●リプレイ本文
●影探り
嵯峨屋への探りを入れなければならない現状、にもかかわらず、何処を狙うかが絞り込めずに、彦坂昭衛は僅かに焦れた様子で気を落ち着けようと先程から目をじっと瞑っていました。
「しっかし、準備万端に仕事の手筈をしているようにも思えんしねぃっと」
絵筆を握り言う嵐山虎彦(ea3269)の言葉に、同じく人相書きを書いていたジェームス・モンド(ea3731)も同意を込めて頷きます。
「どうにもお盗めの仕込みが甘いように見えるが‥‥繋ぎを取っている様子が少なくとも嵯峨屋からは感じられん」
書き上がり乾いた人相書きを重ね折り包みへと差し入れる時永貴由(ea2702)は、主水の言葉に少し考える様子を見せて。
「実際の所、嵯峨屋の出入りの者を全て張れる訳ではないにしろ、嵯峨屋自身へなにがしかの報告は引き込みが居ればあるものでしょうが‥‥」
「畜生働きなら別だがな。何にしろ、早く片ぁ付いてくれねぇと、どうにも収まりが悪くていけねぇや」
軽く頭を掻いて溜息混じりに言う御神村茉織(ea4653)も、狙いが定まらないことには待ち構えることも難しく、塒を割り出さねば押し入って捕らえることも出来ないことに苦々しく思って居るようで。
「まぁ、まずはとにかく情報収集だね。農家の方も嵯峨屋の方も、人数は何とか揃って居るみたいだし、それぞれを張ってしっぽ掴まなきゃ」
それも出来るだけ早くね、そう言うと人相書きへと改めて覚え込もうと言うかのように目を落とす白井鈴(ea4026)。
「どうやら二ノ宮を誘き出す事については、もう一組としては嵯峨屋が動き出す直前か、最低でもほぼ同時に事は起こしておかないとと言うことらしい。このままで最悪の事態を考えれば二カ所同じ頃合いに押し込みがある可能性もあるからな」
「‥‥もっと最悪なことを言えば蛇腹屋も一枚噛んでいるという可能性だが‥‥そこまでいっていてはきりないし、あの身体ではお盗めは出来ないだろうからな‥‥」
密偵組の方と確認を取り合ってきた逢莉笛舞(ea6780)が言えば、九十九嵐童(ea3220)がそう言うと僅かに肩を竦めて呟き。
「‥‥いい加減、この件も終いにしちまわないとな‥‥」
「俺は二ノ宮の方を当たろう、あちらは頭数が少ない、多少なりとも手伝うことが出来ればよいが。‥‥二ノ宮か‥‥切れているだけなら良いのだが」
緩やかに溜息をつく天風誠志郎(ea8191)、一行は改めて連絡手段やいざというときの打ち合わせをしてから、改めて情報を求め役宅を後にしていくのでした。
「探りを入れている時に、思わぬ所でばったりという事もある、まずは顔を覚えねばな」
言って苦笑を浮かべるモンドは、既に鳥の姿で屋根の上に乗っかって、見下ろしながら微苦笑を浮かべます。
いつぞやの蛇に化けて追われたことを思い出してかそう言う云うモンドは大きくはありますが、鳥となって嵯峨屋近くの木々に紛れて偵察をしているようで。
嵯峨屋へと客として入るのは貴由です。
それとなく店内の様子を窺おうとしますが、番頭と目が合うと微笑を浮かべて二言三言言葉を交わしてから、他の客に紛れて抜け出す貴由。
「意外なことに店主はそこまでではないが‥‥番頭のあれは紛れもなく盗賊だな‥‥」
貴由自身が細心の注意を払って見ていたこともあってか怪しまれた様子はなかったですが、兎に角御店の奥へと番頭の目を盗んで入り込むのは難しいことだけは確かで。
