●リプレイ本文
●菖蒲園警備の傾向と対策
「それで、別に伊達兵全てを門前払いすればいいと言うわけではないのだな?」
大蔵南洋(ec0244)が確認する言葉に頷くのは難波屋の主人。
そこは菖蒲園の中にある建物で、一行は互いに役割分担について相談をしている最中です。
「では‥‥騒ぎを起こさないのであれば、普通の姿に着替えて貰えるならば厳しく咎められることはないのですわね?」
「ええ、頼んだ方は伊達兵自体が嫌いなことには変わりがないようですが、花を見に来た北国出身の者まで追い払う気はないとのことですし、我々に区別しようがないですからねぇ」
刈萱菫(eb5761)が改めて確認すれば、念のため当人に確認を取っておくと言いながら答える難波屋主人は、菖蒲園の内部について図面を見せつつ口頭で幾つか説明を始めます。
「あと、休憩にはこちらの建物を使ってください。ここの表側で私の店の者達がお茶や菓子などでお持てなしをさせて頂く方向で‥‥あまり沢山ではないですがお酒も多少、楽しむほどならば置くことになると思いますので」
「持ち込みは禁止されていないのだな。それならばそちらで用意して居ようがしていまいが酒を飲んで騒ぐ奴は騒ぐと言うことか」
「えぇまぁ、ただうちの店の者はそれなりにお酒を楽しまれた方の扱いは心得ておりますので、むしろ一般のお客様の方に被害が及ばないように気を配っていただければと‥‥」
指で位置を指して言う難波屋主人に九竜鋼斗(ea2127)が問えば、お手数ですがと付け足しながら説明を続けて。
「ところで‥‥警備に当たって禁止事項や強硬手段を用いる際の限度などを教えて貰いたいのだが‥‥」
「‥‥いえ、私どもには今ひとつ、冒険屋の方々の道具などは分からないものでして、限度と言われましても‥‥」
鷹碕渉(eb2364)が聞けば悩むように眉を寄せる難波屋。
取りあえず死者は出さないで欲しいと言うことと、楽しい雰囲気を壊して欲しくないと言うこと、一般客に被害が出ないようにと言うのを気にかけて欲しいことなどを伝えますが、その辺りの線引きを聞かれたことに不安そう。
そんな中で難波屋の看板娘・おきたと相談を進めている人たちもいるわけで。
「苦しいときでも粋な心を忘れないとは、江戸の人々は強いものだ。私も頑張らねばな」
笑みを浮かべて言う李連琥(eb2872)は、まずは目立たない服装に変えて、などと服装について言えば、飛麗華(eb2545)も頷きながら手に持つナックルへと目を落とし。
「武器も物々しく見えすぎる物は避けた方が良さそうですね。‥‥それにしても伊達兵お断りですか、自分の部下の兵も抑えられないのに天下取りとは笑えますね」
呆れを混じらせて溜息を吐く麗華に、お店が被害に遭い籠城生活を強いられたおきたも本当に、と小さく呟くように溜息。
「ま、まぁ、それはともかく、前半後半で分けて、出入り口の警備と巡回警備で別れるんだったよな? 俺は出入り口かな」
「要は周りに迷惑をかけている奴らを、その周りへ穏便に見えるように排除すれば良いわけだ。フッ‥‥任せろ」
加賀美祐基(eb5402)が軽く首を傾げて入り口付近に有る建物は使えるかをおきたへ聞けば、珍しく妙に上機嫌な天堂蒼紫(eb5401)に普段の彼を知る周りは珍しいものを見るかのようだったり一部ぎょっとしてみたり。
「そう言えば冒険者達も別件で雇われていると伺いましたわね。一応その辺りの事も心に止めておいた方が良いのかしら?」
「そうですね、サクラとして入って頂くそうですので、一応確認だけはしておくと良いかも知れませんね」
菫が聞けばおきたはこっくり頷いて。
