厳しい世の中
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■ショートシナリオ
担当:想夢公司
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 52 C
参加人数:6人
サポート参加人数:3人
冒険期間:10月08日〜10月13日
リプレイ公開日:2006年10月19日
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●オープニング
「おらぁ‥‥おらぜってぇ医者なでおとぅやおかぁ、ばっちゃや村長さ見てやるだで、待っててなぁ」
「都会は恐ろしぃ所だで、まんず身体さ気ぃつげでな」
『頑張でなぁ〜〜!』
夏が駆け足で去っていくとある山中の小さな村での、そんな光景。
村人総出で見送られた小さな村の、優しい風貌をした若者の顔は希望で輝き、先に医者へ紹介してくれる人間への支度金とは別に、村人たちが爪に火を灯し作ってくれた旅費を大切に胸に押し懐きながら、畑仕事で鍛えた足で、軽やかに、江戸へ――。
「は? そんな医者おらんぞ?」
「つーかねぇ、こんな裏長屋にそんな立派な医者が構えてる訳無いのは見りゃ分かるだろ?」
「なにぃ? 先に村総出で作った支度金を渡してある? あー‥‥そりゃ、なぁ‥‥」
「‥‥詐欺か、哀れな‥‥」
村で珍しい、自力で収めた拙い文字でしるした町を訪ねれば、そこは貧しい者たちがひしめく裏長屋。
井戸端していたおかみさんや背中に赤ん坊背負ったやもめの浪人、気が短そうな大工や無口な職人に囲まれて、事態を理解できない様子の村から出てきたばかりの純朴そうな若者。
「え‥‥そんの、異国さ行って学んできた言うお医者様さ、おらぁ、尋ねてきたで‥‥先に、村でみんなぁ出してくれた金さ、渡して‥‥」
徐々に小さくなっていく言葉、泣き出しそうな顔。
「だっど、おらぁ、医者になって帰らねば‥‥」
「なんでぃ、医者医者って、そんな医者が偉ぇもんかぃ!」
「だっど‥‥おらの村、医者いねぇから、怪我ぁしても、病気さなっても、祈るしか出来ねで‥‥だっから、おらぁ‥‥おらぁ、医者になるためさ‥‥」
そこまで言って、隅っこで荷を抱えて絶望したのかえぐえぐ泣き出す若者。
「あー‥‥そりゃ悪ぃこと言った。けどなぁ‥‥」
「あたしらじゃ、大家さんにここにおいて貰えるように頼んでやるしか出来ないしねぇ‥‥」
「‥‥」
「おい、お前もなんか言わないか」
「‥‥‥‥多少金があるなら、貧乏籤を引く人間を、よぅく知っている‥‥」
無口な職人がぼそりと言えば、視線は彼に集中。
「‥‥ギルドに行ってこういう男を指定して、今の話をしてみろ。その間に、ここに置いて貰える様、大家に掛け合ってやろう‥‥」
ぼそぼそ言う職人の言葉を涙目で必死に聞き取って頷くと、長屋の人達に荷を預けてギルドへと向かう若者。
「‥‥と、言うわけで、おらぁ‥‥」
「‥‥‥‥‥あんの野郎ぉ‥‥」
若者を前に、卓に突っ伏しているのは冒険者ギルド受付の青年。
貧乏籤を引くとは彼の事だったらしく、その職人と受付の青年はどうやら旧知の中のよう。
「おらぁ、何とかして医者になって戻らねぇどいけね。なんとか、なんとかお医者様さ紹介して貰いてぇだよ。おら、なんでもするだよぅ」
おいおい泣き出す若者にギルドを訪れる人達の視線が集中し、あわあわと右に左にうろたえて宥める受付の青年は、深々と息をつき。
「お金を騙し取った人をどうこうって言うわけじゃないんですね?」
