●リプレイ本文
●其々のやること
「おや、田村殿って、確かあの時の?」
「む‥‥わ、悪いだろうか」
「いやいや、そんなこたぁねえよ」
町人髷ですっかりと大店の手代と言った様子の田村同心に笑みを噛み殺しながらいうのは御神村茉織(ea4653)。
田村同心は過去に冒険者の依頼放棄により尊敬してる長官・長谷川平蔵が重傷を負ったという話を聞かされていて、やり場のない怒りを持てあまし冒険者不信だった時期があるという経緯があります。
「せっかく頼ってくれたんだ、期待に応えるぜ」
ぽんぽんと肩を叩いていう御神村の様子に田村同心も何か言おうとするも、その表情がからかいなどは一切含まれず、どこか同じ仕事をする者への共感にも近いものを感じて緩く息を吐くとしっかりと頷き。
「このような怪しいお店ですと、接客をしている娘さん達も被害者ということもありそうですね‥‥」
「金がらみの事件も起きているなら、噂にはなっているだろう」
ユリアル・カートライト(ea1249)がもしそうだったならば痛ましいと目を伏せれば、立ち上がって口を開く真幌葉京士郎(ea3190)。
「店の周囲を少し聞き込んでから直接あたるつもりだ、客としてな」
「おう、じゃあ店でな」
「ああ。‥‥‥‥それにしてもウォルの姿が見えないな‥‥?」
嵐山虎彦(ea3269)が言えば、頷いてからなにやら気になることがあるかのように首を傾げて出て行く京士郎。
「格安の料金か、怪しいな‥‥」
京士郎の疑問の主は実の所一間挟んだ隣の部屋にいたりします。
「素人の女性や客の男、どっちも鴨にしてる可能性大だ」
む、と眉を寄せて言うウォル・レヴィン(ea3827)ですが‥‥。
「はい、そこで口を軽くあけて‥‥じっとしていてください」
「‥‥ちょ、ちょっとその紅の色は派手すぎ‥‥」
「喋らないでじっとしていてください、ほら、はみ出てしまったではないですか」
アリエス・アリア(ea0210)が筆を置き濡らした手拭を手に取ると、手伝いに来ていた柳 花蓮がいそいそと巫女装束を着付け。
「そうそう、ウォルさん綺麗ですよ‥‥化粧の素質もありますね‥‥」
「ううう‥‥」
改めて化粧をアリエスに施され、微妙に困った表情のウォル、花蓮にそんなことまで言われてちょっぴり哀しそうな目をしていたり。
「‥‥これもナイトとしての勤め。ナイトとして女性一人を潜入させる訳にはいかない」
ぐ、とどこか腹を括ったかのように言うウォルですが、当の嵯峨野夕紀(ea2724)は自慢の美しい髪を梳かしながら潜入するために不自然でない着物を選んでいるようで、ウォルの女性一人で危険なことは、という気概についても特に気に留める様子もなく。
改めて頭の中で依頼を整理しているようで、夕紀は小さく溜息。
「まぁ、騙される殿方もたくさんいらっしゃるのでしょうね‥‥」
男の性を思ってか口の中で呟く言葉は他の者の耳には届かず。
「フリーウィルで犯罪学を学んで来た身である以上、母校の名誉に掛けて犯罪防止に頑張るのですよ」
アリエスが決意も新たに気合を入れて化粧を始めると、他の部屋にいる面々と合流しておおよその行動を確認しあう一行。
「お客として行っても僕じゃ外見で追い返されそうな気がするんだよね。説明するのも大変だし酒場の募集要項からも外れてるだろうし‥‥」
ちょこっと首を傾げて言う白井鈴(ea4026)、少し考える様子を見せるとうん、と小さく頷いて。
「僕は忍び込もうって思ってるんだけど‥‥証拠になりそうな物が見つかるといいな。何かしらの形で記録が残るようになってたりすると思うんだけど」
「帳簿やらなにやらだな? 後は法外な値段を吹っかけてやがるんだ、証文書かせて取立てぐらいはやるんじゃねぇのか?」
「証拠さえ掴んじゃえば後は摘発して捕まえるだけだもんね」
御神村が答えるのに頷く鈴、その様子を見ていた田村同心が外の様子を見て立ち上がります。
「そろそろ御店に戻らねば。私は自身の役目で動けない。くれぐれも宜しく頼む」
●熱烈歓迎募集中?
