難波屋でお茶でも如何?

■ショートシナリオ


担当:想夢公司

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月05日〜09月10日

リプレイ公開日:2006年09月17日

●オープニング

「先生っ! なんとか‥‥何とかしてくださいっ! あっしは‥‥あっしは男になりたいんですよっ!」
「頭の中身は専門外故、他所に行け」
 暑かった夏は、暑いのか暑くないのか分からない日々を経て秋へと向かいます。
 詰まる所はまぁ、変わった人がなかなか増えやすいとでもいいますか、何かあったら医者に行けとばかりに妙な男が押しかけてきて、江戸の町でなかなか評判の町医者をしている出原涼雲は取りつく島もなく追い返そうとしたのですが‥‥。
「先生見てくんなきゃあっしは死んでしまいやすっ!」
「こう申してな、厄介事はぎるどに限ると思うて連れて来てみたのだが」
「‥‥‥‥いや、少なくとも変な方を引き取るところではないんですが‥‥」
 当たり前のことのように茶を出させながら言う涼雲に、深々と溜息をつく受付の青年。
「先生、一応医者に来るって事は何かあるんでしょう、せめて聞いてあげましょうよ」
「しかし‥‥頭の病なら私では‥‥」
「とりあえず事情を聞かせてください」
 さらっと涼雲の言葉を遮って受付の青年が聞けば、話を聞いてもらえると思ったその男性はぱっと表情を輝かせます。
「えぇっと、まず何で出原先生のところに来たのかは‥‥」
「はいっ、あっしとある人を見て以来もう、目は冴え心の臓がばっくんかっくん‥‥」
「か、かっくん?」
「まぁ、興奮状態を表そうとして呂律が回っておらぬようだな」
「んでもって息苦しくて何をやってもその人のことばっかり‥‥もういても立ってもいられずに仕事中もポカでくいで何度も指を打ち‥‥」
「いや、先にそれを見てもらいましょうよ、たぶんそっちの方が緊急度高いですよ」
「唾つけときゃ治る」
「こんなんじゃ仕事になりゃしねぇと思い‥‥」
「ほほぉ‥‥意中の人に思いを告げて男になろうと決心したわけですね」
「はいっ! あっしは決心したんです、あの爺様に弟子にして貰うんだって!!」
「‥‥‥‥は?」
 流れるように進んでいた会話が途切れる瞬間。
「‥‥‥‥まぁ、そもそも意思の疎通が出来ておらなんだしなぁ‥‥」
 もう何も驚くまいとでも言うかのように他のギルドの人間に茶のお代わりをもって来させながら生暖かく遠くを見る涼雲医師と、状況が飲み込めずに頭の上に疑問符を一杯浮かべている受付の青年。
「えー‥‥じ、爺様?」
「はい、もう引退したってって弟子を取らない大工の元棟梁がいるんすよ。あっしは水茶屋の難波屋で若い娘さんとのほほんと店先で茶を飲んで和んでいる、達人然としたあの人を見たときから、こう、あっしの師匠はあの人だと」
「‥‥すみません先生、ちょっとだけ、先生の気持ちが分かりました‥‥」
「しかしその茶屋にもし常連としているのだったらば、頃合を見計らって玉砕すれば良かろう?」
「ううう、その、声をかけに行くのが怖いんすよぅ〜〜一人で行けなんて、そんな殺生な、こう、恐怖感を忘れて突っ込めるようなそんな薬、先生ならあるんじゃないっすか?」
「そんな危ないものに頼るな」
 すっかりと疲れた様に肩を落とす受付の青年ですが、ふと首を傾げ。
「つまりはまぁ、一人で行かなければ良いってことですか?」
「む、む‥‥そう、すね‥‥弟子入りを頼み込む為に色々とお膳立てをしていただければ‥‥」
「ならばそれに付きおうてくれるような者の茶や酒代などは持ってやれば良かろう」
「そうですね、難波屋だったらきっとおきたちゃんも手伝ってくれるでしょうし‥‥」
 乗り込んできたときとは打って変わっておどおどとした様子の男性に、涼雲と受付の青年は顔を見合わせて溜息をつくのでした。

