新婚夫婦の悩み〜まねぇぴっと〜
|
■ショートシナリオ
担当:想夢公司
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月11日〜10月18日
リプレイ公開日:2004年10月20日
|
●オープニング
二十歳ほどの若い夫婦が呆然とした様子でギルドを訪ねたのは、沈む夕日にもの悲しさを覚えそうな、秋の夕暮れでした。
「あの‥‥だ、大工の真似事、お願いしたいんですが‥‥」
夫である浪人が、どこか焦点の定まらない目をしながら言います。その横では、どちらかというと立ち直りの早そうな妻が、軽く咳払いをしながら、髪の毛に付いた蜘蛛の巣を取り除きながら口を開きます。
「私たち、祝言を挙げて直ぐに、この人の叔父夫婦が国元に移ることになったというので、別邸を私たちに住まいとして譲って下さったんです。とても素敵な屋敷で、私たち、喜び勇んで、長屋から出ると約束してしまったんです」
そう言って溜息混じりに夫を見ますが、夫はまだ立ち直っていない様子で、ひたすら遠くを見て虚ろな笑みを浮かべています。そんな夫を見て、妻は再び溜息をついてから口を開きます。
「荷物も直ぐに纏めて移ったのですが、入ってみて、暮らし始めたらもう目も当てられなく‥‥‥」
そう言って妻は自身のなりに溜息をついて、軽く着物に付いた埃を払って肩を竦めました。
「その、つまり‥‥住み始めたら、表面上はとても素晴らしく美しい屋敷なのですが‥‥色々問題が発覚しまして‥‥」
なんとか現実を見ようとした様子の夫が、そう言ってすっと足下へと目を向けると、その視線の先には木屑と小さなひっかき傷が幾つかできた袴と、ひっかき傷と同じ理由で出来たであろう、細かい擦り傷が出来た足が覗いています。その他にも、よくよく見ると、腕や手に痣や小さな擦り傷、切り傷が見受けられます‥‥主に夫の方にですが。
「これは階段を上ろうとして、その階段に穴が開いて出来た傷と‥‥こちらの上着の細かな木屑はその階段が崩れ落ちた時に付いた物です‥‥こっちの打ち身はその階段と一緒に落ちた時に出来た物で‥‥」
「つまり、見栄えは良くても、中は手入れが全くされていなかったのか、見るも無惨に朽ちていたり床を歩けば畳の中が腐っていたり。そこで職人を頼んでどうにかしようと思ったら、今度は別の親類が『家ひとつ管理できずにいた』と笑いものになるのが落ちだから中身を丸ごと改装はさせない、と。それでも大工さんに頼もうとしたところ悪し様に罵られまして、にっちもさっちもいかなくなったので、冒険者を雇って、何とか内密にお願いできないかと思って、こうして夫と訪ねてきたわけです」
そこまで一気に説明すると、妻は溜息をつきます。
「‥‥本当に、とんだ金食い虫を手に入れてしまったようです‥‥。畳やら材木やら、襖もそうですし、必要な費用は惜しみませんので、どうにかこうにか、住めるようにするのを手伝って貰えないでしょうか?」
●リプレイ本文
●惨劇
「何というか‥‥家を直す位恥ずかしく無いと思うんですけどね?」
そう不思議そうな顔をして首を傾げると立派な屋敷を前に、陣内晶(ea0648)は呟きました。目の前に広がるのは遠目から見ても美しく、威風堂々とした建物です。
「ここだよなぁ? どう見ても立派な屋敷にしか見えねぇんだが‥‥」
嵐山虎彦(ea3269)が首を傾げるのも当然のこと。端から見ればどう考えても依頼人夫婦の話と一致しない建物なのですが、嵐山の言葉を聞いて依頼人は遠い目をしている夫に代わり、妻が溜息混じりに頷きます。
「私たちもそう思って、こちらに越してきたんですけれど‥‥」
そう言いながら先に立て屋敷へと入っていく依頼人夫婦。それについて一行も中へと入ってきますと、これもまた立派で素晴らしい玄関に迎えられます。
「とりあえず、廊下は大丈夫なんですけれど‥‥それ以外はほぼ全滅ですね」
そう言いながら中へ入って通路を行きますと、突き当たりに砕け落ちた階段の残骸が目に入ります。
「これが旦那さんが落ちたって言う‥‥」
「ええ、この人が登ろうとして落ちた、例の階段です」
エンジュ・ファレス(ea3913)の言葉にきっぱりと妻が言い、夫は深く溜息をつきます。
「なんだこりゃ‥‥手抜きにも程があるな、この階段は」
階段の残骸を調べていた氷川玲(ea2988)が顔をしかめてそう言います。どうやら元から木はだいぶ古い物を誤魔化して使われていたらしく、ほぼ朽ちていた物を、見場が良くなるように色でも付けて使ったのだろうと言うことです。
「こちらへ。今、棟梁が基礎の部分を確認して下さっていますので」
そう説明しつつ廊下を進んで日当たりの良い部屋へとやってくると、何やら畳を剥がし板を外して床下へと潜っているのか、部屋の隅にそれらしい後があるのに気が付くと、嵐山は部屋へと一歩踏み出しました。
「あ、いけません! この部屋は‥‥」
妻が止めるのも間に合わず、ずどんと言う大きな音と共に嵐山の姿が忽然と消えるのに、慌ててそこへと目を向ける一行。そこには嵐山が床下に落ちてひっくり返っています。