「おら、お医者様のところさ弟子入りして、仕送りをほんのちょびっとさえ出来だら、おら、頑張るだで‥‥済まんすがお願ぇしますだ」
ぺこぺこ涙を浮かべつつ頭を下げる若者に、どこか途方にくれたように溜息をついた受付の青年は、やがて諦めたかのように依頼書に色々と書き付けていきます。
「じゃあ、私よりも顔の広い人達に、いくつか可能性がありそうな人を挙げて、上手く弟子を取るという言葉質を取ってきて貰えるように頼んでみましょう。弟子になってからは、貴方の頑張りですよ?」
「頼んます、おら、頑張るだで、この通り‥‥」
受付の青年の言葉に、手を合せて拝むように若者は頭を下げるのでした。
●リプレイ本文
●依頼人
「世の中厳しいことだらけですね」
「すったら身も蓋もねっだすよぅ〜」
壬生桜耶(ea0517)の言葉にうじゅうじゅと涙目で見る依頼人。
一行はとりあえず裏長屋の空いていた一軒に転がり込むようにしておいて貰えることになった依頼人の新たな部屋に集まり、受付の青年が候補に挙げた医者たちの情報を確認していました。
「俺は出雲先生を推すかな。腕良し、何より改方の信頼厚いなら良い人だろ」
「んーむ、良い人かはおいといて、悪い人じゃないじゃん?」
ウォル・レヴィン(ea3827)が言えば、くいっと首を傾げて言うレーラ・ガブリエーレ(ea6982)、レーラは改方に普通に出入りしている冒険者の1人のため、涼雲医師ののことを知っているので間違いないことだけは保証します。
「ふ〜む‥‥しかしどうしたものですかねぇ」
「わたくし達も協力いたしますから頑張ってくださいませ。わたくしとしては是非立派な医者になって貰いたいですわ」
手分けして調べるしかないですかね、そう言う筑波瓢(eb3974)に少し考える様子を見せる七神斗織(ea3225)。
「皆様が調べられます間に、わたくし、医者として必要な基礎をお教えしようかと思いまして」
「おらぁ‥‥おら、頑張るだで宜しくお願げぇしますだ」
斗織の言葉に依頼人は頭を下げるのでした。
そして、一刻程のち。
「つっ‥‥次、おねげぇすっす」
「駄目ですよ、包帯がこれでは弛んでしまいます。もう一度」
「こ、ここはこう‥‥」
「それでは血の流れを堰き止めてしまいます。もう少し、きちんと巻けるようになれば、少なくとも弟子入りの時点で何も出来なければ断られてしまうかも知れません」
「‥‥う、うう、頑張るす‥‥」
泣きながら包帯の巻き方や傷口の洗い方などを教わり一生懸命に練習する依頼人。
斗織はそんな依頼人に出向いた先での酷い怪我人の様子などを語って聞かせ、心構えを説いて聞かせるのでした。
●三人の医者
「すみません。今度この近所に越してきたのですがあそこの鋼泉医師って腕は良いんでしょうかねぇ? いや、私見ての通り体が弱いもので」
「あー‥‥あそこねぇ‥‥」
瓢が萩杜鋼泉の事について付近に聞き込みをしてみると、カッコワライ、等という記号が付きそうな、生暖かい笑みを浮かべて口を開く近所のおじさん方。
「俺なら、いかねぇなぁ‥‥腕がどうかは置いて置いて、風邪ぇ治して貰って身ぐるみ剥がれちゃたまんねぇ」
「言われた金を払おうとして渡した金で、釣りは絶対ぇ返さねぇしな」
「‥‥いえあの、骨接ぎが得意、とかどこかで聞いた気が‥‥」
わいのわいの言うおじさん方、何だかちょっと楽しそう、笑いながら探りを入れる瓢ですが、骨接ぎ、と言う言葉が出た途端にぴったりと止まる一同。
「あんた、本気で言っているのかい? いや、良いんだがね、風邪とかちょっとした怪我なら良いけれど、骨接ぎは本当に高い上に、その、ねぇ‥‥」
「それだけは行かない方が、あんたの身の為だよ」
