●リプレイ本文
●準備段階
「ふむ、荷運びか。最近は殺伐としていたから骨休めには丁度良いな。この依頼請負った」
岩倉実篤(ea1050)の一言から、野点に出かける準備と打ち合わせが始まりました。ご隠居から大体の荷物と距離、必要な物を聞くと、おおよその分担だけ決めて、各人は準備のために、と散っていきました。
萩原唯(ea5902)はいそいそと豆を煮ていました。すでに作ってある羊羹を満足げに見てから作る様子はどこか楽しげで、それを何とはなしに緋霞深識(ea2984)が眺めていますと、唯がつい砂糖の量を間違えるのを偶然に見てしまいます。
一瞬不安が過ぎる深識でしたが、深く追求するのはやめたようでした。
当日、集まった面々はご隠居とお茶の先生の荷物を手分けして持つために選り分けていました。
「ああ、割れそうな物は力自慢の人に頼んだ方が良いかな?」
愛馬我導丸の背に荷を乗せようとしながら龍深城我斬(ea0031)が嵐山虎彦(ea3269)の方を見て言いますが、いざ荷を積もうとして、首を傾げます。
「‥‥しかし、あんま我導丸に乗らねえな‥‥???」
「‥‥我斬はちゃぶ台を持って行って、どうするつもりなんだ‥‥?」
愛馬の背には、すでになにやら大きな荷物が載せられています。なんだか丸くて大きい物に、深識が目を瞬かせてみている横では、本所銕三郎(ea0567)が愛馬サジマの首を撫でながらご隠居達に声を掛けています。
「爺さん、良かったらコイツに乗っていきな」
「あぁ、有難う御座います。じゃあ、先生を乗っけてて貰えませんかの?」
ご隠居の言葉に頷く銕三郎。ご隠居は、同じように馬に乗るように勧める深識に乗せて貰い、無事に一行は出発するのでした。
●長閑な道程
お茶などの入った包みを抱えながら、シィリス・アステア(ea5299)はご隠居と並んで歩いて、話を聞いていました。その横でお茶の先生を相手に、島津影虎(ea3210)が花についての話をしている様子です。
「この野菊は、その香りから名前がつけられているんです。リュウノウギクと言いまして、漢字で書くと龍脳菊。華国に龍脳という香料がありまして、それに似た匂いだから、そういう名が付いたのだそうですよ」
影虎が言うのに穏やかで上品な顔に微笑を浮かべながらお茶の先生は感心したように頷きます。
「いやいや、儂などは異国の方とこうして話す機会など滅多にありませんからのぅ、話や茶が気に入ってくれればありがたいですの」
ご隠居はシィリスを相手に上機嫌で話しています。
「茶道の最低限の知識はあるが実践経験が少ないので手解きをしてほしい。冒険者といえども戦うばかりではな。花鳥風月を愛でる事も出来なければ一流とは言えん」
「では、先方様の娘御に説明させましょう。野点を催すぐらいですから、前方の家の者は良く茶の湯を存じておりますでの」
岩倉がそういうのに、ご隠居はそう答えて。そのうちに世間話へと興じたりしつつ、長閑に時間は流れていきました。
●どきどきな野点の席
村へと着くと、そこから更に少し先へと進んで目的地の一軒家へと着くと、一行は何はなくとも休んで、次の日に早速、朝早くにご隠居達は起きて野点の準備を始めました。
「配置はこんな感じで良いでしょうか?」
「あぁ、文句なしです、有難う御座います」
岩倉が言う言葉に上機嫌で頷きながら答えるご隠居。並べられる縁台と野点傘を見る限り、席はゆったりと座れるようにしてあります。
「よし、この茶釜はもう少しそっちで‥‥ああ、そんな感じだな」
「では、道具類はこちらに置きますね」
深識と影虎がお茶の先生について茶の道具を手際良く並べていくと、やがて野点の席は完成しました。
野点は、昼を過ぎてから始まりました。
村の方からだいぶ人がやってくる様子で、野点の席には、入れ替わり立ち替わり人が入ってきている様子です。
「皆様、席へと着かれて、ゆっくりとなさって下され」
「茶道の最低限の知識はあるが実践経験が少ないので手解きをしてほしい。冒険者といえども戦うばかりではな。花鳥風月を愛でる事も出来なければ一流とは言えん」
ご隠居の言葉にそういう岩倉と、それに頷く嵐山と我斬。
「野点といいますのは『定法なきがゆえに定法あり』と申しまして、特別うるさい作法はいりません。取り立てて言いますと、この雰囲気、この空間、そしてお茶を楽しんでいただけるのが、一番なのですよ」
お茶の先生がにこりと笑って一行をそう茶の席へと誘うと、各人座る場所を選んで腰を下ろします。
「僭越ながら、笛などを‥‥」
そう言って笛を吹き始めるシィリス。その澄んだ音色が響き渡ると、茶碗を手にほうっとため息をつく人々。
影虎はお茶の先生の直ぐそばでお抹茶を頂いて、のんびりと笛を楽しんでいます。
