●リプレイ本文
●菖蒲園への誘い
「えーっと‥‥絵を描くための布と‥‥はい、そうそう、花菖蒲の絵を描こうと思いまして」
イリス・ファングオール(ea4889)が言えば、お店の女性は幾つか顔料を手にしながら首を傾げ、イリスは菖蒲園へと行くことを告げます。
良く晴れた日で店内から見える辺りは明るく、楽しげに描くための布を手にとって選ぶイリスは女性からおまけと少し余分に顔料を入れて貰った物を受け取ると、お代を払って布と一緒に抱えてお店を出ると、足取りも軽く菖蒲園へと向かうのでした。
「あら、おでかけですかい?」
「菖蒲園での催し物にちょっと興味を引かれましたんで、これから行こうかと‥‥」
「あぁ、あそこかい、そりゃぁ結構ですねぇ、旦那」
ジェームス・モンド(ea3731)が菖蒲園へと向かい出発すれば、直ぐに顔を合わせる近くに住む人たちとすれ違い、言葉を交わしています。
「こんなご時世だからねぇ、とんとそう言う楽しみからは離れちゃっててねぇ」
「こんな時だからこそ、和める場所というのも良いものではないかなと」
ほう、と頬に手を当てて溜息を吐く女ににかっと笑って言うモンド、女性はなるほどと頷いて。
「そうだねぇ、後であたしも行ってみようかな」
「それが良いですな」
笑って頷くモンドはその後も数人の人々と世間話のついでにといった様子で菖蒲園のことを話題に出して奨めつつ、菖蒲園へと向かうのでした。
「うん♪ こんな感じやねっと♪」
満足そうに茣蓙を引き場を整えて顔を上げるのは藤村凪(eb3310)。
茶器を入れた箱を抱えていた御門魔諭羅(eb1915)もそれを置きながら改めて辺りを見回せば、入り口をまっすぐに見られる位置、入ってきてから一番近い広場に出来たお茶処に感心したように頷いて。
「こちらでのお茶会か、奥での振る舞い茶か、好きな方を選べるというのも良いと思いますわね」
奥では難波屋が振る舞い用のお茶とお菓子を用意しているそうで、建物に入って落ち着くならば奥ですが、一面の花菖蒲が楽しめるのは凪の用意したこのお茶会でしょう。
『菖蒲茶屋』そう筆で認めた看板を置いて準備は完了。
「見事なものですね」
そこへやって来た葛木五十六(eb7840)は、菖蒲を眺めて楽しみながらのそのお茶の席の最初のお客様。
「ジャパンのお花も綺麗で良いわね。来てみた甲斐があったわ」
「殺伐とした事がこの所多かったし、和むわね」
五十六のお手伝いに来ていたルーマ・シャイゼルグが花を見渡し言えば千住院亜朱も頷きながら腰を下ろし。
「花は綺麗だしお菓子はあるしお茶も出るし食事の心配もしなくて良いなんて何て素敵な依頼なんでしょう☆」
小皿に可愛らしく色づくお茶菓子、そしてにこにこしながら凪が出すお茶を受け取ると、実に嬉しげに笑って五十六は言うのでした。
さて、同じ頃、いそいそと呉服屋で着物の柄合わせに片袖を通してみながら店員と言葉を交わすのはシャーリー・ザイオン(eb1148)です。
「曲がりなりにもデートですから、思い切りおめかしをしないと‥‥」
「でーと‥‥逢い引きのような物ですか?」
淡い緑地の着物に袖を通すとその着物を撫でつついうシャーリーに、帯を当てて見せながら首を傾げる店員に、にこりと笑って頷き返し。
「菖蒲園が今見頃だそうですよ。それなのでせっかくですから一緒にとお誘いを頂いたんです」
「ほう、菖蒲園というのはあそこですな。何でも噂では振る舞い茶があるとかないとか」
