●リプレイ本文
●勝負前の光景
「ふはははははは、性懲りもなく来やがったか親父殿! また去年のように返り討ちにしてくれるわ!」
「ぬうっ! 今年こそ、今年こそはっ!!」
楽しいお祭りのんびりなお祭り‥‥そんな中、上がる二人の男の‥‥もとい漢の声。
氷川玲(ea2988)がずびしと指を突きつければ、大興奮で打倒を誓う金魚掬いの親仁。
「それにしても‥‥凄いな、この並んでいる小屋全部が生簀になっていて、金魚が放されているなんて楽しみ♪」
そんな中を平和にちょっと変わった金魚掬いだと信じてやまないアルル・ベルティーノ(ea4470)が、4件並ぶ小屋を見上げ、目をきらきらさせて眺めれば、湯田直躬がお祓いを、お店の前では直躬の育てるさららこと妖精のサラが巫女服を着て愛らしく踊っています。
「親仁さんの意気込みを受けて、俺も全力でお化け役を引き受けよう。宜しく頼む!」
「紅葉、一度お化け役というものをやってみとうございました」
湯田鎖雷(ea0109)が親仁に氷川と火花を散らして戻ってくるのに言えば、火乃瀬紅葉(ea8917)もにっこり。
「しっかし二度の敗北から懲りずに、また冒険者に挑戦してくるなんて、親仁もなかなかの冒険者だな!」
「おお、伊達にこの仕事を長年‥‥」
「こんな変則的なのはまだ2年目だろ」
感心したように言う加賀美祐基(eb5402)に胸を張り言いかける親仁ですが、そこに突込みが一つ。
見ればそこにはふんぞり返って怪しい笑みを浮かべる鷲尾天斗(ea2445)の姿が。
「むっ、貴様はっ!」
「ゲェァーハッハッハハハハ! 親父、いい加減普通の金魚すくい屋になれよ。今年もいいもん掻っ攫っていくがな!」
「くぅっ! おのれ、名物男めっ! 今に見ていろっ!」
「‥‥それは悪人の科白にございまする」
「むしろあいつの方が十分悪人っぽいけどな」
親仁から渡された包みを抱えた紅葉が困った笑みを浮かべれば、湯田も軽く腕組み。
「なんてたって俺には頼れる相棒太助君がい‥‥ない?」
勝ち誇った笑みの鷲尾が傍らを見れば何もなく、きょろきょろ見渡しても姿が見えません。
「あれ!? 太助君は何処に!?」
驚きを隠しきれない鷲尾に親仁は何故か、にたり笑って見せるのでした。
「たまには息抜きもいいわね」
外から聞こえる賑やかな声に笑みを浮かべるゼラ・アンキセス(ea8922)は小屋の中を見渡していました。
内部は足場もしっかりと用意されており、中には驚かせる役の休憩所、腰を下ろせる外に繋がる小さな潜り戸がある小部屋があり、内部に明かりが漏れないように作られているよう。
「凄いわね、これはかなり手がかかっているみたい」
ぱっと見たところ壁に柱をはめ込んでいるように見え、どうやら組み立て式のようで、燃やしさえしなければ再利用ができそうに思えます。
「さてと、準備は大体こんなところかしら」
そういうと、ゼラは手元にある釣り道具へと手を伸ばすのでした。
●同士討ち
「お兄さんでもお姉さまでもよろしいですよ。うふふ、よっていきません?」
湯田のお手伝いに来ていた烏乃宮秋水が呼び込みをする中、まずはお披露目とばかりに一般のお客さんを入れる小屋。
アナスタシア・ホワイトスノウが用意をした、怪我人などを収容できそうな簡易休憩所で掴み取りの勝負に挑む者たちは様子を窺っているのですが、その中でも既に待ち切れなかったりのんびりと楽しむことを目的として入った者もいるようで。
「ああ、中は真っ暗だからな。足元に気をつけるんだぞ?」
