順養子

■ショートシナリオ


担当:想夢公司

対応レベル:1〜4lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 44 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月01日〜09月08日

リプレイ公開日:2004年09月09日

●オープニング

 二十歳ほどの線の細い、儚げな青年がギルドへとやって来たのは、まだ暑さの残る、夏の終わりの夕刻でした。
「わたくし、悩んでおります‥‥冒険者の方でしたら、見聞も広いですし、お力添えを頂けるのではないかと考え、この様に、恥を忍んで訪ねて参りました次第です」
 その青年はそう小さく言うと、申し訳なさそうに頭を下げます。
「有る武家の家があります。そこでは兄弟が2人居りまして、兄が家督を継ぎ、年が離れ身体の弱い弟は、兄に実の子のように可愛がられ、幸せに育っておりました。それがいけなかったのでしょう‥‥」
 青年はそう溜息をつきながら言うと、暫く迷うような表情を浮かべるも、手拭いで口元を抑えて暫く激しく咳き込んでから、すぐに済みません、と小さく謝って話を続けます。
「兄には、弟より2つ程年の下の息子がおりました。その息子は弟を兄と呼び、兄と信じて育っておりましたもので、いざ、家督を継ぐという話になったときに、問題が起きてしまったのです」
 そう言うと、青年は細い肩を落として哀しげな溜息をつきます。
「息子は本当に素直で明るく、またたいそう身体の丈夫で心根の優しい、本当に何もかも揃ったような、跡目を継ぐのに申し分無い子でした。ですので、一族皆、本当に喜んだのです、息子を除いて‥‥」
 青年が続けるには、その兄が病に倒れ、家督の話になったとき、その息子は何故兄である人を押しのけて家督を継がなければならないのか、と飛び出してしまったそうで、近頃では、家督を継ぐに相応しくないと思われようと、悪さをする仲間と関わるようになってしまっているそうです。
「兄に他に子はなく、息子にも戻る気がなく、弟が順養子となり跡目を、と言う話しになりつつあるのですが、何分身体も弱く、また何よりその息子が跡を継ぐのを心待ちにしていた弟には、これほど耐え難いものはございません。もし‥‥その息子を無事に連れ戻して、跡を継ぐのがどれほど、道理に適ったことであるかを理解して貰えることが出来ましたら、と‥‥」
 そう言うと、青年は小さく咳き込んでから、意を決したように頭を下げます。
「お願い致します、兄にとってはかけがえもなく、また、弟にとっては、命より大切な子を、どうか、連れ戻しては頂けないでしょうか?」

●今回の参加者

 ea0639 菊川 響(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2319 貴藤 緋狩(29歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2497 丙 荊姫(25歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea2794 六道寺 鋼丸(38歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 ea3891 山本 建一(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3913 エンジュ・ファレス(20歳・♀・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea5930 レダ・シリウス(20歳・♀・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea5989 シャクティ・シッダールタ(29歳・♀・僧侶・ジャイアント・インドゥーラ国)

