●リプレイ本文
●往く年に向けて
「鰰の白子とぶりこか‥‥美味しそうだな」
「鰰、今年も手に入ったでござるか。調理が楽しみでござる」
山下剣清(ea6764)がその木箱を覗き込めば、そこには細かく砕かれた氷の中にたっぷりの魚、沖鷹又三郎(ea5927)はそれを笑みを浮かべてみれば、ぷっくりと膨れた魚に指を触れさせ、お味噌の入れ物に手を伸ばしながら口を開きます。
「そうそう、綾藤の料理人殿はもう少ししたら来られるそうでござるよ」
器には白子とぶりこが入り混じり、味噌の味を確かめ和えながら沖鷹は思い出すように首を傾げ。
「そういえば、前に作ったしょっつる、いうの忘れていたでござるが‥‥」
自身が前に作ったものもなかなかの出来という自負はあるのですが、出来上がりを味比べてみたいのは料理人心理と言いますか。
「それにしても、本当に酔狂な依頼ねぇ。ごちそうを食べてのんびりするなんて依頼は、あまりお目にかかれないわ」
ジルベルト・ヴィンダウ(ea7865)がせめて何か手伝いでもしようと、水回りの片づけを手伝いながら言えば、小豆を甘く煮詰めていた群雲龍之介(ea0988)が小さく笑いを零して。
「まぁ、ここの主人が酔狂な御仁であることは否定しないがな」
「一年間色んなことがありましたけど、終わり良ければ全て良し♪ なのでみんなで楽しく年越しなのです♪」
群雲の餡作りが待ちきれないかのように顔を覗かせる朔耶がおーとばかりに手を振り上げれば、ひゃんと総司朗も同意を込めて一声鳴き。
「ま、年越しと、新年の松の内ぐらいはのんびりしても罰は当たらないだろう」
黒崎流(eb0833)が賑やかな様子を眺めて楽しげに笑いを洩らしています。
「ところで‥‥買い出しの二人、遅いな」
黒崎がふと思い出したかのように言えば、確かに、と頷く一同。
そのころ、その二人――嵐山虎彦(ea3269)とケイン・クロード(eb0062)はといえば‥‥。
「いやぁ、良い酒が手に入って何よりだねぃっと」
「そうですね〜‥‥っくしゅ」
「お? 風邪か?」
道を行く嵐山は樽酒を担ぎ腰にはつまみを入れた包みをぶら下げ、手には酒桶が。
くしゃみをして軽く鼻のあたりをこするケインはどうやら年越し飾りの包みを持っているようで。
「ちょっと聖夜祭の時に‥‥んー、お雪ちゃんたちにうつしたら大変だからなぁ」
はぁと小さく溜息をつくケインに、何やら嵐山、にやりと笑って。
「そうそう、綾藤貸し切るって? 何かあるのかねぃ?」
「あ、あはは‥‥いやまぁ、もしか貸し切りにするとしたら、どうなのかなと」
「ま、先に予定が入ってなきゃ、いつでも空けられるってぇ話だし、そのあたりは当人同士の予定をよぅく合わせるのが良いだろうよ」
からかうように笑う嵐山に、僅かに顔を赤らめて頬を掻くケイン。
実際の春よりも、もう少し早い春の訪れがもしかしたらあるのかもしれません。
「ま、まずはのんびり、年越しだぁな」
「そうですね。比良屋でもう三度目の年越しかぁ‥‥」
感慨深げに呟くケイン、二人はのんびりと比良屋へ向かって、今暫くの間歩き続けるのでした。
●年越し
お昼御飯も終わってまだちょっと満腹感はありますが、夕食と年越しの、そして新年の仕込みに集まる一行。
「あぁ、やはり寿司は外せぬでござるが、お酒を飲む方も多でござろうし、白子漬も良いでござるな」
楽しげに鰰と向き合っているのは沖鷹で、綾藤の料理人も顔を出していて、2人でしょっつるの味を確認しては、鍋の味付けの相談に余念がないようで。
「ぶりこ? お魚さんのたまご‥‥おなかぱんぱんなの‥‥」
