絵師達の躁鬱

■ショートシナリオ


担当:想夢公司

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月21日〜07月26日

リプレイ公開日:2004年07月29日

●オープニング

 まだ早いというのに、気の狂いそうな暑い時期に、気の狂った様子を見せる青年と、逆にこれ以上ないほど落ち着いた男性がギルドを尋ねてきました。
 数日間だけ、護衛をお願い出来ないか、と言うことだそうです。
 それはまだ駆け出しでろくに名の売れていない絵師からの依頼でした。正確には彼を世話してくれている後援者からの物です。
 絵師は先日人気のある茶屋の看板娘を描く仕事を、彼の師から譲られたところで、それだけで、将来有望な絵師であることは分かります。
 しかし‥‥。
「だっ、駄目ですっ!? 僕もう無理なんです〜〜っ!!」
 ギルドで後援者の男性が話をしている横で、頭を抱えながらそう叫んでいる青年が、問題の絵師です。少し変わってはいますが元々は穏やかな青年だったそうです。しかし、江戸に出てきて彼の師に師事した辺りから、密かな嫌がらせを兄弟子達から受けるようになり、近頃ではとても情緒不安定になってしまっているとのことです。
「今は悲観的ですが、時によっては変に気が大きくなったり‥‥今まではこんな事無かったのですが、余程辛いことが続いたのでしょう」
 そう言いながら後援者に目を向けられると、びくっと怯えたように青年は身体を縮こまらせます。
「それもこれも、見知らぬ御仁に連れ去られそうになったり、愛用の絵筆を折られたり、先日などは危うく川へと落とされそうになったそうで、すっかり参ってしまっているのです。このままでは仕事もままならないでしょうし、彼を狙っている者達に、少し痛い目を見て貰って、安全に仕事が出来るようにして上げて欲しいのです」
 そう男性が言うと、縋るような目で青年はあなた達を見ています。
「この仕事が上手く行けば、彼の環境も変わるでしょう。そうすれば、もっと落ち着いた、普通の絵師としてやっていけると思うのです。申し訳ありませんが、数日間、彼の身を守っていただけないでしょうか?」

●今回の参加者

 ea0443 瀬戸 喪(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea1257 神有鳥 春歌(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea1569 大宗院 鳴(24歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea2391 孫 陸(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2473 刀根 要(43歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea4475 ジュディス・ティラナ(21歳・♀・ジプシー・パラ・イスパニア王国)
 ea4517 ナバール・エッジ(32歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea5062 神楽 聖歌(30歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●離れでの日々
 絵師のいる離れは、描かれた絵が乱雑に散らばっていて、一種の別空間でした。華やかな着物を身に纏った娘達や役者の力強い様が描かれていて、それはそれはまるで何かの夢のようです。
 その空間の中に、絵師は当たり前のように溶け込んで、まるで部屋の一部になったように見えます。絵師の描いた絵を眺めている神楽聖歌(ea5062)に、離れに人が近づくとすぐに分かる位置に、と縁側で辺りを窺っている孫陸(ea2391)などの姿は、何でもない光景ですがこの部屋で見るとなんだか不思議な感覚を覚えます。
「少し、休憩されたら如何ですか?」
「え、あ、そ、その‥‥済みません‥‥」
 お茶を運びながらそう尋ねる神有鳥春歌(ea1257)に、顔を上げると、慌てた様子で散らかしたままの絵を寄せ集めて座る場所を作りながら、小さな声で言う絵師。
 隣の部屋では夜に警護するとなっている瀬戸喪(ea0443)とナバール・エッジ(ea4517)が休んでいるので、絵師は少し声を抑えめにしているようです。
『ゆめときぼうにみちあふれたえかきさんからわるいひとをおいはらうのよー☆』
 そんなことを言って昼の護衛に付いているジュディス・ティラナ(ea4475)と春歌は、先ほどから絵師に話しかけたりと、慰めています。
 庭で修練をしていた刀根要(ea2473)が、お茶で休憩を取って居るのに加わり簡単な絵の手ほどきをと言うのに、絵師はどこか嬉しそうに絵筆を取って基本的な事を教えながら話をし始めます。その様子は、本当に絵のことが好きなのだと感じさせられるものでした。
「‥‥だから、これを仕事にして行けたら、本当に良いだろうな、と‥‥そう思っていたのに‥‥こんな、事に‥‥」
 そこまで言って、絵師は肩を落とします。否が応でも現状を考えてしまうのに、どうも鬱々とした気持ちが高まってきた様子です。
「何故、陰険なことまでして邪魔をするのでしょうか。よりよい作品を作ればよいだけだと思うのですが‥‥」
 大宗院鳴(ea1569)の世間知らずな言葉に、絵師の顔が引きつります。
「そ、そうですよね、ははは‥‥」
 絵師はどこか渇いた笑いを浮かべると、すぐに押し黙ってしまいます。
「少し、今度の作品を見てきますね‥‥」
 暗い表情で立ち上がると、絵師の部屋より少し離れた部屋へと向かうのに鳴は軽く首を傾げます。絵師は付いてくるジュディスと共に落ち着いた様子の、少しばかり薄暗い部屋にはいると、文机に置かれた一枚の、未完の茶店の娘絵へと向き直って、小さく溜息をつきます。
 護衛が始まってから2日目。
 絵師は救われるような気分になるところに、必ずこの様に気不味い思いをしてこの部屋へとやってくるようになりました。絵の中では近頃人気な素人娘の可愛らしい微笑みが絵師を見返します。絵師の頭からは、初日に聖歌に言われた言葉が頭から離れ無かったのです。
『自分が最初にここに来たときどんな思いをしていたのか思い出してみたほうがいいと思います。目標はなんだったのか、あきらめることができるのでしょうか?』
 そう叱咤する言葉は、今の絵師にとっては激励にはならなかったようです。鬱々と物思いに耽る絵師に、流石のジュディスですら、何となく声をかけるのが躊躇われて仕方ないのでした。

