盗んだお地蔵様
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■ショートシナリオ
担当:想夢公司
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 52 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月04日〜10月09日
リプレイ公開日:2004年10月13日
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●オープニング
その老婆がぼろ布を大事そうに抱えてギルドへとやってきたのは、すっかり日が落ちるのが早くなり、すでにとっぷりと日が暮れてしまっていた、とある日の夕刻でした。
「お願いです、何とか、あの若者を捜して欲しいのです‥‥」
老婆は昔は品の良かったであろう面差しをしながらも、すっかりと老け込み、かつて上等であったが今はすっかり洗い晒され薄汚れた着物で、哀れっぽく頭を擦りつけながら小さな声で頼みます。
「十日ほど前でしょうか、あの通り雨の日です。儂は娘と孫を失ったばかりで、その日も墓参りに行った帰りでした。あの雨に合いましての、郊外の空き家で雨宿りをしておりました‥‥」
そこに同じく雨宿りにやってきた、純朴そうであか抜けない若い青年。にこにこと優しい笑顔の青年となかなかやまない雨に、そこにあった囲炉裏で火をくべて暖を取りながら、だいぶ色々と、長い時間話したそうです。
「その青年は、旅に来ていた仏師を泊めた縁で、その仏師と弟子入りの約束をして、田舎から出てきたそうで‥‥娘と孫を一遍に失った話などしたときに、これを見せて‥‥」
そう言って老婆は、ぼろ布と思われた包みを開いてみせると、中には素朴で荒削りな、大人の手のひらほどの大きさの木彫りのお地蔵様が包まれています。
そのお地蔵様は決して出来が良い物ではありませんでしたが、雰囲気やその表情が、何とも言えないもので、心を穏やかにさせてくれるような優しい感じを与えます。
「‥‥このお地蔵様を見せて『これは初めておらが彫ったお地蔵様で、仏師の人の目さ留まるきっかけになった物だす。このお地蔵様から貰った機会ば大事にして、江戸さ行って立派な仏師なって、いっつか必ず娘さんとお孫さんのために、仏様さ彫ってあげるから、だから長生きしてたんせ』と言ってくれまして‥‥なのに、なのに儂は‥‥」
そう言うとぼろぼろと泣き出す老婆。
まるでこのお地蔵様に、孫が帰ってきたかのような感覚を覚え、夜更けまで降っていた雨に仏師がうとうととしたところを見計らい、これをそっと盗んで、小屋の中を息を押し殺して居たそうです。
その若者が目を覚ましたとき、必死で老婆とこのお地蔵様を捜していたそうですが、結局は諦め、老婆のことを心配しつつ立ち去っていった若者。その姿も、その時老婆には気にならなかったそうです。
「ただ、こう、家に持ち帰ってみても、優しい笑顔もなんだか悲しげに見えてしまって、お地蔵様が悲しんでいる気がし始めて‥‥それからは夜も眠れず、何も喉を通らず‥‥ただただ若者とお地蔵様に申し訳なくて‥‥」
そう言うと、老婆は涙ながらに頭を下げました。
「何とかお金は‥‥質へ行って何もかも売って、何とかこれだけ工面してきました、お願いします、何とか、あの若者を見つけてこのお地蔵様を、返すのを手伝ってくださらんでしょうか」
●リプレイ本文
●若者の行方
「10日ほど前に雨に濡れた訛りの強い純朴そうな青年が、泊らなかったでしょうか?」
老婆が若者と会ったという空き家から程近い旅籠を、鎮樹千紗兎(ea0660)は回って訛りの強い若者について聞いて回っていました。夜更けに雨がやんだと老婆の話から判断した為ですが、そんな危険な時間に街道を通るものは滅多にいないといって、宿帳を見るのも断られてしまいます。
「第一、ここからなら江戸に直ぐだし、直接入ったと思うね。探すとするともっと遠くの宿に行くしかないよ」
そう言って断ると旅籠の奥に引っ込む店の人間に、千紗兎は小さく息をつきます。付近の旅籠は大抵同じ反応で、この辺りに若者が泊まった様子はありませんでした。
地方から江戸へ、江戸から地方へ、はたまた荷を運ぶ仕事の途中に、人が賑わう大きめの街道で、軽業を披露しつつ薬を売っているシフールの側には、ちらほらとお客が寄って見て行っています。