ひょっこりと覗き込んでは目を瞬かせるお雪に、沖鷹は笑いながら鰰を洗うお手伝いを頼んでみたようで。
「どんな珍味なのかとっても楽しみです♪ お鍋にお蕎麦、もう幾つ寝ればお正月でお餅ですよー♪」
「わふぅ‥‥」
もう幾つどころか既にあと一つ、しかも寝るかは分からないですがお正月は目前だと朔耶に訴えてみたようで。
「お雪ちゃん、お正月には初詣行きましょうねー♪」
「うんっ」
にこにこ並んで鰰やお鍋の具材を洗っている2人に、何だか微笑ましげな笑みを浮かべてから、大きな擂り鉢に向き直ったのは群雲、中には蕎麦粉、これから蕎麦打ちを始めるようで。
「新年早々の餅は用意できたが、松の内に食べる餅は、年が明けたらまた餅つきだな」
「白子漬に蕎麦か、酒が進みそうだねぃっと」
良し、と気合いを入れ直して群雲が蕎麦粉を練り始めたのを横目で見つつ、酒樽をぽんぽん叩いて眺める嵐山に、ケインは少し考えると七輪を用意して。
「後は田楽と塩焼きの支度っと‥‥」
「お願いするでござるよ。味噌に醤油にしょっつる‥‥それぞれ作るでござるか」
ケインに声をかける沖鷹、ふとジルベルトが気になったのか首を傾げます。
「ねぇ、さっきから何度もしょっつるって言葉が出ているけど、しょっつるって何なのかしら?」
「あぁ、魚醤と言って魚を塩漬けして作る特殊なお醤油のようなもの‥‥というのかな?」
軽く首を傾げて言うケインになるほど、と頷くジルベルト。
着々と進んでいく料理の支度、お雪がお鍋を覗き込めば、笑いながら口を開く沖鷹。
「あぁ、お雪殿、このお鍋はお魚を入れた後はあまり掻き混ぜてはいけないでござるよ」
「そうなの?」
「身が柔らかい魚でござるから、煮崩れしていしまうのでござるよ」
「‥‥‥あはは♪ もうしっかり混ぜちゃいましたー」
「きゅうん‥‥」
直ぐ側で既にちゃっちゃと掻き混ぜてしまう朔耶がいたり、鮮度の問題も協力者に凍らせて貰って運んできていたためか大丈夫のようで、お刺身も出せるだろうという言葉に比良屋の主人が、ちょっぴり小躍りしてみたり。
「では、今年も皆様、お世話になりました。来年も楽しい年になるように、ぱーっと今年最後の日を楽しみましょう」
比良屋の主人の言葉で早速始まる年越しの宴。
「いやぁ、美味しそうですねぇ」
「むぐ‥‥これ、歯ごたえが‥‥んむ、むぐ‥‥」
「えぇと、これは‥‥頭は取るのですよね?」
早速ぱっくりと塩焼きの鰰に比良屋が手を伸ばせば、こちらも味噌漬けにして焼いた鰰に手を伸ばす荘吉、年越しでお呼ばれできていたお雪の兄の清之輔は、骨が簡単に取れると聞いても恐る恐るといったようすで沖鷹や綾藤料理人の手元へ目を向けます。
「なるほど、これぐらいの小振りな魚ならば箱で一杯買ったりするのだろうな。しかし、ぶりこも良いだろうが、白子もなかなか‥‥」
山本が酒の徳利を片手に田楽を楽しんでおり、ちょうどそちらは白子の方のようで、嵐山は味噌味の鍋に手を伸ばし‥‥鰰を掬おうとして分解した魚の様子に目を瞬かせていたり。
「思ったより生臭くないのね」
「んー、焼いた魚は冷めると生臭くなることもあるかも知れないが。ん? 除夜の鐘にはまだ時間もあるし、天堂殿や加賀美殿もそんな日を跨いだら居られないというわけでもないだろうし、ゆっくりしていったらどうだ?」
ジルベルトの言葉に目を向けた黒崎は、縁側の辺りで時間を気にする様子の加賀美祐基と、梃子でも動かないとばかりに妹の側に居ようとする天堂蒼紫の姿に何だか面白そうに笑いを零して。
「お雪ちゃん、美味しいねー♪」
「とろとろでほわほわなの」
