何故か舞い戻った冬〜湯煙の中で勝負?〜

■ショートシナリオ


担当:想夢公司

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 71 C

参加人数:8人

サポート参加人数:9人

冒険期間:02月06日〜02月12日

リプレイ公開日:2007年02月14日

●オープニング

 江戸の冬はそこそこ寒い。
 まぁ、北の方に比べればずっと暖かいでしょうし、南に比べればずっと寒い、そんな感じですが、まぁ、とにかく寒いことには変わりなく。
「‥‥‥‥‥‥一応聞いておきます‥‥行き倒れ、じゃあ無いですよね?」
「‥‥一応答えておく‥‥たぶん、行き倒れじゃないぞ?」
 なんとなく遠い眼差しに生暖かい笑みでギルドの受付の青年が言えば、問いかけられた男はがちがち歯を鳴らしながらも、なんともいえない微妙な青い顔で、にかっと笑い返します。
 まぁ、この寒い中、ひっくり返っている舟を背景に、船着場に濡れたまま突っ伏していれば、いくら北の方ほど寒いとは言えなくてもまぁ危険なわけで。
「よりによってこの時期に水遊びの年でもないでしょうに」
「‥‥これが遊んでいるように見えるんだったら、後で裏に来いや、うん」
 やはり青い顔で朗らかな笑顔を浮かべたままいう男、そして、船頭らしき男はひっくり返した舟を船着場へと引っ張ってきて、なんとも言えない空気に上がっていいものか眺めていたり。
 このままでは埒が明かないと思った様子の受付の青年、とりあえずギルドの中へと通せば、出された毛布に包まって暖を取りながらようやく一息ついたこの男、言ってしまえば毎回少し遅れてやってくる、金魚屋台の親仁です。
「で、何があったんですか?」
 どちらかといえば何をやらかしたんですか、と聞きたい気持ちを抑えた様子の受付の青年に、顔の青みが少しずつ緩和されてきた様子の親仁は、出された茶を震える手で受け取り飲むと大きく息を吐いて。
「‥‥いや、夏の稼ぎもあることだしとちょっと近くで温泉を堪能していたんだが、ふと思ったんだよ、俺」
「何をですか?」
「温泉を使えば冬でも出来るじゃねえか、掴み取りと」
「‥‥‥既に魚の掴み取りがあることすら捨てましたか‥‥」
 まぁ、そんな冗談所やり取りはさておいて、話を聞けばなかなか良い雰囲気の温泉宿に逗留しているうちに、そこの女将さんと色々話して、過去に冒険者がお手伝いに来てくれたり楽しんで帰ったりという話を聞いたそう。
「俺もま、武勇伝を色々と‥‥」
「どっちかと言うと敗北伝な気が‥‥いやいや。で、ちょうど今その宿、貸しきり状態だし、ご招待って思い立ったわけですね?」
「ご招待ってか、まぁ、宿のあちこちに物を隠してそれを見つけたり妨害したりってとこだな。勿論、男なら勝負しねぇと!!」
 その宿の名は白華亭、何故か毎年貸切があったり、ぽっかりと予定があいたりすることがあるようで、普段はとっても繁盛しているお宿なのですが、女将さんがお安くしてくれるそうで。
「で、どうでぃ? 勝負、するんだろ?」
「‥‥とりあえず、出しては見ますよ、募集」
「おう、頼んだぜ」
「‥‥ところで、何でさっきは舟がひっくり返っていたんですか?」
「‥‥‥‥‥このお人が、なんだかしばらくぶつぶつ言っていたんでやすが、急に高笑いでどぼんと落ちて、拾い上げようとしたら舟ごと‥‥へい、そんな感じでさ」
 やっぱり勝負するのか、何とはなしに呟いていた受付の青年は、船頭が答える言葉に微妙にうつろな笑みを浮かべて依頼書へと筆を走らせるのでした。

●今回の参加者

 ea2988 氷川 玲(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6764 山下 剣清(45歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0712 陸堂 明士郎(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1098 所所楽 石榴(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb4994 空間 明衣(47歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb5002 レラ(25歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 eb5401 天堂 蒼紫(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb5402 加賀美 祐基(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ベル・ベル(ea0946)/ フレア・カーマイン(eb1503)/ キドナス・マーガッヅ(eb1591)/ 八城 兵衛(eb2196)/ クーリア・デルファ(eb2244)/ アルディナル・カーレス(eb2658)/ 緋 鳳(eb3149)/ トウマ・クサナギ(eb3870)/ 鳴滝 風流斎(eb7152

