●リプレイ本文
●若手絵師
「今回の件大変な目に遭われたでしょう、心中お察しします‥‥」
一行が伺った若手絵師は少し神経質と言うより頑固そうな、中肉中背の男性でした。訪ねてきた一行を怪訝そうに見て、緋室叡璽(ea1289)の言葉と紹介状を渡され目を落として、表情を少し明るくします。
「手前の思い通りにナンエェからってイヤガラセするなんざまったく持ってナサケネェ。無粋にも程がある。ってぇコトでこの蘭姐さんも一肌脱ごうじゃないかい」
田崎蘭(ea0264)の言葉にほっとしたように絵師の顔に安堵が浮かびます。
奥へと通されて話を聞くと、家人が少し怯えた様子で一行を見ていることから、嫌がらせはよっぽど酷かったのが窺えます。
話を聞くと、絵師が絵を納めている場所へ出来た物を使いに持たせても、途中で奪われて捨てられ、必要な手紙類も全くと言っていい程届いていない事などを、思い出して怒りを抑えながら話してくれます。そんな様子なので、店の方でも絵師の家に近づけず、何とかしなければと思っていたところに、一行が現れたそうです。
「家に押しかけてくる時間帯は決まっているのか? その時間帯は何時ごろだ?」
「大抵、夕刻から明け方までですが、それも決まってはいません。酒を飲みに行くときに少し居なくなる程度で‥‥。ただ、質の悪いのを見張りに置いているらしく、当家には腕が立つ者もおりませんで、怪我をさせられたりして‥‥何とか居なそうな時間帯を見計らって絵を届けてお金を貰うと言うことをして、今のところは何とかやっていってはいるのですが‥‥」
大鳳士元(ea3358)の言葉にそう答えて深く息をつく絵師。
「武士道をどっかに置き忘れてきたと見えるね。同じ侍として是非とも正道を思い出させてやらなくてはね。‥‥で、結局何で断ったのか聞かせてくれるかえ?」
そう聞く東条希紗良(ea6450)に、絵師は少し思い出すようにしてから口を開きます。
「宴の席に呼ばれまして、言ってみたらまたみっともなく暴れて騒いでいる侍が俺とこの女を描け、じゃあまりにも無粋ってもんです。ありのままを描いて良いと言われたので間抜けな顔をした猿と美しい遊女の絵姿を、その場で描いて見せたら偉くご立腹で、ちゃんとした絵を描けとのこと。絵師として、意に沿わぬ絵などは描きたくないと言ったところ、この様な状態に‥‥」
絵師は納得がいかないとばかりに溜息をついて肩を竦めます。それ以降、常にけが人が居る状態で、そろそろ生活に支障が出始めるとのことです。
「‥‥こんなトキのために、ジャパン語を一生懸命勉強したですの!」
ティーレリア・ユビキダス(ea0213)がぐっと手を握って力説している横で、神有鳥春歌(ea1257)が口を開きます。
「以前も同じような依頼を受けたのですが、あの時は彼の夢を守りきれませんでした。そしてまた夢に向かって羽ばたこうとしている人が。今度は絶対成功させないと。‥‥最後にあの人が見せてくれた笑顔の為にも。」
その声には、どこか自分に言い聞かせるかのような響きが感じられました。
●投げ文
一行が絵師の元へ訪ねてきたのを見られたのか、柄の悪い男が見張りについてはいたものの、絵師への嫌がらせは起きなくなりました。と言いましても、冒険者をずっと雇って置くことはないと踏んで、時間稼ぎをされている様子でした。
別宴の前々日の夜、何事も起きずに時間が経ったことに、一行が少々苛立ちを覚え始めた頃でした。丙荊姫(ea2497)が辺りを窺いながら、絵師から聞いた侍の屋敷へと向かうと、そっと屋敷側の木に登ると、風車を取り出し。絵師のところで手に入れた、紙の切れっ端に侍を馬鹿にするような、煽るかのような文面を思いつく限り書き連ねた文を括り付けて、侍が座る席側の柱に打ち込みます。
弾かれたようにそれを手にとって、文を見て真っ赤な顔で怒る侍。風車を床にたたきつけて部屋を出て行くのを確認すると、こっそりと風車を回収してから、荊姫は明日に準備をして絵師の所を襲う相談を小耳に挟んで、急ぎ絵師宅へと戻るのでした。
明日に侍が襲いに来ると言うことを聞いてから、リーゼ・ヴォルケイトス(ea2175)は絵師から聞いた遊女の元を訪ねます。
「あの男を懲らしめる計画があります、よければどうぞ」
持てなしに出されるお茶を受け取りながら言うリーゼに、遊女は話を進めるようにと煙管を燻らせながら促して続けて話を聞きます。
話を聞いて侍の悪行などを聞かれると、遊女は少し困ったような表情を浮かべます。遊女の懸念は、だいたい話の出所が自分の所ぐらいしかないだろうということ、後々に響かなければいいが、ということらしく、当たり障りのない、酒を飲んでは暴れて迷惑至極であるという事位しか聞けませんでした。
●別宴前夜
一行は侍を待ち受けていました。士元に言われて、絵師やその家族は家の安全そうな場所を見つけて隠れて貰っています。
