●リプレイ本文
●歪んだ桜
「綺麗な桜だな‥‥さすが桜屋敷だ」
天馬巧哉(eb1821)が嘆息するのも無理はないこと、歪に彼方此方を削ぎ落とし、塗り固められた太い幹も気にならぬほどに新しく伸びた枝が見事な枝振りを見せ、堂々とした様子の中に、儚げな薄紅の花びらが揺れています。
「桜の花って不思議な綺麗さがあるから立派なモノは、自分の手元で何時までも眺めていたいって気持ちは判るけど‥‥」
言って枝を見上げて、フォーレ・ネーヴ(eb2093)は溜息をつきます。
「でも、これは少しやり過ぎだね」
見れば、既に細い枝が幾つか折られた跡があり、そこへと老人の手による薬が塗りこめられています。
「それにしても、本当に立派な桜ねぇ」
マクファーソン・パトリシア(ea2832)は言いながら軽く首を傾げ。
「生い茂って迫力があるからこそ見事なのに。日本の言葉で風流って言うんじゃなかったかしら?」
軽く首を傾げるマクファーソン、聞けば桜の数カ所塗り固められた部分は腐り、そこの部分を全て削ぎ落として薬を塗ってから、更にこうして塗り固めたとのことで、そのころは花処か蕾もろくに付けなくなってしまっていたとのこと。
「その状態からここまで回復させるのは大変だったでしょう。なんとしてでも守り抜くわ!」
ぐっと決意を新たにするマクファーソン。
「‥‥何とかこれ以上桜を傷つけられないようにしないといけませんね‥‥」
九十九刹那(eb1044)が言うのに、桜を見上げる人々は頷くのでした。
昼下がり、屋根の上でまぁるくなっているのは理瞳(eb2488)。
ぽかぽかと暖かい日差しの中で、屋敷の屋根は心地良い風も吹き、目を細めて桜を眺めつつ、警備しているようで、その歪んだ大木を好ましげに見る瞳。
「看板などを建てたほうがいいだろうな」
「奇遇じゃの、わしもそう思っておった。あとは柵で囲むなどはどうじゃ?」
そう言いながら中の文面などをもそもそと相談しあうルーロ・ルロロ(ea7504)と天馬、その側ではうとうとと夢見心地のレーラ・ガブリエーレ(ea6982)が愛犬すわにふを撫でつつ、無言でお茶を啜っている老人と向かい合わせに座っています。
「ここからこう、ぐるっと根を傷めない様に柵を作って‥‥と、あんたはやらないのか?」
「年寄りに力仕事をさせるきかいの、良い若いモンが」
そう言って夜に備えて引っ込むルーロに、軽く肩を竦めると天馬は杭を地にうち縄を張るのでした。
「なるほど、本当に綺麗な花ですね。この花が枯れてしまわない様、護衛をさせていただきましょう」
頷いて、老人に教わった枝に軽く触れれば、その艶やかな幹と色づく花に小さく微笑むシィリス・アステア(ea5299)。
柵に囲まれ看板の建てられた桜に、面々は昼の警護と夜の警護に、休憩と見張りに分かれるのでした。
●桜を見上げて
「あぁん? なんだよ、桜の周りに囲いが出来てやがるぞ、おい」
「なんだね、せっかくの桜をひとりじめ何てぇのはえ、江戸っ子のするこっちゃぁないね」
聞こえてきたのはべろんべろんに酔っ払った職人と大工の大声。
「なぁんか書いてあんぞ、トメさん」
「しらっねぇよ、俺はかかあののたくった字ぐれぇしか読めねぇよぅ」
立っている看板も酔っ払いたちには効果がないよう、柵を乗り越えて桜へと歩み寄ろうとした、その時。
しゅた、そんな音と共に屋根から落ちてくる影。
「‥‥」
「なっ、何でぃ、人が降ってきやがったぞ、亀さん」
「‥‥」
酔っ払いたち、何処から現れたかぴんと来ないように不思議そうに空を見上げ、瞳へと目を戻すも、瞳は変わらず無言でじっと見ていますが、すと両腕を持ち上げます。
「?」
するり、滑るように袖が下がり、赤黒い手が露出するのにぽけっと目で追う酔っ払い。
「‥‥‥‥キシャーッ!!」