「あああ‥‥もう駄目だ、お仕舞いです、全部もう無理なんです‥‥」
真っ青な顔をして震える男は、手代仲間の間で店の金に手を付けてしまったと言われる若い気の弱そうな青年。
「大丈夫、大丈夫ですから‥‥あなたの身に降りかかったことを話していただけませんか?」
穏やかに優しく、おっとりとしたユリアルが話をすることで怯える青年は縋る様な目をユリアルに向けます。
「御店の、大切なお金なんです、分かって‥‥分かっていたのですが、あの時、私は自分の持ち金だけで大丈夫と請け負って貰いましたし、用事が済んだら少しばかり休憩を取ってきてから戻って良いと、そう言われていたもので‥‥」
青年は御店でも人当たりが良く主人夫婦にも良く可愛がられていて、軽い気持ちで手を付けたとも思えずにユリアルが詳しく話を聞くと、彼らは彼の財布の中身を見て全然足りないといい、身包み剥がれて懐の御店の金を取り上げられたとか。
「そ‥‥それでも足りないと‥‥さ、酒をたったの2杯、私は酒を2杯と小皿に盛られたたった数切れの刺身を口にしただけなんですよ? それを運んできた女性がやたらと私の肩に手を置いたり、私にもお酒をおくれとせがまれたり‥‥」
「幾らぐらいを要求されたのですか?」
「‥‥御店のお金は10ありました‥‥請求されたのは30です‥‥彼らはきっとすぐにお店にも取り立てにやってきます‥‥ああっ、もうお仕舞いです‥‥」
聞けばその勘定に女たちに肩に手をおかれたりしたことなども全て彼が彼女らに触れたということになっており、その一つ一つが異常な高さだったとか。
「‥‥分かりました。もし彼らの悪事の裏付けが取れたら、そのときは今の話を‥‥」
「ええ、彼らが怖くて何にも言えやしませんでしたが、彼らに無理やりにお金を奪われたと、そう証明できるのでしたら、私は何でも、何でもやらせて頂きます」
涙ながらに手代の青年はそう言って頼むのでした。
そんな噂の酒場ですが、裏口はなんだか異様な雰囲気が漂っています。
上から下まで黒尽くめの明らかに雇われただけという見た目清潔とは言えない男がなにやら立て札を抱えて突っ立ったいて、そこにはこう書かれ。
『熱烈歓迎、配膳担当妙齢之女性募集中
熱烈歓迎、万揉事担当力自慢男性募集中』
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
なんとなく生暖かい笑みが浮かぶアリエスにウォル。
「‥‥あそこの裏口で受け付けているみたいですね」
そんな女装男性二人を置いて夕紀が裏口へとまっすぐに向かうと慌てたように追いかけるウォル、アリエスは仕事帰りな様子の婀娜っぽい女性が風呂敷包みを抱えながら出てくるのに気がつくとその女性を追って歩き出します。
「あの‥‥っ」
アリエスが声をかけた女性、話を聞いてみればもうけが減ることを渋る女性。
幾人かの話を聞いたところ、特に給料が良く、仕事自体もあまり大変なことはしなくて良いとか。
女性の一人に話をして、アリエスは内部へと入り込むのでした。
女性もそうですが、こっそりひっそり黒尽くめのお兄さんに熱烈歓迎で受け入れられたのは嵐山と御神村。
嵐山はともかく、御神村はそのがっちりとした体格と腕っ節に自身がある事を告げると、思った以上に喜んで飛びついて雇って貰うと、店の中は比較的自由に好きに回ることが出来るようになるのでした。
●ぼられたりぼられなかったり
「騙される男も悪いとはいえ、やはり放ってはおけんからな」
