●リプレイ本文
●芸術と実用
「朝顔の種は緩下剤として使えるんだよな。自分で買って育てたほうが安上がりになるか試してみるか」
そう言いながら朝顔が並ぶ通りをあちこち途中で寄り道しながら眺めているのはカイ・ローン(ea3054)。
マリー・プラウムの奏でるメロディーに気が付くカイ。
まだカイは目的の判定する朝顔の並ぶ一角には辿り着いていなかったようで、顔を上げると大柄の男と小柄な銀髪の少年が何かを話しながら覗き込んでいる姿を見かけて歩み寄っていきました。
ハロウ・ウィン(ea8535)は同道したサイラス・ビントゥが『私の妻のように、しっかりした花ではないか。これがよかろう』という惚気を聞きつつ頷いて、その朝顔、壱の鉢を覗き込みます。
「他の子も好きなんだけど‥‥他の誰よりも自分を知ってるからかな?」
微笑んで話しかけるハロウ。
「君が赤い色を選ばなければ、こんなに吸い込まれるような綺麗な花びらをつけられなかったし、君がこの大きさで育つのを止めなければ、この気品は出なかったもんね」
ほんのりと嬉しそうに朝顔が笑ったかのようなのを感じてにっこりと笑うハロウ。
「俺は『伍、青に白い縁取りのされたもの』を選ぶよ」
ハロウが壱の木札を受け取っているのを見つつそう告げるカイ。
「丈夫で質量共によい実がなりそうなのを。‥‥後は、自分が青い色が好きという事で選ばせてもらった」
伍の木札を受け取りながらそう言うカイ。ハロウとカイはその後、朝顔を買うために見て回っている様子。
「水加減とか、お日様の光をどれだけ当てるとか、特別な秘訣とか教えて貰いたいなあ‥‥綺麗な花を見させて貰ったから、僕も育てたくなっちゃって」
「庭に植え替えれば多少は手入れが悪くても大丈夫かな‥‥それともう一つ、こっちは贈り物に‥‥あの人は赤色の朝顔が似合いそうかな?」
育てたかったりお世話になっているお礼だったり。2人は市を周りながら目的の花や種を見つけることがきっと出来ることでしょう。
暫く後、朝顔が並ぶところへやって来たのは鷹見仁(ea0204)です。
「ふむ‥‥どの朝顔も素晴らしいが、俺が選ぶとしたら‥‥参の『藤色で可愛らしい小ぶりな物』かな」
ちょこんと小さな花を幾つもつけている鉢は実に可愛らしく控えめな、それで居て決して地味ではない味わいがあります。
「いかにも慎ましやかで朝顔らしいし、朝目が覚めたときにこれを目にしたら一日気持ちよく過ごせそうだ」
早期源が良さそうに言いながら木札を受け取る鷹見の側にすっと大きな人影が。
「朝顔かぁ‥‥粋だねぇ♪ さってと、どれを選んだもんかなぁ。‥‥ともかく全部眺めて見て決めねぇとなぁ」
影の主は嵐山虎彦(ea3269)。嵐山はギルドの受付を拉致してやって来たようで、既に市の中をあらかた案内してから2人はここに来た様子。
「‥‥大振りで豪奢な弐もいい、しかしながら、派手な陸も捨てがたい‥‥」
そう言って朝顔をぐるっと見渡しつつも、何故かこっそりと木札を受け取る嵐山に、鷹見がひょいと覗き込むと、そこには『参』と書かれた木札が。
「へぇ、それを選ぶとは‥‥」
「い、いや、別に可愛い物好きとかそういうことではなくて
だな‥‥」
照れたように大きな体を小さくして言う嵐山ににやりと笑う鷹見。
絵師の鷹見に美術にはなかなかに五月蠅い嵐山が揃ってその花を選んだのには、えも言えぬ魅力がきっとあったのでしょう。
●傍らにある幸せ
「うーんと、あんま専門的な事とか分からないから直感で選ぶと、四かな」
そう少し考えるようにして言うのは冴刃音無(ea5419)。
「赤紫で‥‥凛としてるっつーかつんとしてるけど華やかで‥‥ちょっと咲月みたいだなぁと‥‥こんなの本人にはとても言えないけどっ」
小さく呟いてから照れたようにわたわたする音無ですが、一緒に来ていた恋人の藤野咲月(ea0708)の耳へと届いていない様子にほっと息をつきます。
咲月はというと、暫く朝顔の上に視線を投げかけていたかと思うと、裾を直して屈み込み、ちょんと一つの花びらに触れます。
「私はこれを‥‥青を閉じ込める白さがとても綺麗だと感じたので」
そう言って伍の木札を受け取る咲月。
「華やかさと言うより、まるで空の色のようで‥‥」
そう言葉を途切れさせる咲月は、振り返って四の木札を受け取っている音無に言ったら慌てて違う、と手を振る姿が頭を過ぎって知らずのうちにくすりと笑みを浮かべて恋人の元へ。
「それにしても‥‥票を投じると言うのは難しいものですね。花は花でどれも美しいと思うのですが」
「うん、花に優劣を付けるなんて人くらいだよなぁ」
並ぶ朝顔を揃って長めながらしみじみと口にする2人。
「これも植木屋同士我が子可愛さってやつかな。当の朝顔はてんで気にしてない気がするけど」
「植木屋のお二方にとって、良い刺激になるよう願いましょう」
「小さい頃はその辺に咲いてた朝顔の萎んだので『風船〜』とかって遊んだ
