●リプレイ本文
●早田同心
「早田の兄ぃも大変だ! 火付けなんてわるいことするやつは御用じゃん!」
「おう、レーラは気合が入ってるなぁ」
レーラ・ガブリエーレ(ea6982)が腕をぶんぶんぶんと振りながら言うのに笑う早田同心、それを見て溜息を付くのは天風誠志郎(ea8191)です。
「早田殿は些か暢気な‥‥」
「まぁ、信頼置ける人達が来てくれたしな、楽勝と言えば何を悠長なとも思うだろうが、頼もしいと思えばこれほ‥‥」
「いや、その事でもなく‥‥」
「それはともかく、俺はお前の護衛へと回ることにしよう」
「あ、俺様も俺様もー!」
山下剣清(ea6764)とレーラの言葉にきょとんとする早田は窺うようにジェームス・モンド(ea3731)へと目をむければ、にかっと笑うモンド。
「血や火を好む凶賊の上、早田殿の身も危ない様子、それを聞いたとあっちゃあ、放っておくわけにはいかんからな」
「‥‥‥‥俺?」
「為吉の弟を捕縛したと聞きやしたぜ?」
「‥‥ぁ」
御神村茉織(ea4653)の言葉に漸くに自分が狙われる可能性に思い至った様子の早田は、参ったなとばかりに頬を掻くと懐から数枚の人相書きを取り出します。
「そういえば奴の身内という男はいたが、そうか、気をつけろと言われたのはその所為か。とりあえず、これが火立の為吉の人相書きだ」
「どのあたりで目撃されたか、その時の様子などを教えていただけませんか?」
人相書きへと目を落としじっと覚え込むように見つめながら闇目幻十郎(ea0548)が尋ねれば、煙管を燻らせながら口を開くゲレイ・メージ(ea6177)。
「ちらりと聞いたところでは油問屋辺りとおたくは言っていたが、もう少し情報があると有難いな」
「それに、怨恨が絡むとなるとどこが狙われるか‥‥そうだ、その油問屋というのはどういうところだ?」
「格式も高いと聞く、御頭が改方長官になる前からの付き合いもあって、信頼の置ける御店だ」
役宅から借りてきた地図へ目を通しながら逢莉笛舞(ea6780)が尋ねれば、役宅付近を同じく地図で確認していた誠志郎が答え。
「まずはとにかく情報を集めないとな」
後手に回る前に、そういうゲレイに、心地良さそうに撫でられていた膝の上の愛猫・ムーンがうなぁ、と同意するかのように小さく鳴くのでした。
●油問屋『菱屋』
「‥‥さぁ、うちでは見ていませんが‥‥」
「そうか、済まなかったな」
にと笑ってモンドがその茶店を出ると、ゲレイと顔を見合わせます。
油問屋『菱屋』には先程確認を取って、新たに雇い入れた者はいないことを確認していた2人、周辺の御店へと聞き込みを続けます。
「余程特徴がなければ覚えていないかも‥‥」
考えるように顎に手を当て小さく首を傾げるゲレイに頷くモンド。
「この辺りは人の流れ早い。御店に入って出るのが短いだけに忙しさもあって気付きにくいのだろうな」
「まぁ、この通りを歩いていて、菱屋を伺っていた為吉を確かに見たと言っていたのだし、嘘を吐くような人間じゃないというのも会わせて貰って分かっているしな」
「もしやすると見つかったとは思ってもいないだろうが、いやなものでも感じたのやもしれんな」
思い違いや他人の空似でないことも確認済みのためかゲレイが眉を寄せれば頷いて連れ立って歩き始めるモンドとゲレイ。
と、先方から歩いてくるのは御神村。
すれ違い態にふと目が合うと、ちらりと2人のへと目を転じ、直ぐに目を戻す御神村に目で頷いて見せ通り抜けるモンドと、モンドに問いかけるような眼差しを向けるゲレイ。
「俺たちは尾けられているらしいな」
モンドの言葉に一瞬ちらりと後ろへと目を向けるも、2人はそのまま歩き続けるのでした。
「‥‥っと‥‥危ねぇ危ねぇ‥‥」
小さく口の中で呟いて、御神村は前を歩く男を尾行していました。
先程までその男はモンドとゲレイを尾けて居たのですが、2人が情報交換のために用意された部屋のある綾藤へと入っていくのを確認すると、突如身を翻して近付いてきたので、さりげなく擦れ違ってから距離を置いて尾行を続ける御神村。
「‥‥あの男、為吉の配下か‥‥それとも‥‥?」