●リプレイ本文

●依頼人の手紙
 訪ねていった依頼人の屋敷は広い門構えの立派な武家屋敷でした。
 依頼人の名を出して取り次ぎを願うと、屋敷の奥へと案内されていきます。家人の表情は一様に暗く、悲痛そうな様子が窺えます。
「‥‥皆様、わざわざおいで頂き‥‥」
 案内された部屋は当主の部屋らしく、横になった少しやつれた男性に付き添っていた依頼人がそういって頭を下げると、横になった男が依頼人の手を借りて身体を起こします。
「お見苦しい姿をお見せして申し訳ない。愚息が迷惑をお掛けいたします」
 そう言って頭を下げる兄は、依頼人へと部屋へ戻って良いと告げると、家人に手を借りながら一行が依頼人の部屋へと行くのを見送ります。
 依頼人の部屋は、まるで全ての整理を終えたように無駄な物は何もなく、何とか文机とその上に乗っている硯と筆、それに隅に畳まれた布団がこの部屋に主がいるのを表しています。
「甥っ子さんへ会うときに依頼人さんからの心境と戻ってきて欲しいとの手紙をお願いしたいけど書けそうですか?」
「手紙を、ですか?」
 茶を運んできた家人が下がるのを見てからエンジュ・ファレス(ea3913)切り出した言葉に、依頼人は考え込むような表情を浮かべます。
「会いに行く事は出来ぬのじゃろうが、想いを伝えることは出来るのじゃ。それらの行動は私達の説得の何百倍の効果があるはずじゃ、そうじゃろう依頼人殿、どうかな? 書いてもらえぬか?」
 レダ・シリウス(ea5930)の言葉に悩む様子を見せる依頼人ですが、緩く息をつくと頷いて、文机へと向かいます。少し震えて弱々しい文字ですが、整った美しい字を記す依頼人へ、控えめに六道寺鋼丸(ea2794)が声をかけます。
「あのぅ、なんでも良いから、彼のこと教えてくれないかな? 子供の頃のことや、二人の思い出のこととか‥‥」
 鋼丸の言葉に依頼人は、書き上げた手紙を差し出しつつ、懐かしそうに目を細めます。『宜しければ‥‥』とエンジュの渡す痛み止めの薬を飲んでから、依頼人はぽつぽつと、それは仲の良い兄弟として育ったのだと言うことが伺える話を聞かせてくれます。
「‥‥小さい頃、田舎で川で溺れたのを助けられた事もありましたね。手習いが嫌だと言って、わたくしを引っ張り出して、そのころから身体が弱かったわたくしを負ぶって河原に行って‥‥」
 そう言うとどこか切なげに目を伏せ、依頼人は続けます。
「子供の腕で引っ張り上げるのは大変でしたでしょうに‥‥顔中涙でぐしゃぐしゃにしてわたくしを覗き込んで‥‥」
 思い出したのかうっすらと目に涙を浮かべつつも、口元にかすかに笑みを浮かべる依頼人。その手を強く握ると、貴藤緋狩(ea2319)は、にっと笑って見せました。
「大丈夫、俺たちに任せておけ。必ず連れて戻るからな」

●侍としてより‥‥
 丙荊姫(ea2497)は、あたりの村人を装って、賭場についてあちこち聞いて歩いていました。聞いたところに寄ると、中々の親分が取り仕切ってる賭場が有り、其処に出入りしているらしい、最近勝ち続けの若者達の中にそれらしい人物が居ると聞くことが出来ます。
 その、息子が居るらしいと聞いた賭場へと一行が足を向けると、其処はうち捨てられた武家屋敷でした。昼間から薄暗く、中から聞こえてくる声はお世辞にも品の良い物ではありません。
「何だ? お前らは‥‥」
 賭場の入り口に、この賭場の用心棒らしき浪人が腰を下ろしてジロリと見るのに、菊川響(ea0639)が一歩前へと出て口を開きました。
「人を探している‥‥最近此処の賭場に出入りをしている青年で‥‥」
 用心棒は、説明される青年の容姿に思い当たるのか、伺うように中で煙管を燻らせている恰幅の良い落ち着いた雰囲気の男へ目を向けると、男が小さく頷くのを確認してから、一行を中へと迎え入れます。どうやら男がこの賭場を仕切っているようです。
 中には、何人もの後ろ暗いところがありそうな男達の中に、質の良くなさそうな若者が5人ほど、依頼人と目元の良く似た青年を囲んで、丁半博奕に加わっていました。賽が投げ込まれ丁か半か問われるのに、息子は早速周りの者がかけようとするのを手で静止しています。それに従うかのように手を止める若者達。そんな彼らに一行はゆっくりと近づくと、菊川が座り込んで口を開きます。
「申し訳ないが、邪魔をする。彼をお借りしていきたい」
「なんだてめぇ。すっこんでろよ」
「こいつの家に奴らに頼まれたのか? こいつはもどらねぇんだってよ」
 粋がって若者達が言う言葉を聞きながら、菊川は真っ直ぐに、居心地悪げに座っている息子へと目を向け、再び口を開きます。
「彼に会いたがっている者がいる。その者は彼を命より大切な、と言った。依頼と共に意志を受けてきたつもりでここへ来た」
 菊川はそう言うとばっとその場へと土下座します。一瞬驚いたように見る若者達ですが、直ぐに馬鹿にしたようにふんと鼻を鳴らし、息子も目を伏せて菊川から目を逸らします。
「は、侍が頭さげてやがるぜ。恥ずかしくねぇのかよ」
「侍としての体面など瑣末なこと、冒険者としての俺が克つからこそ俺がここにいて、
彼に家族に会いなさいと言う事ができる。引くわけにはいかない、なんとしてもお聞き入れ願いたい」
「てめぇ、いい加減にっ‥‥」
「手は出すなっ!」
 菊川の言葉に一人の若者が手を振り上げようとするのを、とっさに息子が割ってはいります。止めてから、息子はどこか辛そうに眉を寄せて俯き、一喝された若者は、かあっと頭に血が上ったかのようで掴みかかります。
「てめぇ、いい気になりやがって‥‥っ!?」
 息子を掴むかと思われた腕は、鋼丸と山本建一(ea3891)がすっと引き離すように間に入るのに阻まれて、直ぐに引っ込められます。
「出来れば穏便に済ませて頂きたいです」
「彼にとってとても大切なことなんだよ。本当の友だちだったら彼を行かせてあげてほしい」
 静かな眼差しで見ながら言う山本に、仁王立ちで阻む鋼丸に忌々しいといった表情で睨み付けますが、賭場を仕切る男が咳払いをしてから口を開くのにびくっと身体を強張らせます。
「お前さん方、私の賭場に真っ当な家の坊ちゃんを連れてきたってのは、本当かね? 堅気さんを?」
 穏やかな口調ながらどこか底冷えするような冷たさを含む声でそう言うと、用心棒達が一行と息子を促すように外へと連れて行きます。
「‥‥お前ら、うちの親分の賭場で良かったな‥‥もう二度と此処へは近づかんほうが良いだろう」
 入口にいた用心棒がそう言うと一行を気に留める様子もなく、そのまま背を向けて中へと戻っていってしまいました。