「郁清は御店の中の様子を窺っているようではなかった」
「郁清はあの御店の二階に今は陣取っているようだが‥‥今のところ外出は他の者と接触する様子もないが、お盗め直前、何らかの方法を持って二ノ宮に接触することだろう」
嵯峨屋側の飯屋の二階を借りて一時的に作った見張り所へ、備考の有無をきちんと確認してから入りそう報告する貴由に、根気よく郁清が出てくるのを待ち続ける舞がそう答えて。
「あ‥‥長谷川様、こちらにおいでだったのですか」
「おう、面倒かけてすまねぇな。ま、少しここに落ち着いて飯ぐれぇくいな」
にと笑って着流し姿の平蔵が言えば、若干微苦笑気味の御神村。
「全く、捕り物にまで参加するなんて、貴由に又泣かれても知りませんぜ。無茶だけなさらんよう頼んます」
「そう言うな、これだけ苔にされて鬼の顔も見せねぇなぁ、相手にも悪かろうよ」
心配されるのには前に泣かれたことが懲りてはいるのかそう言うも、相手にと言うのにはにやりと口元に笑みを浮かべつつも思い知らせてやらねば、とでも言わんばかりの鋭い視線を窓の隙間より嵯峨屋に向けて。
密偵達へ向けられた悪意を腹に据えかねてもい、その間に自身が江戸に残って動けなかった事への自身に対する怒りも含まれているようで、御神村も貴由も障子越しにある嵯峨屋の方へと目を向け。
「そりゃ勿論‥‥誰に喧嘩ぁ売ったか、嫌という程思い知って貰わねぇと」
御神村が言えば、貴由は二ノ宮の手にかかって命を落とした密偵達のことを思い、小さく唇を噛むのでした。
●影繋ぎ
動きがあったのは、その二日後。
「‥‥あれは‥‥」
「俺が行ってきまさぁ」
一瞬見落としかける程にするりと抜け出ていく番頭に気がついた見張り所、立ち上がる御神村は平蔵と同心の伊勢へそう言って出て行って。
つかず離れずで後を付ければ先に他の手代の後を忍犬と共に追っていた鈴を発見して。
辿り着くのは花町の外れにある茶屋で、その裏口から入っていく番頭に目を向けてから、一歩茶屋より引いた物陰で鈴に目で問いかける御神村。
「そこのお茶屋さんに入っていったんだけれど‥‥あ、あの人」
鈴の言葉に目を向ければ入れ替わるかのように出てきた手代は、お百姓さんのような姿にほっかむりをして、店の者から何やら徳利を受け取っていて。
「番頭と何やら話をしているのは、あれか? もう一組の言っていた、蛇腹屋とか言うのの‥‥」
「うん、そうみたい。んー‥‥なんだか、手代の人、あの二人のこと妙に気にして居るみたいだけれど‥‥とりあえず、ついて行ってみるね?」
「ああ、気ぃつけろよ」
鈴が再び手代を追い始めると、御神村は注意深く茶屋の様子を窺って。
「なんっか引っかかる‥‥あの店‥‥ちぃと調べてみっか」
御神村のそんな呟きを聞きながら、鈴が手代を追って行けば、向かうのは郊外で、辿り着くのは郊外の家。
「‥‥この付近の者ではないな‥‥」
同じ頃、農家を張っていた嵐童は二ノ宮達の塒であるそこに入っていく男の様子を窺っていれば、やってくる鈴が自身に駆け寄るのに気が付いて。
「‥‥あれを付けてきたのか‥‥?」
「うん‥‥あ、またすぐに出てきた」
「あれはどこから‥‥」
「嵯峨屋の手代の人だよ」
「‥‥」
直ぐに出てきた手代を追って歩き去る鈴を見送ると、嵐童は暫くして出てきた二ノ宮と浪人者のどちらの後を追うか一瞬迷いますが。
視界の端に銀杏が後を追う姿を見れば、もう一組の城山もそちらを追うのを確認すると、浪人者の後をそっと尾け始めて。
