●リプレイ本文
●脇差しを盗まれた同心
「それで、どんな女性だったの?」
「な、なな何で私だと分かるのだっ!?」
聞かれて慌てたように目を剥くその同心・木下忠次に、聞いた光月羽澄(ea2806)と、一緒に訪ねて来ていたゴールド・ストーム(ea3785)、そしてレヴィアス・カイザーリング(eb4554)は思わず顔を見合わせます。
「だって、他に居ないじゃない?」
「それに女に居座られたとか言っていたじゃないか」
「お、叔父の家に預けはしたが‥‥最初に確かに居座られはして‥‥」
そう言って決まり悪げに見る忠次ですが、諦めたかのようにがっくりと肩を落とし溜息。
「あぁ、そのような間抜けをするのはどうせ私さ」
「まぁまぁ、とにかくその女性について話を聞きたい。名前や、何か特徴はないのか?」
「名は‥‥たしかお須磨とか言っておった‥‥亭主も居たことだし、名はたぶんそのままであると思うのだが‥‥」
ゴールドが聞くと少し自信なさげに答える忠次、考えるように首を捻ります。
「その亭主というのは?」
「腕の良い飾り色人で、お須磨が働いていた茶屋の主人から持参金付きで嫁に出して、家のことにも気を利かせて頑張っていたらしいんだが、お須磨がお客の注文の簪を盗んで出て行ったときに必死でその穴埋めに働いたそうでな」
レヴィアスが聞けば応える忠次、どうやら亭主は自腹で材料費などを捻り出し、ろくに休みもせずに仕事に明け暮れ、ここのところ調子を崩しているらしいとのこと。
「亭主の元に戻った様子もないが、ある日叔父の家から居漬けだった浪人と一緒に消えてそれきり。次にお須磨の名が出たのは昭衛様の所へ呼び出しの手紙が届いたときゆえ、江戸にいるとは思うがどうしているやら‥‥」
「では、亭主のところに居ないのは確実なんだな? では、行きそうな場所など心当たりは無いのか?」
頼りなさげな忠次に呆れ気味に言うゴールド、忠次は首を捻りながら答えます。
「冒険者の方々とも違うしな、ああいった女は身寄りが無ければ過去に客だった男のところにでも行かぬ限りどこにも行きよう無いであろうな」
「それね。そのお須磨さんが働いていた茶屋の場所、教えて貰うわよ」
「‥‥別に構わぬが、何でだ?」
羽澄の言葉にきょとんとする忠次、しっかりしろとばかりにレヴィアスは忠次の背を軽く叩くのでした。
●若侍と女
「お兄様にとっては大変な不名誉、一大事でございますね‥‥」
「兄にとっても振って沸いたような話ゆえ、はじめは何を馬鹿なと思ったらしいのですが‥‥」
挙動不審な同心一人を問い詰てと花東沖槐珠(eb0976)へ状況を説明する若侍。
茶屋や飾り職人の旦那さんへと話を聞きに案内する若侍と女性陣。
「それにしても昭衛様の弟さんとは知らなかったわ。道場の皆さんは元気かしら?」
「そういえば言っていなかったですね。改めて‥‥彦坂兵庫と申します」
羽澄とは顔見知りで道場は相変わらずであることを告げて名を名乗る若侍、ミラルス・ナイトクロス(ea6751)は若侍の肩にちょこんと座りながら首を傾げます。
「脇差ですかー。メザシさんのお友達でしょうか?」
「ん〜ちょっと違いますね」
笑いながらミラルスにこんな感じの刀です、などと説明する兵庫に、フォルナリーナ・シャナイア(eb4462)は不思議そうに口を開き。
「兄弟仲があまりよくないのね。私はお兄さまのこと、とてもお慕いしているけれど」
「幼い頃は母が同じなので仲良くやっていた記憶はあるのですが、私は剣術が楽しく兄はいろいろな歴史について興味を持って‥‥で、長兄と決定的に会わなかったのもあって、どうしてもちょっと‥‥」