「正直なところ、怪我や病なら、高いが普通、だと思うが‥‥」
なんだか途端に微妙な雰囲気に支配されるその場に、困った笑顔を浮かべて聞いている瓢。
「実際の所はどうなんでしょうか‥‥評判は、普通の治療なら普通‥‥よく分かりませんね」
笑いながら言う瓢、実物を見てみましょうかねぇ、等と暢気に言う彼は、この後死ぬほど後悔をしたとか。
「な! なんだってー!?」
藍采和(eb7416)の叫び、何やらどこから来たかも分からない手紙を握りしめて感涙に咽ぶ采和に怪訝な視線が集中する中、にと笑いながら目の前で目を瞬かせている初老の男性。
怪訝そうな顔で見ていたその男性、雲村成岳斎医師にくるりと首を回してみると、口を開く采和。
「と、言うわけでー‥‥ええ手がかりを手に入れたんですが、どうですやろ? 『温泉療法』、至高の温泉で療養なんぞ‥‥」
「いや、温泉は好きじゃが、儂ンとこは温泉に療養に行くよりは温泉でおねーちゃんと遊ぶ方が喜ばれるんじゃがな?」
あっけにとられている成岳斎医師の返事に、『骨折や切り傷やから』と言いかけた采和ははたと止まり。
「温泉、ええですやろ?」
「療養目的はこの際どうでもええのじゃが、儂ゃ若いおねーちゃんが待ち構えててくれるんじゃったら行くぞえ?」
何だか別の方向で乗り気なおじー様、因みに中年町医者・萩杜鋼泉は『タダか?』を連発して会話にならなかったそう。
「ふむぅ、温泉‥‥湯煙に若いおねーちゃん‥‥」
いつの間にか脳内で色々と違う方向に補完していってしまった様子の成岳斎医師、温泉へと案内する方向には何だか乗り気のようなのでした。
「ご禁制ではないものの、人に話せない薬を調合‥‥どのような薬なのでしょうかねぇ‥‥」
考え込む様子を見せる桜耶、成岳斎医師の元を尋ねていけば、ただいま温泉について何やら語り合っているらしき采和と成岳斎の姿が。
そして、2人の話が終わるまで苛ついたように待っている血気盛んなお兄さんからお爺さんまで、完全男性のみのその診療所内に、何とはなしに首を傾げ。
「‥‥人に話せない薬とはどんなものなのでしょう‥‥?」
兄さんなら飛びつく類ですか、等と小さく呟く桜耶の目に入ってくるのは、何やら艶めいた仕草の女性と男性が寄り添う絵にでかでかと書かれた艶やら淫やら愛やら‥‥何とも言えない微妙な熱気にぐるりと中を見渡す桜耶。
「‥‥この中で、彼はやっていけるでしょうか‥‥?」
評判を聞いて、医者自体が怖いわけではないのを確認しているため、奥へとは一滴声をかければ、何やら上機嫌な成岳斎医師。
「ほほう、今日はまた初見のお客が、しかも若い兄さんじゃの。まぁまぁ、こいつをお試しで持って行きなさい。これ無しではいられなくなるぞい」
にまにま笑って薬の包みを2包握らせる老人を前に、桜耶はちょっと駄目かも知れないですね、とこっそり思うのでした。
●高飛び阻止
「田舎から医者になりたいという若者が‥‥詐欺、なぁ」
前にあったときとは打って変わり、すっきりとした浪人姿に編み笠でやって来た凶賊盗賊改方同心・田村吉之助に相談を持ちかけたウォル、事情を話せば考えるように口元に拳を当てる田村同心。
「単に闇雲にこの長屋を指定したって訳じゃないだろ。だから、ここら辺りに土地勘があると見たんだ」
「確かに、江戸のことを実際には良く知らない者に言うならば、全くの出鱈目を言っても問題ないだろうに‥‥」
「村の人々がやっと貯めたお金を騙し取るなんて許せない。でも、それよりも立派な医者になる事を優先させるって言うのは、なかなか言える事じゃないと思うんだ」
ウォルが言えば口元に笑みを浮かべる田村同心。
