桜の木

■ショートシナリオ


担当:想夢公司

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:03月27日〜04月01日

リプレイ公開日:2008年04月16日

●オープニング

「これは‥‥‥酷い、なぁ‥‥」
 その日、ギルド受付の青年代理の正助少年は、依頼をしたいのでと呼ばれた屋敷へと出向いて、眼をぱちくりさせていました。
 そこはなまこ塀にぱっくりと穴が空いており、しかもその表面は酷く汚されたのを洗い落としたらしい後も見受けられて。
「え、えぇと、ごめんくださいー!」
 正助が門の外から声を上げて呼べば、疲れ切った様子の三十半ばの男が出てきて、どうやらこの屋敷で働いている男のようで。
「あぁ、良かった、お仕事のお話を聞いて下さる方で?」
「そうですが‥‥うわ、これはまた酷い‥‥」
 案内されながら一歩中に入る正助が見れば、めたくたに斬り付けられた様子の桜の木の傷が痛々しい様で、そこに厳つい顔の老人と柔和な顔の老人が言葉を交わし‥‥否、柔和な顔の老人が話しかけるのに、ゆっくりと厳つい顔の老人が頷いているようで。
「旦那様―、ギルドの人が来ましたよー」
 案内していた男性が声を掛けるのに2人の老人は振り返り。
「あぁ、良かった、こちらの御仁は私の友人で、過去に冒険者の方々が桜の番をして下さったというので、困ったときに頼むと良いと、こう助言下さいまして。ささ、こちらへ上がって下さい」
 とても腰の低いその老人が笑顔で屋敷へと誘えば、厳つい顔の老人は目礼すると、桜の様子を見て、何やら薬を取り出したりしているようで。
「えぇと、あちらの方は良いんですか?」
「桜の手当をお願いしておりまして‥‥うちの桜はむかぁし、あちらの御仁より頂いたものですので。このままでは枯れてしまうのではと心配しまして相談しましたら来ていただけたもので」
 お茶を男性が運んでくれば、それを勧めて事情を話し始める老人。
 詳しく聞いたところに寄れば、勝手に屋敷に出入りして、まだ蕾のうちの桜の下で大騒ぎをして暴れる数人の破落戸達が居たようで、追い払ったところ次の日から嫌がらせが始まったとか。
「桜の幹にあのような切り傷をこさえることから始まりまして、塀には泥やら墨やらで汚されたり、削られたり酷いところは穴が空いてしまって‥‥夜ごとにされる嫌がらせに、私もここにいる三太もすっかり草臥れてしまいまして‥‥」
「えぇと、じゃあ、その嫌がらせを何とかして欲しい、と言うのが‥‥?」
「ええ、私としては、勝手に入ってきて騒ぐのでなければ、桜ぐらいいつでも見せて差し上げて良かったのですが、あまりにも酷すぎて‥‥なんとか、嫌がらせをする人達に、これ以上手を出さないように何とかしていただきたいと思いまして」
 老人の言葉に頷きながら依頼書へと筆を走らせる正助。
「あ、あと、滞在期間の世話は、三太と共に精一杯させていただきますので、その辺はご安心を。えぇと、御飯の他にお茶とお茶菓子ぐらいは出せますので。後昼寝付きで」
「‥‥まぁ、嫌がらせが夜間ですからね、そりゃ、夜に起きてたら昼寝は有りでしょうが‥‥」
 何となく不安そうに溜息をつくと、正助は依頼書を書き上げるのでした。

●今回の参加者

 ec4466 御堂 楓(28歳・♀・忍者・パラ・ジャパン)
 ec4555 ヒィ・ローズ(35歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ec4571 伊勢 遥(24歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ec4707 ヤマダ・リュウヘイ(19歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