何はともあれ一行は、改めて持ち番を確認すると警備に散策にと出かけていくのでした。
●迷惑な伊達兵と純朴な田舎者
「すっだら馬鹿げだ話があっか!!」
‥‥伊達兵にも色々ありまして、伊達兵お断りとはけしからんと怒る者もいれば、まぁ、あからさまにお仕事の帰りにその姿のままに通りかかってお断りされる方もいるわけで。
「馬鹿も何も、ここにこうして書いてある、伊達『兵』お断りと、な‥‥。第一そんな物々しいなりで本気で入るつもりか?」
入り口でおいでませと迎え入れている菖蒲園の方々、ちょっとその様子に腰が引けているのですが、そこにひょっこりと顔を出して、食って掛かっている男を止めるのは九竜。
「天下ん伊達兵様だっど、ンなあほ抜かってっと承知しねす!」
「‥‥‥警告はしたぞ、それでも止めぬなら容赦はしない」
きーっといきり立つさまに小さく溜息をつく九竜は、刀に手をかける男にくるりと背を向けて。
ちん、小気味良い小さな音と共に男の髷を結う紐が切れ、ばらばらと解ける髪に、一瞬男は目を瞬かせて。
「‥‥次は外してやらんぞ?」
「う、お、覚ぇてっ‥‥!!」
声にならない悲鳴と共に髪を押さえて駆け去っていく男を見送れば、それまで一緒にいたのも気が付かれないほど、おどおどとした様子の伊達兵の若者が男が逃げ去った方向へと目を移し、名残惜しげに振り向くのに、口を開く九竜。
「別に、中を見たいだけなら着替えていけば構わんぞ?」
「ほ、ほだすか? んだら非番さまぁた来るす‥‥」
先程の男の騒動があるのもあってか、余計に小さくなりながらへこへこ頭を下げて立ち去る若者。
「ま、みんながみんな、あぁならやりやすいんだがな‥‥」
そんな若者を見送りながら、九竜は小さく肩を竦めるのでした。
「こらこら、そこ! 塀を勝手に越えてこない!」
「‥‥まったく、躾がなっていませんね」
渉の声によじよじと塀をよじ登っていた男達は、どうやら伊達の配下の人たちらしく、入り口を閉鎖しているのならばとちょっと強攻策に出たよう。
というのも、江戸自体は自分達の出てきた土地よりも色々な意味で刺激的、決して彼らの地元を否定している訳ではありませんが、急激に成長し広がっていった町なだけに活気があり、また集まってきている男達がいれば、それを客に歓楽街も出来ます。
また家族が移ってくれば広がり、その土地に腰を下ろして基盤を作ればまた世帯は広がり。
つまりはそれだけ見る物も沢山、楽しみも沢山。
ですが、兵を挙げた上についてきた兵士達自身はといえば、戦うためにかり出されたのですから、当然そんなに遊ぶためのものを抱えている人間がいくらいるものかといえば、結局のところ上から配られる物がなければどうにもならないもの。
「‥‥‥振舞われる酒と茶や菓子が目当てだって!?」
「‥‥すりゃ、貰えるもんさあるような奴らぁめんこい娘っこさ相手に酒さもうめぇもんさもくえるだども‥‥」
「おらぁ、いっぺんあんな店さ並んでる高そげな菓子、腹いっぺぇ食て見てぇてよ」
「んだす」
「‥‥‥‥‥じ、自分の部下の管理ぐらいしっかりとしてほしいものですわね、別の意味で‥‥」
ある意味切実な男達を前に、目を瞬かせる渉に額に手を当てて溜息をつく麗華。
「お‥‥如何した?」
地味な着物に変えてもある意味ちょっと目立つ連琥がそんな二人の様子に気がついてみれば、兵をよじ登ってきた男達は身を縮こめて。
「ここから近いところは難波屋の主人が待機している建物か‥‥李、ちょっと他の客の目に付かないように連れて行くのに手を貸せ」
「ふむ、害意は持っていないようであるな。承知した」