京士郎は酒場の前でそう呟くと御店を見上げれば、意外と出ている被害は物凄い金額を吹っ掛けられて証文を取られること以外はあまりなく、また喜び勇んでさんざん飲み食いをし、女性にちょっかいも出している事が分かり。
それでも一部では知らずに騙されている普通の人たちもいるわけで。
いかにも金を持っているとばかりの遊び好きな姿を装って来た京士郎に、呼び込みの男もこれはと思ったのかつつつと寄ってきてしきりに入店を勧めてきます。
「ふむ、では一切追加料金は無いのだな、見ての通りの‥‥」
そう言いながら軽く自身の姿に目を落としながらにと笑い続ける京士郎。
「‥‥貧乏者、それ以上は払えんぞ‥‥まぁ、商売女にも飽きていた所だ、案内して貰おうか」
大して掛かりません、と呼び込みの太鼓持ちに連れられて店に入ると、店に入って直ぐのところで数人と屯していた御神村と嵐山に気がつき目頭で合図をする京士郎に微かに頷いてみせる御神村。
「じゃ、ここは任せたぜ」
何かに気がついたようで立ち上がり素早く嵐山へと言うと、ぶらぶらとしてこようとばかりに立ち上がと、御神村はゆっくりと店の主人達の部屋へと向かい。
「‥‥」
辺りを確認して部屋へと滑り込み合図をすれば、天井裏から降りてくるのは鈴。
「何かあるとすればこの部屋か‥‥天井裏には何もなかったけど、後は床下か畳の下、、かな?」
鈴が言えば頷く御神村。
御神村は部屋の奥、床の間の辺りを見て回れば、鈴は畳の下を調べ始め。
「直ぐに出せる場所じゃねえとあまり意味がないからな」
消えるときにも手間が掛かる、と文箱がいくつも入っている中を一つ一つ開けて御神村が言うと、鈴は剥がした畳の下に何かが貼り付けてあるのに気がつき。
「この畳、普通の寄りもずっと軽いからもしかしてって思ったら‥‥」
見ればそこには『お得意様』と書き付けられた布と、そこに書かれた名前とその横の金額、住んでいる町名を見ると、どれぐらいならば搾り取れるかと言ったことが事細かに書かれているよう。
「こっちには証文がこんな束になるほど‥‥しっかしこの店に入ってまぁひどいとは思ったもんだが、ここまでたぁ‥‥」
御神村は証文を包みを鈴へと渡すと、鈴は再び天井裏へ。
「じゃあ、奉行所に‥‥」
「ああ、それだけでも十分だろうが、足りなきゃここにはまだまだいくらでもありそうだ」
頷いて送り出す御神村。
再び辺りを窺いながら廊下へと戻り黒服が屯す辺りへと戻れば、嵐山はちょうど男達を鴨って茶碗に賽で目を釘付けにしていたよう。
「首尾は上々だよ」
小さく嵐山へ伝えると腰を下ろして男達の負けっぷりを、御神村は眺めているのでした。
「あ、嫌、本当に勘弁して‥‥私本当に慣れていないんです」
必死にお客をかわすウォル、魅惑の香袋の効果がしっかりと効いているのか仕事を始めてからずっと、何とか逃げ切ってはいるもののそろそろ精神的に一杯一杯の様子のウォル。
「さてお仕事開始です」
そして、滅多に見られない夕紀のにこやかな笑顔で人目を引きつけているので、アリエスはそれこそ墨やお歯黒まで使い真っ黒に姿を変えて、帳簿の置き場所を確認。
通常の台帳には本来歌っていた値段しか書き付けていなかったのですが、主人ともう一人、この店を動かしている二人がいつも座っている辺りには、文机にもう一段、もう一冊の帳簿が突っ込まれており。
アリエスは通常の帳簿と日付などを確認して、同じ客を指し示している部分を数枚、こっそり抜き出してからその場を離れます。
アリエスが隠れて姿を女装した状態へと戻し戻ると、京士郎が見覚えのある人物を相手に酒を進めていたり。