●リプレイ本文

●白華亭へ
「儲けを他人に豪勢に使うとは粋な御仁もおるのだなぁ」
「いや、あれは粋とは違うから」
 雪道をのんびりと行く一行、紫煙を燻らせながら笑う空間明衣(eb4994)に、何度か金魚屋の親仁と勝負を繰り広げた氷川玲(ea2988)は笑って言います。
 ちなみに親仁が金魚掬いから転向したきっかけを作ったのは氷川ともう一人の冒険者という噂があるとかないとか。
「温泉ですか‥‥寒い季節ですので、こういうのは良いですね〜☆」
 緋鳳の護衛と自身の周りにふよふよ飛ぶベル・ベルとにっこり笑って話すレラ(eb5002)に、ほんとにねーっと所所楽石榴(eb1098)が感慨深げに道を見渡し。
「女将さん元気かなっ? 二年前に一度来たきりだけど、覚えててもらえたら嬉しいな」
「おや、前に来たことがあるのか?」
「うんっ、白華亭のお仕事、初めて僕が受けたお仕事なんだっ♪」
「そうなのですか‥‥どんなところなんですか?」
 華やかな声、女性陣が楽しげに語らう中、静かに闘志を燃やすのが、盛大なお見送りで江戸を出発した陸堂明士郎(eb0712)。
「白華亭。あの有名な温泉宿で宝探しか。温泉と料理も楽しみだが‥‥」
 くっと目を伏せなにやら決意を固めてぐっと握り拳の陸堂。
「そして何より、一部で噂に名高いあの親仁と勝負出来るのは嬉しい。一度勝負してみたかった‥‥」
 楽しそうだから、ぼそりと付け足す陸堂に同意する氷川。
 そんなのどかな光景の中で、なぜかまだ勝負が始まっていないのに心なしか憔悴している人物が。
「はー‥‥温泉でのんびりしてー。いやほんと切実に」
「料理も楽しみだな、本場の料理人か‥‥」
 へろりと疲れた様子の加賀美祐基(eb5402)に、やる気があまり見られない天堂蒼紫(eb5401)が交わす会話。
「向こうではのんびりするか‥‥宿を壊すと事だからな」
 一同の後ろをのんびりと歩く山下剣清(ea6764)は、自身の手を軽く握って呟くように言うのでした。
 やがて見えてくる白い景色の中に浮かび上がる温泉宿・白華亭。
「皆さん、ようこそいらっしゃいました。寒かったでしょう? まずはゆっくりと温まってくださいましね」
 宿に入れば微笑を浮かべて迎える女将さんと、なんだかえらそうに分と立つ親仁の姿。
「今回は御世話になります」
 陸堂が言えば笑顔で頭を下げる女将は、その一行の中に見知った顔を見つけて嬉しそうに微笑みます。
「まぁ、氷川様に所所楽様、お久しゅうございます」
「二年ぶりくらいかね? また遊びに来た、よろしく頼むわ」
「わ、覚えていてくれて嬉しいなっ」
 積もる話もある一方でなにやら親仁と火花を散らす場面もあったり、一同は各人部屋へと案内されるとのんびり温泉に浸かったり楽しげに語らったり、まずはゆっくりのんびりと落ち着くのでした。

