●リプレイ本文
●別れる思い
「剣客の誇りをかけて死合に向かう二人の間に、邪魔立ては美学が無ぇな」
そう口を開いたのはモードレッド・サージェイ(ea7310)でした。
「どういう意図があるにせよ、これは二人の問題だ。無粋な輩にゃ、退場願わんとな?」
「でも、どうしても戦わないと駄目なの? 誇りも大事よ。命をかけるのも、武士らしいって思う。でもねぇ‥‥」
そう言って言葉が出ないようで困った表情を浮かべるのはロサ・アルバラード(eb1174)
「なんかね‥‥勿体無い? 上手く言えないけどそんな感じ」
「でもこれは互いに修練を重ね切磋琢磨してきた者でしか判り得ない境地なのかもしれないのだ。決闘する二人は、互いに命をかけ誇りを貫こうとしているのだ」
ロサの言葉に璃白鳳(eb1743)も同じ心境なのか複雑な表情を浮かべますと、玄間北斗(eb2905)が首を振ってそう言います。
「そうは言っても‥‥」
「邪魔スルノ浅薄‥‥感傷ノ問題デハ無ク風習ナノデスカラ‥‥」
なんだか少し納得いかない様子のロサに無口で殆ど発言をしない理瞳(eb2488)が珍しくぼそりと表情を変えず口を開くと、各々思うところがあるのか何とも言えない沈黙が流れます。
「‥‥私たち冒険者とは必ず生きて帰るのが一番の使命。とはいえ、剣に生き剣に倒れる剣客の生き方は、私も武道家の端くれとして理解出来ます」
そんな中で、藍月花(ea8904)はぽつりと呟くように言うのでした。
●誇り有る死への羨望
「寂しいものですね、年をとると言う事は‥‥最盛期の力は出なくなる戦いの駆引きはうまくなろうとも‥‥」
音無藤丸(ea7755)は立会相手の屋敷に潜入し、そこで心の蔵を患い門弟達に世話を受けている浪人の姿を目の当たりにしてそう呟きます。
『‥‥先生、推挙してくださるというお話は‥‥』
『‥‥っ‥‥そなたらでは到底推挙できるほどの人間が出来てはおらぬ‥‥故、とある方に後を頼んでおる‥‥』
これ聞こえるのは前の道場から移ってきたらしき若い門弟と、ぜーぜーと苦しげな息遣いながらもぴしゃりと言い放つ浪人の声です。
『我らは十二分に腕も立ち、どこへ出しても問題ないでしょう!?』
『いいや、任せた方の下で剣のみ成らず武士として恥ずかしくない‥‥』
言い争いのような物は続きますが、どうやら門弟達は前の道場で腕は立つもののその人間性で推挙を断られ、行く宛てもなく浪人に生活などの費用を面倒みて貰いながら、こうして押し問答を続けていた様子。
『我らを推挙せぬうちに死なれては困ります!』
『‥‥なればこそ、そなた達を推挙するわけには行かぬ』
病床ながらも強い意志で言い放つ浪人に、憤りを込めた様子で立ち去る若い門弟の足音を聞きながら、藤丸はその場を離れようとして、ぽつりと呟く声を耳にします。
『‥‥あの者達のことも全て終えた‥‥間に合った‥‥儂も剣客として生き通せる‥‥』
その声の何とも言えない充足感を耳に、藤丸は足早のその場を立ち去るのでした。
その頃、玄間は浪人を診察していた医者から、どう頑張っても三月と持たないことを聞かされていました。
藤丸と合流してから暫く情報交換をして、再び手分けして調べに別れたようで、その足で玄間は浪人の元へと向かっていました。
「‥‥どちらの方か?」
「怪しい者ではないのだ。此度の決闘の立会人なのだ」
「鵜崎殿の? 入られよ」
障子越しに現れた玄間にどこか戸惑った様子ながらも、名乗ればそれを迎え入れる浪人。
「単刀直入に聞くのだ。胸を患われているとお聞きしたのだ‥‥もしや、剣客として死ぬ為に、競い続けた相手の手に掛る事を望んでいるだけ‥‥ではないのだ?」
「これは異な事を聞かれる‥‥儂も鵜崎殿も、己の技と力の限りに戦うことを望んでいる。ただ死ぬ為だけに剣を交えるは剣客としてあるまじき事ではござらんか?」
苦しげな息の下でそう笑う様子に迷いは無いようです。
「例え、共に先の決闘以上の闘いは望めない状態だったとしても、誇りを貫く為に戦うつもりなのだ?」
「無論。儂も鵜崎殿も剣を握れる最後の機会であろう。成ればこそ、無様であろうがこれ以上の誇りはござらん」
「‥‥鵜崎殿にはこの事は伝えないのだ」
「‥‥忝なく‥‥」
立ち上がり部屋を出て行く玄間に静かに浪人は頭を下げ送り出すのでした。
●老剣客の心
「いつも結構力任せで戦ってるからよ。こう、俺自身じゃ分らねぇクセとか、教えて欲しいと思ってな‥‥っと‥‥ぁ‥‥」
庭で汗を流している老人に付き従って護衛をしていたモードレッドは、ふとそんなことを言ってから、どこか後悔したように言葉を途切れさせます。
「悪ィ、それどころじゃなかったら、聞き流してくれていいからよ」
「いや、儂で良ければ是非に見せて頂きたく」
そう言って穏やかな笑みを浮かべて木太刀を差し出す老人から受け取って、木太刀をびゅっと風を切り振ってみせるモードレッド。