苦笑交じりに言う兵庫に兄弟仲が悪いと言うこと自体が理解できないように首を傾げるフォルナリーナ。
「今回の依頼がうまくいってお兄さまから信頼を得られるといいわね。そのお手伝いをするんだもの、頑張らなくちゃ」
「ええ、わたくし達で良ければ精一杯お手伝いさせていただきますわ。頑張りましょうね」
フォルナリーナや槐珠の言葉に笑みを浮かべる兵庫。
「本当に皆さんありがとうございます」
「あっ、あっ、わたくしも頑張るのですよーっ!」
肩で手をぐーと握りぶんぶん振りながらのミラルスの元気な言葉に兵庫は笑って頷くのでした。
一方、男性陣はといいますと、忠次の住む同心長屋付近でいくつか話を聞いているところでした。
「その日お須磨が来たとき、変な男が様子を窺っていたのだな?」
「ええ、若い男で長屋の入り口辺りを何度も行ったり来たり‥‥木村様が女性の方を連れて慌てて出て行かれた後は見なかったのでつい忘れていたのですが‥‥」
レヴィアスが聞くのに答えるのは長屋の奥方たちの一人、若い男は年のころは24〜5の、顔に笑みを張り付かせたような不自然な笑顔だったそうで、薄気味悪く思ったそう。
「もう一つ、ここの同心の叔父の家ってのはどこだ?」
ゴールドが聞くと女性はわかりやすく道筋を説明するのでした。
「お兄様」
「ああ、どうした?」
「女性が現れそうな場所を手分けして探しているのだけど‥‥」
似た雰囲気の女性が居と聞いて見に来たフォルナリーナは、レヴィアスを見つけ声をかければ、レヴィアスは忠次の叔父の使用人が提供したと言う小屋の付近で、例の若い男が見かけられたとの事で聞き込んでいる最中でした。
「でも、小屋を使わせていたときには、すでに脇差は盗まれていたはずよね」
気がつかないものかしら? フォルナリーナが首を傾げて言えば忠次の話を思い出すように少し考えるレヴィアス。
「恐らく、忠次が家に居る時押しかけたのではなく、先に入り込んでいたのかも知れんな。戻る前に金目の物を目敏く探していたとしても、女の聞き及ぶ話から考えれば可笑しいことではあるまい」
「でも、それをお金に換えなかった‥‥?」
「お須磨の背後に何者かが居て、初めから改方同心の弱みを握ろうと言うのならば‥‥」
「居座って何かと考えていたけれど、はじめに盗み取っていた脇差で十分、と言うわけね」
フォルナリーナが言うのに頷くレヴィアス。
「何にせよ、付近でそれらしい者を見かけたと言う話がある以上、もう少し探って見ないとな」
言うと、レヴィアスとフォルナリーナは再び付近の聞き込みへと戻るのでした。
●女の背後
「なるほど‥‥このあたりは花と池とで周囲から見渡しやすいと言うことですね‥‥」
菖蒲園、のんびりと園内を歩く人々の中に紛れて下見をしていたのは九十九刹那(eb1044)。
刹那は指定された場所が周囲からより狙いやすい位置であることを確認して小さく溜息をつきます。
向こう側に見える茶店や屋根のある席と違い、腰掛がいくつかおいてある以外は一面花菖蒲に囲まれたそこは、それこそ雨の中に傘をさして見るにはとても絵になる場所なのでしょうが、逆に言えば丸見えで待ち伏せに最適。
「‥‥?」
ぶらりと順路を通り歩いていくと、視界に入る浪人者。
他の者が忠次から聞いていた、お須磨のもとに居漬けだった浪人者とほぼ一致するその男を注意深く気付かれぬようにと素通りすれば、刹那のすぐ後ろからその浪人と他に者の会話らしきものが聞こえてきます。
「‥‥だ、まず仕掛けて‥‥すばやく俺が駆け寄り、止めを‥‥」
「念のため離れて‥‥らく付近にも‥‥」
「‥‥と2人ほど‥‥4人居ればいくらなんでも‥‥」