「ひぃいっ!?」
無言のまま立っていた瞳に急にぐわっと掴みかかられ悲鳴を上げて腰を抜かす酔っ払いたち、さっと酒も醒めたよう。
「あ、もしかして、枝泥棒かな?」
真っ青な顔で瞳を見上げている男達を見て歩み寄りつつ首を傾げる言葉に、ばつの悪そうな表情を浮かべるのを見ると、ふうと溜息をつくフォーレ。
「綺麗だから持って帰ろうとする気持ちも判るけど、大切に育てている人、大切に思っている人の事も考えてくれると嬉しいな♪」
にこりと笑って言われる言葉に顔を見合わせる男達。
「だって、なぁ‥‥」
「俺たちだけじゃねぇし、なぁ?」
「でも、この桜は枝を折られたりして枯れかけて、ようやく元気になったんだよ?」
理解してもあろうと説得するフォーレに、無言で凝視している瞳に男達はしどろもどろ、そんな様子に困ったように小首を傾げると、窺うように続けるのでした。
「桜の木はその場の風景と一緒に楽しむモノだ、って教えてくれた人がいたんだけど、『観るだけ』にしてくれないかな? ‥‥かな?」
一瞬惨劇が過ぎったかどうか、それはともかくとして言われる言葉に男達は項垂れるのでした。
「‥‥で、現状ということ、ですか?」
刹那が徘徊して妙な様子で窺う男を見つけたり、塀に登って桜に手を伸ばそうとする者を止めて戻ってくると、そこでは桜の柵の側、ござを敷いてお茶とお菓子でわいわい桜を眺める楽しげな集団が。
迷惑さえかけなければ桜を見るのを許されてか、あれから庭に入り込んでちょっと枝を失敬しようと軽い気持ち入ってきた人たちや、離れたところで塀から覗く桜に近くで見たくて窺っていた人たちも集まり、ちょっとしたお花見会場に。
「まぁ、こうなると逆に、不審者見回りよりも、桜の側にいたほうが良いですね‥‥」
ふむ、と一つ頷くと、刹那はフォーレからお茶を受け取り桜の側で休憩に入るのでした。
●夜桜の下
「通りの角から窺っていたって言うのが気になるな」
毛布を被り温かいお茶と桜の花びらの塩漬けをちょんと乗せたお饅頭を受け取りながら刹那からの報告を受けて少し考える様子を見せる天馬。
桜から少し離れた篝火の側に腰を下ろし見上げれば、ぱちぱちたつ音の中、浮かび上がる桜は幻想的で、しばし茶を楽しみながら眺めていると、歪んだその幹が息づいているかのようなそんな錯覚を受ける天馬。
「まぁ、強い風でもない限り燃え移らんじゃろうが」
縁台では巻物を手に幾つか必要な物を確認している様子のルーロの姿が。
「それは?」
興味津々に覗き込むレーラにファイアーコントロールの巻物を見せるルーロ。
「これがあれば万が一風が強くて危ないときも大丈夫じゃ」
「むむ、ここのところ風もあまり強くないし、使わないに越したことはないじゃん?」
言ってからすっくと立ち上がり、すわにふと共に屋敷内の見回りをしに席を立つレーラは、庭に誰か潜んでいないかときょろきょろしながら確認しているよう。
桜の真下、臨戦態勢ばっちりで麻布のそれに潜り込むのはマクファーソン、2人用の麻布で出来た仮宿からひょっこり顔を覗かせていますが、その寝床もそろそろ花びらで気鋭に飾り立てられているように見えます。
そんな中、最初に妙な者を確認したのは、屋根の上で踞って見ていた瞳でした。
向かいの屋敷の角にぼんやりと見える明かり、それに目を向ければ、さっと明かりが何かに遮られたかのように小さくなります。
それを確認した瞳に伝えられ、シィリスは桜を少し違う場所へと幻影によって移し出し待てば、直ぐにわさわさとやってくる男達はまっすぐにその幻影の桜へと近づいてきて、塀に梯子をかけると、それはもう見事な手際であっという間に枝の所へ。
「桜は折るとダメになりやすくなる。枝折らないでくれな」