「そうみたいですね、何でもお茶菓子とお茶が楽しめるそうで‥‥これ、可笑しくないですか?」
「そうですね、お好みではありますが、とても良くお似合いですよ。‥‥それにしてもなんだか楽しそうですね。私も仕事が終わったら行ってみますかねぇ‥‥」
そんな言葉を交わしつつ、淡い緑に黄色の帯、ついでに色々と着付けなどを手伝って貰ってから、シャーリーはいそいそと菖蒲園へと向かうのでした。
●楽しげに
「それにしてもこれの読み、『アヤメ』で良いんですよね? いや一瞬『ショウブ』って読んじゃったもんで」
「しょうぶ、で良いようですよ」
待ち合わせて菖蒲園へと向かいながらの陣内晶(ea0648)とシャーリーの会話。
楽しそうなその様子にふと振り返る人々もちらほら。
「でも、菖蒲園なんて素敵だねぇ。きっと心も休まるよ。ちょっと見ていこうか。‥‥それに、キミみたいな可愛らしい子との逢瀬にピッタリの場所だよ」
晶が言えば嬉しそうに笑い返すシャーリー、繋いでいた手を嬉しげにぎゅっと握ると晶の腕をぎゅっと抱きしめるようにして。
「綺麗な場所のようですね、楽しみです」
仲睦まじげに入っていく2人につられるようにして菖蒲園へと歩み寄って看板と中を見比べる者なども出てみたり。
「‥‥まずは藤村さん方のお茶会に寄っていきましょうか?」
「そうですねぇ。それに改めて花をゆっくり見る機会も少ないでしょうしね、お茶を頂きながらゆっくり楽しみましょうか」
中では客寄せのように賑やかにするのはどうかと思った様子のシャーリーに頷きながら凪のお茶会へと歩み寄れば、一角では既に数人が楽しげにわいわい談笑しつつお茶を頂いており、それに輪をかけて楽しげにくるくると立ち働いている凪。
「お♪ いらっしゃい。楽しんでいってや〜」
「お茶を2人分お願いできますか?」
「うん、少し、まっててな〜♪」
凪が2人に目を止めて直ぐにお茶とお菓子を用意しに行くと、ぴったりとくっついて花を眺めて言葉を交わす2人。
ちょっと五十六辺りは目の毒と言おうかなんと言おうか、ちょっぴり遠くを眺めつつ。
そんな様子を見て、何とはなしに目を伏せるのは所所楽林檎(eb1555)。
林檎は凪のところでお茶とお菓子を楽しんだ後、これから奥の依頼人の元へと向かう途中でした。
「‥‥お二人には‥‥きっとぴったりの花言葉達なのでしょうね‥‥『良き便り』『うれしい便り』『愛』『あなたを大切にします』‥‥きっと、どちらをとっても‥‥」
小さく呟くも直ぐに目を上げて微笑ましげに僅かに目元を穏やかにして見れば、ゆっくりと奥の方へと歩を進めて。
「あっ、林檎さん」
そこに声をかけられて花を見ていた顔を声のした方へと向ければ、そこにいたのは難波屋のおきた。
「林檎さんもいらしていたんですね。お茶とお茶菓子でもいかがですか?」
入り口のお茶会と同じくこちらも大分お客さんが集まっているようですが、おきたがにこにこしながら手招きするのに少し寄っていくことにした林檎。
「‥‥これは‥‥初めて見るお菓子ですが、どちらで‥‥」
「あぁ、これは菖蒲園の方が手配された職人さんが作っているんですよ」
鮮やかな色合いの菖蒲を模ったお菓子に興味深げに聞いた林檎に、おきたは笑って答えると、内緒ですよ、などと言いつつ奥でお菓子を作っている職人さんの所へと林檎を案内して。
「‥‥見事なものですね‥‥」
色を良く練り込んだ生地を微妙に手の感覚で分量をみて混ぜ合わせる手つき、そこで一つ一つの色あいを作り上げる様に感心したように見る林檎。