土守 玲雅(eb8830)/ 四十万 刀七郎(eb9353

●リプレイ本文

●犯人の特徴は?
「三食・おやつ・昼寝付・美しい桜見放題! 事が済んだら夜桜見物、花見酒!」
 何やらとっても興奮し気味にぐっと手を握って桜を見上げるのはヒィ・ローズ(ec4555)。
 そこは老人の屋敷で、案内されてくれば満開の桜にあと少しと行った所で、ヒィでなくとも心は浮き立つところでしょう。
「あら、申し遅れましたわ、ヒィ・ローズと申します。よろしくお願いいたします」
「これはご丁寧に‥‥宜しくお願い致します」
「あたし、忍者の御堂楓だよ。宜しくね!」
 ヒィが老人へと自己紹介すれば、御堂楓(ec4466)もにっこりと笑って挨拶をして。
「伊勢遥です。お嬢さんら特によろしゅうに。お向かいさんのヒィに誘われてなぁ」
「そういえば一人足りないね‥‥急に都合が悪くなっちゃったのかも」
 伊勢遥(ec4571)が言えば楓が首を傾げて言い、老人も少し残念そうな表情をして。
「あちらが桜の手当をされている方ですね」
「あぁ、ちょっと口数が少なくて無愛想に見えるかも知れませんが、良い人なんですよ」
「桜はあまり手をかけないで済むと聞いたのですけれど‥‥」
「まぁ、手がかかりにくい印象はあると思いますが、やはり、手を入れねば枯れてしまうのですよ」
 ヒィと老人の会話を聞いて、むと眉を寄せる楓。
「綺麗なサクラの樹にイタズラするなんて許せない! とっちめてやらないとね!」
「そうそう、後で元に戻すから、念のため、桜の周りにちょいと手ぇ入れてかまわんやろか?」
 後で埋められるくらいのやつを、そういうのに頷く老人。
「ただまぁ、大丈夫と思いますが、あの方にも一応教えて置いてあげて下さい」
 老人と一行が話していれば、やがて三太がお茶とお菓子をお盆に載せてやって来ます。
「ついつい和んでしまいそうですけど、これを頂いたら夜に備えませんとね」
 ヒィは膝の上に子狐の珠姫をのっけて撫でながら、桜の咲く庭を眺めつつほぅと眼を細めて言うのでした。
「そういえば、桜を傷つけてる人達の特徴とか分かるかな?」
「その辺り分かると、警戒するのも楽やし」
「そうそう、桜自体を楽しみに来ている人でもないようでしたね? お話では」
 一行が老人と話していれば、やはり気になるのは目的や戦力で、桜が目当て無い様子ではなく、最初は老人と下働きの三太をからかいに来ていたようなことが分かって。
「泥などで酷く塀を汚されたりもしていて、それを洗い流したかと思えば、今度はなまこ塀に穴を開けられて‥‥うちの三太が器用に色々と処理してくれますが、なまこ塀は流石に左官を呼ばねばと。まぁ、落ち着いてからですが」
 そう言って、困ったように息を付く老人は、おおよその年格好などを三太と共に思い出すように一行へと説明するのでした。