ともあれ花が目当てな訳ではないにしろ、普通の客で問題ないと見て渉は溜息混じりに園の中ほどにある難波屋の面々がいる建物へと足を向けて。
「あら、その方々は‥‥?」
「あぁ、普通の着物に着替えさえて、帰る時に今の着物を返してやるように難波屋に伝えておいてくれないだろうか」
「分かりました、じゃあこちらへどうぞ」
出迎えたおきたが控えの間へと男達を案内していくのを見送る3人。
こっそりと、そのあと彼らが泣きながら菓子や茶を思う存分飲み食いした様が、ある意味ちょっぴり見世物に近い状態になっていたと耳にするのでした。
「申し訳ありません、お客様。当園は武装された方や伊達兵‥‥他のお客様のご迷惑になる方の入園をお断りしております」
珍しく‥‥もとい、武士らしく礼儀を心がけての加賀美が相手にしているのは、先日九竜に追い払われた伊達兵と、その仲間らしき少々人相の悪い男達。
「すっこんでらっす、こんわらすが!!」
「わ‥‥童‥‥いや、落ち着け、俺‥‥こほん。当園は菖蒲を愛でる方の入園は歓迎致しております。お客様が武装解除に応じて頂けるようでしたら、入園を歓迎致します。何卒、ご理解とご協力のほど宜しくお願い致します」
言いながらもぎゃんぎゃん言う男達相手に頬を引きつらせながら言う加賀美、なかなか我慢強く対応しているよう。
そして、もう一方でおどおどとした、これまた前に諦めて帰った若者を相手しているのは大蔵。
相手をされている若者は、前来た時よりも余計にびくついて見えて。
「戦で疲れた民を慰めようと施主が好意で解放しておるのでな、中に入れる入れないはこちらで決めさせて貰っている」
「ふ、普通の格好さしてくば、入れて貰えっときいたども‥‥おらぃン荷さ戦ンもんしかねぇだで、無理だすか?」
「‥‥ふむ‥‥」
頑張って武装らしき物は全部塒へと置いてきたようで、びくびく、ほぼ半泣きになりながら大蔵を見る若者に、何とはなしに周りの人々は、騒がしい伊達兵とおどついた伊達兵へ対応する相手が間違っているようだなどと遠巻きに眺めながら園へと入ってきます。
「まぁ、それと表の看板をもう一度見て貰えんか? 『東北人の入場を禁ず』とは書いてないだろう。‥‥つまりはそういうことだ」
そう言ってちらりと大蔵が目を向ければ、その視線の先にある建物からは、ちょうどおきたの髪を結って一緒に出てきた菫がそれに気がついてにこりと笑い頷きます。
「あ、あい済まねすが‥‥おらぁ、これ以上普通の服さ、ねだで‥‥」
「心得ていますよ。さぁ、こちらへどうぞ」
大蔵相手に余計に震え上がっていたからでしょう、どこか目に縋るような安堵とも言えるような、そんな色を滲ませて付いて小屋へと入っていく若者。
「粋を求める方でしたらこちらのような物なのでしょうけれど‥‥紺藍の帯でやはり縹色の無地が良いわね」
幾つか着物を見せつつ、若者の様子を見て口の中で小さく呟く菫。
「黒や濃紺よりはもう少し明るい色合いのほうが良いですものね。ではこちらに袖を通して‥‥帯はこちらに。後は草鞋ではなく草履を用意しておきますわね」
「うう、すまねっす、ありがてぇす‥‥」
よほど心細かったのでしょう、それでなくとも江戸の町で好意を向けられる率はかなり低い事もあり感極まった様子の若者は声を震わせて言い。
着替えが済んで菖蒲園の見物に弾むように出て行った若者を見て、菫は思わず笑みを零すのでした。
さて、そんな様子を、ぐだぐだ押し問答していた男達はぎゃいぎゃい騒がしく不満を漏らして。
「‥‥‥‥」
ぶちっと言う音が聞こえたか、無理無理押しいろうとした男に抜き打ち峰で叩き伏せる加賀美。
それとほぼ同時、漆黒に鈍く光った杖が共に押し入ろうとした男の喉下に撃ち込まれて。