●まずは温泉を
「んー、いい湯だ」
 はらりと舞う粉雪を眺めながら、明衣は見事な岩で作り上げられた露天風呂に浸かっていました。
「お邪魔しますね☆」
「わ、前に来たときも思ったけど、やっぱり雪の積もった露天風呂って、綺麗だよねっ♪」
 手ぬぐいを巻いて入ってくるレラに石榴は、とぷんとお風呂に入って目を細め。
「暖かくて気持ちいいですね〜」
 ほうと目を細めていうレラに、ほんとだねぇ、と手ぬぐいをお湯に浸してから軽く顔を洗い、それを絞った石榴が頭の上にちょんと畳んで乗っけると、レラの視線は何とはなしに石榴の胸元に。
「‥‥‥‥ぅぅぅ‥‥」
「ん? どうしたのかなっ?」
 なんだかしょんぼりしているレラに首を傾げる石榴、その様子を見て明衣は低く笑いを漏らして。
「まぁ、まだそんなに悲観する年じゃないだろう?」
「‥‥ぅ〜、そうですけど〜」
 じとっと見るレラに、可笑しそうに笑みを零し明衣は手を伸ばすと、雪の中に差し込まれていたお銚子をひょいと取り上げて、手元に浮かんでいたお盆のお猪口へとお酒を注いで再びそれを雪の中へと戻します。
 そんな2人の様子にきょとんとした表情を浮かべる石榴。
 この女風呂ののんびりとした様子に異変が起こるのは、ほんのちょっぴり前の、男性用露天風呂が発端でした。
「ふうぅぅ‥‥」
 宿についてまずは温泉、その一点において一行の思考は完全に一致していたのですが、その中でも特に温泉にひたすら浸かることを目的としていた男が一人。
 天堂は体の隅々まで行き渡る暖かい感覚に目を細めると、同じくまったりと温泉に浸かっている男性陣へやる気のない目を向けます。
「さぁって、今回は親父め、何を用意してやがるかなぁ」
 妙に楽しそうな氷川に、ふむと湯に浸かりながら考えるような仕草をする陸堂。
「前の勝負は親仁殿の用意した小屋での勝負だったのだな? ではこの宿ではどのような場所に物を隠すか‥‥」
 真面目に思案を巡らせている様を見るだに、本気で勝ちに来ている様子の陸堂、氷川が今回も完全勝利だと低く笑うさまを横目で見ると、温泉の周りにもあるのだろうか、と首を傾げます。
「‥‥どっかから温泉の垣根をぶっ飛ばして女湯に湯乱入するのがお約束とか言う声が聞こえたけど‥‥」
 きっと気のせいではなく本当にさまざまな方面から聞こえたであろう言葉に、ぶんぶんと首を振る加賀美。
「だが俺は‥‥俺はやらないぞ! 俺も温泉でゆっくりするんだ!」
 なんだかちょっぴり盛り上がっていく気分、ちらりと天堂が見たのにも気がつかず、ぐっと握り拳で女将さんが頼んだものを持ってくるのを待ち遠しげにがっと立って温泉の入り口のほうへびしっと指を突きつけて。
「そうだっ、今回の俺の目的は温泉っ! 温泉で雪を見ながら熱燗を飲むんだ!!」
「やかましい」
 雪の降る中を温泉で立ち上がったからとはいえ、そこまで感じるはずのない絶対的な氷点下の視線を背中に感じてはっと振り返る加賀美に、ゆらりと立ち上る殺気。
「‥‥へ? あ‥‥」
 嫌な予感がして加賀美が振り向いたときにはもう遅い。
「‥‥て、天堂待て! 騒いで悪かったから許せ‥‥て、ぎゃあああああああ!!!」
 吹き飛ばされて植え込みを乗り越え落ちた先は、女性用の露天風呂、その植え込みで。
「‥‥ふむ」
 その先には、一糸纏わぬ姿の明衣が見下ろします。
 雄雄しいといえば雄雄しいというか、男らしいというか潔いといおうか。
「あ、い、いや、ご、誤か‥‥」
 言いかけた加賀美が目にも見えない一撃で浮かび上がったのはほんの一瞬のこと。
「‥‥‥おお、戻ってきた」
「‥‥むしろ生きているのか? これは‥‥」
 吹っ飛んで男風呂まで戻ってきた加賀美がぷかっと浮かぶのを、何とはなしに生暖かく見守る氷川と陸堂。
「まぁ、死にはしないだろう‥‥」
 温泉に浸かり1人離れて眺めていた山下は、そんな光景を眺めながらぼそりと呟くのでした。