呟いて御神村が後を付けていくと、やがて郊外に程近い長屋へと入っていく男に、長屋の住人達が気軽に声をかけているところから、どうやら大分前からこの長屋で暮らしている様子
御神村は周辺を聞きこもうか一瞬考えたようですが、なにやら視線を感じた気がしてその場から素早く身を隠すのでした。
●役宅・同心長屋付近
「あれは‥‥」
日向陽照の聞き込みで分かった、菱屋から為吉が歩き去ったという方向へと調べを勧めていたのは幻十郎。
幻十郎の視線の先にはがっしりとした体つきの中年男の姿があり、一瞬見えたその顔が覚え込んだ人相書きと同じものなのに気がつきそっと後を付けます。
「あれは、火立の‥‥でもこの方向は‥‥」
目を瞬かせて見れば、向こうに見えるは役宅の同心長屋の門。
そこから出てくるのは早田同心の所の下働きの娘、おみち。
と、それを見るとすと道を曲がったかのようにして物陰に屈み込み、一見鼻緒をすげ替えているようにも見えますが、おみちが通り過ぎたのを確認すると立ち上がりその後を付け始める為吉。
早田がお役目でまだ戻っていない様子なのか、外出を止められた様子もなく。
おみちへと少しずつ近付く様子の為吉が懐に手を入れたのに足を踏み出しかけた幻十郎ですが、おみちの向こう側に現れた人物に足を止め。
「おみちさん?」
舞が声をかけるのに、改方に出入りしているため知っているおみちは笑顔で顔を上げれば、直ぐ側まで懐に手を入れて近付いていた為吉はそのまま距離を取り歩き去り。
「何か必要な物が有れば、役宅の小者達に頼んで済ませ、暫くは外に出ないように」
「あ、あの、何が‥‥?」
「事情は早田殿が戻られたら説明して貰うと良い。さ、早く戻るんだ」
「は、はい」
舞に促されて慌てて引き返すおみち、見送ってから舞は物陰へと隠れ人遁で姿を変えて為吉を追う舞。
為吉は足早にその場を離れますが、既に幻十郎が先に後を追い、その後を舞が。
あちらこちら、警戒をしてか回り回って為吉はその場を歩き去るのでした。
同心長屋に一度戻った早田とレーラ、それに山下。
「えとえと、今事件でちょっと危ないじゃん? だから出来るだけ長屋からでないのがいいんじゃないかなぁって」
「すまん、言付けをするのを忘れてしまっていたな」
レーラと早田が言えば、危ないと言われておみちは青くなり。
「その前に何事もなくて良かったな。‥‥隣に声をかけて念のため頼んでおいた方が良いのではないか?」
「それもそうだ、早速行ってこよう、また我らは出なければならぬからな」
言って再び出かける3人。
「あ、天風、そちらの方はどうだ?」
「一応あちこちに密偵達が散って調べてくれているが‥‥」
そう言って言葉を濁す誠志郎、どうやらそれぞれが今追っている事件もさることながら、火立ちの為吉という凶賊の情報は元々驚くほど少ないのだとか。
「真っ当な者ならば関わり合いになりたくないと思っているらしいな」
そのため人相書きで初めて顔を知った者もかなりいたとか。
「他にも連みそうな者がいたり、部下として名が知れた者がいたら知らせてくれるとはなっているが‥‥」
そう言って、誠志郎は溜息を吐きました。
さて、その頃、舞と幻十郎が為吉を追って辿り着いたのは幾つか並ぶ、打ち棄てられた武家屋敷。
「私は中を窺ってきます」
「私は急ぎ綾藤に向かおう」
「お願いします。此方が嗅ぎ回っている事に気付いた場合、事を早めるかも知れません。捕縛を急いだ方が良いかもしれません」
「分かった、伝えよう」
舞が頷いてその場を立ち去ると、幻十郎はそっと屋敷へと忍び寄るのでした。
●宵闇の炎
既に日も暮れ、宵闇の中をひたひたと走る数人の男の姿がありました。
「お頭は‥‥」
「裏ぁ集まってやるってぇんで、向こうに‥‥」
微かに聞こえた声と共に男達が現れたのは役宅の直ぐ側、その林の中へと入るとかさかさと小さな音を立て、巧妙に隠されていた板を取り除いて、はっと止まる男達。
「畜生‥‥」
ぎりと唇を噛んで小さく呟いた男達を、取り囲む一斉に点された凶盗の提灯、それに照らされ立つ誠志郎は、伊勢同心へと振り返って。
「こちらを頼む。俺は向こうに‥‥」
「分かった、こいつらは任せろ」