ぎりぎり、紙一重で止められたその杖に固まった男は、見る見る顔を真っ青に染めていき。
「だーーっ、伊達兵伊達兵じゃないに関わらずっ! 迷惑かける奴は立ち入り禁止だっ!!」
「‥‥聞いての通り‥‥伊達兵云々よりもまずは、己の所業をよくよく鑑みるが良い」
実力行使の加賀美と、恐ろしく威圧感を放つ大蔵に、男達はほうほうの体で逃げ出していくのでした。
●ゆっくりと動いていく時間
「男と女はどこで何が起こるか分からない。だから、面白い‥‥」
にやりと笑いを浮かべて菖蒲園の中を巡回中だった天堂はおきたと連琥が並んで言葉を交わしながら歩いていくさまを見送り。
天堂が上機嫌なのには訳がありまして。
ふと目を向ければ楽しげに歩く一段の姿、その中に小さな女の子と手を繋いで一際元気にはしゃいでいる少女の姿‥‥つまりは天堂の妹の朔耶が比良屋一行遊びに来ている姿が見えるから。
巡回もしてはいるのですが、妹の姿が見えれば既に意識はそちらが中心、見れば彼らはそろそろお昼のようで芝生の地帯へと踏み入り‥‥そこでそれぞれが知人を見つけたのか、銀髪の女性や壮年の男性が引っ張り込まれている様子を見れば、楽しそうでもあり僅かに羨ましくもあり。
「‥‥ん?」
そこへ、てこてことなにやら鍋らしき物を蓋が乗ったままの状態で引き摺ってくる妹の愛犬。
「くぅん」
ていっとばかりに天堂の目の前に置かれた鍋の蓋を恐る恐る開けてみれば、そこには妹の愛情たっぷりの料理‥‥料理? とにもかくにも深緑色に染まった怪しげな泡立つ液体が満たされており。
遠くから聞こえてくる妹の声を聞きながら、天堂は感涙とは違った意味合いの涙を滝のように流しながら鍋を抱えるのでした。
「‥‥何かありましたか?」
「‥‥い、いや、気のせいであろう」
視界の端で見覚えのある人間が倒れこむのが見えたような気がした連琥は、何やら不吉な予感を覚えてあえて見なかったことにすると、花菖蒲の中にある休憩用の椅子へとおきたを誘って。
「お、おきた殿。これはおきた殿に似合うかと思って‥‥いや、今回の用事はそれだけではないのだが!」
「まぁ、可愛い根付ですね。‥‥?」
まさしく文字通り茹蛸になっている連琥に小さく首を傾げるおきた、連琥は真っ赤な顔で続けて。
「私は無骨者だしこのような物を贈るしか思いつかぬが‥‥」
「はぁ‥‥」
いつも以上にどこかわたわたしている連琥に首を傾げるおきたですが。
「その、おきた殿が元気に働いている姿を見ると心が晴れやかになるのだ‥‥だからその‥‥よ、良ければ‥‥その、お付き合いして頂けないだろうか」
「えっ‥‥」
言われた言葉にこちらも真っ赤になってしまい、何とはなしに俯く二人。
互いに赤い顔をしながら他の仲間達の元へと戻ってきた二人は、とりあえずは一歩前進、と言ったところでしょうか。
「‥‥よく考えれば、比良屋に行けば朔耶と‥‥くっ‥‥くくく‥‥俺だって万能じゃない、判断を誤ることだってある‥‥笑え、笑えよ加賀美!!」
「‥‥て、おおお落ち着け天堂ー!!」
ある者は気づかなければ幸せだった事実に気づいて取り乱してみたり宥めてみたり。
「あら、絵を描きかけのままで眠ってしまったみたいですわね」
ある者は花を愛でて酒を舐め、気が付けば花の中で穏やかな眠りへと落ちていき、それを見て思わず微笑を浮かべる者もあり。
「む、この菓子は美味い!」
ついつい甘い物に笑みを零す者もあり、のんびり花を眺めて歩く者たちもあり。
「ま、大事無くて良かった‥‥」
「こういう休みがたまにあっても良いものですね」
そして、どこか気恥ずかしげに笑いあう者達がいて。
今暫く、菖蒲園での時間は続いていくのでした。