪ とかいいつつ実は〜、もう何か始まってたしりてね〜?」
既にフィルルは、これから繰り広げられる様々なイタズラを予見しようとしているかのようだ。何かを心得たような含みのある笑みを浮かべ、キャルを物色するような目で見る。対するキャルも、元気一杯の微笑みの中にどこか意味深な響きを持たせる。
「着いたばかりでお疲れでしょう。お部屋にお食事を用意してあります――今日はごゆっくりお休み下さい」
他の冒険者達はそれぞれ、最後の仕上げの真っ最中だ。レイムはそのかすかな物音に感づかれないよう、自然を装ってフィルルを二階へと案内した。
●素敵と肉体労働
翌朝。
「ありがとね。手伝ってくれたお陰で予想以上に沢山できたわ」
「目的が同じなら一致協力。どんな依頼でも基本だよ」
アルテミシア・デュポア(ea3844)に、カルゼ・アルジス(ea3856)はイタズラっぽく笑ってみせる。ちなみに二人とも体中泥だらけだ。
それも当然、彼らは夜通しで、裏庭のいたる所に落とし穴を作っていたのだ。
後は草で目の前の穴を覆い、土を乗せて隠せば作業完了なワケだが。
「あのー‥‥本当にやるんですか‥‥?」
穴の底で、レイムはお山座りしながら不安げに上を見上げる。二人はさも当然といった顔でレイムを見下ろす。
「頑張ってね。この『トキメキ落とし穴』が数ある『素敵落とし穴』の中の一番の自信作なんだから」
「レイムだって皆のイタズラに協力したい、って言ってたじゃないか」
「そ、そうですけど‥‥」
「我ながらいいアイディアだと思うわ。底に仕掛けがある落とし穴は数あれど、まさか人間が入ってるとは、あのパラ親父も思わないでしょ?」
それも美人。とアルテミシアは付け足して、茶目っ気たっぷりにウインクする。
しかしレイムは複雑だ。美人といっても本当は男だし、手伝うとは言ったが仕掛けになると言った覚えはない。
レイムがさらに反論をしようとした時、遠くから草を掻き分けるような音が聞こえた。一早くカルゼが気付き、口に人差し指を当てる。
「来たみたいだ」
「じゃ、くれぐれも声出しちゃ駄目よ。健闘を祈る!」
二人はレイムの制止も聞かず、手早く最後の落とし穴を作り上げる。
「第二作戦開始ね」
迫る目標を前にニヤリと笑み、アルテミシアは手近な落とし穴の近くに座り込む。
そして。
「くすんくすん」
多少わざとらしい演技ではあったが、イタズラに掛かりたがっているフィルルの事、必ず近づいてくるはずだ。
フィルルの前には彼の1.5倍ぐらいの高さの小さいハゲ山がそびえていた。
「あら、パラさん、ごきげんよう。一緒にお花を植えません事?」
小山の前に立つ皇荊姫(ea1685)が振り返って、上品に微笑んだ。彼女の足元には、植物の株がいくつも置かれている。
どこまでも悪意のなさそうな表情に、フィルルは困ったように笑った。
「‥‥下見をした時には、確かこの辺りに井戸‥‥」
「姫様のご意向に背くというのか」
いつの間か丙鞘継(ea1679)がフィルルの背後からフィルルの首に腕を回し、その最もな指摘を飲み込ませた。いつでも締め上げられる体勢――と言うかもうちょっと締めている。
それでもフィルルは涼しい顔で、合点したように幾度か首を縦に振る。
「誰か工作の心得のある奴がいると思ったが‥‥あんたか」
近くで見ればフィルルはかすり傷だらけだった。ここに来るまでにバケツが降ってきたり、草が結んであったりというブービートラップが、巧妙に仕掛けられていたのだ。
その憶測は当たっていたが、鞘継にはそんな事はどうでもいい。怒りのままにいよいよ強く首を締め上げ始める。
「姫ご自身が馴れぬ手で仕掛けられたイタズラを、お前は引っ掛からずに行くというのか‥‥!」
「鞘継。イタズラとばらしてしまっては、イタズラになりませんわ」
「‥‥!」
穏やかな微笑みのまま荊姫が突っ込むと、今まさに気がついた鞘継は、呆然としてフィルルを離す。その瞬間フィルルはうずくまり、ぜいぜいと新鮮な空気を貪った。
「‥‥で」
荊姫は小さく咳払いする。
「お花を植えるのを手伝って頂けません? フィルルさんの様に身軽な方なら、頂上にも簡単に登れると思うのです」
先程と変わらぬ笑みで、荊姫はかがんで株を差し出した。
フィルルの背後では、鞘継が息を呑んで成り行きを見守っている。ただし、断ればいつでも締め上げられるようにしている。直接見てはいないが、フィルルはドス黒い気迫を感じた。
死地に赴く表情でついにフィルルは株を手に取り、そろそろと小山に登り始め――
「大変だよう! フィルルさんが落っこちて怪我しちゃったよう!!」
「くすんくす‥‥何ですって! じゃ、アタシの力作は!?」
風に乗って遊んでいて偶然目撃したキャルから事実を聞いたアルテミシアは開口一番そう叫んだ。
(「ええと‥‥終わったんだったら、助けて‥‥下さいますよね‥‥?」)
真っ暗な空間でお山座りなまま、不安に身を竦めるレイムだった。
怪我は荊姫のリカバーで癒されたが、気絶してしまったフィルルは翌日まで目覚める事はなかった。
●はらはらお食事会
そこは白い空間だった。
数歩歩くだけで全身がぐっしょりと濡れてしまうような、冷たい霧。パラの身長でやっと足元が見えるかどうかという濃さだが、フィルルは楽しそうだ。