●備えあれば
「何ぞ、手伝えることあったら言うて」
「そうだね‥‥えっと、落とし穴を掘るんだっけ? どの辺りに掘るかを教えて貰えると罠も設置しやすいかなって」
 遥が聞けば楓は答えながら軽く首を傾げて。
「桜の様子を見に来られる方が居るのですから、通り道も確保しないといけませんし‥‥」
 何より内部の人間が引っかかっては色々と支障があると考える様子を見せるヒィに、楓も軽くしゃがんで視線を低くしてみて。
「どこまで仕掛けて良いかが問題かな」
「屋敷の中にはまだ入ってきてないんよね?」
 楓に遥が首を傾げて尋ねれば、楓も三太さんにさっき聞いたから間違いないよと頷いて答えます。
「桜の周辺‥‥それも幹を傷つけに来たりで足を踏み入れる範囲だから‥‥後で桜の手当てに来るお爺さんに説明しておかないとね」
 言って、墨で染めた縄を三太から受け取ってから、端を持って貰っててててと入口の方へと足を進める楓。
「入口には日が暮れてからこれを張るとして‥‥後何処にしようかなぁ?」
 門の内側を指して言う楓は、そこから桜よりの辺りを軽く指さし、ヒィも場所を確認しているようで。
「この辺りにあると効果的のようですね」
「まずここから始めるんやね?」
 指し示された場所を確認して、腕捲りをしてからざっくざっくと掘り始める遥、それを見て三太も自分にも掘る場所を教えてくれと聞き、手分けして桜の根に当たらない場所を確認しながら周辺に幾つも穴を掘っていき。
「茣蓙とか何とか、適当な物があれば、穴を塞いで土をまぶぜば‥‥っと」
「三太さん乗ったら、落ちるやろか?」
「む、試す」
「え、あ、ちょっと‥‥」
 試しに一つ、茣蓙を引いて土をかけ誤魔化した落とし穴、土を盛りすぎても駄目、茣蓙が強すぎても駄目と考え、効果を発揮するかなと顔を見合わせていた一行、恐らく破落戸の体格が三太に近いだろうからと冗談めかせて言われた遥の言葉ですが。
 三太はと言えば、ヒィが止める間もなくていと乗っかり、土煙を上げて腿の辺りまでずでんと落ちる三太。
「だ、大丈夫ですか?」
「む、大丈夫、怪我、無い。‥‥‥‥ちょっと、痛い」
 始めから穴に飛び込んだから怪我もないのですが、実際知らないで踏み込めば、戦力を削ることは見込めそうで。
 よじよじと三太が這い上がれば、目の前の穴を再び隠すと、他の穴にも同じように手を加えて偽装を施し。
「後は、夜に備えて少し休みましょう。三太さん、こちらの方の事は、お二方に伝えて頂けますか?」
「伝える、任せろ」
 夜に起きているならばお昼寝をしなければ、寝不足は女性の敵でお肌の大敵、『睡眠不足はお肌の大敵なんです! 若いお嬢さんにはお分かりにならないでしょうけど‥‥』とのヒィの言葉は人にとっては色々とぐさぐさ来る言葉かも知れません。
 もっとも、楓と遥も満足に動けるよう、今日の夜に来るとも限りませんが、少しでも身体を休めて体調を整えようと考えたようで、一行は屋敷へと戻っていくのでした。
「爺さん、何ぞ手伝えるなら言うて?」
「‥‥‥‥忝ない」
 家を偵察している様子があったりはした物の、三日目まで、取り敢えずは平和に日々を過ごしていた一行、朝方にやって来た、桜の治療をする知人の老人へと遥は声を掛けて。
 物凄く口数は少ないですが、様子を見ていれば、傷口で異端田所を丁寧にそぎ落として、そこに薬と塗り込めている様子を見て、楓もぺたぺたと刷毛で薬を塗り込んで。
「後もう一息でここの桜全部処置は終わるんやな?」
「‥‥」
 頷く寡黙な老人、この日はここまでのようで、次に来たときに残った木の処置は全部終わるらしく、残りに必要な薬の分量などを確認している老人を眺めながら改めて桜の木を見上げる遥。
「あと少しで満開やね」
 手当を手伝った桜の木を見れば、まだ蕾はあるものの、すっかりと色づき美しい薄紅色で枝を飾っていて。
「夜桜を楽しむためにも、もう一踏ん張りな」
 何処か楽しそうににと笑うと、遥は休憩とお昼をいただきに屋敷の中へと戻るのでした。