「お疲れさんにちょっと骨休め〜昔を思い出そう?」
アオイ・ミコ(ea1462)はそう言いながら薬に気を止める人達から話を聞いていると、どうやら若者の訛りは、正確な場所までは分かりませんが東北の地の訛りであることが分かります。
「どっかの仏師がそっち方面に行ったって言うのは聞いたんだが‥‥最近弟子を取った仏師ねぇ‥‥いや、そっちはわからねぇ、申し訳ねぇ」
そろそろ夕刻にさしかかる頃、一人の男がそう言って薬を買って去って行くのを見計らって、アオイは待ち合わせの方へと向かいます。
空き家の周りでは、若者が様子を見に来ていたりという可能性を捨てきれずに馬に老婆を乗せたヴァルテル・スボウラス(ea2352)と、老婆を気遣いながら若者を尋ね回っていた琴宮茜(ea2722)の姿がありました。
「お加減如何ですか? 疲れていませんか?」
ヴァルテルはどこか少し不機嫌そうにしており、茜は老婆に優しく声をかけています。そんな茜に老婆は何度も申し訳なさそうに大丈夫ですと答えます。
空き家の付近住民に聞いて回っていた月詠葵(ea0020)は、空き家の側に済む住人から、10日程前の明け方、江戸の中心の方へと歩き去っていく足音を聞いたと言います。
「そのとき、どんな感じだったですか?」
「ごめんねぇ、起き出す前に微かに聞いたのだから、ちょっとどんな感じだったか迄は‥‥でも、街中の方に行ったのは確かだよ」
葵が聞くのに思い出すようにして言う女性。礼を言って別れると、葵は待ち合わせの場所へと向かいました。
●仏師を探せ!
ニキ・ラージャンヌ(ea1956)、阿武隈森(ea2657)、それに跳夏岳(ea3829)は、手分けして寺を聞いて回り、郊外を調べている仲間と合流する前に待ち合わせて情報交換などをしつつ探していました。
「ん、明日もう一度来てくれだとさ。まぁ、何も情報が無いよりはいいけどよ」
集まってそうそう、森が肩を竦めながらそう言います。森が当たった寺は江戸でもかなり大きい規模の寺で、仏を納めた仏師の数も中々の数になるからと、調べはするが少し時間がかかるというものでした。
「ボクは仏具店でちょっと聞いてみたけど、10日程前に江戸に来たって言うのは、ちょっと分からなくて、変わりに仏師さんを何人か教えて貰って、お師匠様に当たる人を探して居るんだけど‥‥」
なかなかに、まだ条件に合う人に行き当たっていないようで、少し考えるように言う夏岳。それを聞いて、ニキが口を開きます。
「私が聞いてみた範囲では、それらしき青年が来て仏様拝んでいったらしいですけど、何処の誰かは聞いていないそうです」
「阿武隈さんの方の結果待ちかぁ。とりあえずいったん合流しようか?」
夏岳の言葉に2人とも頷きます。直ぐに郊外へと向かう3人。
合流した3人に話を聞いて、小さく息をつく一行。それを見て小さく息をついて肩を落とす老婆に森がにっと笑いかけます。
「なぁに。心配するコトは無ぇぞ婆さん。まだ探し始めたばっかりだ、俺達がその仏師、必ず見つけてやるからよ!」
その言葉に老婆は目に涙を一杯にして何度も何度も礼を言っていました。
日が開けて早い内に、森は昨日行った寺へと足を運ぶと仏師の情報を受け取ってきます。
「今んとこ、3人みたいだな、弟子を取れるぐらいの実力で、暫く留守にしていた仏師てのは。案外居ないもんだな」
そう言いながら今後の予定を話し合う一行。念のため前日と同じように情報収集をし、ニキ、森、夏岳の3人でそれぞれに話を聞きに行くことになりました。
「知らんと言ったら知らん、儂ぁ弟子なんぞここ暫くは採っておらんし、旅と言っても湯治で温泉に逗留してただけじゃ」
無愛想で頑固そうな仏師の元へと尋ねていったのはニキでした。何処か具合の悪そうにしているがっしりとした仏師は、ニキに説明を受けて少し考えると肩を竦めます。
「お地蔵を彫った餓鬼のことなど知らんが、2、3年、高名な仏師の弟子が2人が独立して、最近2人とも弟子を取ったと聞くが‥‥権現様や仁王像を好んで彫ってる方とは先日話して、無口で無愛想なのを弟子に取ってたから、多分奴の弟弟子の方が、あんたらの探している奴なんじゃないのか? まぁ、儂の知ったことではないがな」
そう言うだけ言うと、むっとしたように木材を手にとって夢中になり出す様子に、ニキは礼を言って早々に退散していました。