嵐童の行き着いた先には、更に郊外でも打ち棄てられた様子の古い小屋で。
『なんだ、雁首揃えてよ、女んとこじゃなかったのかお前ぇら』
『お足が無ぇと続きゃしねぇだろ』
中には4人程居るようで、耳を澄ませれば、まだ何処に押し込むかもわかりゃしねぇと愚痴る男達に、場所はまだ分からないが明日の昼までには集まるように、いよいよ血が見られるなどと浪人者の話す声が聞こえ。
「明日、か‥‥」
男達の様子に気分を害したか眉を僅かに寄せつつ、嵐童は小さく呟くのでした。
「郁清は‥‥」
「あの店だ」
郁清の後を追った舞が天馬とともに辿り着いたのは二ノ宮の塒より程近い茶屋で、何やら茶屋娘にお駄賃を握らせて煙管を燻らせ始めるのが見え。
そこに辿り着いたのは、手代とそれを追ってきた鈴。
「今日はあの人を追っかけただけでみんなに会っている気がするよ」
言って、郁清と二言三言言葉を交わした手代が再びお茶屋を後にするのを見ると、忙しい人だね、と小さく言って後を追っていきます。
「ん‥‥?」
「どうした?」
天馬が何か違和感を感じたかのように眉を寄せるのに舞が目を向ければ。
「何か茶屋の娘に更に何かを頼んでいる様子だが‥‥」
「‥‥ここから、街道へ抜けるのは随分と容易そうに見えるな‥‥」
呟くように言う天馬と舞、茶屋に下手に探りを入れれば郁清に気付かれてしまうかも知れない、お互いに同じ事が過ぎったか、伝馬は郁清を追い、舞は茶屋の裏手を調べるため二手に分かれるのでした。
皆が出払ってしまって尚、モンドはちびちびと飯屋に戻って交代で休憩はするものの、嵯峨屋の主人を根気よく張っていました。
「そろそろ冷え始めてきた‥‥以前の様に見つかって水をかけられないよう、気を付けないといかんな」
苦笑を漏らして口の中でそう言えば、ミミクリーで身体を蛇へと変じてするりするりと嵯峨屋主人の部屋の天井裏へと入り込んで。
それまであまり良い人相とは言えない嵯峨屋ですが、郁清と話すこともこのところ無く、御店の日常を過ごしているようにしか見えなかったのですが。
『ふふ‥‥そうですか、鴨池屋さんからお見舞いのお礼ですか、わざわざ‥‥えぇ、えぇ、よろしくお伝えください』
何やら客人が通されれば、両替商・鴨池屋の番頭のようで。
モンドが耳を澄ませば、先日主が体調を崩した折に見舞いを贈ったそのお礼にあがったとのことで、少し世間話をしてから帰っていく鴨池屋の番頭を見送ると、気味の悪い笑みを浮かべる嵯峨屋。
「しかし、両替商と言っても、そこそこ金がある場所としても明日までに絞り込む‥‥」
一旦飯屋へと戻りで直そうとして戻ったモンドは、難しい顔をして居る誠志郎が居たのですが。
「両替商が標的とはっきりしているならば、押し込み先ははっきりしたな」
にと笑うモンドに目を向けた誠志郎、モンドは誠志郎に先程見聞きした嵯峨屋主人の部屋のことを聞かせるのでした。
●影働き
暗闇の中を、微かな足音だけで駆け抜けていく集団があります。
両替商・鴨池屋の裏手に奔り寄った集団の一人が、いとも容易く壁をよじ登り御店の敷地内へと入れば、裏口の戸が開けられ庭へと雪崩れ込みながら思い思いの武器、匕首や手斧を持って駆け込み。
「飛んで火にいる、てぇなぁ時期がずれちまったねぃ」
「なんだと!?」
見れば御店の縁側に巨躯の影が槍を肩にかけるようにして、大きな杯を傾けながらちびちびりと酒を舐めていて。
「か、構わねぇ、用心棒の一人や二人、ぶっ殺してやれっ!」