天馬に声をかけられぎょっとする男達、雇われた男らしき一人が枝に触れると、それを掴めずに戸惑った表情を浮かべます。
「おじーさんが一生懸命世話した桜、これ以上切らせたりはしないじゃん! 吼えろ、すわにふ!」
声と共にすわにふの鳴き声が上がり、屋敷で休んでいた昼組の3人も目を覚まし。
「ちっ、たかが桜に護衛まで雇いやがって‥‥」
舌打ちをする町人らしき男の言葉にぷちん、寝床から起き出してきて男達へと対峙していたマクファーソンが引きつった笑みを浮かべます。
「美的感覚の無い奴に何言ったって無駄よ‥‥あんた達にはこれで十分! 喰らえ!!」
作り出された水球が襲いかかるのに、2人の町人らしき男を3人の浪人が守るように立ちはだかり、刀を抜き放ちます。
「‥‥この桜はここのお屋敷のご主人にとって同郷のご友人のようなものなんです。もしそれを傷つけようという方がいれば‥‥容赦はしません‥‥」
起き出してきた刹那が木刀と十手を構えると、斬りかかる男の刀を十手で受け、木刀で斬りかえし打ち込み。
「悪い方とはいえ、あまり傷つけたくはないですね‥‥」
「逃がさないじゃーん!!」
少し悲しげに小さく呟くと男の一人を眠りへと誘うシィリス、もう一人をコアギュレイトで固めるレーラに、ぽてちんと落ちがっちり固まる浪人。
「ちっ‥‥」
身を翻す町人達ですが、そこには既に箒を手に持つルーロと、屋根から桜へ、そして道へと移ってきた瞳が立っています。
「逃げるのは当たり前じゃが、こういった物を盗もうというのは感心せんのう」
「‥‥」
「っんだ? こいつら!」
老人と女性が立っていると舐めてかかった町人達ですが、くわ、と上がる瞳の手に少しびびったのか腰が引けています。
「さて‥‥お前達が考えたことか? それとも他に誰かに雇われたか?」
瞳に対峙していた町人達の背後にざっと足音立てて近寄った天馬、見れば眠りに落ち、しびれ、ぽかっと殴られで3人の浪人達は既に戦力にはならないよう、レーラとフォーレが縄でくくり上げています。
「ま、その辺は庭に戻って聞くことにするのがええじゃろ」
隙を見て逃げようと言う男達ですが、あっさり捕まり庭でルーロの巻物によってとある商人が結構な額を払うから枝をごっそり持ってこいと言われ、浪人達に分け前を与えて取りに来たと言うことがわかります。
「美シイ桜‥‥埋メル‥‥知ッテイルデスカ?」
ずりずり一人の男を引きずって桜の下に連れて行くという瞳、ちょこちょこ付いていったレーラがかくんと首を傾げ。
「折られた枝の分だけ、桜には栄養が不足してるんじゃん‥‥こいつらこっそり埋めちゃだめ?」
「‥‥」
瞳の口調とあっけらかんと言うレーラにぞっとしたのか声も出ない様子の男。
「さて、始末を付けないとな」
そう言って男達の前にらった天馬。
朝、徐々に溶け出した氷から這いだした男達は、二度とあそこの桜には関わるまい、そう思い知ったようなのでした。
●薄紅の風
最終日、既に緑色の葉が幾つか顔を覗かせるようになりつつある桜の下でですが、ご老体が礼と言ってちょっとした席が設けられます。
ゆっくりはらはらと舞い散る花びらを見やり花見酒として美味しく頂くルーロに桜へと語りかけるようなゆったりとしたシィリスの笛。
寝床を畳み、レーラと共にご老体と桜の手入れなどの話を聞くマクファーソンに、フォーレはすっかりと通いの様子を見せていた花見客と談笑中。
「まぁ、十分にあの後脅し付け足し、それ以降怪しい様子もないな」
「‥‥桜も、看板や柵が作られたことによって、気をつけてくださる方が増えたみたいですし‥‥」
天馬が桜を見上げて笑みを浮かべると頷く刹那。
ざぁっと吹く風にはらはらと舞い落ちる花びらが、まるで風のように色づける中、瞳はそんな桜を見ると、再びごろごろ、屋根の上でお昼寝を再開するようなのでした。