●リプレイ本文
●蛇腹屋って?
「お、来た来た。久し振りだな。ギルドの子から連絡貰って待ってたんだ」
所所楽銀杏(eb2963)が話で聞いていたその店へとやってくれば、店の入り口で客の応対などをしつつどこかそわそわとした様子の少年が銀杏へと気が付き、照れたように笑いかけて手を挙げます。
「沢君もお久し振り、ですよ‥‥背、伸びたです、か‥‥?」
「ああ、ちょっとだけ、な。銀杏は髪伸びたんだな。その、似合ってる‥‥」
そこは呉服屋の店先、照れたように言う店の主人の義弟にあたる少年・沢は以前乱に巻き込まれて帰る村を亡くした少年ですが、今ではすっかり店のお手伝いにも慣れたようで。
「商いのお邪魔にならなければ良いです、けど‥‥」
「あぁ、それは大丈夫。確か蛇腹屋のことだっけ? 良い評判、全く聞かないよな」
客間へと案内しながら言う沢はどこか心配そうな様子で眉を寄せ、客間に来れば、客間では沢の義兄と姉も心配そうな様子で何か話していたようで。
「蛇腹屋八堵の事だったね? 君のようなお嬢さんに話すのは気が引けるが、とにかく厭らしい人間だよ、商売のやり口も品性といった点においても‥‥」
挨拶を済ませて話を聞けば、落ち着いた穏やかな様子の義兄は話を始めて。
江戸へと下って来たのは少し前で、先の乱での復興などに上手く立ち回れば利益が大きいからとやって来たよう。
「あの米問屋も、前の主人が先の乱で蛇腹屋に唆されて襲撃するように仕向けられて、手放さざるを得なくされたところを騙し取るような形で‥‥証拠はないですがね」
「‥‥酷いです、ね‥‥」
「当方は蛇腹屋と繋がりはありませんが、うちからのれん分けした店があの傍に‥‥主人は実直な男です、そちらを拠点にされると良いでしょう。沢、案内を」
「ありがとうございます、ですよ」
ぺこりと頭を下げて退出する銀杏と沢。
「っと、そうだ‥‥これ、良かったら使ってくれ」
ひょいと沢が抱えるのは何やらちょっと大きめ包み、お茶席とかに使うらしいけどなどともごもごしながら言う様子に、銀杏はくすりと笑みを零し、沢の案内を受けて歩いていくのでした。
「‥‥忙しい所ごめんなさい。色々聞きたい事があるんですけど‥‥」
そこは蛇腹屋の米問屋がある町内の一角、瀬崎鐶(ec0097)と山本剣一朗(ec0586)が近くの長屋を訪ねて切り出せば、気不味げに顔を逸らして立ち去る町人や職人、おかみさん連中にしても話したくないと断られ、漸く二人が話を聴けたのはその長屋の大家が帰ってきてから。
「そら、長屋連中は気不味いでしょう‥‥前の米問屋さんは良い人だったが、乱の不安で、参加した者もいたらしいからの、あの襲撃に‥‥」
眉を寄せそれでも大家が話すのは、知っていても連座で累が及ぶのを恐れて黙っていたことへの罪悪感のようでもあり。
「あすこの新しい主人の用心棒を見て血の気が引いたろうの。扇動していたのが混じっておったのですから」
「‥‥」
「申し訳ないが、このことは、どうか公には‥‥」
「そういった仕事ではないので安心していただきたい。ご協力感謝する」
前の主人がどうなったかは主人は口を閉ざしたまま、山本は礼を言うと大家の家を出て。
と、そこに通りかかるのは、銀杏から鬘を借り同じく付近を調べていた緋宇美桜(eb3064)。
「そちらは、どう‥‥?」
「うーん、聞けば聞くほどなんだか頭にくる奴だね。どうも、前は堺の方にいたらしいとか‥‥そうだよね、上方っていっても京ではないだろうなとは思っていたけど」
鐶の問いかけに微苦笑気味に桜が言えば、山本も眉を寄せて。