ちょっとだけ手の空いた職人さんに作り方を聞いてみたり、ちょっと菖蒲を模ったお菓子作りを体験してみたり。
「形は兎も角、色合いはちょいとこう、生地をとって、な‥‥」
「なるほど‥‥ほんの少し混ぜるだけでも色がたいぶ変わるのですね‥‥これの色はどう‥‥?」
「あぁ、一番始めにこう、生地の色づけに‥‥」
興味を持って聞く林檎に職人さんはちょっと自分お仕事に興味を持つ人が来て嬉しいのか気さくに答え、暫くの間、林檎は菓子職人さんと共にお茶やお菓子のことで言葉を交わしているのでした。
●穏やかに
「お疲れ様です、どうですか? 調子の方は‥‥」
「あ‥‥はい、私なりに感じたものを書いてみてはいるのですが‥‥」
お茶会から少し離れたところで筆を走らせていたイリスは、魔諭羅がお茶を出張で運んできたのに微笑を浮かべて手元に目を落とせば、幾つか書かれた一面の花菖蒲と、それを楽しげに見る人々の姿が。
「良い絵と思いますよ」
「ありがとうございます」
お茶と菓子を受け取りながら頬を僅かに赤らめて礼を言うイリス、再びお茶会のお手伝いに戻っていった魔諭羅を見送ると、辺りに目を向けてふと賑やかな一行を目にして微笑を浮かべ。
中でも小さな女の子と手を繋いではしゃぐ少女や、その2人を心配でもするかのようにおろおろと追っかけている立派な身なりの少年、そして少し離れたところで楽しげに話す大人達の姿。
「‥‥確かに、最近はちょっと沈みがちになる事も多かったですからね‥‥こういったものを見ると、なんだか安心しますね」
子供達の姿を眺めて笑みを浮かべたイリスはお茶を一口、再びその光景を覚えておこうとでも言うかのように筆を走らせて。
穏やかな時が流れる中、今暫くイリスは筆と花と人々の姿に没頭していくのでした。
「‥‥良い天気に旨い茶に、菓子‥‥」
満足げに頷いてゆっくりと茶碗を手に取り呟くのはモンド。
菖蒲園はなかなかに広く、その中でこうしてみてもただ人が多いのではなく、それぞれが楽しげに花を見ているのに、十分賑わいを見せていると理解して楽しんでいたモンドですが。
「‥‥おや、まるで‥‥」
覚えのあるような家族連れに目を細め、自身も娘達と出かけた時のことなどを思い返して笑みを零していたモンドは、はたと手を止め茶碗を置いて良く良くその一行へと目を向ければ、仕事でも良く見知った人々に気が付いて。
「あ、これは‥‥良い天気ですな」
そう言ってモンドがにかっと笑いかけるのは、比良屋の一行。
「あ、これはこれは‥‥モンド様もいらしていましたか」
「比良屋さんも、それに彦坂殿も‥‥」
「こういう場でない限り、今はちと、な‥‥」
大人達が挨拶する中で、とてとて、朔耶と手を繋いだまま歩み寄ったお雪がモンドを見上げ。
にっこり笑ってお雪を撫でてやるモンド、そこへすっかりと職人さんに気に入られたのか挨拶に来てお茶菓子の包みを受け取った林檎が奥から出てくれば、一行の中で林檎の姉・石榴がにっこり笑って手を取って。
気が付けば賑やかな一行に引っ張り込まれる形で茣蓙を引いて並べられる美味しそうなお弁当。
良く知った子供達や大切な姉と共に、暫しモンドと林檎はその輪の中で菖蒲に囲まれて過ごすのでした。
●時の流れがいつか‥‥
「そういえばお花も買えると聞きましたが、拙者も買っていって良いのですかね?」
依頼人が厳しい顔で菖蒲を眺めつつ手を入れているのを見学に来ていた五十六は、ふと思い出した事柄に軽く首を傾げて尋ねれば、顔を上げて頷く依頼人。