同じく音色を聞きながら、愛馬を側へと繋いで茶をすする銕三郎。傍らには、茶を運んでくれた娘さんが、銕三郎が愛馬サジマへと語りかけるのを聞いています。
「今までは稼ぎ優先で依頼を取っていた感があった‥‥誰かのお陰でな‥‥スス〜」
その目は愛馬サジマへと向けられつつ、お茶を啜っています。
「ちょいと余裕が出来たんでのんびりしようかと思ってたところだ‥‥スス〜」
お茶がなくたったのに、娘さんが再びお代わりを運んできてくれるのを受け取ると、軽く頭を下げると、銕三郎は再び愛馬へと語りかけます。
「それに、祭の喧騒というのが苦手でな‥‥スス〜。加えて狐騒ぎときたもんだ‥‥スス〜」
しみじみと茶を啜って言う銕三郎に、娘さんは興味津々で話を聞いていた様子です。
「この依頼は騒ぎから離れられるしのんびり出来る。更には報酬もある。願ったりだ‥‥スス〜」
そうやっている近くでは岩倉が、お茶を運んでいる別の娘さんに簡単な手ほどきを受けています。
のんびりと自分なりに楽しんでいる銕三郎と対照的なのが、嵐山や唯達です。
「む、もう少し大きめの器の方が良かったですかの?」
「いや、大丈夫だ!」
嵐山の片手にちょこんと小さく納まっている抹茶茶碗をみながらご隠居が言うのに上機嫌でそういうと、ぐいっと抹茶を飲み干して居ます。
「‥‥‥ふむ、意外と覚えていない物だな」
我斬がそう言うのに、ご隠居は笑いながら、お茶の先生の流派では茶碗の絵をずらすのだと言うことなどを簡単に説明して実際にやって見せたりしています。
シィリスの笛が終わると、ご隠居は上機嫌でお茶の先生にも少し休憩をしてはどうかと声をかけます。それを見て、唯が自分で作ってきたお菓子を勧めると、ご隠居はとても喜んで礼を言って、直ぐにかわいらしい花の絵が描かれた皿を用意させてそれを配ります。それを唯と深識がどこか冷や冷やしたように、それを食べる様子を見ています。唯自身はすでにお抹茶を沢山飲んでいたためか、お菓子には手を出していませんので、余計に顔色を伺うようにしています。
今のところ、お茶を頂きに来た人々の間でこれといった犠牲者は出ていなかったのですが‥‥。
「ほう、これは美味しそうですね、お茶に合いそうです」
そういって目を細めたお茶の先生が、ひとつ受け取って口にした瞬間でした。
「!!」
一瞬、先生が目を見開いたかと思うと、直ぐに表情を元通りに戻しますが、どこかにこやかに青ざめて居る様子です。その横ではご隠居が、にこにこと羊羹を口にして居ます。
「‥‥よりによって、お茶の先生に当たるかよ、おい‥‥」
どこか沈痛な面持ちで言う深識。それに気が付いて引きつった笑顔を浮かべる唯。
お茶の先生はそのまま表情を変えずに、しかし無言でお茶をしゃかしゃかと淹れ始めるのでした。
●しっとり無縁の酒の席
夜、銕三郎は愛馬サジマにキュウリを与えながら、その首を撫で、毛を梳いてやっていました。夕餉もこの付近の村やこの家で採れた物ばかりで、中でも山菜のおこわなどは絶品でした。どうやらサジマも、このキュウリがお気に召した様子です。
「虎彦のおっさん、こっちで一杯やらねえか?」
そう声を掛ける我斬の手にはちゃぶ台が有り、それを縁側近くへと置くと嵐山が酒の入った大徳利を手に歩み寄ります。
「おう、勿論。言っとくが、俺は飲むぜ〜」
ちゃぶ台に歩み寄ってどっかりと座ると、外をずっと散歩していた様子の唯が戻ってきて、ひょっこりと覗きます。それの様子をにこにこしながら見ているご隠居達。気が付けばシィリス、影虎も加わって、ちょっとした宴会状態になだれ込みます。
控えめにちょこちょこと飲む唯やシィリスと対照的に、我斬と嵐山はがんがんと杯をあおって上機嫌で話していました。
「‥‥それであれだ、その、優那っていうんだけどよ、俺の彼女。それがまた可愛くてよう」
鼻の下を伸ばしてでれっと笑いながら言う嵐山に、我斬が苦笑しながら見ると、更に飲むのを早める嵐山に、どこか驚いたように口を開きます。
「おっさん、強いよなあ、俺も修行がたりねえや」
そんな二人の様子を、お酒でほんのりと頬を染めながら、シィリスが笛を取り出して吹き始めると、場の空気がゆったりとしたものへと変わっていきます。
馬の手入れが終わった銕三郎が戻ってきて縁側に腰を下ろすと、その笛の音に心地よさを覚えて、知らぬ間に眠り込んでしまった様子です。
そんな宴席の様子をさらさらと絵を描いて残していた深識は、絵の出来上がりにどことなく満足感を得て筆を置きます。
「依頼を受けた身だが、偶には戦闘の無い穏やかな日を過ごすのも良いものだ」
のんびりと酒を飲みつつそれを眺めていた岩倉は、口元に僅かに笑みを浮かべると、そう呟くのでした。