その妹の朔耶と言えば、お雪とにこにこと楽しそうによそって貰ったしょっつる鍋に舌鼓。
「んー、このあとお蕎麦もあるんですよねー♪ 楽しみです♪」
「おう、そうだ。早めに休むって言ってたが、年越し蕎麦は前倒しにゃなるが、喰うよな?」
朔耶が至福とばかりにがんがん食べていく姿を面白げに眺めながら酒を山本と酌み交わしていた嵐山、ふと思い出したようでケインへと声をかけて。
「そうですね、ちょっと早いけどお蕎麦を少し頂こうかな」
「じゃあ直ぐに用意するでござるよ、汁は出来ているでござるし、暖めれば直ぐでござる」
「俺も直ぐに湯を沸かして蕎麦を茹でるとしよう」
ケインの言葉に直ぐに席を立つ沖鷹と群雲、沖鷹が汁を温めれば群雲は煮立った湯の中に打った蕎麦を入れてさっと優しく掻き混ぜて手早く茹で上げ。
「じゃ、お先に頂きます」
言って蕎麦を啜るケイン、食べ終われば比良屋住み込みの女中・お弓が暖めて用意してくれた客間で暖かくして一足先のお休みです。
「よいおとしを、なの‥‥」
ケインが寝る前に襖をちょっと開けてお雪が言えば、ケインもにっこり頷きます。
一通り鰰の料理で盛り上がりお腹も一段落付いた頃、そろそろ年越しの瞬間が迫り、再び沖鷹と群雲は年越し蕎麦を今度は人数分たっぷりと用意して。
誰からともなく啜り始める蕎麦の音、気付は窓の外にはちらりと白いものが舞い降り、やがて遠くから聞こえてくる、鐘の音。
「明けましておめでとうございます、ですねぇ」
比良屋の言葉に、各人聞こえてくる鐘の音を、思い思いに聞くのでした。
●新年
さて、比良屋の新年はお蕎麦を食べて除夜の鐘が終わってからは、ずっぱりと寝正月へと転じたようで。
満腹で何だか幸せそうにくーすかと眠った朔耶とお雪、清之輔もちょっと眠いようで目元をくしくしと擦っており、お酒をもう少し飲んでいる面々を除けば眠りに行ったようで。
当然というか、次の日は急ぐ理由もないので一同の朝もいつもよりもずっとゆっくりで。
とは言え、群雲は早速お雑煮のためのお汁と餡を温めるために早めに起きていましたし、沖鷹もお節を盛りつけたりと目覚めは早かった様子ですが。
早めに休んだケインは風邪の具合も暖かくしていたので随分と良くなったようで、取り敢えず暖かな格好をした状態で、初詣に出る一行に加わります。
「んーっ、お雪ちゃんは何をお願いするの?」
「んみゅ、ひみつなの」
比良屋と朔耶に手を引かれて歩くお雪、朔耶の言葉にちょこんと首を傾げて言いますが、出がけに今年も御店のみんなが元気なようにとお願いするなどと言っていたので、秘密も何もあったものではなく。
「それにしても凄い賑わいね」
折角なのでと着物姿で出かけてきたジルベルトは、早速のお参りの人の流れと、側で活気づいた人混みがあるのに目を向けて言い、荘吉が口を開きます。
「あちらは縁起物を売る市ですね。大体の人は年の始めぐらいはのんびり過ごすんですが‥‥」
先程からふと目に付いたものなどを聞いてみれば答える荘吉、ジルベルトはちょっとだけジャパンのことが詳しくなったような気になってみたり。
本堂へと行き着いた一行、ぎゅっと人より頂いたキューピット・タリスマンを握りしめてお賽銭を入れ祈りを捧げるのはケイン、皆の笑顔と、そして大切な女性を護れるようにと思えば、隣の清之輔は立派な武士になれますようにと祈っているようで。
「さーってと、お参りも済みましたし、帰って沢山食べますよー♪」
お参りが済んだ朔耶がにこにこと笑って声を上げれば、一行は元来たように江戸の町の、新年の様子を楽しみながら御店へと帰っていくのでした。
