細工師達の積鬱
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■ショートシナリオ
担当:想夢公司
対応レベル:1〜3lv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月27日〜08月01日
リプレイ公開日:2004年08月04日
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●オープニング
まだ暑さの盛りでない朝方、ギルドが開くのと同時に細身の、少しきつそうな様子の、整った顔立ちをした青年が中へと入ってきました。
「申し訳ありませんが、わたくしの大切な簪、取り返していただきたいと思い、お願いに上がりました」
青年はそう言いながら、勧められた席へと腰を下ろします。お茶などを出されながら青年は言葉を探しているようでしたが、小さく溜息をつきます。
「わたくしには許嫁がおります。気立ても良く、その娘は妹のようにわたくしについてまわっておりました。なので、親の決めた、などと思ったことは一度もございませんでした」
厳しい目つきがふと弛められるのは、それほどその娘を想ってのことでしょう。そう言うと、青年は小さく息を吐いて、湯飲みを弄りながらすっと目つきを再び厳しいものにします。
「わたくしが細工師になる為に江戸へと出てきてから、ちょくちょく遊びにも参りますし、わたくしもそれを楽しみにしておりました。漸く師にも許されて自身の作品を作り、御店へと納められるようになったので、まず、一番最初に許嫁へと簪を作ってやろうと‥‥花菖蒲を形作った簪を作ったのです。許嫁は近々江戸に出てきて、わたくしに逢いに来て下さいます。その時に渡そうと‥‥」
そう言う青年‥‥若き細工師の顔は怒りに歪みます。湯飲みをきつく握りしめ、手はわなわなと震えています。
「さて、わたくしが江戸に出てきてから、一度女を助けたことがありました。参拝道でいかがわしい輩に絡まれていたので、深く気にせずに助けたのですが、今思えばあんな女、助けるべきではなかったと‥‥」
ぎりっと唇を噛んで細工師は続けます。
「その女、どこぞの出戻りとか聞きましたが、それ以降、しつこくわたくしに付きまとい、あろう事か、許嫁へ贈る大切な簪を盗んで、身につけては辺りに有ること無いこと吹聴していると‥‥たった一度、通りがかりに助けただけでですよ?」
細工師の怒りは収まらない様子です。苛々と爪を噛んで、怒りを何とか抑え込もうとしているようでした。
「返して貰えるように言いに行けば、気が違った様に泣き喚き、捨てたの何のと辺りの同情を買い、近頃ではわたくしから逃げ回りながら、将来を誓って貰った物だと簪を見せびらかしているそうで‥‥あの簪は、わたくしの許嫁の為に作った物です。あんな‥‥あんな人の気も考えぬ様な者に、身につけていて貰いたくはない。お願いです、あの簪を取り返して頂きたいっ!!」
●リプレイ本文
●情報収集
風守嵐(ea0541)は参拝道辺りを回り、密かに依頼人と女の情報を調べて回りました。
女が絡まれる事件が起きる前まで、依頼人は無愛想ながらも周りに空かれる人柄だったようです。困っている者に、当たり前のように手を貸すような人だったので、今悪評が流れているのが信じられない者か、それが気に入らずにここぞとばかりに色々と吹聴しているかの、どちらかの者が多いそうです。
肝心の女はと言いますと、嫁ぐ前から少し美人なのを鼻にかける部分はあったようで、暴力を振るうような夫の元から実家へと戻されてからは、その性格で敬遠されていたようでした。そのためか、女が絡まれていたとき周りは関わり合いになるのを避けて遠巻きに見ていたのだそうです。
「私はこの女性が一度受けた優しさでこれほどの‥‥狂いそうなほどの想いをぶつけなくてはならなくなった過去が可哀想に思えます」
刀根要(ea2473)はその話を聞いて小さく溜息をつきます。
「調べた限り人目につく所では、簪を着けて回っているようでござるな」
そう言うと、甲斐さくや(ea2482)は軽く仲間を見回します。李鈴華(ea1347)は、ごろつきを使っているのだから少し痛い目を見せた方が、と言うのに、少し考え込む様子を見せていた要は口を開きました。