老人はすと肩に手を置いて、もう片方の手を腕に添え、ゆっくりと振る軌道を指示して、同じように二、三度振らせてから、力一杯振り切るようにと笑みを浮かべて言います。
「異国の剣と刀が同じではないでしょうから当てはまるかは知れませぬが、刀でしたら当たったときにぐっと踏み込みつつ、押しつけ様に引くのですよ、こう、ぐっと」
そう言って、腕への力の込め方と、如何に断ち切るかを説明しながらどことなく楽しげな老人。
「少し休憩されては如何ですか?」
天馬巧哉が用意した氷を使って良く冷やした白玉を運びながら声をかける月花。
嬉しげに受け取り匙で掬って口へと運ぶ老人に、そんなときでもぴったりと張り付いたように後ろについている瞳。
「‥‥鵜崎さん、ご家族は? 会いたい方はいらっしゃいますか?」
「あぁ、いや、儂にはもうすっかり年老いて平和に暮らしておる兄以外には誰もおらず、兄へも挨拶は既に済ませてきましたのでな」
「もしものことが会った時に、そのお兄さんに伝言や渡す物があれば、必ずお渡しいたしましょう」
「ふむ‥‥いや、ただ、もしもの時には兄へと一言、剣客として生きた、と伝えてくだされ」
そう言って皿を置いて立ち上がる老人は、ぴったりとくっついて立ち上がる瞳に慌てたように手を振ります。
「あぁ、いや、後架ぐらいは1人で行かせてくだされ」
流石にうら若き女性がついてくるのは老人としても落ち着かない様子。
「‥‥」
無言で見る瞳を残して歩き去る老人。
そして、お手洗いを済ませてふと通りかかった部屋で聞こえてくる会話に気配を殺してじっと耳を澄ませます。
「そうそう。浪人の病気のこと、私は知らせておくべきだと思うわ。黙っていて、浪人を討ってしまった後、門下生の口からそのこと知れたらまずいでしょ? それこそ」
「伝えないで欲しいのだ、お二人の誇り高き魂を汚す訳には行かないのだ」
ロサの言葉に頭を振って言う玄間。その玄間に白鳳が口を開きます。
「10年待ったのですから、後もう少し、待つことは出来ませんでしょうか? せめて、彼の病が癒えるまで。健康になったとき、改めて、立会いをしていただければ‥‥」
「あと10年では無理なのだ。先方はもって‥‥」
「剣を使えない私には、口を挟む権利すら無いのかも知れません。ただ、斬り合う以外の道は無いものか‥‥そう思うのです‥‥」
そこまで聞いてからそっとその場を離れ、庭へと戻る老人は、先程までの悠然とした様子と違い、時折思い悩む様子を見せるのに、ずっとついていたモードレッドと瞳は気が付くのでした。
●悲しき立会
刀を交えるその日の早朝、モードレッドと瞳、それに月花は玄間と藤丸が何度も襲撃の機会を窺っていた門弟達が、いよいよこれを逃せば、と約定の場所への道に潜伏したのを確認し、急ぎ仲間へと伝えます。
「いよいよですな‥‥」
今まで思い悩んでいたのが嘘のように落ち着いた声音で言う老人ですが、その老人の声に、今までになかった妙な物を感じで怪訝そうに見るモードレッド。
約定への道の途中へと、それぞれが護衛をしながら歩いてゆくと、潜伏地にちかづいたところで弓の弦の音と、ひゅっと言う風切り音を耳にし、身体で老人を庇うように立つモードレッドに、簡単に作られた即席の木の盾で受け止める月花は、その盾を危うく突き通しそうなその弓の腕に小さく息を飲みますが、飛んできた方向へとすかさず放たれたロサの矢に、木々の中からくぐもった呻き声が。
「ええい、斬れ、斬って捨ててしまえ」
弓を扱っていたらしき若い門人が他の門人をけしかけ乱戦へと移りますが、大事有ってはと老人をモードレッドが押し留めつつ、瞳や月花が迎え撃ちます。
やがて、門弟達を鎮圧し捕縛してから、個々の傷を癒して改めて約定の場所へと進んだ一行は、息は荒いものの、きちんと装束を調え静かに鎮座して待つ浪人に迎えられました。
「‥‥儂は剣を語る価値もなくしてしもうた‥‥こんな老いぼれを守るために、すまなんだ‥‥」
刀を手にして立ち上がった老人が、常に傍らに控えて守ってくれていたモードレッド、瞳、月花にそう言って頭を下げると、玄間を目にしてすと小さく頭を下げてから仕合へと望みます。
反省を促されて立ち会わされる門人達ですが、その果たし合いの結果は、あまりに悲しい物となったようでした。
双方凄まじい殺気を迸らせて立ち会ったにもかかわらず、浪人の一等を、老人は避けるも受け止めるもせず、静かに眺め、そのまま斬り伏せられたのでした。
●ただただ無念
あんまりな結果を出した仕合の後で、老剣客・鵜崎の残した手記に病と門人の事とを耳にしてから迷いを抱えたことを窺い知ることが出来ました。
あの後、その結果に立ち会った本人である浪人は当然やり切れなさとで慟哭した後、一気に病状が悪化し、直ぐに医者へと運び込まれました。
数日後、ギルドへ届けられた知らせで、明日さえない状態の浪人が『ただただ無念』と書き残して姿を消したという知らせが届くのでした。