●いざ尋常に‥‥罠、罠? 罠!
「ふっふっふ、次は何で戦いを挑んでくるのだ? 俺はどんな挑戦でも受けてたーつ!」
 やる気も十分、温泉を出てのんびりした後、いざ勝負と相成ったわけではありますが、過去二度及び金魚屋時代の完全勝利を胸にどこか自信満々の氷川は押し入れを漁ってみたりします。
「守護の指輪とかあるまいな?」
 ありません。
 むしろほいほい遣ったら破産するのではないかと思わないでもないのですが、大なり小なり色々な物を持ち込んでいるのは確かなようで。
「ふふふ、まぁ親父も腕を上げるか鍛えるかしてきただろう、いっちょ揉んでやろう」
 どちらの方面に腕を上げたか、あまり心配をするでもなく、氷川は再び宿の中を徘徊し始めるのでした。
「‥‥へ? き‥‥金魚掬い‥‥本気で金魚掬いに挑戦してくれるってんで?」
「いや、驚くことでも無いだろう? 金魚掬い屋なのだ、金魚掬いを挑んでも」
 驚いたように目を瞬かせる親仁に言う明衣、心なしかじんわりしている様子の親仁は、にかっと嬉しそうにいそいそと商売道具を用意し始め。
「いやぁ、江戸の近郊で金魚掬いを期待してくれる客が最近いなくてねぇ」
 この後、親仁は後悔することになるが、その時は純粋に金魚掬いに興じて貰えるのだとばっかり思っていたようで。
「‥‥‥」
「ん? どうした?」
 にっこり笑顔で見つめ合う親仁と明衣、親仁が用意した大きな樽の周りは水浸しで、ぴちぴち金魚が跳ねるのを、白華亭の仲居さんがきちんと入れ物に移しています。
「『閃華』まで使う事となるとはな‥‥」
 解説を入れると『放浪の旅の最中に見た技を試してみるか』と言い出した明衣、野生の熊が鮭を捕らえるかのような、目に見えない見事な一撃によりばちゃばちゃと見事に金魚を手に入れていったのですが、ちょっとくせ者の金魚が居たようで。
 最後になってもひらりゆらり逃げ延びるそれに、ちょっと考えた様子を見せた明衣は金魚の動きを読み切り一点を的確に突いたようで。
「‥‥金魚は、掬うものですよ?」
「ああ、だからこうして掬った‥‥水ごとだが」
 ある意味金魚掬いで親仁を完膚無きまでに制圧した明衣は、今度こそ宝物捜しの余興へと向かったのでした。
「初めての場所ってわけじゃないし、ちょっぴり地の利はあるかなっ?」
「湯治のお客さんも時期によっては来られるみたいですし、結構広いですよね。先程こじんまりとした温泉も見つけたんですよ」
「あ、うん、あったよね♪」
 石榴が記憶を思い出しながら言うのに、先程のんびりと宿の中を見て回ったらしいレラは、見つけたんですよ、と可愛らしく包まれた保存食らしき物を取り出します。
「女将さんも金魚屋の親仁さんと一緒に隠したみたいだねっ」
 その包みの布、前に来たときも見たよ、と何だか懐かしいように眼を細める石榴。
 どうやら女性陣には親仁の魔の手は伸びていないようで、ほのぼのとした時間が流れているのでした。
「くっ‥‥不覚!」
 そこには、踏み出した瞬間、一面温泉の張った、大きな簡易風呂が作られていました。
「部屋一つを温泉にするとは‥‥やるな」
 膝までずっぷりと温泉に踏み込んだ陸堂は少々不穏な光を目に宿して座馬座バト踏み込んでいく陸堂は、何やら決意も新たに部屋を突っ切ると障子を慎重に押し開きます。
「嘗めるなよ? これでも自分は幼い頃、『失せ物探しの明ちゃん』と呼ばれていたのだよ」
 押し開いた先では、何やらしっかりと藁人形を両手に一つずつ握りしめた氷川と退治する親仁の姿が。
「藁人形たぁ良い度胸じゃねえか親父っ! 今度も完膚無きまでに倒してやるっ!」
「‥‥ふっふっふ、だが俺はっ! 今度こそ負けるわけにはいかねぇんだっ!」
 言うが早いかなにかを投げつける親父に、それをはっしと両手で挟むように受け止める氷川、と――。
「だあぁっ!?」
 勢い良く降ってくる紐付きの大きな塊に咄嗟に飛び退いた氷川ですが、そのものが向かう先真っ正面に居たのは‥‥。
「あ‥‥危なかった‥‥」
 咄嗟に捕まえて受け止めた陸堂の顔面すれすれで止まっていたのは、頑丈そうなちゃぶ台です。
「ふ‥‥良いだろう、受けて立とう‥‥」
 ゆらりと笑みを浮かべて立ち上がった陸堂に、不味いと思ったのかはははと引きつった笑いを浮かべて退がる親仁、とうっとばかりに飛び退った先には、前に来たときと違う様子の少し膨らんだ襖紙を剥がして扇を取り出していた石榴で。
「はわわっ!? 暴力反対だよっ!!」
 咄嗟に繰り出した鉄扇は親仁の鳩尾を、これ以上ないぐらいの見事さで捕らえます。
「ふっふっふ、手こずらせやがって‥‥」
 がっつり気を失った親仁を捕まえる氷川は、何故か藁人形を3つ、相変わらす抱えているのでした。
「見てろよ天堂‥‥俺だってやれば出来るって事、証明してやる!」
 既に親仁は違う場所で昏倒しているのですが、それを知らない加賀美は何だか背中に炎を背負ったような勢いで宿内を駆けずり回り、親仁の隠した物を捜していました。
「燃えてますねー」
「おうっ、殺る気‥‥もとい、ヤル気十分だぜっ!」
 のんびりと女将さん相手にお茶を頂いていたレラが駆け抜ける加賀美に頑張ってくださいねーと声をかけると、元気に返事をして駆け抜ける加賀美だったのですが。
「‥‥そういえば、腐っても掴み取り屋の親仁なら、温泉にも何かあるか?」
 未だに温泉へと浸かりのんべんだらりと時間を送っていた天堂の元に、加賀美がなにかを踏み外して降ってきたのは、その時でした。
 派手な水柱が消えたかと思うと、危うく巻き込まれかけた天堂が、口元だけに笑みを、目には剣呑な光を浮かべてみています。
 どうやら温泉の真上、張り出しの所に足を踏み入れて辺りを見ようとした瞬間に板ごと落ちたようで、加賀美自身も被害者と言えば被害者なのですが。
「‥‥まったく‥‥風情と言うものをわからない奴はこれだから困る」
 数瞬後、たまたま手伸ばした先にあったハリセンで問答無用に制裁を加えた後、天堂は何事もなかったかのように温泉へと浸かり直し、冷酒の入ったお猪口を口元へと運ぶのでした。