天堂蒼紫(eb5401)はそう声をかけながら妹の天堂朔耶と一緒に中へと入ると、はしゃぐ朔夜を見て笑みを浮かべ、お化け役が居ることを思い出したか注意深く辺りへと目を向ける天堂。
「朔耶はお化けの類は苦手だからな、気付かれないようにしないとな」
小さく呟く天堂に振り返り首を傾げる朔夜、天堂は笑って首を振ると再びどこからか漏れる蝋燭の明かりの中を、水を覗き込んで手を入れては楽しそうに笑います。
「まあ、俺の妹だけに、意外と物怖じしないところはあるが‥‥だが、俺の妹を脅かそうとする奴が居れば‥‥」
ふと視線を感じぎんっとそちらへと殺気だった目つきで睨め付ければ、ぱしゃぱしゃ小さな音を立てて現れたのは加賀美。
「うぉ! 真っ暗だ! 本当に何も見えねぇ! しかし落ちつけ俺、こういう時こそ落ち着いてアイツの真似を‥‥あ、あれ? ‥‥天堂? ‥‥朔耶ちゃん? ‥‥置いていかれたー!?」
相棒である天堂へと目を向ける加賀美は、あっさり先へ消えた天堂の後を慌てて追います。
と、そこへ耳に入ってくるのは小屋の中、水音で少しくぐもって聞こえる低い声。
「‥‥俺は、お前らを倒さねばならない」
向けられる殺気、足下の水の冷たさと相まって背筋を伝う冷たい汗。
「くっ‥‥天堂が言っていた‥‥目に頼るな、心の目で見極めろ、と‥‥そこかぁ!!」
声を上げ突っ込む加賀美の耳に聞こえた風切り音、そして一瞬にして白に染まる視界。
「‥‥あれ? お兄ちゃん、どうかしたの?」
「‥‥ん? ああ、加賀美が向こうで暴れている音だろう‥‥そんなことより、どれ、お兄ちゃんが何か捕まえてやろう。いい物が取れると良いな」
優しい微笑みを浮かべて妹へと返し水の中に手を入れてごそごそ、何やら油紙に厳重に包まれた、小さな包みを引き出す天堂。
どうやら妹と相棒では越えられない壁があったようで、ごぼごぼと何かを握り締めたまま生け簀に沈む加賀美は、発見したゼラと湯田に引き上げられるまで気が付かれなかったのでした。
●死闘
「っかしいなー‥‥どうも狭い気がするんだなよなぁ?」
初日の比較的平和な御披露目も終わり、二日目からは希望した一般人も含めての真剣勝負、それぞれが思い思いの時と時間を選んで挑む中、やはり掴み取りに小屋へと入ってきた氷川。
そして、4つ目の小屋への戸を塞ぐ石の壁に成り切っている湯田には気が付かず、今来たところを引き返す氷川、暫く引き返せば木の板を隔てて紅葉が白い着物に白粉を塗り、口元に血糊を指で塗ると頃合を見計らい、氷川の背後の壁にすっと立ち。
薄ぼんやりと浮かび上がる紅葉の姿を氷川の目がそのまま通り過ぎると、首を傾げて引き返して来て。
「おいてけー、おいてけー‥‥」
「‥‥‥うーん、もう一つ」
「‥‥」
どこか哀しげにじっとり見られてなんとなく気不味げな空間、ふよーっと鬼火の守秘火と世音火が壁の向こう側から回ってきて漂えば、かなりおどろおどろしく紅葉を浮かび上がらせ良い感じに。
「‥‥一般のお客様には受けがとても良うございましたのに‥‥」
「そらまぁ、本物だからなぁ」
人魂ではなくとも本物の鬼火、真っ暗闇に血糊の付いた白い着物のお化けと来れば、足元の水の冷たさと相まって評判を呼ぶのも頷けたり。
ですが氷川は暗いところで見るのに苦労はしないので、そこまでは驚かなかったようです。
「そうそう、親父いなかったか?」
「もう一つ前だったと思いまするが‥‥」
「やっぱり親父と直接勝負して勝たなきゃな」
にと笑って言う氷川、もと来た道を戻り注意深く辺りを見渡せば、細い道が途中から別れており、入って行くと上がる段、四隅に蝋燭が置かれた飛び飛びに板で作られた足場、そこに立ちはだかる親仁に‥‥。
