●リプレイ本文
●雪の街道
「足元、気をつけて‥‥」
アキ・ルーンワース(ea1181)が声をかければ、にこりと笑って頷くのは、穏やかな様子の老人で、その傍では李連琥(eb2872)が背負子に老婦人を乗せて、足並みを揃えながら歩いています。
あたり一面雪景色、街道は雪かきをされていて歩きやすくはなっていますが、ぬかるむところも多く。
ですが一行はその泥濘すらも楽しんでいるかのような一行はかなりの大人数、まず見えるのは天馬巧哉(eb1821)と品の良さそうな武家の奥方が言葉を交わし、塗笠を深く被った体格の良い浪人姿と穏やかに話しているのはレヴィン・グリーン(eb0939)。
そして老人と言葉を交わし、時折微笑のようなものまで浮かべているアキに、背負子姿の連琥は、傍らで老夫人と言葉を交わし微笑むおきたに時折目を奪われているようで。
「んーっ、白華亭ってどんな感じのところなのかなぁ?」
「確か温泉と景色が売りの、侘び寂びがどうとかって聞いたけど‥‥でも時折賑やかな馬鹿騒ぎをすることもとか‥‥義兄さんに聞いたかな」
緋宇美桜(eb3064)が愛猫とらじに愛兎うさたろうを抱えながらくいっと首を傾げて言えば、沢少年が思い出すように口を開き、同意を求めるかのように所所楽銀杏(eb2963)へと目を向けて。
「僕も、そう聞いているです、よ‥‥?」
身内から白華亭の話は聞いていたようで心なしか楽しげな様子の銀杏に、釣られたように沢もにいっと笑って。
「そう言えば温泉宿であったな?」
「ええ、確か‥‥あれ? 傷だったかなぁ、病気だったかなぁ? とにかく身体に良いらしいですよ?」
銀杏の荷を自身の馬に乗せ、最後尾に馬を牽いて歩いていた室斐鷹蔵(ec2786)が白華亭について何か知っている様子の沢に聞けば、どうやら微妙に温泉についての薬効はあやふやのよう。
「‥‥そう言えば、親分も随分あっさりと江戸を抜けられましたね」
「何、こんな顔は珍しくもねぇもんさ。戻ったとわかりゃ面倒なだけで、御尋ね者の訳でも関所一人一人にまで知られてる顔でもねぇからな」
天馬が意外そうに言えば低く笑う塗笠の浪人・長谷川平蔵のその様子に全く、とばかりに溜息をついて見せつつも微笑を浮かべる久栄夫人は、レヴィンへと目を向けて奥方の様子などを尋ねます。
「近頃は危ない御役目を任せてしまって‥‥本当に感謝してもしきれず、どうか良く良く気を付けてくださいますよう、伝えてくださいましね」
「はい。奥方様も、御心遣いありがとうございます」
穏やかな笑みを浮かべて返すレヴィン。
「そう言えば‥‥お爺さ‥‥うー、えっと‥‥な、なんて呼べな良い、かな‥‥?」
老人へと声をかけようとして照れたような困ったような、微妙な表情を浮かべて頬を掻くアキに、老人は微笑んで。
「私たちは、祖父母のように呼んで貰えれば、まるで孫のようで嬉しいのですがなぁ」
言われて照れたようにお爺さんと呼べば老夫婦は嬉しげに笑い返し。
暫くの間一行は、白華亭までののどかな道行を楽しみつつ街道を行くのでした。
●白華亭の庭で
雪深い白華亭に辿り着いた一行は荷物を置き挨拶やら何やらと一息つけば、早速ご招待した人たちが温泉へと向かったり、ついたその日はゆっくりと休んで、早くも二日目。
はたまたあたり一面の雪景色に、そろそろうずうずとし始めていたのは子供達かそれとも大人達か。
「おっきなかまくら‥‥ですっ」
「うっし、えぇと、まずは作る場所の確保っと」
「一度やってみたかったの、ですよ‥‥広い場所のある今が好機、です」