「私達で依頼人が助けた時の様子を、再現してみるのはどうでしょうか?」
●新しい簪
「他の者が貴殿の代わりに簪を取り返し女性を懲らしめに行ってる。その間、気持ちを入れ替え愛する許嫁殿の為に簪を作るのは如何であろうか? 愛する許嫁殿の事を想えば美しい簪が出来上がるであろう」
天涼春(ea0574)の言葉に細工師は顔を上げます。少しの間、依頼人は鬱々と考え込んでいたようでした。それというのも、泉水勇我(ea4425)が出かけていく前に同じように別の櫛を作ってみたらどうかと言ったことを考えていたからでした。
「あぁ、そうですね‥‥それが良いですね。未練と言いますか‥‥なかなか一歩が踏み出せなかったのですが」
言われた言葉に、思ったより落ち着いた様子で答える依頼人。前から少し、それ自体は考えていたようで、幾つかの下絵を取り出して、作る図案を決めようとしています。
「‥‥世の中、上手く行かないものですね。自分で初めて作った簪は、許嫁が一番最初に着けるものと、ずっとそれを楽しみにしていたのに‥‥」
そう言いながら、桔梗柄の図を迷うように手にとって、依頼人は苦笑します。
「取り返しても簪は、一度別の者が着けてしまった。ならば新しい簪を作り贈ろう、そう思いつつそれが出来なかったのは、許嫁の為に作った簪を、別の女が着けている、それ自体が、許せなかったからなんでしょうね」
それを思うだけで沸々と怒りがこみ上げてくるようです。
「怒りが鎮まぬのなら心行くまで拙僧にぶつけよ。ただし許嫁殿に怒りの形相は見せてはならぬ。女性は接し方次第で仏にも鬼にもなれるのであるよ」
「‥‥そうですね、気を付けなければ‥‥あの娘に、彼の女のような顔は、させたくない」
涼春の言葉にどこかはっとしたような様子を見せると、依頼人はそう、どこか寂しいような笑みを浮かべて呟きました。
●話題の女性
参拝道の茶店で、バズ・バジェット(ea1244)は件の女性の側へと腰を下ろして茶を啜りながら様子を窺います。目のつり上がった細面の女は、言われてよく見れば、美しいと言えるでしょうが、何か苛々した様子でそれを台無しにしています。
先ほどの様子を見ていた限りでは、簪を貰ったのは自分だと吹聴しているようで、どこか鬼気迫る様子があったように、バズは感じていました。
「君はあの細工師に妄執しているように見受けられる‥‥そのようなのでは、本当に手に入れたいものなど、手に入らんぞ」
言われる言葉に立ち上がって、かっと睨み付ける女。
「あんたに何が分かるって言うんだいっ! すっこんでなっ!」
「自身に後が無いと考えて卑屈になるべきではない。あの細工師はもう無理だろうが、自身の卑屈さを無くし前を見て生きるべきだ。どんな時でも前向きに生きれる者はそれだけで魅力的に見えるものだ」
そう言うバズの言葉に、ぎりぎりと唇を噛みながら睨み付ける女。それを見て、バスは席を立ち、ゆっくりと女に背を向けて歩きだします。
「簪を返却して謝り穏便に済ませるべきだな。君の作戦が上手く言っても偽りと虚構の生活しか手に入らんぞ。愛されないことの虚しさを知っているなら、正道に生きるべきだな。愛してくれる人を得る為に」
そう言って去っていくバズの姿に、女は茶店を苛ついた様子で出て行くと、参拝道を昇っていきます。そんな女の前に、鈴華と勇我が立ちはだかるように前に出ます。
「細工師さんに簪を返してあげた方が良いんだよぉ!」
「人の恋路の邪魔ばっかしてると、醜い女になっちゃうんやで〜。今のうちに改心したりや〜」
女は鈴華の言葉にかあっと怒りで顔を紅潮させます。2人の言葉にかっとしたように何かを言い返そうとした女は、普段自分が使っているごろつきがさくやに引き連れられて、怒りの形相で近づいてくるのに気がつき、あっけに取られたように見つめました。
「本当だ、あの姉さんがお前等のこと騒いで性質が悪い奴らだとそこらで騒いでたぜ」
身に覚えのない言葉に反論しようとするも、あまりに突然のことで言葉もない女に、勇我がむうっと頬を膨らませてフェイントアタックを叩き込みます。
「邪魔しないでよぉっ!」