そこへ、殺気立った侍と、その取り巻きの男4人が絵師の家の前までやってくると、背後から歩み寄った緋室が声をかけます。
「ここにおいての揉め事を治めるよう要請され参った。人としての知性が残されているならつべこべ言わずさっさと去れ‥‥そして2度と近づくな‥‥」
「なっ、何だ貴様らは‥‥例の出入りしている冒険者共かっ!」
侍が声を荒上げるのに、家の前で待っていた東条が口を開きました。
「まさか、自分たちが粋な事をしているとは思ってはいないだろう? このままここにいては、どんな噂が流れるかわからないよ」
「なにをぉっ!」
東条の言葉にかっかきている様子の侍が睨み付けますが、それを気にする様子もなく東条は続けます。
「もう少し静かなところで話さないかえ?」
怒りでぎりぎりと歯ぎしりしながらも、何とか押さえて同意する侍。先にリーゼが見つけてきた花街にほど近い河原へと場所を移すと、東条が改めて口を開きます。
「絵を断られて腹立たしいかもしれないが、そこを抑えて引くのが器量ってもんだろう。そう目くじら立てるもんじゃない。お前さんは侍だろう?」
東条は相変わらず、侍が怒りに肩を震わせているのに気が付いて、尋ねるように言葉を選びます。
「これ以上ヤクザな事してわざわざ人に恨まれて悪名馳せるのはつまらないと思わないかい?」
そう言った東条の言葉も、侍には効果はない様子で、刀へと手をかけます。
「断られたクレェで腹ぁたてて、しかもこんな阿呆な所業かい? ケツの穴ちいせぇコトしてんなぁ」
「言わせておけば‥‥」
蘭の言葉に取り巻きまでもが刀に手をかけ、それを見て、リーゼも口を開きます。
「やれやれ、しかも一対一じゃ私たち女にも勝てそうにないからって数で勝負する気だよ、蘭」
「ま、別に私ぁ何人束ンなっても構わねぇけどな。そこまでしねぇと私らにすら勝てねぇってこったろ?」
「‥‥良いだろう‥‥貴様は儂一人で相手をしてくれる‥‥」
リーゼと蘭の言葉に、二人へと刀を抜き放ち歩み寄る侍。
「他の奴らはお前ら、好きにしろ‥‥」
言われた取り巻きも、それぞれが刀を抜き、他の者に向かいます。
侍と蘭との戦いは、ある意味では壮絶でした。
いくら頭にカッと血が上っているとは言えそれなりの腕を持った侍です。対峙してカウンター狙いの蘭の思惑に気付いたのか、侍も待ちに入り、両者睨み合いとなります。
その横で、腕の立つ浪人を相手取るのはリーゼと緋室です。
容赦なくカウンターで痛めつけていく緋室に、ほぼ実力が拮抗していてなかなか勝負の付かないリーゼ。
緋室が浪人を片づけると、その横でもリーゼが、シュライクで手足を切りつけてから、喉元に刀を突きつけるのに、それ以上対抗できないと思ったか観念して投降しました。
残りの浪人二人は与しやすいと判断した様子でティーレリアと春歌に向かうのに、士元と東条が割ってはいります。
「小便漏らすなよ? 暗闇が恐いからってな‥‥」
どこか危険な笑みを浮かべて言われる士元の言葉と共に、上半身が暗闇に包まれ悲鳴を上げる浪人。その横では東条が手早くダブルアタックを叩き込んでもう一人を昏倒させます。ティーレリアがアイスコフィンで浪人を凍り付けにすると、残るは侍一人となります。
侍は蘭と対峙しつつも、取り巻きが片づけられたのに気が付くと渾身の一撃を蘭へと打ち込みます。それをぎりぎり避け迎え撃つ蘭。
がっくりと倒れ込む侍を、お説教をする気満々のティーレリアと諭そうとする春歌が近づきますが、侍は聞く耳を持つ様子はなく、それを見て士元が一言だけ、侍へと言葉を発しました。
「いいか? アンタ達の行いは誰が見なくとも仏さんが見てる。‥‥その辺、よーく覚えておくんだな」
●宴の行方
侍達の後始末は若干一名が熱望した為か、河原に身ぐるみを剥いで何故か見苦しい部分には白薔薇であしらわれた状態で晒しておくと、一行は絵師の元へと戻ります。
「有難うございます、これで今まで通りの生活を送れます」
そう言って頭を下げる絵師に緋室は口を開きます。
「この紹介状を書いた方は夢を適えるべく形振り構わず必死に夢を追いかけている、そんな友人を心配し、大切に思っていた方々です。あなたも駆け出しの身でしたら少しは気持ちは分るでしょう」
緋室の言葉に少し驚いたような顔をすると、納得するように頷く絵師。
「道理で‥‥二度ほど手紙を出したのですがやはり届いていませんでしたか。では、直ぐしたためましょう、それをお持ち下さい」
絵師はそう言うと暫く自室へと引きこもり、暫くして一通の手紙を手に戻ってきます。
「こちらの方をお届け願えますか? なにとぞ、宜しく伝えて下さい」
手紙が届いた別宴の席は、それはもう大騒ぎとなったそうです。
数日後、若手絵師の元に将来有望な弟子が入ったという噂を、江戸市内で聞く事が出来るのでした。