●今回の参加者

 ea0639 菊川 響(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2724 嵯峨野 夕紀(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea2988 氷川 玲(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea5794 レディス・フォレストロード(25歳・♀・神聖騎士・シフール・ノルマン王国)
 eb4757 御陰 桜(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb6573 坂田 銀時(33歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●落ち着きのない大工
「そんだけ喋れりゃ後は玉砕覚悟で突撃すればいいものを‥‥まあ、それでどうなるかは知ったことではないのだが」
「そ、そんなぁ」
 氷川玲(ea2988)が笑って言うと情けない声を出す男性。
 取り敢えず手当を涼雲にして貰い手に包帯をまだ巻いてはいるものの、怪我自体も大したことはなさそうです。
「あぁ、でもわかるわかる、どきどきして頭真っ白になるよな〜」
 頭を抱えて居る男性に笑って言うのは菊川響(ea0639)。
「そうなんすよ、玉砕と言ってもそれ以前にこう、ぱーっと頭ん中が白くなっちまいやして、そもそも近付くことすらもう」
「思い切って当たるにも想いが強けりゃ強いだけ、全部を出し切りたいもんだよな」
 頷く菊川に、分かって貰えやすかっ! などと百万の兵を与えられたかのようにぱっと表情を明るくして菊川の手を握ってぶんぶん振ってみたり。
「はじめ聞いた際には恋の悩みかと思いましたが、弟子入りでしたか‥‥」
 ほう、と紛らわしい物言いに勘違いしてしまいました、と鋭く冷たい口ぶりで嵯峨野夕紀(ea2724)が言えば、固まって恐る恐るに夕紀を見る男性、夕紀が溜息一つ付いて協力しましょうというのにほっと胸を撫で下ろし。
「奢って貰える上に報酬まで貰えるなんてほーんといい依頼よねぇ。何頼もうかしらね♪」
「ともかく、まずはご自分のお気持ちを文字として書き記してみる事から始めましょうか」
 御陰桜(eb4757)が楽しみだとばかりに愛犬・桃と愛猫・虎の介を撫でれば、紙と筆を涼雲からふんだくってきたのでしょうか、レディス・フォレストロード(ea5794)が男性の前に紙を置きにっこりと笑います。
「む‥‥我ながら汚ねぇ字だなぁ、おい」
「取り敢えずは書き出して行くことから始めましょうね。慌てずまずは伝えたいことや、思ったことなどを書き出していけば、実際に話すときに焦ってもどこか頭の片隅に残りますからね」
「へぇ、頑張りやす」
 難しい顔をして紙に筆を走らせる男性を見てから、一同は難波屋へと向かうのでした。