銀杏が庭に出て言えば、早速腕まくりしてやる気満々の沢、アキと桜も庭へと降りてくれば、縁側からおきたが下りるのに手を貸すのは連琥。
「こういった風習は興味があったのですよ」
かまくらの作り方や大きさを確認して微笑を浮かべるレヴィンはまるごとねずみーで防寒対策ばっちりのようです。
「かまくらといえば、中で鍋だな。‥‥それと焼き蜜柑でもやってみようか」
「良いですね、美味しそうです」
天馬の言葉にレヴィンが微笑みながら頷いて、早速雪集めを開始しています。
「大きなかまくらともなれば、結構時間がかかりそうだ‥‥」
「まずはどんどん雪を集めて山にして‥‥」
「ふむ‥‥では‥‥」
入る大きさなどを考え、雪集めを始める一行。
雪を集めては踏み固めて小山を作り始め、沢がえっちらと踏み固めていれば、銀杏の愛犬たちも雪の上でぽてぽて。
と、その真上からどさどさと降ってくるのは大漁の雪。
「おわぁっ!?」
「ぬ、そこに誰ぞおったか?」
随分と上の方から降ってくる声、何もしていないのは気持ち悪いのか、軒先の雪かきなどをしていた鷹蔵は、女手では大変だからと取り敢えず屋根の雪下ろし中のようで。
鷹蔵が下から聞こえてくる声に覗くも、何やら小山に向かってあわあわと駆け寄る銀杏の姿が見えるぐらいで。
すぐに、ぷはぁといった様子で忍犬が顔を出し、その穴から一緒に顔を出すのは子犬、もごもごと動く雪山に慌てて銀杏は駆け寄って沢を掘り出してれば、見事に雪塗れで這いだしてきて。
「いやいや、吃驚したー」
「‥‥大丈夫?」
アキが声をかけてみれば、元々ちょっと奥まった村育ちだったので雪に離れていると笑って頷く沢。
「とにかくまずはかまくら用の雪を集めて一段落まで持っていかないとですね? ちょうど良いです、屋根の雪をこちらに下ろしてくださいー」
桜が声をかければ、やれやれとばかりに溜息をついてみせる鷹蔵ですが、結局落とすことには変わりがないので、更にどさどさと雪の塊を降らせていって。
「はー‥‥身軽ですね」
ある程度山にしては踏み固め、踏み固めを繰り返しているとやがて大きくなる雪の山、高いところに上がって踏み固めていく沢と連琥、桜も一緒になってぽんぽんと歪になりかかるところを修正していれば、おきたは感心したように其れを眺めていて。
「でも流石に体力使うね‥‥」
「大きな雪山になったら、中を抉り出す、ですよ」
寒い雪の中、暖かくしているとは言え僅かに汗が滲むのに、手拭いで拭うというアキ、いつも以上にやる気に満ちた銀杏は対照的と言いましょうか、沢共々、これぐらいの年齢の子は流石に元気です。
「んー‥‥しろくろも頑張ってるな」
愛犬が小さな雪車を引いて運んでくれば、その紐を外して更に雪を溜めていたアキ、まだまだある沢山の雪が日の光にきらきら光っていて。
「‥‥‥」
見ればわいわいと話ながら雪山を踏み固めていた一行も、少し休憩とばかりに降りてきていて、雪かきや雪下ろしをしていた鷹蔵も降りてきて縁側で出されたお茶を受け取ろうとしているのが見えます。
「‥‥しろくろ、GO!」
雪塗れのアキの愛犬・しろくろが、飼い主の囁く言葉に耳をピンと立てれば、わふんと嬉しそうに尻尾を振りながら一直線に向かうのは鷹蔵の元。
「ぬぉあっ!?」
雪塗れの犬の不意打ちに、体勢を崩し縁側から落ちる鷹蔵は雪に座り込む形、飛び散り顔にかかった雪を払いのけながら顔を巡らそうとして。
「ぺっぺっ!! き、貴様!! 不意打ちとはひきょ‥‥!?」
鷹蔵に更に追い打ちをかけたのはアキで、軽く握った雪玉をぶつけたよう、雪玉を食らいつつ起き上がり、手近な雪をぶつけていく鷹蔵は、ちょっと鬼の形相であったりはしますが。
