●リプレイ本文
●お節句の支度
「お久しぶりです」
「あぁ、よくいらっしゃいましたね」
ケイン・クロード(eb0062)が比良屋主人に声をかければ、嬉しそうに目を細める商人。
ここは比良屋の一室、荘吉に案内されて奥へと通された一同は比良屋主人の用意した立派な甲冑を見せて貰いながらあれこれと必要なものについて話し合っています。
「先日はお世話になりました。久しぶりのお手伝いですし、思いっきりこき使ってくださいね」
「いやいや、お世話になったのはこちらの方ですよ。お陰で無事に娘さん方も親元へと帰ることが出来ましたし」
「旦那さんと荘吉君には色々とお世話になってるし、清之輔君とお雪ちゃんも‥‥なんだか昔を思い出しちゃってね」
馴染みのケインが久々にお手伝いに来てくれたことが嬉しい様子の商人にケインも笑みを浮かべながらあれこれと、お手伝いに来たエスナ・ウォルターを紹介したりすれば、揃っていつでも遊びに来てくださいね、と上機嫌です。
「では、私はまずエスナと幟や菖蒲刀を買ってきますね」
「おお、良いですな。良い物があるよう、楽しみにしていましょう」
連れ立って出かける2人を見送る比良屋に、ジェームス・モンド(ea3731)が歩み寄るとご挨拶。
「モンドと申します。ジャパンの風習には不慣れですが、一つ宜しくお願いします」
「おお、これはご丁寧に‥‥私もこう、荘吉が祝いなど良いというのでやらなかったのですが、清之輔がどうも御武家の子だったようですし、これは祝ってやらなければと思いまして‥‥」
いつの間にかでれでれと子煩悩な親の顔になる2人。
「‥‥うちは娘ばかりが2人でしたが、やっぱり子供というものは可愛いものですなぁ」
「いやいや、本当に子供というのは授かりもの、大事にしなければいけませんねえ‥‥なんと言ってもその、喜ぶ顔がもう‥‥」
「あれぐらいの歳ですと、何もなくとも後ろをてこてこ付いてきて、本当に‥‥」
‥‥どうやら話の種は尽きないよう、互いにうちはこうで、とどれだけ子煩悩かを互いに見せ合っている姿はなかなかに楽しそうです。
「こいつが気になるのかな?」
そんな中、おずおずと襖の影から覗いていたお雪と清之輔に気が付いたのはレジエル・グラープソン(ea2731)。
「う、うん、お雪も僕も、見たこと無い生き物だから‥‥」
答える清之輔、お雪はレジエルと目が合うときゃとばかりに襖にさっと隠れ、そうっと再び顔を出してレジエルや彼のペンギン、クレイシュを見ては不思議そうな顔をします。
「挨拶がまだだったね。はじめまして、私はレジエル・グラープソンというんだ、よろしくね三人とも」
見れば客用にいろいろと用意をしていたらしき荘吉も気になったのか、後ろから流石にこの珍しい生き物に目を瞬かせて立っており、レジエルの言葉に慌ててぽかんと見てしまった事を謝る荘吉。
「こいつはコウテイペンギンのクレイシュというんだ。ひょんなことから卵を手に入れてね、温めていたらこいつが生まれたんだ」
レジエルが言うと、クレイシュはとてとてと子供達の方へと歩いて行ってくい、と首を傾げるような仕草を見せ、お雪の顔がぱっと明るくなります。
「この子、かわいい♪」
屈み込んで頭の辺りや背中を撫でるお雪に、おそるおそるという様子でレジエルに声をかける清之輔。
「あ、あの‥‥あの生き物は、どんな‥‥」
「知り合いの動物学者が言うにはどうやら鳥らしいんだが、飛べないんだ」
「鳥と言うことは、木の実や小魚を食べるんですかね?」
「クレイシュはどちらかというと魚だね」
興味津々という様子で覗き込む子供達、レジエルは笑いながら口を開きます。
「ちょっとお仕事をしてくるね、誰かクレイシュを頼めないかな?」
「あ、あのっ‥‥ゆき、くれいしゅくんといっしょにおるすばんしてるっ」
きゅっとクレイシュを抱きしめるお雪に、レジエルは笑みを浮かべて頷くのでした。
●男子厨房を占拠して‥‥