「では、その者の特徴を詳しく聞き取り、少し捜してみよう」
「有難う。あ、あともう一つ‥‥弟子入り先を捜していて、もし出来たら出原先生に頼んでみたいと思うんだけど‥‥まずは会って貰えないとと思って」
「だな。雇ってくれという紹介は無理だが、面会の手筈ぐらいならなんとか‥‥与力の津村さんに相談してみよう」
「そうして貰えると助かるな」
「何、仕事とはいえ助けられたことがある。やばい事じゃなけりゃ言ってくれて構わない」
後で人相書きを持ってこようと約束して立ち去る田村同心。
それを見送り依頼人が居る長屋の部屋へと向かえば、大分手際が良くなった包帯巻きに真剣な眼差し。
「後はもっと綺麗に字を書けるようにしていきましょうね。少し休憩をいれてから書き取りに移りましょう」
「は、はい」
頷いてきちんと使った包帯を戻してしまうと、その巻き方を確認するかのように真面目な表情で手を動かす依頼人を横目に、ウォルが斗織に話を聞いてみれば、辛抱強くて凄く器用というわけではなくとも確実に覚えていこうと頑張るそう。
「学ぶ姿勢も良いですし、物覚えも良い方ですわ」
教え甲斐のある若者に斗織もどこか楽しそうに言うのでした。
「あぁ、そいつなら、一時期この近くに住んでたが、暫く江戸から姿を消してたな、借金踏み倒して逃げて」
長屋の人間に手に入れた人相書きを見せて聞いてみればこの近くにある所に住んでいて、と言う話をしてくれるやもめのおじさん。
「あら、あたしそいつを最近見たよ」
「本当か?」
「うん、何だか景気良さそうに若い女連れて暴れてたもん、間違いないよ」
「それはどこで?」
「えーと‥‥この間見たのは、そうそう、江戸の郊外の叔母んちに行ったとき、そこの宿に入っていったから‥‥」
場所を聞いて田村同心と急ぎその場所へと向かうウォル、おかみさんの言った宿を暫く張っていると、人相書きそのままの男が荷を背負って上方へと向かう船着き場へと足を運ぶのを見て駆け寄り。
大暴れするものの、簡単に取り押さえることが出来た男を引き立て田村同心に絞り上げて貰えば江戸から逃げている間に幾つか医者だと嘘をついて金を巻き上げたこと、纏まった金が手に入るのではと若者の村を騙してお金を巻き上げたことを認めます。
「少し目減りはしてしまったようだが、これを支度金に足場を固めることが出来そうだな」
ウォルはお金の入った巾着を大切に抱えて、依頼人が斗織に教えを請うている長屋の部屋へと足取りも軽く向かうのでした。
●死ぬ気で頑張れ
「なんぞ、けったいな‥‥」
そこまで言いかけて笑って良いのか呆れて良いのか分からないような顔をするのは、近頃評判の出原涼雲医師。
涼雲の前には顔だけが不思議というか不気味というか、かっくりと傾げていると言うにも無理のある角度に傾げた瓢と、あわあわと引っ張ってきたレーラ。
「な、な、何とか治して欲しいじゃん? 凄く凄く痛そうじゃん〜〜」
見ていて怖いのか半泣きになったレーラに腕を掴まれて笑うのは辞めたらしい涼雲、思い切り呆れたように溜息をつきます。
「寝違えたのを治せと言ったら、こうなってしまいまして」
「寝違えたのが何で顔を真横に傾げる形となったかが分からぬのだが」
忙しい合間にレーラが駆け込んできたときの慌てように余程急患が、と身構えた様子の涼雲、少し休憩を取ることに決めたようで、まじまじと瓢の様子を観察していたり。
そんな中、田村同心を伴って面会の希望と取り次ぎを願う津村与力の書状が届くと、ひとまず先に面会希望の人間を優先することにしたよう。
「先に治してくれないのですか?」
「死にはせん、少し待っておれ」
言って通せば、田村同心の案内で奥へとやってくる一行。