「何だか楽しそうですね」
「む、童心に返って遊ぶのもまた一興であろう」
レヴィンが愛猫の椿さんを撫でながら人に交じって雪の中を楽しそうに駆けずり回るのを眺めれば、雪合戦に身体を動かすのが好きな連琥が乗ってきたのはいうまでもないこと、直ぐに銀杏と沢も加わります。
「‥‥っと‥‥」
そして雪に足を取られないようにと足音を忍ばせ鷹蔵の後に回り込む天馬、こっそりと特にムキになっている鷹蔵に雪玉が集中するのは仕方のないことでしょう。
「やー、皆さん元気でいいですね」
「本当に楽しそうで」
桜とおきたはそれを眺めながら雪兎を作っていて。
雪合戦で雪まみれの皆は、それはそれでとても楽しそう。
まるで孫達を見るかのように楽しげに笑いを漏らす老夫婦に、俺も加わるかなどと言って奥方に窘められてみる平蔵など、雪景色の中に楽しげな姿。
其れは遊び疲れて白華亭の女将が甘酒を運んでくるまで続くのでした。
●かまくらの中の楽しみと宵の楽しみ
「完成だっ!」
「おおきいです、ね」
次の日には、しっかりと大きく固まった雪山の中を掘り出していき、お昼頃にはすっかりと出来上がったのは立派なかまくら。
見ればその側には掘り出された雪を利用して幾つかの石像が出来ていて、どれが誰か分かるものの一つがおきただったりすると、何となくおきたと連琥が互いに顔を赤らめてあわあわとしてみたり。
「古い畳が、一番下、ですよ」
「んっと、ちょうどぴったりもう一枚は入りそうだな」
「頑張った甲斐があったな」
銀杏の指示の元、沢が1枚目の畳を奥に入れれば、もう一枚を手にしながら天馬が中を覗き込んで。
「ちょっときつそうだけどぎりぎり4人ぐらい‥‥かな?」
「入口当たりにも畳を置けば縁側から直接入れそうだな」
手前に火鉢を、七輪とか等と位置を確認すればアキが言い、天馬もかまくらの位置と見比べて頷き。
そんなこんなで、早速白華亭の料理人による茸や野菜などたっぷりのお鍋がかまくら内へと運び込まれることとなって。
「ん〜美味し♪ 雪の中で元気に駆け回る犬もいいけど、おこたで丸くなる猫もまた捨て難いのですよ」
かまくらの中と外からそれぞれ囲んで賑やかに鍋を楽しんだり、大人達には熱燗が振る舞われてみましたりで、ほんのりと酔った桜がほんわかととらじを撫でくりつつ幸せそうに呟いて。
ちょっと鷹蔵が鍋を仕切って居る横では、焼き蜜柑に挑戦中の天馬、かまくらを眺めつつ老夫婦に作った雪兎をお盆に載せて運んでいくアキ、老婦人はそれはそれは可愛らしい雪兎に喜びます。
銀杏と沢がお鍋を突きながら楽しげに言葉を交わしていたり。
賑やかなかまくらでのお鍋など、その楽しさがさめやらぬ内に、一同は温泉に。
老人の背中を流しているアキに、奥の方では近頃怪我を負ったのでしょうか、温泉にじっくりと浸かる鷹蔵の姿。
平蔵と連琥が何やら仕事について言葉を交わしていれば、雪を眺めながらゆったりと息を吐く天馬。
男性用のお風呂も女性用のお風呂も広々としたもので、のんびりと昼間の疲れや日々の疲れを洗い流すかのように浸かる一同。
「気持ちいい、ですか‥‥?」
こちらは女湯で、大きめのたらいにたっぷりと汲んだお湯に浸かって嬉しそうに温まっているのは銀杏の愛犬たち。
流石に猫たちは来ていませんが、どちらの湯でも飼い主達に洗って貰う犬たちが居たりして。
「かまくらが無事に出来て良かったです、よ」
愛犬たちを撫でながら、銀杏は庭のある方へと目を向けて微笑むのでした。
●眩しい雪の庭