頷いた伊勢はにやりと笑い、誠志郎は急ぎ役宅へと駆けるのでした。
「俺の目が黒いうちは、お前達の好きにはさせん!」
役宅の側、同心長屋裏で、早田の住む辺りの板塀の向こう側で油の入った竹筒を手にしていた男達に投げかけられた声で、はっと顔を上げたのは火立の為吉その人。
そこに立つのはゲレイとモンド、山下とレーラは早田の前で立ちはだかっており、ざざっと音を立てて小者や同心達が姿を現します。
「林の側で火を起こそうとしたんだろうが、仲間がそれを見つけてね」
肩を竦めるようにして言うゲレイに一斉に引き抜かれる匕首。
「畜生っ! 野郎共、やっちまえっ!!」
声と共に油と火が直ぐに放たれるのですが‥‥。
ばしゃという水音と共に塀の向こう側から顔を出すのは御神村。
「延焼する前に早く消しておくんなさいよっと」
にと笑って言う御神村と共に更にその脇から顔が飛び出してくると更に水が降ってきて。
「火が広がったら不味い気がするからね」
言いつつ手の中に作り出された水の固まりが勢い良く火へと投げ込まれれば、上から水をかけるのもあってみるみる鎮火される炎。
「はっ!」
「させぬ!」
彼方を抜き早田へと斬りつける男の刀を受ける山下、レーラはコアギュレイトで同じく襲いかかる男の身動きを封じ、賊を捕縛していた早田の側へと駆け戻ってきた誠志郎がつらと刀を抜き放ち。
「来た道闇路、紅蓮が舞うなら、冥府の先にも紅が待つ。煉獄への黄泉路案内はこの赤鬼が勤めよう‥‥」
「ぬ‥‥!」
レーラの前の男を切り払うと、為吉と共にじりじりと歩み寄る男へ言い放てば、男も議と睨んで刀を抜き。
と、その後ろをすり抜けるようにして、思いの外に素早く匕首を胸元で構え姿勢を低く物凄い勢いで駆けだした為吉に、はと気がついた早田が身を翻そうとしたその時。
「往生際が悪いな‥‥」
割って入りその匕首をその直刀で振るい牽制する舞。
身を翻そうとした為吉に回り込み唸る声を上げるのは舞の愛犬・潮。
林で油を見つけたお手柄も潮のよう。
「もう逃げられません。観念しなさい」
言う幻十郎。
2人は為吉達がこの場へとやって来るまでの間、密偵達と連携を取りここまで尾けてきていたのでした。
「自分たちのことを棚に上げ、早田殿を逆恨みするのは、お門違いというものだ」
口元に笑みを浮かべつつも鋭く見るモンドが言えば、絶叫にも近い声を上げて匕首を振り回す為吉ですが。
「ぐ‥‥」
問答無用に叩き込まれる舞の柄での一撃に崩れ落ち意識を手放す為吉。
「悪党は最後まで見苦しいもんだな」
塀の上から眺めながら、御神村は低く笑って言うのでした。
●さかうらみ
「しかし危ういところであったな」
「うちの木人1号、役に立てると思ったんだけどな」
「それは仕方有るまい、お見受けしたところ木で出来ている様子、間違って燃えてしまっては大変だ」
ゲレイが言えば笑う武兵衛、武兵衛が言う危ういところと言うのは、知らせがなければ改方の同心達は今日辺り郊外の垂れ込みのあった所へと空振りとなる出張が有るはずだったそう。
「いくら悪戯であろうと思ってもな、それが真であったなれば一大事、さすればこそ奴らの手に乗ってしまうところであった」
この日、為吉の小細工によって夜半に同心達が捕り物へと出てしまうこととなるところだったようで、投げ文が為吉達の手によるものと分かったのは、御神村が投げ文について、油問屋を伺っていた男が話していたのを確認していたから。
「役宅に火を放ち、空振りの捕り物から戻ったところで、油問屋の方の押し込みまで目を向ける余裕がないようにして、改方へと恨みを晴らさんとは‥‥」
低く唸るように言う誠志郎、早田についてはそれが片付きそれでも尚生きていた場合に殺すつもりだったこと、前もって下働きのおみちを殺して早田を苦しませるつもりであったことを、既に為吉から聞き出しています。
「為吉は今暫く知っていることを話させてから、直ぐに刑場へと送ることとなるであろう」
「凶賊共にコケにされるところであった。ようやってくれたな」
武兵衛が言うと、煙管を燻らせていた平蔵は、にと笑いながら頷いて一同に今日はゆるりと休んでくれ、と言うのでした。