「ああ、皆お帰り。これから餅つきを始めるのだが」
新年用のお餅も作りましたが、やはりお餅は搗きたてを楽しもうとのことで、早速支度をしていた群雲、前の晩から水洗いして付けていたので、下拵えもばっちりです。
餅米がちょうど蒸し上がったところだったので、早速子供達と朔耶は手を洗い餅つきの場所へと戻ってきて。
「よっしゃ、俺の杵さばきを見せちゃるぜ!」
気合いも十分、嵐山が杵を自在に操れば、群雲の息のあった返しと合いの手に餅米も直ぐにもっちりと白い湯気を上げながら弾力を増していくお餅。
「搗き上がりはこちらで丸めて、美味しくいただくでござるよ」
昨日のうちに群雲が作っていたお醤油に鶏肉切り身や三つ葉、そしてなるとに目に楽しい大根と人参の扇が舞うお汁や餡の入ったお鍋を七輪で温めつつ沖鷹が言えば、早速搗きあがったお餅をちょんちょんと入れてお雑煮と甘い餡のお餅に子供達もご満悦。
「朔耶殿には勿論、これを2つ入れるぞ〜♪」
楽しげに言う群雲、ちょっとした自信作のそれば、薄めで搗きたてのお餅に良く合うお雑煮の汁に、一口ぱくりと噛めば中に固めに茹でて作った餡が控えめな甘さで思いの他の美味。
「おいし〜〜♪ お代わりです!」
「さくやおねえちゃん、とっても早いの‥‥」
漸く一つのお餅を半分ほど食べたお雪が目を瞬かせれば、ぱっくりとお餅に食いついていた清之輔も吃驚したようにそのままの形で朔耶を見て。
「ふふん、大食いの道を極めてる朔耶ちゃんには一杯二杯じゃ足りないのです♪ 嵐山さんにだって負けませんよー!」
「お、何食い比べでもするかねぃ? とまぁ言いてぇところだが、こりゃどんどん餅を搗いていかねぇとな」
笑って言う嵐山、ちゃっかり総司朗もむぐむぐと旺盛な食欲を見せており、群雲の所の仔犬とともにご相伴に預かっている様子です。
「色々な味に良く合うので良いよな、お餅は」
海苔を巻いてお醤油をちょんと付けて囓る黒崎が言えば、ちょっと食べるのが大変そうな様子で甘い餡のお餅を口にするジルベルト。
山本などは比良屋と二言三言話ながら部屋の中でのんびりとお餅を頂いており。
賑やかに比良屋新年の一日目は過ぎていくのでした。
●今年もまた一年
「よしっ、上手くかけたな」
じっくりと時間をかけて書き上げた書き初め『真実一路』。
その文字を眺めて微笑浮かべる黒崎。
2日目にもなれば比良屋も午前中は新年の挨拶回りに出かけたようですが、午後にもなればご馳走にお餅でのんびり楽しくお食事会。
「さーて、新春かくし芸ー♪ 一番、天堂朔耶! ものまねやりまーす♪」
元気良く挙手する朔耶、一番てことは続けて他にもやるのだろうか、等と呟く荘吉を尻目に小さく咳払いをして始める朔耶。
『いやぁ、去年もいろいろあったねぇ荘吉?』
『旦那様は相変わらずでしたけどね』
『おう、子供たちはちゃんと成長してるてぇのになぁ』
まるで声だけ七変化、声を出された当人は目を瞬かせたり笑ったり。
『うんうん、まったくでござるな』
『まあ、それが旦那さんの良い所なんだよ』
「総括されました!?」
物真似に反応しているようでは今年も比良屋自身、代わりが有るようには思えないことでしょう。
子供達がその後嵐山お手製の凧を貰って付き添いについて来て貰いながら凧揚げに出かければ、大人達は暫しの休息、黒崎の点てるお茶に、沖鷹と群雲の出すお茶請け。
「今年もいい年になると良いでござるな」
「ええ。今年もまた、のんびりと楽しく過ごせるよう、ですね」
今年もきっと良い年になる、そんなことを各々が思いつつ、のんびり気楽な様子のお正月は、こうして過ぎてゆくのでした。