●心の内
 一行は、とある旅籠の一室で息子と向き合っていました。レダの差し出す手紙を震える手で受け取ると、それを青ざめた顔で読み耽っています。
 読み終わったのか手紙を閉じると、エンジュがそっと声をかけます。
「お父さんやお兄さんが掛かっている病気のことは知っているね? お二人共、病状が重くてもう長くないの‥‥」
「っ! 違うっ! 兄上は死なないっ!」
 エンジュの言葉に弾かれるように顔を上げる息子。その表情は怒っているような悲しんでいるような、何ともいえない表情を浮かべています。
「‥‥お父さん、お兄さんに会える今のうちに言いたい事は伝えないと、きっと死んだ後は私みたいに後悔する」
 エンジュの言葉に小さく息を飲んで俯く息子に、貴藤が口を開きます。それは他の仲間と違い、叱責するような口調です。
「お前の兄は家督を継ぎたいと言っていたのか? 違うだろう。お前の主観で判断するな」
 言われる言葉に小さく唇を噛んで目を落とします。
「‥‥失ってから泣いて悔やみたいのか‥‥独りよがりの悲しみだな。お前の父や兄は酷く不幸だが、その不幸はお前が与えるものだ」
 びくっと、小さく身体を震わせると、冷たく言い放つ貴藤へと目を向ける息子。
「お前の兄は家督を継ぐ事より、お前の方が何よりも大切なんだ。そしてお前の父は今、誰よりもお前に逢いたがっている。今ならお前は、大切な人達の望みを叶えてやる事が出来る。彼らを幸せに出来るぞ?」
 貴藤の言葉に、目に涙を溜めると膝の上で指が白くなるほど強く手を握りしめる息子に、鋼丸がそっと声をかけました。
「叔父さんのことが本当に好きだからなんだよね。その気持ちは間違ってないと思う。‥‥家督の話はいったん置いといて、とにかく、いちど戻って叔父さんに会ってあげてほしいんだ」
 鋼丸の言葉に息子は、俯いたまま小さく頷くのでした。

●残り少ない時を共に‥‥
 依頼人の部屋で、息子はただ泣きじゃくっていました。一行が彼を連れてきてから、ずっとこの様子で、それを依頼人が黙って優しく背をさすっています。
「兄上が跡を継いだからって‥‥それで元気になるだなんて、あり得ないことだって判ってたけど‥‥でも‥‥死ぬなんて信じたくなくて‥‥」
 何とか涙を堪えて目元を拭うと、息子は途切れ途切れにそう言います。
「皆さん、お手を煩わせて、本当に申し訳ありませんでした‥‥」
 そう頭を下げる息子に、依頼人も頭を下げます。
「皆様、本当に有難うございます。感謝してもし尽くせません」
 そう言う依頼人は、穏やかな表情を浮かべています。息子はというと、泣き腫らした目を向けて、一度依頼人を見てから再び一行へと向き直ります。
「これからは、兄上に残された時を共に‥‥ひとつひとつを大切な思い出と出来るようにしていきたいと思います。兄が生きているうちに、立派に跡を継いで安心できるようにしませんと‥‥」
 そう言う息子へと、依頼人は心から幸せそうな微笑みを浮かべて見つめるのでした。