一方、夏岳は豪快に笑いながら茶を出す仏師の元で、事情を話して助力をお願いします。
「あぁ、多分私の弟弟子だろうな、菩薩様と言った、穏やかなのを非常に好む奴で、そう言えば東北に行って来たらしく、土産を渡しながら『素晴らしい青年にあいましたよ』と嬉しそうにしてたから、多分それ何じゃないか?」
そう言って楽しそうに笑う仏師。夏岳は礼を伝えると弟弟子の所へと足を向けていました。
●純朴な若者
森が尋ねていった仏師は風邪を拗らせていたとかで休んでいましたが、事情を伝えて貰うと、家人が取り次いでくれます。
「わざわざ尋ねてきて頂いて、この様なお見苦しい姿で済みません」
ほっそりとした男性がそう言って頭を下げると、事情を聞いてから苦笑して頷きます。
「なるほど、それは大変お手数をお掛けしまして‥‥確かに、10日程前に東北の方から弟子が一人やって来ています。ただ、大変申し訳ないことに、本日は出かけておりまして‥‥」
「何処に行ったとか、いつ頃帰るとかは?」
そう尋ねる森に、申し訳なさそうに溜息をつきながら小さく首を振ります。
「本人はどうしても行かなきゃならない墓参りと申しておりましたが‥‥何処にその墓があるのかを知ら無いらしく、この2日帰ってきておりません。慣れない土地で全く知らない墓を探すなどと‥‥私どもも心配しているのですが‥‥」
そう言う仏師はとても心配そうな様子で小さく息をつきます。
「戻り次第、私どもの方から連絡を入れます。わざわざ来て頂きましたのに‥‥」
頭を下げる仏師に礼を言って出て来る森に、他の仏師から聞いた2人が合流して、とりあえず他の者に相談しに戻ることになりました。
同じ頃、千紗兎は駄目元でもう一度と思い旅籠を回っていたときでした、熱心な様子に休憩中の下働きの女性が千紗兎に声をかけます。
「10日程前とかは知らないけど、訛りの強い垢抜けない男の子だったら、昨日今日とここに泊まってるわよ。なんでもお墓探してお参りですって」
「詳しく聞かせて頂けないでしょうか?」
千紗兎が聞くと、若者は先日ひとりぼっちのお婆さんの気持ちも考えずに、いつか仏像を彫って上げると約束して悲しい思いをさせてしまった、お婆さんが誰か分からないから、せめて聞いた話からお墓を見つけてお参りして謝りたいと言ったらしく、お地蔵様を盗られた話は全くしていなかったそうです。
「今日は、ちょっと行ったところのお寺を見てみるって言ってたわ」
そう言うと周りを伺いながらいそいそと仕事に戻る女性。千紗兎は軽く頭を下げると言われた寺へと足を向けるのでした。
ヴァルテルに寺の前で待って貰い、茜は老婆に手を貸して老婆の家族の墓へと立ち寄るところでした。
「んだすか、それだば申し訳ねことしたしな。おらばり幸せで、言われた人がどんだけ辛いか、すっかりおべてなくて‥‥諫めっだなんてとんでもね、寺さ回って漸く婆ちゃん家族の墓さ見つけただすよ」
聞こえてくる声に老婆と茜は声の方へと近づきますと、そこには人の良さそうな青年が千紗兎と話していました。青年がふと目を上げると、茜と老婆を見つけてぱっと顔を輝かせます。
「えがったぁ、おら、婆ちゃんさどしても謝りたくて、お墓参ってお願いしてたんだす」
若者の姿に申し訳なさでわっと泣き伏す老婆。若者が慌てて駆け寄って謝る様子を見ながら、茜は老婆の背をそっと撫で続けていました。
●暖かさに包まれて
「申し訳ないことしたすな‥‥」
そう言う若者は、すっかり恐縮しきって一行へと頭を下げます。
「シフールさんさ、この辺で婆ちゃん見なかったか聞こう思ってたすけど、こういう事で、何さも買わねで聞くのは悪いすなと、素通りしてたす」
そう言ってアオイに謝る様子はお人好しそのものです。その若者へと、ニキに促されて老婆は大切に抱いていたお地蔵様を差し出して涙ながらに謝ります。それを聞いて、若者はそっとそのお地蔵様を老婆へと返しながら笑います。
「ん、探してくれて申し訳ねっす、おらもばあちゃんの気持ちさ考えねで悪いことしたすな。これは、預かっていて貰えねすか。ばあちゃん所さ会いに行くだすから」
若者の言葉に何度も礼を言う老婆。
報酬を受け取るとき、茜と千紗兎はそれを老婆へと返します。
「その代わり、時々遊びに行ってもいいですか」
茜が微笑んで言う言葉に、老婆は嬉しそうに手を取って、何度も頷くのでした。