「まぁ、仕事に来てくれた礼だ、直ぐに包ませよう」
元は二本差しだったのだろうな、などと依頼人の受け答えを見つつ何とはなしに眺めていましたが、持ちやすいように包まれた鉢から覗く見事な花菖蒲に笑みを浮かべて受け取って。
「こうして花を見ていると、気分が朗らかになりますね」
「‥‥花は良い‥‥手間を惜しまず手をかければ必ず色づき、世話を怠れば拗ねもする‥‥見ていて飽きぬ」
微かに口元を歪めて言う依頼人に、なんだかそれだけ打ち込むことに夢中になれるさまを微笑ましく感じたのか微笑を浮かべて頷く五十六。
「あ、お邪魔します、今回はお招きいただいて有り難うございます」
そこへやって来たイリスは会釈をしてから一幅の絵を依頼人へと差し出して。
「宜しければ、こちらを‥‥」
「‥‥絵? 拝見致そう」
受け取って広げれば、その絵は花菖蒲の中で楽しげに笑い合う人々の姿。
「まだあんまり上手く描けてなくて、本物には全然勝てませんケド。‥‥もし良ければですケド、お花と、楽しかったお礼です」
「‥‥‥‥良い絵だ。忝ない、大事にしよう」
受け取った絵を暫し見て頷く依頼人、この絵は後に尋ねれば、大切に奥の部屋に飾られて、菖蒲の世話をする依頼人を眺めることになるのですが、それはまた後の話。
「先程お花を頂いてきたんですよ。今日の記念にって‥‥」
菖蒲園は四季折々の花もありますのでこれで閉じられるというわけではないのですが、やはり花菖蒲の見頃、そしてせっかく2人で来た記念、そんな意味も込められているのではないかという雰囲気。
並んで楽しげに語らうシャーリーの肩を抱きながらにこやかに話を聞いていた晶は、ぎゅーっとシャーリーを抱き寄せてみたり。
ちょっと調子に乗りかけて口付けようとした晶ですが、ちょっと軽く咳払いをして誤魔化し、こっそり抱き寄せたシャーリーの髪に口付けたのを、果たしてシャーリーは気が付いたのか。
それは当人のみぞ知ることでしょう。
「申し訳ないけど、既に終わってもーてな。‥‥堪忍な」
そう言いつつも何となく申し訳なさそうについつい迷う様子を見せる凪は、しょんぼりした様子のお客さんにお茶を用意してあげてしまう凪。
ついでだからとばかりに、みんなで集まって残った材料を全部使い切るようにと、打ち上げにも似たささやかなお茶会が始まります。
要望があって魔諭羅の舞が披露されたり占って貰う人がいたり。
「季節や年々によって、違った色合いを見せる自然、それを封じ込める事が出来るというのも、また乙なものだ」
モンドもふと日が沈み灯りの下で色づく花菖蒲に筆を執ると笑みを浮かべて筆を走らせ。
そして‥‥。
「ここの花たちの花言葉は‥‥今のあたしには縁のない言葉になってしまいました‥‥それもまた、時間が想い出へと変えてくれるのでしょう」
一面に咲き乱れる花菖蒲の中を、静かに歩きながら呟く林檎。
「今この時だけ、少しだけ、休みを‥‥これがおわったら、試練を求め前を向き、歩みはじめますから」
自身へと言い聞かせるかのように小さく呟いて辺りを見回す林檎ですが、もう一つ思い当たった花言葉である『忍耐』。
耐えることは得意、小さく呟く林檎にもきっと、桜の下での思い出や花菖蒲の中でのこの一時をも懐かしく微笑むことが出来るようなそんな日を、時の流れが運んできてくれるのを願いつつ。
凪や魔諭羅が林檎に声をかけて呼べば、ゆっくりと歩き出してお茶会に加わる林檎。
ゆっくりと、今暫くは。
各々の思い抱いて、穏やかな時はゆっくりと続いていくのでした。