頭らしき男が声を荒上げれば、呵々と笑って嵐山はぐいと杯を干すと後ろへ放り投げて。
「どうせ三尺高い木の上で反省して貰うんでぃ、閻魔様に会う前に、ちぃと寄って行きな、ってなもんよ」
「何ぃ‥‥っ!?」
嵐山に気取られているうちに、裏手の戸が閉じられ、一斉に辺りを照らす改方の高提灯。
「悪事の尻尾を掴んだら、お前達の好きにはさせん…大人しくお縄に付け!」
引こうにも裏口を押さえたモンドが一喝すれば、笠を深く被った平蔵が其の隣へと立ち、貴由が忍び装束に身を包み、きっと鋭い眼差しを向けていて。
「ここは通れないんだよー」
「通ろうとすればそれ相応の覚悟をして貰おう‥‥」
鈴と嵐童の傍らには、盗賊達へ威嚇する二人の愛犬たちの姿が。
「おいおい、あっさり塀越えて逃げられんと思ってやがるのか?」
最初に塀を越えた奴が血相を変えて塀へとよじ登ろうとすれば、その男を塀の上にいつの間に現れたか、御神村が蹴落とすように塀を掴んだ手を払い落として。
「御店の方々にも、勿論仲間にも、指一本触れさせるか!」
御店の中へと押し入って摺り抜けようとでも思ったか足を向ければ、それを塞ぐのは舞、そして縁側からゆっくりと立ち上がる嵐山。
「えぇい、突破やっ!! こない奴ら見かけ倒しにきもとるわ!」
業を煮やしたか、口調に気使う余裕も無しに悲鳴にも似た怒号を上げる嵯峨屋と、もはや死に物狂いに挑みかかってくる盗賊達ですが。
「八房、左足! 伏姫、右腕! 散!!」
「あ、そっちには行かせないよ」
猛然と食らいつく嵐童の愛犬たちに引き倒される者もあれば、生け垣の中に逃げ込もうとする男の足を鈴の手裏剣が突き刺さり、倒れ込む男を無造作に踏みつけると、嵯峨屋に向かって突進する嵐山。
「おう、骨の一本や二本、覚悟するんだなっと♪」
戦意どころかそのまま命すら打ち砕いてしまいそうな一撃は、敢えて急所を外し容赦なく嵯峨屋の肩を打ち砕き、崩れ落ちるも痛み出意識を失うことも出来ず悶絶する嵯峨屋。
「長谷川様に命を預け、苦楽を共にしようとしている仲間を、郁清と組み二ノ宮を唆し危害を加えさせ、盗みを働くなんて決して許せない」
手斧をむちゃくちゃに振りまわし突進してくる番頭をスタンアタックで昏倒させると、呟くように、それで居て言い知れぬ感情を込め呟く貴由。
這々の体で逃げようとした下っ端の盗賊達も、モンドのホーリーフィールドに阻まれ、一味の誰一人としてかけることなく、文字通り嵯峨屋一味は一網打尽となったのでした。
●影忍び
二ノ宮が捕らえられ、嵯峨屋一味が一網打尽になれば。
密偵達はひとまずほっとしたものの、日常接していた者達が実は盗賊であったと知った嵯峨屋近隣の住民の当惑は、まぁ、仕方のないこと。
漸くに人心地つく様子で、一行は改方役宅で事後処理に追われていました。
もっとも、同心達が殆どする仕事の手伝いやら、嵯峨屋の追求やらと色々あったのですが、その中に郁清の姿がないことに、貴由は小さく唇を噛んでいて。
舞がその為に出かけていったのは分かって居るものの、もし逃げられれば、と郁清の逃げ足の速さを思えば不安はなかなか消えず。
「お、戻って来たみてぇだな」
居ても立ってもいられない様子で門の側に立っていた貴由に、すと歩み寄り隣へ並んだ平蔵が僅かに笑みを含んだ声で言えば、其の視線先、籠に郁清を放り込んで、逃げないようにと見張りつつ戻ってくる天馬と舞の姿があるのでした。