「まずは挨拶として、こちらを‥‥」
そう言って最近評判の甘さ控えめの餅を包んで差し出すウォルに、ちらりと田村同心を見る涼雲。
「こちらの書状により、其方と面談し話を聞いて遣って欲しいとのこと。御用件を伺おう」
「は、はい、お、おら、医者になるためさ江戸さ来ましたす。どうか、弟子にしていただきたくこうして伺ったす」
平伏して言う若者に物といたげにぐるりと見回せば、斗織が医者である事、事情を説明し是非弟子に取って欲しいと伝えます。
「短い期間ながら多少の事は教えました。弟子見習いからで良いのでお願い出来ませんでしょうか?」
「しかし、物にならぬやも知れぬ、怒鳴られれば逃げるやも。その時にいちいちと構うことも出来ぬし、万が一唆され道を外れぬとも限らぬ」
「村の思いを背負ってやって来た。そして、寝る間も惜しんで出来ることを一生懸命学んでいる。逃げることも道に外れることもしないと俺は思う」
ウォルが言えばじろじろとそこまで見通すような鋭い目つきで依頼人を見る涼雲。
「改方も色々忙しそうだ。江戸も化狐やら大火と色々あって政情不安、これからも忙しくなるだろう。人手を増やした方が良いんじゃないか?」
畳み掛けるように言うウォル。
「出雲先生の人柄と腕を見込んでお願いする」
頭を下げ言うウォル、暫く幾つかの問答を繰り返すも粘るウォルに緩やかに息を吐き扇で口元を抑える涼雲。
「あ、そうだ、瓢さんので慌ててて忘れてたーあ、これお土産じゃん。患者さんたちにもあげてください〜‥‥一個食べて良い?」
レーラが声を上げて出すのは、甘そうなお団子。
「‥‥‥なんだか力が抜けたな。良い良い、食え食え」
ぱたぱた扇で扇いで言う涼雲、顔馴染みだからこそ許される傍若無人ぷりかも知れませんが、低く笑うと涼雲は再び口を開きます。
「給金は最低限必要な物、日々の食、そして住家以外の物は国元へとそのまま送る。逃げたら二度と受け入れぬ。それを条件に、うちの家人より基礎を全て叩き込まれるそれに耐えられたら見てやろう」
「は‥‥はいっ! おら、頑張るす!」
目に涙を浮かべて頭を下げる依頼人に、良かったですね、と肩をぽんと叩いて笑顔を見せる斗織。
「千里の道もまずは歩みださなければ辿り着かず。またどんなに歩みが遅くても目的地をしっかり見据えて歩けばいつかは辿り着くもの。頑張ってください」
「あ、有難うす‥‥その、首がなければ、凄く、有難いんすが‥‥」
「気にしないでください。これは俺が丹精込めて作ったお札です。これをもっていれば良い事があると思いますよ」
「‥‥なんだか、呪われそうじゃん‥‥」
顔が真横を向いている瓢に御札を渡される依頼人を見て、レーラが思わずぽつり。
「そうそう、わしも良い話が‥‥たまに俗世間を離れて湯治にいきたいと思いますやろ? 病気の人らもおんなじや」
「いや、付き合いもあり良い湯治場があるにはあるのだ」
采和が言う言葉に応える涼雲。
「ほほう? そこの湯は‥‥」
「傷の治りが、な‥‥」
「温泉ですか、それは江戸から近いのですか?」
「ああ、1日ほどの所にある。日帰りでは厳しい場所だが、数日滞在するだけで傷の治りは格段に違うぞ」
何やら薬の包みを依頼人へと渡していた桜耶がふと顔を向けて聞いてみれば、涼雲は頷いて。
「医者になるなら、普通の人が見たら吐き気を催すような怪我とも向き合わねばなりません。挫けそうになったら貴方を信じて送り出してくれた村の方達の事を思い出して頑張ってください」
「おら、頑張るす‥‥このご恩は一生忘れねす」
御札を、薬の包みを、そして激励を受けて、依頼人は涙ぐんで何度も何度も礼を言うのでした。