「あら‥‥お客さんねぇ」
フィルルは前方に聞こえた、年かさのいった女性の声に立ち止まる。
相変わらずの霧の中、前にいる女性は彼が見えているのか朗らかに話しかけてくる。
「いらっしゃい小さな旅人様。歓迎いたしますよ」
不意に――『背後から』手が置かれる。
振り向くと、つばの広い帽子にローブを着た老女がにっこり微笑んでいた。
「ようこそ、魔女の店へ」
「随分雰囲気のあるイタズラだ。魔法か何かかい?」
「やっぱり、このぐらいじゃ驚いてくれないわね」
困ったような声は『前方』から聞こえ、霧の中からもう一人の魔女が現れる。ロチュス・ファン・デルサリ(ea4609)とグリシーヌ・ファン・デルサリ(ea4626)の姉妹だ。前方のグリシーヌは、少女のような微笑を浮かべて、誘うように霧の奥へと腕を挙げて示す。
「奥には、もっと凄いイタズラを用意していますのよ。きっと貴方にも気にいって貰えると思うわ」
目を凝らしてみると、確かに、奥に何かの影が見える。そして何だか――
「いい匂いだね〜♪」
いつの間にやってきたのか、キャルが鼻をひくつかせている。ロチュスはくすくす笑って歩き始める。
「行けば分かるわ。さあ、付いて来て」
次いでグリシーヌも歩き出し、フィルルとキャルは二人の魔女に従った。
何歩もいかない内に影は明確な形を帯び始める。テーブルクロスのかけられた丸テーブル。上には所狭しとばかりに様々な料理が置かれている。その様だけ見れば立食パーティーに見えなくもなかったが、テーブルを取り巻く謎の古びた調度品が、霧とあいまっておどろおどろしい雰囲気を作っていた。
「いらっしゃいませ〜。丁度用意が出来た所だよ☆」
奥から鬼風の仮面を被った人物が、トレイを運んでくる。上には、丸く固めたご飯と水が載せてある。
「面白い形〜?」
「コレはね、ジャパンの伝統料理の一つさ。二人とも、お一ついかが?」
「うん、食べる食べる!」
「あ、待‥‥」
フィルルが言うより早く、キャルは差し出された丸いご飯を頬張った。
一噛み、二噛み。
「ん〜〜〜!?」
見る見るうちにキャルの目に涙が浮んで来る。
「からーい!」
キャルは耐えられず、意味も無くそこらじゅうを飛び回る。やがてテーブルの上に綺麗な色のジュースを見付けて、一直線に飛んで行った。
「キャルちゃん」
ロチュスが呼びとめたが、すでにキャルは勢いよく飲んでしまった後だ。
キャルが今度は蒼くなる。
「にがーい!」
「キャル、キャル! こっち!」
流石にこれ以上変な物を口にさせる訳にもいかない。鬼の面を取ると、カルゼは出入り口近くの木の上に吊り下げてあったイタズラ用の桶を下ろし、中の水を汲んで飲ませてやった。
「少年、まだ仕掛けが甘いな! ラクガキもそうだが、もうちょっと捻りを加えにゃ!」
「タネがバレてしまったわね」
ロチュスとカルゼに介抱され、涙目で水を飲むキャルを微笑ましく眺めながら、グリシーヌはおっとりと言う。
「ま、ようく匂いを嗅げば、どんなに細工してあっても分かるのさ」
言いながらフィルルさんはクッキーを模した鶏肉を口の中に放り込む。
「味もなかなかいいな」
「自信作ですのよ」
「で、このえらい匂いのしてるジュースは、喉ごしさっぱりな‥‥おや?」
「あら、健康にはよろしいんですのよ。野菜を混ぜて作ったものですから」
見た目通りの苦味にフィルルが首をかしげると、世話をしながらも話を聞いていたらしいロチュスが楽しそうに声をあげた。
「むうう、食えない婆様達だな」
髭を緑に染めて唸るフィルルに、グリシーヌはにっこりと微笑んだ。
●帰り道
「さて、今回は十分に楽しめた。たまには頼んでイタズラされるってのもいいな」
バックパックを背負いなおし、フィルルは満足げに腹を叩く。
「ホント、楽しかったね〜!」
隣でキャルが真似をして、ぽんとお腹を叩く。
「って、お前はただひっかかってただけじゃないか」
「あれれ? そうだっけー?」
フィルルの裏手ツッコミを受けて、キャルはちょこっと首をかしげる。
「キャル、もうフィルルさんにいっぱいイタズラしたよ〜?」
今度はフィルルが首をかしげる番だった。合点の入ってない表情を眺め、キャルはイタズラっぽく笑って言った。
「ホラ、引っ掛かった。『するって言ったのに何にもしない事』がキャルのイタズラだったんだよ♪」
フィルルは今度こそ本当に驚きに目を開いた。やがて、声を上げて笑い出した。
「こりゃあいい。ナイス発想の転換だ!」
「驚いた?」
「ああ、驚いたね。まいったよ」
散々そうして笑った後、フィルルは小さな袋包みを取り出してキャルにそっと握らせる。
「他の奴等も良いセンいってたんだけどな。追加報酬はお前にやる事にしたよ。銀貨と、その辺じゃ買えないイイ物が入ってる。‥‥内緒だから誰もいない所で、こっそり開けるんだぞ」
フィルルはそう言い残すと、再びイタズラ探訪の旅に出た。
しかし好奇心旺盛ななキャルが一人になるのを待てるはずも無く――パリへと向かう帰り道、みんなの前で袋を開けると、中からスズメが飛び出してぱっと空に飛んで行った。
数枚の銀貨を思いきり街道に撒き散らして。