「あ? お前、鷲尾んところの‥‥」
「わんっ!」
「ああ太助君! 貴様主人を裏切るのか!?」
氷川が最後まで言うより早く、強引に一直線に突っ切ってきた鷲尾が乗り込んでくると声を上げ。
「わん!」
どうやら太助君、『エレンさんの呆れと悲しみと怒りをその体に刻め!』とばかりに親仁のほうの助太刀へと回ったようで。
「俺は悲しいぞ!お前との友情はそんなものだったのか!」
「ばううっ!」
「一昨年も潰され、去年も潰され。その不撓不屈の精神に敬意を表する、が! しかし! 勝負を挑んだからには話は別だ、またしてもぼっこぼっこのけちょんけちょんにしてくれる、覚悟して首洗って待ってるんだな!」
「おのれっ、返り討ちにしてくれるっ!?」
気が付けば二組で向かい合い。
「ぐるるっ!」
太助君が唸りぐんと顔を捻れば一斉に消える4隅の蝋燭、複数の水音が上がると、ばしゃばしゃ手を突っ込んで、腰に括りつけたずた袋にしっかりとした魚の手応えごと突っ込む氷川。
「わははははは、早速大物の手応えだz‥‥ぐぼぁ!?」
不意にぐんと片足が引かれて顔面から水へと沈み込む氷川、もがき見れば奥の小屋へとかけていく親仁の後姿に足場に手を置いて気合で起き上がり。
「親父いぃいいっ!! 上等じゃねえかっ!?」
3の小屋の紅葉の前を駆け抜けて突き当たり、出口手前に辿り着くと、氷川はあからさまに狭いことに気が付いたのか壁を片っ端から調べ始め。
「しゃぎゃーっ!!」
「うぉあっ!?」
突如動き出す道を塞ぐぬりぼうに飛び退り、思わず手が出る氷川に位置をずらしながら逃れるぬりぼうもとい、まるごとぬりぼうを身につけた湯田。
「まともに食らったら流石に危険だ」
追ってくる氷川を相手にすたこら逃げるのですが‥‥。
派手な水音と共に頭から突っ込む湯田、氷川の突如目の前から追っていた対象が消えて足を踏み留めようとしますが。
「おわああぁっ!」
ぐんと足が何かに取られ、いきなり勢いよく逆さに吊り上げられる氷川に、じたじた暗い水中でもがく湯田。
「ぷはー‥‥がはっげほげほっ‥‥はぁ‥‥し、死ぬかと思ったぞ‥‥」
水を含んだまるごとぬりぼうから何とか脱出して身体を起こせば、隣の小屋からは悲鳴が。
「ふえぇぇん」
半べそをかきながら『おいてけぇ‥‥』と脅かす紅葉と鬼火たちのところで戦利品を入れていた魚篭を置いて逃げ出すお姉さん、近くに来たところで頃合を見計らい壁ではりせんを鳴らせば、一目散に湯田の誘導する出口へと駆け出していきます。
一方、2番目の小屋では飼い主と飼い犬の仁義無き戦いが繰り広げられ。
「さて‥‥何が出るかな、何が出るかな〜‥‥ぬおぉっ!?」
きらん、と輝く何かに身を捩って避けた鷲尾、すぐ側を太助君が凄い勢いですり抜けるのに、足場へ尻餅、胸元に手を当てて息を吐きます。
「太助君! 今のは殺る気満々だったね!?」
「がるるる‥‥」
次々と繰り出される太助君の追撃を拾ったものでぎりぎり交わし受け流す鷲尾、彼方此方で激突した板壁などが軋んだ悲鳴を上げたり叩き割られたりしながら、何とか足場の上で太助君を押さえ込み。
「まさかここまで強くなっていたとはな」
ふ、と無駄に格好つけようと手を緩めたのが敗因か『かぷ』と言う音と共に倒れ込む鷲尾、すぐに倒れてくる薄い板が一人と一匹の上に倒れ込み、一緒に目を回す太助君。
暫く後に親仁に引っ張り出された鷲尾は数々の攻撃を退けた埴輪を、太助君はなにやらかぷっと家内安全のお札なんぞを銜えていたりするのでした。
●更に来年?