●難波屋での再会
「棟梁のお爺さん、ですか? あぁ、あのお爺ちゃん」
 氷川が元棟梁について話を聞けば、にっこりと笑って頷くのは難波屋おきた。
「ああ、好みとか仕事の話しはしたかとか‥‥もし話すにして、仕事の話が嫌いじゃあ、話題にだせねぇしな」
「それでしたら大丈夫ですよ。昔の仕事のこととか、引退してから手を入れたときの話を聞かせてくれますし」
「実はその御人と引き合わせてやりたい人がいてね」
「はぁ‥‥お爺ちゃんにですか?」
 菊川が言えばきょとんとした様子で首を傾げるおきた、そこに頼んだ茶と菓子を待っていた桜が顔を出して。
「そうそう、おきたちゃんも協力してくれないかしら?」
「あら、桜さんもお爺ちゃんに用があったんですか?」
 首を傾げるおきた、既に桜は早い時分から難波屋へとやって来ていろいろな飾り物や人気の反物、帯の形に仕立てなど、いろいろな話で盛り上がっていた仲のようで。
「どうしてもその元棟梁さんに弟子入りしたいって、こう言う人がいてね」
「そう言うことでしたら、私にできることがあったら言ってくださいね」
 にっこり笑って言うおきた。
 とりあえずはと棟梁が来る時間などを尋ね、棟梁自身にそれとなく会わせて貰うように頼んで、昼下がりからやって来るというその棟梁を待ち構えることにした一行。
「おう、おきたちゃんいるかい?」
 難波屋でいろいろと旨い肴やちょっと気の利いた小鉢やらのもてなしを受け、ちょうど氷川におきたが自慢のお酒をお酌して味を見て貰おうとしていたときのことでした。
 小柄に見える身体でとても身軽な身体裁き、老人がひょいと入ってきたのに釣られるように入り口へと目を向けた氷川ですが‥‥。
「あ‥‥? 確かあのときの親方!?」
「お? おお、あの襤褸屋敷を建て直したときの、冒険者の兄さんじゃねぇか。どうした、おめぇさんもこの店の常連だったのかぃ?」
「‥‥氷川殿、知り合いか?」
 久々の再会に互いに驚いている様子の2人、不思議そうに菊川が聞けば、頷いて振り返る氷川。
「前に受けた仕事でちょっとな」
 言えばなんだか大工仕事の話になり、棟梁と盛り上がる氷川。
 過去に冒険者達で新婚夫婦が叔父から受け継いだという見た目だけが立派な屋敷を、見た目通りのしっかりとした屋敷に修理して欲しいと言う依頼。
 体面をやたら気にする親戚達の嫌がらせで大工を入れられない新婚夫婦が棟梁に助けて貰い、冒険者達にも助けを借りた時、氷川が棟梁と一緒に中心となり修理していったことがあり、棟梁の腕と経験から来る知識は実際素晴らしいものとよく知る氷川。
「なんだかとっても楽しそうですね」
「あの様子なら口利きぐらいは出来るんじゃないかしら。あ、おきたちゃん、そのお饅頭はこっちよ」
 会話にも熱を帯びる元棟梁と氷川を見ながら笑って話すおきたと桜。
「おきた殿はその屋敷の場所とか、ご存じだろうか?」
「ええ、それはもう、場所を覚え込むぐらいお話を聞かせて貰いましたから。このお代わりを運んだら、場所を教えますね」
 菊川が聞くと、おきたは頷き。
 菊川と桜はおきたに屋敷の位置を描いて貰いながら、酒を飲みつつ更に言葉に熱を帯びていく氷川と元棟梁を眺めているのでした。

●何事も気の持ちよう?
「へぇ、ここが本当にそんなにぼろぼろだったのか? 想像が付かないな」
 おきたに教わりやって来た屋敷、そこの主人は可愛らしい赤子を抱きながら出迎えると、屋敷内を見たいとの言葉を快く受けて、自由に見て回ることを許可していました。
「大工仲間では結構有名な人でしてね、あっしもあの人のように板を張るときに寸分狂わずぴたりと収まり木槌で打ち込むことがないのにしっかりと組み合う、そんな仕事の後を見てから、この人だと思い極めておりやしたが‥‥」
「既に引退していた、と言うことですね」
 夕紀が言えば頷く男性。
 氷川と元棟梁が最高の仕事をした、と自信を持って言うその屋敷と、そして離れには所々拙く見える場所もありますが、機能的でしっかりと作り上げられていて。
「棟梁と氷川殿の指示で、ほぼ冒険者達だけで直したなんて思えないなぁ」
 時分が褒められたかのように嬉しそうな男性に、何度も頷いて言う菊川、主人の住めば住むほどにしっくりとしていく家が本当に嬉しいのだとか。
「まぁ、ちゃきちゃきと気が短い人のように見えますけど、とても良い方ですよ」
 そんな言葉を聞き、茶を振る舞われてゆっくりと仕事ぶりを改めて確認してから、一行はその屋敷を出るのでした。
「明日は難波屋で宴会が開かれることになりました。少し早いですけど、お月見でも、と言うことですね」
 レディスが言えば、緊張した面持ちで共に清書した言いたいこと・伝えたいこと・熱意を書き出したものをきゅっと握りしめ、真っ青な顔色で小さく震える男性。
「はぁ、そうですね‥‥はい、これ」
「な‥‥なんでやすか、これは‥‥」
「お守りですよ」
「お守り‥‥?」
 レディスが差し出した小さなお守り袋を受け取って首を傾げる男性に、にっこりと笑って頷くレディス。
「それを今夜は枕の下に置いて眠ってくださいね」
「へ‥‥こいつを枕に?」
「はい。枕を通して一体となったそのお守りはエンという魔力を持ち、持ち歩けばご隠居さんを目の前にしたときに頭の中に湧く真っ白を吸い取ってくれますよ」
「ほ、ほんとうでやすかっ!?」
 手の中のお守りをじっと見つめた男性、そのお守りを抱くようにぎゅっと持つとがばっと頭を下げて。
「ありがてぇ、本当にありがてぇこの通りだっ!」
「あ、でも、お約束ではありますがお守りの中身を見てはいけませんよ」
「へぇ、お守り袋を開けて中身を見てしまえば御利益がなくなるってぇのは良くある話でやす、このお守り、大切に使わせていただきやす」
 お守りと紙の束をしっかりと握りしめると、男性はレディスにもう一度頭を下げるのでした。