「それにしてもジャパンの風習って独特で面白いよね。この前は女の子のお祭りで、今度は男の子♪」
楽しそうに言うのはレイジュ・カザミ(ea0448)。
レイジュは様々な食材を前に襷がけをしている沖鷹又三郎(ea5927)に顔を向けて口を開きます。
「ね、ジャパンのお節句の料理、教えてくれないかな?」
「そうでござるね‥‥まず柏餅とちまきは外せないでござるな♪」
材料を前に言う沖鷹、ざるにのった魚や野菜を手に取りその品質の良さににっと笑みを浮かべます。
「蓬餅や鯉料理も作るでござる。あとは‥‥お祝いごとでござるから鯛の塩焼きや赤飯も作るでござるか」
「わぁ、なんだかいろんな料理を作るんだね♪」
男2人、料理組はなんだか楽しそうに目の前の食材に嬉々として向かいます。
「では、まずは鯉こくと、餅の準備から‥‥」
「わぁ、柏餅には後継ぎが絶えないようにっていう、願いが込められているんだって。葉っぱだよ葉っぱ! ちまきも葉っぱ。このお祝いには何て葉っぱが多いんだ!」
目をきらきらさせて興奮気味に言うレイジュ、どうやら葉っぱ男と言うだけあってか、葉っぱにかける情熱は並々ならぬものがあるよう。
「では、先にそちらの方の下拵えをするでござるか?」
その様子を見ながら笑う沖鷹。
沖鷹は餅米を取りに裏手へ、そしてレイジュは葉を綺麗に洗いに笊に乗せて井戸の方へ。
「鯉がないでござるよ〜!?」
そんな声が聞こえてレイジュが戻ってくると、きょろきょろ鯉が落ちていないかと探して回る沖鷹の姿があり、首を傾げるレイジュ。
「僕が葉っぱを洗いに行ったときにはまだそこの笊の上でぴちぴち跳ねていたけどなぁ?」
そんなことを言い合い顔を見合わせる2人ですが、不意に、視界にうにょんと伸びる腕が目に入り、それを追って行けば入り口に立てられた高い支柱、その上にぴちぴちとうごめく物体が。
「あ――っ!?」
見れば支柱の前では満足げに伸びた腕を元へと戻して爽やかな笑顔で見上げているモンドの姿が。
「モンド殿〜食べ物で遊ばないで欲しいでござる〜」
「お? これは飾るためのものではなかったのか? 確か高いところに幟や鯉を飾ったはずでは‥‥」
「代わりにこの葉っぱなんかどうかな?」
なんだかんだと言いながら鯉を回収、調理へと戻る2人、そこへ大宗院透(ea0050)が菖蒲の葉を抱えて戻ってくると顔を出します。
「菖蒲の葉をあちこちから頂いてきました‥‥」
「これを使ってお風呂に入れて入るんだったっけ?」
「私はお祝いして貰ったことがないので詳しくは知らないですが、そうだったと思います‥‥」
レイジュが首を傾ければ、考える様子を見せる透に、根を確認して菖蒲酒が作れると頷く沖鷹。
駿馬のアストリアに乗ってお使いに行っていたレジエルや、鮮やかに染め抜かれた幟などを抱えて仲睦まじく戻ってくるケインやエスナも加わり、あっという間に賑やかに戻る比良屋。
「どうしたんですか?」
「わ、凄い、これ全部材料?」
荘吉と一式猛(eb3463)は口々に言うと、にまっと笑う猛。
「料理上手そうな人が沢山揃ってるし、どんな料理が出来上がるか楽しみだな〜」
猛の言葉に、同感です、と荘吉は頷くのでした。
●端午の節句
「端午の節句は病気や災いをもたらすとされる悪鬼を退治する意味で、馬から弓を射る儀式もおこなわれたようです‥‥」
「あー‥‥流石にそんな立派な馬は清之輔にはちょっと、無理が‥‥」
透が愛馬を見せ、どうですかと進めるのに、馬術は教わることになっているそうなのですが、まだまだ乗るには小さな身体で無理だと告げる荘吉。
お雪は琴宮茜(ea2722)に相手をして貰いながら遊んでいたようで、レジエルのペットたちに囲まれ、ちょうど兄の清之輔が菖蒲刀を手にケイン相手に汗を流しているところでした。
「『端午』の節句で、『団子』を食べたいです‥‥」
お餅を食べていてふと思ったのでしょうぼそりと言う透、その場が一瞬静まったのはご愛敬です。
「これが鯉のぼりなんだね。僕も鯉のぼり欲しいなあ」