そんな騒ぎの中一人平和に楽しげに、ランタンを持ち込んで水を上から覗き込んでは、小さいお魚を捕まえ魚篭の中に入れてにっこりと笑うアルル。
「あれ? これ何かな‥‥触った感じは‥‥」
不意に大きい包みが手に当たり、拾い上げると油紙に幾重にも包まれ濡れないようにしてある包、上から触った感じ、はっきりとは分かりませんが‥‥。
「布? 着物とか、にしては薄い気もするし‥‥」
んー、と首をかしげ腰に括りつけた魚篭とは別の籠に入れるアルル。
「お魚以外にも何かとれるっていってたし、それかな?」
首を傾げたアルル、ぬるっとするものが足の側を泳いでいくのにビクッと身体を強張らせると、ひた、と首に当たるつめたぁい感触。
「え‥‥ふぁ‥‥」
見る見る目に涙をためながら恐る恐る振り替えしますが、アルルの首筋に当たった濡れ布巾は既にゼラが釣竿で慎重に引き戻して隠してしまった後。
「だ、誰‥‥?」
半べそをかいてランタンを向ければ、ぼんやり浮かび上がる赤髪の女性の姿が。
「あ、あの‥‥っ!!!」
声をかけた瞬間、さらさらと崩れ落ちる姿をランタンがぼんやりと浮かび上がらせ悲鳴を飲み込んで固まるアルル。
『‥‥うらめし‥‥うらめしぃ‥‥』
「いっ‥‥嫌ぁ――っ!!」
止めとゼラが髪を振り乱し着物を身に着け顔を出すと、悲鳴を上げながら奥へと駆け出すアルル、泣き喚きながら雷を放ち2つ目の小屋を駆け抜け。
『おいてけー‥‥おいてけー‥‥』
「もう止めて――っ!」
スクロールまで取り出して泣きつつ唱えるアルル、気が付けば雷光を纏い駆け抜けて、湯田が脅かすまもなく外へと飛び出し。
丁度鷲尾と太助君を回収したあとの親仁を発見すると、泣きながら一直線に駆け寄って。
「親仁さん、可愛い金魚が採れるって言ってたじゃない!」
「ぎゃぁああぁぁっ!!」
可愛らしい女の子が胸に飛び込んでくれば嬉しいものですが、あくまでそれは通常の場合。
固まった親仁の胸元を、ぽかぽかと雷光をまとったまま叩くアルルの場合、親仁は嬉しいと考えるまでもなく。
「‥‥‥‥ふぇぇ‥‥あれ‥‥?」
突如倒れ込む親仁に、目に一杯涙を溜めきょとんとした表情で見下ろすアルル。
見れば親仁はぷすぷす煙を上げており、慌てて集まる一堂。
手当てを受け水を被れば、存外丈夫な親仁は目を覚ましほっと一安心、かと思いきや。
『みし‥‥ぴきぴき‥‥』
不吉な音、立て続けに受けた強い衝撃のためか揺らぐ4つの小屋。
すぐに激しい音を立てて片っ端から崩れ落ちていく小屋に、呆然と見つめる親仁。
そして‥‥。
「はっはっはっは。親父、今年も十分楽しませてもらったわ! 来年の更なる進化を楽しみにしてるぞ!」
氷川の高笑いと借りてきた七輪から漂う、なんとも食欲をそそる匂い。
ずた袋のおかげか逆さづりにされても魚も拾ったものも落とさなかったようで、魚を目の前で豪快に焼いて食べるつもりのよう。
「本当にびっくりしたし怖かったー」
言いながらほっと息をつくアルル、包みを開けて見れば浴衣が入っていて目を丸くして見たり。
「日が出なかったことが不幸中の幸いにございましょうか‥‥金魚すくい大火とかになっては、冗談では済みませぬゆえ‥‥」
「あー‥‥まぁ、なんだ、ご愁傷様」
紅葉と湯田が親仁を慰める中、見事に生簀の部分を除いて崩壊した様子の小屋を見ながらゼラはポツリ。
「撤収は親仁さん一人だとしたら、大変ね‥‥予定があるから明日からは手伝えないのだけど‥‥」
どこか気の毒そうな言葉に吹っ切れたのでしょうか、がばっと立ち上がる親仁。
「ら、来年こそはっ! 来年こそは負けないぞっ!?」
そんな中、簡易休憩所の片隅で。
『これからもよろしくな、太助君』
『わん』
突っ伏したまま飼い主と飼い犬はどうやら和解ができたよう。
ぎゃいぎゃい賑やかに騒ぐ中、あたりはやがて夕暮れ時の茜色に染まっていくのでした。