聞き取れたのはそれだけですが、ちらりと見れば会話しているのは浪人者と若い男。
若い男はその浪人の元を離れてそそくさとその場を歩き去り、その男の立ち居振る舞いから去る方向だけ確かめて、刹那は気付かれる可能性から尾行は諦めるのでした。
「やぁね、大丈夫よぉ、じーさんってばぁ」
甲高い笑い声、小さな酒場の入れ込みには職人やら町人やらが彼方此方に座って酒やそばを楽しんでいる中で、その声だけは妙に浮いていて、酒を呷っていた男たちの表情に苦笑や露骨に眉を顰める者までいるよう。
「あの女性は?」
羽澄が聞くのに眉を寄せて肩を竦めるのは若い大工、ゴールドは賑やかな店内に紛れて女が桁桁と笑う小座敷のすぐそばで穏身の勾玉を握り締めながら耳を済ませています。
「あの女はお須磨っていってな、ろくでもない女だよ。ぱっと見は大人しそうでいてな、すぐに人様の物に手を出す、物によっちゃ拾ったと言って高く売りつけることまでしやがる」
忌々しげに小座敷へとちらりと目を向ける大工に酒を勧めながら聞けば、近頃は変な浪人者や若い男と小座敷で顔を合わせているそうですが、男たちが帰った後は大概、今日みたいにけたたましく騒いでどうしようもないとか。
「爺さんもなんであんな女を置いてやっているんだか。少し前に姪だと名乗ってここでギャーギャー大騒ぎ。ここは酒も飯も安くて旨いから贔屓にしてたんだが、潮時かな」
「大騒ぎ?」
「そうさ、そりゃ凄い剣幕さ。あの事を言って良いのかだの何だのと‥‥」
職人の男が羽澄ににと笑いかけながら言いますが、普通に受け流されちょっと残念そうに笑い言うには、爺さんも心当たりが無いことで困っているが、騒ぎを起こされるのも困るので暫くの間おいていると零していたことを話してくれます。
「あのじい様と話していた様子では、脇差はもう手元にゃねぇようだな」
やがて戻ってきたゴールドがそういうと、軽く首を傾げる羽澄。
「持っているのは浪人か例の若い男ということかしら?」
「あぁ、ちょいと頼まれてくすねた刀を渡すだけでいい金になったとか。じい様は居座られて困って、早く出て行ってもらいたいらしくてな。いつ江戸を立つ、そればっか聞いてたぜ」
気が弱そうな老人と見たゴールド、ゴールドの見たところまだ暫くは江戸で楽しくやっていくつもりの様子のお須磨に、羽澄は小さく溜息をつきます。
「ここのご主人には可哀想だけど、後数日は我慢して貰うしかないようね」
「さすがに少し同情するな」
よっぽどお須磨の様子が凄かったのか、ゴールドは苦笑しながら小座敷へと目を向けるのでした。
●花菖蒲の中で
「なかなかお似合いにございます」
「そ、そうですか? 笠を被っていくので、遠目に兄に見えれば良いのですが‥‥」
槐珠に言われて少し照れたように鼻の頭を書く兵庫、羽澄は兵庫の髪と結い上げていたところで、最後の結びを終えてなかなかの出来栄えに笑みを浮かべます。
そんな羽澄は出かける前の昭衛と少し言葉を交わしたりしています。
仲直りは? と言われた言葉に困ったような笑みを浮かべて出かけていった昭衛に、兵庫の反応を考えれば脈がありそうと自然と力が入るよう。
「少し昭衛様よりは線が細いけれど、帯の下にこう一枚巻けば‥‥体格もそれなりに見えるわよ」
その言葉に笑みを浮かべて頷くと薄地の羽織を羽織る兵庫、包みをそっと持ち上げれば中からちらりと顔を出すミラルス。
彦坂邸を出れば生憎の霧雨、塗り笠を被り荷を濡らさない様に抱えて歩く兵庫にそれぞれがばらばらに別れ、ある者は先に菖蒲園へ、ある者は離れて兵庫の身辺を守りつつ。
雨の中の菖蒲園はそれは綺麗なものでした。