「でも、なんかひっかかるんだよね。上方、品がない‥‥あー」
「‥‥どうした?」
「いや、別件でそういえば下品な扇と上方訛りって最近あったから」
流石にあくどくても盗賊だったら間抜け過ぎるかなと頬を掻いて桜は言うと軽く首を傾げるのでした。
●襲撃
「しかし大丈夫でしょうか?」
何とも言えない表情でそういうのは正助。
「うーん、桜さんが調べてきてくれたから、何人ぐらいで来るかは分かっているし?」
ラーダ・ゲルツェン(eb9825)が言えばこくりと頷きながらお茶をすと茶菓子を添えて出す鐶。
「‥‥とりあえず‥‥粗茶ですが‥‥」
「あら、どうも‥‥ごめんなさいね、道場のお掃除とかでどうしてもきちんとお持てなしも出来ずに‥‥」
申し訳なさそうに言う女性は二十程のほっそりとした穏やかな様子の女性で名を美緒といい、ちょうど洗濯物を干して戻ってきたところのよう。
「それにしても、あの時の肉布と‥‥こほん。あの御仁がわたくしに‥‥恐ろしいものですわ。女は一人で出歩けないような御時世になりそうですわね」
ほうと溜息をつく女性に任せてとばかりに胸をとんと叩くラーダ。
「大丈夫、変な奴が来ても鐶さんやうちの子達で追い払っちゃうから♪」
「‥‥結構他力本願ですね‥‥まぁ、警戒は僕がやるから良いとしても、流石に自分の所の用心棒は使わないでごろつきを雇う辺りは一応考えているようですね、蛇腹屋も」
「‥‥人を見る目は、無かったみたいだけど‥‥」
正助が庭へと目を向けながら言えば、ぼそりと呟くように言う鐶。
桜が調べた限りでは、どうやら正助にきっぱりと断られた後でギルドは無理と思ったか、場末の酒場で浪人を捕まえ、金をちらつかせて三人程雇ったようですが、実力はと言えば、ただただ沈黙‥‥。
流石に刀を腰に差しているだけ合って、三人でかかれば女性も危ないので、護衛が居なければどうなったことか。
「でも、何だか動きが丸々分かってる相手って、楽だよねー」
こういった仕事に不慣れなのか酒場で堂々と打ち合わせをしていた彼らの動きは桜から筒抜けだったりして。
「‥‥とりあえず‥‥夜まで待とう‥‥‥」
「そだね」
何だかのんびりまったりと待つ一同。
お茶を飲み時間をのんびりと過ごし、普通に皆で夕飯を食べ、寝たように見せかけて待機すれば、かさかさと小さな足音が3つ、どうやら裏口の戸を開けようとするもがたがた鳴るのに焦れたのか、鈍く蹴り破る音が聞こえて。
「『やってくる敵をパンチだっ!』やっちゃえー」
入ってきた途端に先頭の男がグラニートの拳に横へと吹っ飛び、後の男達があわあわと立ち往生したところで、退路を塞ぐかのように立つ鐶が木刀を振り下ろせば、一番後の男が頭を抱えてしゃがみ込み。
「‥‥意外と、丈夫だね‥‥」
言いながらも手を緩めず木刀を構える鐶に、最初に倒れた男を取り敢えず縄でぐるぐると縛り始めている正助。
「どーせなら3人とも捕まえちゃった方が楽そうですねー」
ちょっとだけ遣る気がなさそうに聞こえるのはきっと気のせいでしょう。
結局の所瞬く間に取り押さえられた男達は木刀でぽかぽか殴られるか、石の拳で殴られるか、木の拳で殴られるかの三択だったようで。
鐶が無言で黙々と三者の額に濃い墨で漢字を書きこんでいれば、浪人たちは雇われただけなのだからと懇願してみたり。
「よーし、後はでぶっちょ蛇腹屋に‥‥二度と覚めない悪夢を彷徨うが良い〜! ふっふっふー」
何だかとても楽しそうにラーダは不穏な笑みを浮かべるのでした。
●青牡蠣の誘い