「あれは‥‥」
緊張感の中にいたアリエスはその光景に思わずくすりと笑い。
「さて、次は軽く舶来物の酒を‥‥どうしたんだ君、体調でも優れないのかい? もっと近くに来て顔を‥‥」
「い、いえ私は‥‥」
「まぁいいじゃないか、さ、君も‥‥って、ウォっ‥‥‥ウォル‥‥?」
「へ‥‥? って京士郎さん何やってるんだよっ」
気まずげに思わず目を遠くへと泳がせる二人。
「お料理、とお酒のお代わりお持ちしました」
そこへ、普段ならあり得ないような夕紀の笑顔がひょっこり現れるのでした。
「お客さん、ちょっとこりゃ、悪質じゃあありやせんか?」
店の裏側、呼び出された一室で言うのはここの主人。
「俺はこれ以上は払わんと言って来たのだがな‥‥」
「あれっぽっちであんだけ飲み食いできるなんて本気で思っていやがったのかっ!?」
一人が京士郎の胸ぐらを掴み殴りかかると、あっさりと手で受けてその腕を捻り上げて突き倒し。
「がっ」
見れば嵐山と御神村もそれぞれ黒尽くめを殴り倒しています。
「な、なんだお前ら、雇われてたんじゃ‥‥」
「さて、兄さん方‥‥仁義をしらねぇ落とし前、きっちりつけてもらおうかね?」
「何を‥‥」
『町方の奴らだっ!』
雇われ浪人達が呻きかけたところを聞こえてくる声にきょろきょろ、そんなときに聞こえてきたのは鈴の声。
「ただいま〜」
「おう、お疲れさん」
「ここは奉行所の人たちに囲まれてるよ。ついでに逃げようとしてた外にいたおじさんも捕まったし」
「証文を抱えて逃げようとしていましたこの店の店主の一人も押さえてあります」
表の方は奉行所が既に押さえたのか店に入り込んでいた夕紀、ウォル、アリエスも合流です。
夕紀はすっかりいつもの無表情に戻っています。
「幾人かは自分から働いていたらしいけど、娘さんの半数は同じように証文などで脅しつけて働かせていたらしいな」
紅を拭いながら言うウォル。
「きっ‥‥貴様ら、こんな事をしてただでは‥‥」
言いかけた主人に、この部屋へと踏み込んできた奉行所の同心達。
瞬く間に混戦となりますが、一味とついでに食い詰め浪人達も捕らえられて引き出されていくと、後に残る指揮を執っていたらしき壮年の与力。
「しかし、改方よりの依頼で発覚したと承ったが‥‥」
「改方が尻尾を掴んだ悪党だが、こいつぁ奉行所の方が相応しいからな」
「‥‥」
暫し一同をぐるりと見回す与力。
「了承した。忝ない‥‥奉行にはしかと伝えることとしよう」
どこか厳つい顔に微かに笑みを浮かべて立ち去る与力と入れ違いに入ってくるユリアル。
「外は大変でしたよ、逃げ出すお店の人たちを止めておくのに手間取りました」
のんびりとした口調で言うユリアル、どうやら捕り物のお手伝いを外でして居たらしく。
「さて、早く報告を済ませてこよう」
京士郎が言うと店をぞろぞろと出る一行。
こっそり、京士郎のたっぷりと飲み食いした分は何事もなかったかのように忘れ去られていたのでした。
●全て世は事も無し?
「いくら問いつめても怯えたようになんにも言わないそうだ」
田村同心からその後のことを聞けば、恐らくあの辺り一帯の香具師が関わっているのかも知れないな、と頷く御神村。
たいした動きもないので切られたのかもなと話す横で、娘さん達や巻き上げられた善良な人たちへも奪われた物は返されたと聞いてユリアルもほっと息をつき。
追い詰められてどうにもならなかった人間が出る前だったこともあり、人々は日常へと戻れたのでした。