煙る様な雨に幻想的に映る花菖蒲の道の中を歩く兵庫に、つかず離れずの距離を保つ飛麗華(eb2545)は、見晴らしの良い待ち合わせ場所へと向かう昭衛の周りを注意深く見つめていますが、雨のためか怪しい人影を見いだせずに小さく息をつきます。
「思った以上に見通しが悪いですね‥‥」
呟く麗華ですが、視界の端、少し離れた茶屋の側でなにやらちらりと動いた気がして目を細めじっと見れば、なにやら男が一人、若侍の様子を窺っているよう。
見晴らしの良いそこに待っていたのは、傘を差した一人の若い男。
見たところ町人らしきその姿に、なにやら包みを抱えています。
ゆっくりと近づく兵庫、少し離れた場所で付近の様子を窺っていた羽澄は、一瞬見えた金属に飛びつくように斬りつければ、まさに放たれた矢は兵庫を逸れその塗り笠を吹き飛ばし。
『れっつ・いぐにしょん!!』
響くミラルスの声と共に打ち出される頭上への火の玉にぎょっと仰け反る若い男、そこへ駆けつける刹那と槐珠、刹那が若侍と若い男の間に割って入れば、槐珠は距離を置き止まり。
「逃しませぬ!」
「ぬぁっ!?」
槐珠の言葉と共にびくっと身体を引きつらせ倒れ込む男。
方々に潜んでいた男達も茂みや茶屋の影から飛び出しますが、それに回り込むように迎え撃つ面々。
「脳のない策だ‥‥次はもう少し上手くやるのだな」
言うとほぼ同時に霞刀のみねではたき落とされる男の刀、涼やかな笑みを浮かべつつレヴィアスは続けます。
「もっとも、次があればだが」
「ぬうっ! ぬかせっ!」
レヴィアスに掴みかかろうとした男ですが、間髪入れずに駆け寄ったフォルナリーナの小太刀が首筋を強打し、昏倒する男。
「お兄様に何をするつもり?」
ふんと怒ったように鼻を鳴らすフォルナリーナに、レヴィアスは笑って頷くと男を引き立てて括り上げるのでした。
一方、あと二人駆け寄る男の姿があるのですが、そのうちの一人を刹那と麗華が迎撃しているのを見て足を止めた男、一目散に道を駆け抜けていこうとするのですが。
「っ!」
「ここまで来て最後まで見ていかないのはどうよ」
足下に突き立てられる矢に男が振り向けば、番え直した矢を男の顔へとまっすぐに向けてにと笑うゴールド。
「‥‥‥」
忌々しげに睨み付ける男ですが、小さく息をつくと刀を鞘に収め、腰から抜くと、ゆっくりと地に刀を置くのでした。
●いつか
「泥水に汚れちゃったのです〜」
若い男が落とした包みを拾い上げて袋から脇差しを取り出し、ぐしぐしと手拭いで拭くミラルスに、礼を言って受け取ると茶店で借りた着替えに変えて席に着く兵庫。
改方の者を急いで呼んで貰い、男達が引き立てられていく中、槐珠に引き留められて事情を一同から聞いていた昭衛が顔を上げます。
「せっかくのご兄弟の仲なのですから、仲良くしなければ損でございます」
微笑を浮かべる槐珠に少し気まずげに頷いて茶を受け取る昭衛。
「元から仲が悪いってわけじゃないみたいだし、勿体無いんじゃない?」
「うむ‥‥まぁ、多少は使えると認めてやっても‥‥」
「ほら、そう言うことを言うから」
照れているかの様子の昭衛に羽澄は笑いながら言い。
「人とは、少しの綻びで歯車が合わなくなることもございますが‥‥それでも、一度出来た絆はそうそう切れないものでございます」
菓子などを勧められて言われる言葉に頷く昭衛、そんな兄の様子が珍しいのか兵庫もなんだか面白そうに見ています。
「まぁ、たまにはこういう事を手伝うのも良いかもしれませんね」
「さて、冷えた事でしょうから、風邪を引かないように温かい葛湯でも飲まない?」
笑う兵庫に笑みを浮かべると、羽澄はそう言って湯飲みを兵庫へと渡して微笑むのでした。