●襲撃
 3日目に入ると、もはや絵師は浮き上がる様子を見せなくなっています。ナバールが異国の景色を話すのに、行ってみたいなどとぱっと顔を輝かせながら言うも、すぐにふと現実に引き戻されたかのように鬱ぎ込んでしまうのです。
「きょうはてんきがいいしっ、げんきがでるおどりをひろうするわねっ☆」
 そう言って鬱ぎ込む絵師を捕まえると、ジュディスは絵師に気分が明るくなるような、陽気な踊りを披露します。その様子に、ふと笑みを浮かべる絵師。
「とても素晴らしい舞でした。異国の舞、とても勉強になりましたよ」
 ジュディスが踊りを終えると、春歌はそう言って微笑み、自身も扇を使い、ジャパン特有の優美な舞を披露します。絵師は2人の踊りに魅入られ、触発されたかのように踊りを終えた2人に礼を言うと、すぐさま絵筆を握ります。その様子は、いつも鬱ぎ込んでいる様子とは違い、やはりその道を進んでいる人間特有の真剣な表情です。
「絵師の方って、色々と難しいのですのね。わたくしにはよくわかりませんわ」
 鳴の言葉に一瞬手が止まる絵師。黙りこくると、また黙々と絵に向き直って無言で絵を描き続けていました。
 その日も、昼は何も起こらずに夜が更けて、護衛の交代時間となりました。
 それに気が付いたのは、瀬戸でした。ナバールと辺りを見て回っているときのことです。裏口の方から人の気配がします。そうっと様子を伺いに行くと、丁度2人組の男が絵師の眠る部屋の方へと向かう所に出くわします。急いでナバールは他の者を起こしに行き、2人の男達が絵師の部屋に入る前に片を付けようと廊下を通て来るのを、中庭の辺りで待ち構えています。
 忍び足でやってくる男達に、ぱっとジュディスが飛び出します。
「だめ〜っ! なんできたないてをつかってひとのおしごとじゃまするのよっ!」
 そう言いながらのライトに、侵入者の2人が目を押さえるのに、その隙をついてナバールが片方の男にロングソードで斬りつけて引き倒し、もう一方の男は孫に昏倒させられています。
 思った以上にあっさりと片が付くのに何か気にかかり、瀬戸は離れの中を見て歩きます。それは、どこか虫の知らせのようなものでした。
 絵師は春歌に守られて無事です。それを確認して、再び別の部屋を見ているときです、小さな物音が聞こえる部屋がありました。そこには茶店の娘絵が置かれている部屋です。
 瀬戸が部屋に踏み込むと、丁度その部屋の窓から細身の、女と分かる影が外へと出ようとしているのが見えます。
 一瞬目が合う2人。
 女はにまっと笑うと、そのまま逃げ出しました。
 部屋には、切り刻まれた茶店の娘絵で有ったものと、叩き折られた絵筆だけが残されていたのでした。

●いつか再び絵筆を握るとき‥‥
 その日、一行の気分とは裏腹に、良く晴れて気持ちの良い陽気でした。
 絵を完成させられなかった事、2人組の男は見知らぬ女に頼まれていたことぐらいしか分からず、絵師は絵筆を手放すことにしたようでした。
「これで良かったんです。僕には荷が重すぎた」
 重荷を全て放りだした絵師は、どこか寂しそうに微笑みます。
「向いていなかったのです。だから、国へ帰って、家を継いで‥‥」
 そう言うと、困ったようにジュディスと春歌に向き直ります。
「本当は、貴女達2人の絵、出来ていたんですよ。自分でも惚れ惚れするような出来で‥‥」
 そう言うと、大事そうに持っている絵を見せます。その絵は2人とも生き生きと描かれていて、どちらも楽しそうな、そんな様子を見せています。
「全部終わったら、2人に渡そうと思ってた‥‥けど‥‥」
 そう言うと、絵師は困ったような顔をして微笑みます。
「これはまだ、僕が持っていて良いかな‥‥いつか‥‥またいつか、絵が描きたくなるようなときに、この絵があったら、また、一歩踏み出せるかもしれない‥‥2人が、踊りを見せてくれた時みたいに‥‥」
 そう言うと、絵師は大事そうに、まるで宝物であるかのように、2人の絵姿を懐へとしまうと、荷物を持ち直します。
「皆さん、本当にお世話になりました‥‥また、お会い出来るかもしれませんね、いつか‥‥いつかか再び絵筆を握るときに‥‥」
 そう言うと、絵師は深々と頭を下げて、故郷への旅路へ付いたのでした。