良いなぁ、と眺めているレイジュ、小さな物は売っていないかと聞いているようで、ふと首を傾げて聞く荘吉。
「この前、パリにいる僕のお姉ちゃんに男の子が生まれたんだ。端午の節句は男の子の成長を祝う行事なんでしょ? 僕も、甥っ子の誕生と成長をお祝いしたいんだよ」
「ほう、それはおめでとうございます♪ 子供は良いものですなぁ〜」
レイジュの言葉ににこにこと笑いながら頷く比良屋、後で小さいのを捜してみましょうという言葉にレイジュは嬉しそうに頷きます。
「清之輔君はなかなか筋が良いみたいだし、頑張ろうね」
「はいっ、が、頑張ります」
菖蒲刀出のチャンバラは、いつの間にか稽古を付けて貰う光景に変わっていたようで、ぺこりと頭を下げる清之輔。
「な、庭で鬼ごっこでもしようぜ」
「そうですね‥‥清之輔もやらないですか?」
「あ、はい、汗を拭ったらすぐに」
一式が言えば頷きながら言う荘吉に、話を振られて手拭いで汗を拭いながら答える清之輔、私も参加しようを加わり庭で賑やかに始まるおっかけっこ。
すぐに気が付いたレイジュも加わって大賑わいの中、なんだかべそべそとしながらペンギンのクレイシュをぎゅっと抱えるお雪。
「あらあら、お雪ちゃん、どうしたの?」
心配そうに聞く茜ですが、ちょっぴり面白くなさそうにぐずつくお雪を笑わせようと悪戦苦闘のよう。
「あぁ、柏餅や蓬餅もあるでござるよ〜」
そう言って気を引こうと知る沖鷹ですが、しょんぼり項垂れるお雪におろおろと茜と顔を見合わせたときです。
「お兄ちゃんたちに放って置かれたような気分なんだろうなぁ」
そう言って屈み込みモンドは目線を合わせて手を伸ばします。
「良かったら、おじさんと一緒にお兄ちゃん達のお祝いをしないかな? お兄ちゃんたちも、お雪ちゃんがお祝いをしてくれれば嬉しいと思うのだが‥‥」
優しくかけられる声に目を向けるお雪、そこは年の功というか、娘を持った父親だからでしょう、こっくりと頷いてだっこされるお雪。
「お雪殿、味はどうでござるか?」
「んむ‥‥おいしいの‥‥」
モンドのお膝で沖鷹の作った鯉こくをいただくお雪、聞かれるとはにかみながらもにこりと笑って小さく答え、沖鷹も笑いながらお雪の頭を撫でると、筍の煮付けや浅蜊のお味噌汁、酒蒸しなどを勧めるのでした。
●湯につかってのんびりと
「へぇ、みんなで入るにはちょっと小さいでござるが、家にこんなお風呂があるなんて凄いでござるな」
沖鷹が言うのも当然のこと、乾燥した江戸の町、何かがあって火元となっては厳しく取り締まられるため、江戸の人々は湯屋を愛用していました。
それにあったとしても小さな一人用の湯があるぐらい。
ですが比良屋はでんと大きな風呂場があり、浴槽も4、5人ならば入れるもの。
「湯屋に行くわけに行かないようなお客さんが来たりもするのと、この大きさは、旦那様の道楽です」
火の番もちゃんといるんですよ、そう説明しながら菖蒲を投げ込む荘吉に、わいわい男衆は一部を除いて菖蒲風呂へと来ています。
「伊勢海老と鯛で刺身を作って見みたけど、刺身は初めて作ったから、うまく飾り付け出来ていたかな?」
お風呂に入りながら首を傾げるレイジュに沖鷹は大丈夫でござるよ、と笑いながら頷き。
「清之輔君、一人でぱくぱく柏餅食べまくりで。甘い物実は結構好き?」
「うう、ついつい食べ過ぎてしまうので気を付けないと‥‥」
「旦那様みたいになっちゃいますしねぇ」
「‥‥」
子供達はそんな会話をしていたり、そこへ透が背中を流しに来て女の子が何故、と吃驚されたりと賑やかなお風呂場。
お風呂から出てすぐに、気が付けば揃いも揃って集まって思い切り遊んだかぐっすり幸せそうな顔で眠り込む子供達を前に、比良屋主人は相好を崩し、モンドも微笑ましげに見守っています。
「起こさないように、そっと‥‥」
そう言ってそれぞれをお布団へと運ぶ大人達。
夢の中の子供達のこれからを願って、改めて一同は菖蒲酒でお祝いをするのでした。