もんだけど‥‥え、咲月、作り方知らない?!」
「ええ、存じませんが‥‥」
「萎んだ花の部分を抑えて萼側からふーって吹いて膨らますんだけど‥‥今度適当なのを見つけたら教えよう。最後はぱんって破れるから流石にこんな高そうな花でやると勿体ないし‥‥」
流石に職人達の誇る朝顔でそれをやるのは気が引けたようで苦笑してから、咲月へと顔を向けて赤い顔で手を差し出す音無。
「あー‥‥それから咲月サン? その、はぐれないように、な」
手を引かれてゆっくりと市の朝顔を眺めて歩く2人。
「音無様はどんな朝顔がお好きなのでしょう? お色とか‥‥」
「うーん、好きな色は‥‥その、色はやっぱり‥‥赤紫かな」
そんなことを話ながら2人は知らずのうちに足を止めて、とある朝顔の鉢に目を留めます。
赤紫の花をつけた一鉢。
「一人一鉢ずつも良いけど、二人で一鉢を育てるのも良いかな」
「そうですね‥‥今日の思い出になるような一鉢を」
「一緒に成長を見守って行けるし」
そう言ってから知らずに微笑みあった2人は、その鉢へと歩み寄るのでした。
●固く結ばれた絆
「朝顔‥‥花言葉は『儚い恋』‥‥」
微かに市へと向かいながら呟いたのはエスナ・ウォルター(eb0752)。
直ぐに明るい様子を装いながらケイン・クロード(eb0062)とつかず離れずで歩くエスナですが、その微妙な様子はケインも察する事が出来ます。
先の依頼で落ち込むことがあったらしいエスナが心配をかけまいとするそのいじらしい様子に、気分転換を兼ねてとエスナを誘ったのはケインでした。
片手にお弁当の入った包みを持って歩いていたケインは、市の前でにこっと微笑み振り返るともう片方の手を差し出して口を開きます。
「人混みで逸れるのもなんだから、手を繋いで行こうね」
「えと‥‥あの‥‥その‥‥‥‥‥はぅぅ‥‥」
真っ赤になりながら手を繋ぐエスナに、優しい微笑みを浮かべてゆっくりと歩き出すケイン。
やがて辿り着いた6つの鉢の前で立ち止まると、一条院壬紗姫がそっとエスナに歩み寄ってこっそりと朝顔の花言葉の一つが『愛情の絆』で有ることを教えてくれます。
「私はこれを‥‥」
そう言って参の木札を受け取るケインに、エスナは白い弐の朝顔を見てからおずおずと木札を受け取って歩き出します。
のんびりと穏やかな時間、言葉はありませんが心地好いその時間を楽しみながらやがて2人は腰を下ろして休める場所を見つけると、ケインのお弁当を広げてお昼です。
お昼を済ませてお茶を飲みつつ、何となく朝顔を眺め続けていた2人ですが、ふと、ケインが口を開きました。
「朝顔の花言葉って知ってる? 朝顔にはね、『固い約束』ていう花言葉があるらしいんだ」
顔を上げるエスナに、そっと小太刀を取り出して見せるケイン。
「ある依頼で貰った、大切な想いの込められた小太刀‥‥これを持っていた人は、ずっと信じて待っていたんだ‥‥」
じっとケインを見つめるエスナ。
「これを使うに値する剣士になった時、本当の意味で養父さんを超える事が出来た時、必ず‥‥この小太刀と朝顔たちに誓って‥‥」
小太刀へと落としていた顔を上げて、真剣な表情でエスナをじっと見つめ返すケイン。
「絶対に帰るから。前の約束は守れなかったから‥‥改めて‥‥約束、だよ」
「‥‥うん‥‥約束、したから‥‥私も、誓うから‥‥だいじょうぶ」
微笑を浮かべて小さく頷くエスナに、ケインも笑みを零します。
「あのね‥‥花言葉‥‥ほかにあるの、知ってる?」
「ほかにも?」
エスナの言葉に小さく首を傾げるケインに、エスナは嬉しそうに笑います。
「‥‥じゃあ、内緒‥‥」
不思議そうに首を傾げながらも、ケインはエスナの様子に自身も嬉しそうに笑うのでした。
●勝敗の行方は
思い思いの時間を過ごした後、一同は結果を聞くために集まっていました。
結果発表
壱、壮年職人の作、1票
弐、壮年職人の作、1票
参、2代目の作 3票
四、2代目の作 1票
伍、2代目の作 2票
陸、壮年職人の作 0票
勝者、2代目
優勝作品、参の藤色で可愛らしい小振りのもの
結果をいち早く見に来ていた鷹見は筆を走らせ、清しい少女が縁台で腰を下ろして方笑いにある藤色の可愛らしい花を愛でている様を描きあげます。
その出来に感心したようにその絵を欲しがる客や、同じように絵を描いてくれと頼む者が殺到し、鷹見は暫くの間身動きが取れない状態に。
辺りの観光で受付の青年を引きずり倒して食い倒れていた嵐山や、買った朝顔の種と鉢を前に色々と情報を交換しているハロウとカイ。
「次は負けねぇぞ!」
「おう、来年またかかってこいや!」
そう言いつつも互いににやりと笑う職人2人を眺めては微笑みあう音無と咲月。
「来年の市が楽しみだね」
「また‥‥来年も、一緒に来れたら‥‥それも、約束‥‥ね」
ケインとエスナが交わす笑顔の約束。
そうして、朝顔市は賑やかに幕を閉じるのでした。