その一撃で、辺りはたちまち大混戦となります。それが女の所為と見たごろつきが女に掴みかかろうとしたとき、その腕を割って入った要が腕を捻り、投げ飛ばします。あっけなく転がったごろつきは怒号を上げて襲いかかりますが、如何せん、腕が違いすぎます。
その隙に鈴華が、へたり込んでいる女の髪からそっと簪を抜き取って、勇我と一緒にその場をさっさと後にします。
「こいつは出来るでござる、いいか女、これから先、嘘の噂を広めるのなら必ず俺達はお前を懲らしめに現れるからな。覚えていろ――っ!」
そう言ってごろつきを従えて駆け去っていくさくや。それを見送ると、要は女に手を貸して立たせます。
「御怪我は無いですか?」
「あ、あぁ、おかげさんで‥‥」
そう言う女に要はそうですか、と短く言うと、ふと気がついたように簪を着けていたはずの場所へと目を向けます。
「おや? 簪が‥‥」
その言葉にはっとしたように髪へ手を伸ばす女。その様子に要は軽く促すように小間物が並ぶ出店へと目を向けて歩み寄ります。
「大切な物でしたら、替わりにはならないと思いますが‥‥私で良ければ、買って差し上げましょう。この、牡丹の簪など、如何でしょうか?」
要の様子に釣られたかのように店へと歩み寄る女は、見せられた簪と要の顔を交互に見比べます。
「あたしに、かい?」
「貴女にはどの様な簪も似合います。こちらは特によく似合うと‥‥」
そう言って微笑みながら簪をさす要に、僅かに顔を歪める女。すぐにぐっといつもと強気な顔を見せると、軽く首を傾けました。
「面白い御仁だね。ちょいと一杯付き合ってくれないかい?」
酒場へと場所を移して、女は要へと酒を注ぎながら、自身もぐいぐいとお猪口を干して、息を付きます。
「あたしはあくまで酒の席で話してるんだからね」
そう言いながら、女はつらつらと愚痴とも泣き言ともつかない言葉を洩らし始めます。
「手に入らないって思った途端に、憎らしくなるものって、あるもんなんだねぇ。それまで、嬉しくて舞い上がってたけど、その途端にこう何がなんでも幸せにさせてたまるかって‥‥嫌な女だろう?」
要はその様子に首を横に振ります。それを見て女は困ったように笑うと、要に酒を勧めながら小さく言います。
「優しいねぇ。あの男にそっくり‥‥分かっているんだよ、自分で嫌な女だって事も、立て続けに色々と起きるって言うのは、仕組まれたんだろうって事もさ。茶店の男も、そうだったんだろう? 結構ぐっさりきてねぇ。‥‥女ってのはやなもんだ」
手の中のお猪口を弄びながら、女はにこりと微笑みます。
「こういうんでなく出会いたかったねぇ、にぃさんとは。‥‥嫌なこと、頼むことになるけど、簪を無くしてしまった事と、もう付きまとわないってにぃさんから伝えてくれないかい?」
そう言うと、女はぐいのみを置いて立ち上がりました。
「あたしにはにぃさんに買って貰った簪があるからね。有り難う、良い想い出として、大切に持ってるから‥‥もっとマシな女になったときに、この簪着けて、にぃさんに会いにでも行こうかね」
女はそう言いながら、どこかすっきりとした表情で笑いました。
●簪の行方
取り戻した簪を受けとった依頼人は、どこかほっとしたように笑います。
「これで、気にかかることはなくなりました。有り難う」
そう言うと、男は細工用の炉へと歩み寄って、その簪を投げ込みました。
「なんでっ!? 細工師さんの想いが詰まった簪なのに、なんで溶かしちゃうのぉ!?」
勇我の言葉に、依頼人は困ったように頬を掻きます。
「この簪も、こんな風に揉めた一つの要因として残っては、哀れ過ぎる。残しておきたくないという気持ちもありますし。許嫁へは、改めて彼女のためだけに作った簪を‥‥」
そう言って、新しく作り上げた、美しい桔梗柄の細工が入った簪を見せます。その簪は、涼春にお払いをして貰ってあり、誇らしげに輝いています。
要から女の言葉を聞いて、細工師は頷きました。
「有ったことは、過去のことです。皆さんのおかげで、これから心になんの憂いもなくやっていくことが出来ます。本当に有り難うございました」
そう言って頭を下げる依頼人。その手には、桔梗の簪がきらきらと、許嫁に着けられるのを心待ちにしているかのように輝いていました。