それぞれが女将に花びらや梅や椿の枝をお土産に貰い受けたりと、温泉のひとときを挟んで一同が集まれば、庭を眺めての雪見の宴に。
長谷川夫妻と酒を交わし穏やかに談笑をしているのは天馬とレヴィン。
レヴィンは時折庭で楽しげに走り回る犬たちや、縁側からちょいちょいと雪を突いて果てを引っ込める猫たちの姿を微笑ましげに見ていて。
「‥‥しかし良い所ですね。機会があれば今度は石榴さんとゆっくりしに来たいですね」
小さく呟くレヴィン、天馬は奥方へとお酌をして会話を交わしていて。
「拙き舞で‥‥ほんの余興ではありましたが」
「いいえ、心穏やかに、楽しませていただきました」
先程まで舞を披露していたようで、久栄が微笑を浮かべて言えば、勧められて酌を返され礼を言って受ける天馬。
「ゆっくり英気を養って下さい。まだ問題は多いですが。元気を取り戻してまた難題に立ち向いましょう」
そういって笑うとふと宴の様子に目を向けて。
「‥‥それにしても夫婦とカップル多いな。‥‥俺もあいつに会いに行ってみるかな」
天馬は口の中で小さく呟くのでした。
アキは老夫婦に囲まれて、何だか照れくさそうな様子でぽつぽつと仕事についてのことや自身の故郷について等を話しています。
時折夫婦の話になれば興味深そうに話を聞いていたり。
その様子はまるで本当の祖父母と孫のようで。
3人の周りにはほんのりと穏やかな空気が流れているようなのでした。
「ふ‥‥年末年始に実家に顔を出しに行ったらコレ幸いと家業を手伝わされましたからね、こういう時くらいはのへ〜っとしたくなるってもんですよ」
「あら、年末年始は大変でしたのね。宜しければゆるりと、ご自身の家のように寛いでいってくださいね」
桜が部屋から雪を眺めつつ言えば、宿の女将が微笑みながらお酒を勧めて。
あとでも一度温泉にゆっくり浸かってこようと桜は何処か幸せそうな様子で呟くのでした。
その近くでは鷹蔵が何やら連琥の方をちらりと見て、口の中で『生臭坊主が』などとからかう色を滲ませて言っており。
その連琥はと言えば、縁側でおきたと並んで腰を下ろして何やら話しているようで、時折故郷の話が出たり、今はどんなことをしているかなど。
話し続けている内に一瞬でも手が触れれば、何となく言葉少なになり、しどろもどろな様子になりますが、何やら決意もあるようで、おずおずとその手を握ればおきたも顔を赤らめ。
「とにかく! これからも末永く良いおつきあいを‥‥」
やっとの事でそこまで言う連琥に、おきたも赤い顔のままはにかむような微笑を浮かべて連琥を見るのでした。
一方、銀杏と沢はのんびりとかまくらに入って犬たちを撫でつつ話していました。
「ん‥‥こいつの名前、かぁ‥‥」
子犬を撫でながら言う沢は何やら少し考え込んでいるようでしたが、子犬を撫でながら再び口を開いて。
「その‥‥『火天』とか、どうかな‥‥。いや、もっと綺麗な名前とか色々と有るとは思うんだけど、火天なら、銀杏のこと、守ってくれるかな、って‥‥」
赤くなりながらいう沢に、ほんのりと銀杏も頬を染めて。
「今回は、誘ってくれて、本当に有難うな」
赤らんだ顔で照れたように笑いかける沢。
「簪とか‥‥このまえお手伝いしてもらった事とか、ちゃんとお礼言えてなかったな、って。たくさん考えていたら‥‥一緒にお出かけとか、したいな、って‥‥」
「ん、すっげぇ嬉しい。‥‥頼りないかもしれないけど、俺に出来ることがあったら言ってくれな」
頬を染めた銀杏の言葉に嬉しそうに笑って夜空を見上げる沢。
それぞれの思いを抱きながら、雪の中での穏やかな時間は過ぎていくのでした。