●桜の護衛
「来ましたわ‥‥」
 小さく囁くヒィの言葉に、楓と遥は頷いて。
 時はすっかりと夜の闇に辺りが覆われた頃、ヒィのブレスセンサーに引っかかったのは六人の人間のようで、塀の向こう側から裏口のとをがたがた揺すって外そうとしているようで。
 それを確認して、それぞれ桜の木の側に待機し息を殺して待ち構えていて。
『‥‥こうなったら‥‥根こそぎ‥‥』
『‥‥細めの‥‥一本や二本‥‥』
『‥‥木だって‥‥売りゃあ‥‥』
 どうやら桜を傷つけるだけでは飽き足らなくなったか、それともやってもやってもなんとか桜を手当し、壁の汚れを落としと根気よく対応していた老人へと痺れを切らしたか、ともあれこの夜は破落戸達も非常にやる気に満ちており。
 その情熱を他へ向ければいいのでしょうが、それが出来ないからこそこの境遇にいるのかも知れません。
 ともあれ、今まで直接制止に来た者など居ないわけで、意気揚々と無理やりに外した戸を道に適当に放りだし、一歩踏み出す破落戸。
 と、足を踏み出した破落戸、ふわりと身体が浮いたかと思えば、桜の方へと始めから進もうとしていたのが仇となったか、顔面から地面へと投げ出される形で、不意に上半身がそのまま地面の中へと消えていって。
「なんだぁっ!?」
 予想もしなかった、最初に踏み込んだ男の下半身がぬっと地面から生えているのに、忍び込んでいる側にも拘わらず思わず激昂したか声を上げて。
「綺麗なサクラの樹にイタズラするなんて許せない! うんと反省させてあげるよ!」
 と、破落戸達へと掛けられるのは楓の声。
「ンだとおっ、馬鹿にしてんのかっ!?」
 逆上した様子で男達が入口の縄を乗り越え飛び込んでくれば――若干引っかかる者がまだ居ましたが――迎え撃つ楓と遥、そして後衛にはヒィが控えていて。
「餓鬼は大人しく引っ込んでやがれっ!!」
「当たらないよ!」
 棒を振り切る破落戸ですが、楓は容易く避けると、逆上した男は追いかけつつぶんぶんと棒を振りまわしていきますが。
「ぎゃあっ!?」
 足を取られ落ち込むのはそこに水を溜めておいた落とし穴の一つ、転んで身体を打ったのか、妙に苦しげにじたじたとのたうっているので、余程辛い場所をぶつけたのでしょうか。
 その傍で女性のみの状況を甘く見たか、余裕綽々で遥に駆け寄る破落戸の1人ですが、刀を抜き打ちざま、はらりと落ちるのは男の帯、そして帯が落ちて露わになる袷の下。
「なっ!?」
「桜に傷つけよなんて、こりゃ折檻やなぁ」
 既に刀を鞘に納めて構えなおしつつにやりと笑って言う遥は、木刀と持ち変えようか考えながら、どこか楽しそうに言い、動いたかと思えば、下帯の紐を斬られて慌てて着物の前を合わせる破落戸。
「あら‥‥抵抗する者には容赦しませんよ。ウインドスラッシュ!」
 そして桜へと向かった男を目にしてヒィが声を上げれば、男の目の前ですぱんと切れる木の棒の、思わずあんぐりと男は固まって。
「な、なんなんだ、お前ぇら‥‥」
「何でも宜しいでしょう?」
 獲物を無くしたり、前の男たちがやられたのに半ば悲鳴交じりで叫ぶ破落戸達にヒィはにこりと笑い言えば、遥も口を開き。
「そうそ、二度とこんなマネせんと誓ってもらわんと‥‥」
 そこまで言って刀に手をかける遥、その様子を楓は面白そうに眺めています。
「今宵は血に飢えておるらしゅうて、ほうら、鍔がカタカタと‥‥」
「ま、待った! ってか、たかが桜に、何もそこまで‥‥」
「たかがじゃないよ〜、お爺さんの大切な桜なんだから」
 かたかたと鍔を遥が鳴らすのに慌てて止めようとする破落戸達、その言葉に楓はむと眉を寄せて訂正して。
「桜を愛でるだけならかまわないと、ご主人は言っておられます。しかし、またこのような事をするというなら、許してはおけません」
「わ、わかった、もう来ない、何もしないから、勘弁してくれ!」
 笑みを浮かべて微妙に怖いことを告げる女性たちに、破落戸達は必死で頭を下げ、這う這うの体で逃げて行くのでした。

●心ゆくまでお花見を
「はー、本当に見事な桜ですね。‥‥逃げなければ、一緒に宴会に誘って差し上げても良かったのですけど」
 一夜明けて庭の罠や落とし穴を片付けた後でお昼寝をして、そうしてまたやってきた夜。
 星空の下で月明かりだけでも十分に明るく見える桜の下で、茣蓙を敷いてお酒を飲みながら少しだけ残念そうに言うのはヒィ。
 ヒィは愛猫・瑪瑙と子狐の珠姫が楽しげに自身の周りをちょこちょこと遊び回るのを見て笑みを浮かべると、再び桜を見上げて。
「あはは、そりゃ無理や」
 下帯まで斬られていられないだろうと笑う遥に、楓は依頼人である老人と三太相手に、三太お手製の、お酒のおつまみやお料理を頂いて嬉しそうに食べながら話をしていて。
「これで安心して桜の治療とか、壁の修理が出来るね」
「そうですねぇ、壁もお昼のうちに綺麗に洗いましたし、早い内に左官を呼んで直しましょう」
 老人が上機嫌なのを見て、三太も嬉しそうに桜の花びらの塩漬けを混ぜ込んだおこわや、こんがりと香ばしく焼いたお握りを追加で運んできましたり。
 お刺身や焼き魚、それに煮物などと言った素朴な料理を摘みながらお酒の杯を持ち上げれば、ヒィの盃にはらりと花びらが舞い落ちてみたり。
「あら、風流ですね」
「風流なぁ。そや、折角や、余興に歌と踊りを披露させてもらおかな」
 にと笑って立ち上がる遥に老人達も楽しげに、披露される舞を楽しんでいたり。
 そうして、夜桜の下の宴会は、今暫くの間楽しげに続くのでした。