●頑固棟梁とうっかり大工
「はぁ〜良いお月さんねぇ〜」
 難波屋で用意された料理やお団子にほうと息をつくと、桜はお茶をのみのみ窓から月を眺めています。
「もう満足ねぇ」
 桃と虎の介と共に難波屋でいっぱい美味しい物をごちそうになり、のんびりと寛ぎながら桜が宴会の中を見れば、どうやら依頼人が覚悟を決めて元棟梁の元へと歩いていく姿が見え。
 元棟梁はこういう宴会は嫌いではないようで楽しんでいる様子、表向き、少し早い月見の宴というのに、氷川やおきたが誘うのもあってか喜んで参加を承諾してくれたよう。
「大丈夫、深呼吸して‥‥頑張れ♪」
 菊川に後押しされて氷川が話す機会を用意してくれたのを見計らい棟梁の前に座ると、少し挙動不審に目を彷徨わせるとお守りをぎゅっと握りしめる男性。
「あ、あっしは‥‥」
「おう、なんでぃ?」
「あ、あっしを男にして下せえっ!!」
「それじゃ同じだろうがっ!!」
 がばりと頭を下げて意を決して声を振り絞り発した言葉に思わず突っ込む氷川。
 一瞬静まる宴ですが、直ぐに何事もなかったかのようにがやがやと賑やかな席へと戻り。
 目をぱちくりさせた元棟梁に、あわあわとした後に、慌てて懐から紙の束を引っ張り出すと向き直って弟子にして貰いたい旨を一生懸命に頼み込む男性に、漸く自体が理解できたよう。
「棟梁、こいつ俺の弟分なんだが。一発鍛えてもらえねぇか?」
「ふむ、儂ぁ既に引退して久しい、現役の棟梁の元で学ぶ方がなんぼか身になるんじゃねえのかい?」
「む、昔の仕事を見せていただき、あっしの師匠はじ様を置いて他にはねぇと‥‥」
「現役引退は仕方ないにしても、頭として引退するにゃ早すぎるって。どうだい? やってみてもらえねぇか?」
 ひたすらに頭を下げまくる男性と、にやりと笑う氷川、そして見回せば固唾を呑んで見守る様子の菊川とレディス、そしておきたに気がつくと緩く息を吐いて笑う元棟梁。
「しょうのねぇ‥‥おう、んなおどおどしてんじゃねえ、覚えるこたぁいくらでもあるが、まずはそのびくびくした面ぁなんとかしねえとな、おい」
 一つ膝をぱんと叩いて言う棟梁に、言われた言葉が一瞬理解できず目をぱちくりさせた男性。
「おう、教わりたくねぇってんだったらかまわねぇよ? んな泣くんじゃねえ、折角のうめぇ酒が台無しになるだろうがよ」
「は、い、いえ、是非、是非お願いしやす!」
 目元をごしごし擦ってから、ほっとしたように息を吐く男性に、肩をぽんと叩いて笑う菊川。
 満月にはまだ居たらぬ、それでいてまぁるく明るい月が、そんな様子をまるで微笑ましく見守っているように照らしているのでした。