●最後はのんびり宴会を
「フ‥‥一度、本職の調理人の腕を直に見てみたいと思っていた」
 厨房で料理人の手伝いをするのは天堂で、長年の経験から来る確かな調理の腕に感心したように笑みを浮かべ。
「ええ、そこでお塩をひとつまみ‥‥これで格段に味が引き立つんですよ」
「そうなんだ‥‥うんと、ひとつまみっと♪」
 宿の女将に料理を習うのは石榴で何だか楽しそう。
「これを機会に、料理のれぱーとりぃも増やしたいな、なんて」
 はにかみ言う様子に、女将は察したのか眼を細めて頷くのでした。
「私の産まれ育った土地の踊りです」
 頬を染めて舞を披露するレラに、女将がお酌をするのを受けながら『今度妻と子供達と一緒に来て見るのも良いな』と女将に言って、是非いらして下さいと微笑を浮かべて答えられる陸堂。
「そうそう、子を産んだ妻の為に何か滋養のある食べ物が無いだろうか?」
「そうですねぇ‥‥薬食いがお嫌でないのでしたら、後で料理人へと言って何か包ませましょう」
 お土産の約束を取り付けて嬉しそうに笑う陸堂。
「この招き猫は庭園の池にあったのだが、この宿の物では‥‥?」
「いいえ、それはあの方が隠された物ですよ」
 景品を見つけたことになるのだろうか、明衣は軽く首を傾げ。
「‥‥ん、故郷じゃないのに、帰ってきたって感じがするね」
 目標もできたし、また頑張ろっ♪ そうのびのびとしながら改めて決意を固めた様子の石榴。
「‥‥んまぁ〜い!!!」
 料理を口に運んでは嬉しげに声を上げる加賀美がうっかり天堂の作る料理なんてと口を滑らせ、明衣の手当が必要になったり。
「中々楽しめたぞ親父! 次を楽しみにしている、前回参加したツレも待ち遠しくしているからな! また夏戻って来い!」
「おうっ! 次こそぁ負けねぇぞ!」
 勝利条件が段々分からなくなっている親仁に、ぐっと握り拳を見せる氷川。
 賑やかにのんびりと、白華亭の冬のとある夜はこうして更けていくのでした。