「しかし‥‥‥まったく‥‥腹の立つド阿呆だな!! これは是非懲らしめないといかんな!」
群雲龍之介(ea0988)は腹立たしげに眉を寄せれば、呉服屋の通りに面した一室、主人の真面目そうな男性が微苦笑気味にお茶と共に紙と硯を用意して持ってきます。
何故に微苦笑を浮かべていたのかと言いますと。
「肉布団をミンチより酷‥‥じゃなくて蛇腹屋をこらしめます!」
「取り敢えず肉布団は形容ではなく個人を指す言葉なのですね」
殺る気、もとい遣る気満々の天堂朔耶(eb5534)の言葉にだったようで、主人はちらりと障子の閉められた窓の方へと目を向けて。
「知人に声をかけてその筋の茶屋へと部屋を取っておいて貰っています。そういう茶屋ではありますが向こうも分かっているので、詮索しないで貸したと打ち合わせて貰ってあるので」
そう話す主人が退席すれば、それまで黙っていた室斐鷹蔵(ec2786)がちらりと障子を細く開けて隙間からちらりと蛇腹屋へと目を向けます。
鷹蔵は蛇腹屋が自身の知った人間か確認しようとしたようですが、きっぱり正助に否定されています。
「さて、手紙を書いている間に向こうの様子、うまく探れると良いんだがな」
群雲はそう言うと筆をとるのでした。
「うーん‥‥実際のところ、凄いなぁ‥‥」
こっそりと屋根裏に潜んで蛇腹屋の内部を窺っていた桜はぼそりと呟きます。
聞きしに勝る見苦しい塊に困ったような笑みを浮かべて言う桜ですが、ふと最近見たことのある様子の扇を目にして軽く首を傾げ。
「似てるけど同じ、ではないかな?」
覗いていれば、襲撃の監視につけていたのでしょうか、浪人者が首尾を報告に来たようで、ぼそぼそとできるだけ近づかないように気を配りつつの浪人者の報告にきーと逆上したかのように扇を投げつける蛇腹屋。
もちろんへろへろと空を舞うだけの扇を浪人者は避けて。
「これ、あれじゃ、お前の前の雇い主当たりなんぞに声をかけて何とかならぬかの。金なら出すぞ」
「‥‥生憎と人は狙いの対象にはならぬ、面倒事が多い故な。物であれば金次第、と何度言えば分かるか?」
「ぬぅ、色々と上方の儂自らが選び抜いた品々をくれてやり、お主などを借り受けておるに、役に立たぬの」
蛇腹屋の言葉にちらりと眉を上げる浪人者、桜も思わず眉をあげます。
「‥‥道理で有り得ない趣味の‥‥」
口の中だけで小さく呟くと、桜は浪人が去るのを確認してからそっと蛇腹屋の御店の屋根裏を後にするのでした。
青牡蠣亭という、妖しい茶屋があります。
妖しいとは言っても人の趣向はそれぞれ、一応人の趣向の一つで済む世界ではありますが、それはまぁそれとして。
とにもかくにもその妖しい茶屋の評判は、上方から来てそこまで経っていない蛇腹屋は知りません。
つまりはまぁ、朔耶が御色気たっぷりのお姉様に姿を変え、群雲の文を携えやって来たとき、当然蛇腹屋は鼻の下をびろんと伸ばしほいほい、うるさい用心棒たちをすぐ近くの他の茶店へと預けてやって来た訳で。
用心棒たちもこの界隈は詳しくないのか、誰も止めませんでした。
青牡蠣亭は、竹林の中にある趣だけなら落ち着いた様子の茶店でした。
「ひょひょ、『貴方様を以前街で御見かけして以来一目惚れし寝ても覚めても‥‥』やら『是非お話したいのでお一人で青牡蠣亭までお越しください』やら、かわゆい文面であるの」
悪趣味な扇をぱたぱたさせながらすっかりと舞い上がっている蛇腹屋、きっとこのような文は生まれてこの方貰ったことがないのでしょう、当然のことではありますが。
「‥‥なんぞ、あの男は」
そこへ何やら奥の間の方から歩いてくるのは鷹蔵で、蛇腹屋とすれ違う時一瞥をくれて出ていくのにふんと鼻を鳴らす蛇腹屋。
案内されてきた部屋の前、襖越しに人の気配を感じてかだらしなくにやけた蛇腹屋が案内をしていた店の者が手を伸ばすよりも先に飛びつくように襖を明け放ち―――――。
「ほえぇ?」
一瞬、蛇腹屋はそこに何があるのか全く理解できない様子でした。
「い・らっ・しゃ・い・ま・せ☆」
高らかとは言い難い法螺貝の音、そこにいたのは、肌も露わな、てかてかと艶やかな上半身‥‥‥‥。
「ひょ、ひょえぇ――――ぇっ!?」
そこにあったのは、所謂『男性の肉体美』で。
おまけに何か、片方は天狗のお面なんぞ頭に付けていたりして、満面の笑顔、それはもう白い歯が光り正常なものならば逃げ出したくなるような程、清々しい笑顔で。
「あわ‥‥むぐっ!?」
本来なら障るのも嫌なのかもしれませんが、それはそれ。
桜と朔耶がていっと蹴り倒せばころりと転がり室内へと倒れこむ蛇腹屋、後を追うように中に入る朔耶はというえば、中にいる男たち――群雲と山本にさらに輪をかけて筋骨隆々な黒光りする肉体美を見せつける四十代(推定)つるりとした頭の男の姿に‥‥。
なので蛇腹屋は気が付きません、部屋の隅っこで銀杏がこそっとコアギュレイトでその動きを封じたことに。
「あらぁ坊や、もうお帰り? あたしとも一緒にあ・そ・び・ま・しょ? うふん♪」
朔耶の愛犬の総司朗君などが犬とは思えないほど見事にかっぱりと口をあけて呆然としているのを気にしたらたぶん負けです。
「ほぉ〜おれっ♪ か〜ごめ〜か〜ご〜め〜♪」
「ほげぇえぇぇぇ―――――っ!!?」
あまり聞きたくもない蛇腹屋の瓦をぶち破るかのような海松茶色の悲鳴が響き渡り。
コアギュレイトの拘束時間が尽きると共に物凄い形相の蛇腹屋が用心棒を待機させている茶屋へと駆け込み、駕籠で逃げ去るのを確認すると、一同はしてやったりとばかりに素早く撤退するのでした。
●心の傷
「自分が言い出した事とはいえ‥‥我ながらしばらくはうなされそうだな、俺‥‥」
「ま、まぁ、その、元気を出してくださいませ‥‥」
何やらある意味燃え尽きてしまったかのように頭を抱え鼻を啜る群雲へとおずおずと刺子の半纏を掛けるのは、今回の護衛対象だった美緒。
ちょっとこの寒さの中、油を塗ったからと言ってもちょっぴり寒かったようですが、それ以上に蛇腹屋を囲んだ時の心の傷はかえって大きかったようで、主に男性陣に。
「‥‥‥‥も、申し訳ないが、今回の件は、他言無用‥‥」
こちらはこちらで、山本も頭を抱えているので、何だか美緒は申し訳なさそうにせめてお酒でも飲んで体を温めてくださいませ、と秘蔵の一本らしきお酒を山本へと差し出して。
「けれど、護衛までしていただいて、大したお礼もせきませんで‥‥せめて髪留めやかんざしをお持ちくださいませ」
桜と鐶には髪留めを、そしてラーダにはかんざしを渡す美緒、正助も懐から何やら丁寧に包まれた何かを取り出し。
「じゃ、僕からは朔耶さんと銀杏さんにの報酬ってことで」
正助が二人に差し出したのはわらしべ。
「ご利益ありますよ、うん。‥‥‥‥‥‥たぶん」
最後にこっそりと小さく付け足す正助は小さく首を傾げます。
「あれ? 誰か足りないような‥‥‥まぁ、いいか、今日は疲れてるんだ‥‥」
どうやら蛇腹屋への悪戯は、ある意味正助少年にとっても衝撃的ではあったようで。
呆然としている犬の総司朗君を撫でくりつつ、ちょっぴりと逃避気味に夜空を見上げているのでした。