「‥‥‥畳と床が腐ってるって言おうとしたんですが‥‥」
夫が困ったように落ちた嵐山へと目を向けると、心配そうに声をかけます。何とか嵐山が穴から這い出て、偉い目にあったとばかりに息を吐きつつ壁に付いたときでした。まるでついたてか何かに寄りかかったかの如く、壁に穴が空き、腕が突き出てしまいます。
体勢を立て直そうと嵐山が身体を引こうとするのも間に合わず、壁ごと再び部屋へと倒れ込む嵐山。当然、それを受け止める畳と床板は嵐山の体重と崩れた壁の重みを支えることは出来ませんでした。
●段取り
唯一無事といえる廊下に集まってお茶を出されながら、一行は相談をしていました。棟梁と玲が確認したところによると、基盤はしっかりしていて、それは廊下にも言えることらしいのですが、何故か部屋や建具などの作りも材料も粗雑で壊れやすく、建てて直ぐに壊れたとしても可笑しくないような箇所がいっぱいあるとのことです。
「基盤がしっかりしてるんだったら、何とかやりようがあるな」
玲がそう言うのに棟梁も頷きます。
「棟梁。手に負えない箇所の修理の為の知人の大工さんの紹介を頼めますか? ‥‥1日でも良いのですが」
「そうさなぁ、口が堅い奴ってんだったらやっぱぎりぎり1人、2人‥‥ぐらいならなんとか出来るかも知れねぇな。よし、声をかけておこう」
エンジュの言葉にそう頷くと玲と畳などの手配を相談し始める棟梁。それを見ながらエンジュは依頼人夫婦や晶・嵐山に声をかけます。
「叔父さんに事前に修復が必要な事を伝えて欲しかったね」
「何故叔父がこの屋敷を使わなかったのか、良く分かった気がします‥‥」
「家の管理には修理とか付き物だと思うし‥‥金持ちの考える事は判らないなぁ」
溜息混じりに言う夫に晶が不思議そうに言います。
「いや、この家作るときもなんだか親戚達に『無駄にお金を使って』とか言われてたらしくて、結構邪魔が入ったらしいんですよ」
「ぐだぐだ言ってるのは親戚達なんだよな? どういうつもりなんだろうな?」
嵐山の言葉に頷く夫婦。それを聞いて晶が笑いながら口を開きます。
「‥‥もしかして親類の人達、補修だけに『そんな事して欲しゅうない』とか思ってたり‥‥」
「‥‥」
「‥‥こほん」
一瞬場が固まるのに困ったように笑いながら小さく咳払いして晶が頭を掻くのでした。
棟梁と昵懇にしていた畳屋・材木屋に協力をして貰って夜のうちに広い庭や土蔵へと納品される材料を確認しながら、玲と棟梁は補修する部屋の相談をしていました。
「台所はまぁ、直ぐに何とか出来るとして、問題は部屋だな」
「ああ、2部屋と言っておったが、台所と隣接している、夫婦が休む部屋と居間か‥‥」
屋敷の見取り図を確認しながら言うと、その日棟梁は帰って行きました。
●補修作業と親戚対策
次の日、手伝いとして棟梁が連れてきたのは壮年の大工と見習いの少年でした。以前冒険者に依頼したことがあるとかで、秘密裏に手伝うと言うことも快く了承してくれる大工。
早速直す部屋の畳や床板を壊して外す作業です。晶と嵐山ががんがんと床板をぶち抜いて壊していくと、それを見習いの少年が担いで片づけていきます。
「お二人には掃除や皆の手伝いをお願いできますか?」
エンジュの言葉に頷くと、壊した分を運ぶのを手伝いに行く夫と、エンジュと共に台所へと向かう妻。
水回りは女性2人で綺麗に掃除などを始めます。玲と棟梁が調べたところ、台所は土間や竈などの備え付けの物に関しては問題が無く、一部床が傷んでいるのに手を入れれば簡単に済む様子でしたので片付けや炊飯できるようにする為の手入れなどを行っています。他にも、後架なども土台と同じでしっかりしている様子でした。
「お台所もそうですし、お風呂場や後架などはお掃除をすれば大丈夫みたいですね」
「本当に良かったわ〜、どうしても必要なものだものね。お風呂場まであったのには驚いたけど」
エンジュと妻はそう笑いながら話しており、殺風景な現場に華やかな雰囲気を感じさせます。
「しかし新婚で新居か‥‥いいなぁ」
そんな様子を見てか、あらかた撤去部分を破壊し尽くして休憩に入っていた嵐山がぼそりと呟いて、何やら恋人を思ってかぼーっとしています。
「どうしたんですか?」
「‥‥いや、どんなもんかと思ってな、結婚生活ってのは」
「そりゃあ‥‥良いものですよ〜」
鼻の下を伸ばしながら床板を張り始める準備を手伝っていた夫がでれっと笑ってそう言います。幾つかの話を聞きながら自分と置き換えて同じく鼻の下を伸ばす嵐山ですが、ふと庭に入ってくる数名の男女に気が付いた夫が引きつった顔で話を止めるのに気が付くと玲を呼びます。
「どういうつもりかしらね、相談もなしに家の補修なんて」
「いや、その、住める状態じゃなかった訳で‥‥」
「勝手なことをして迷惑かけるのはあの人だけかと思ったら、甥っ子まで似るとはな」
嫌みを言いながら言いがかりに近くいて来る親戚の前で、ぐっと我慢しながら頭を下げ続ける夫。しかし補修をやめると聞きたい親戚の意図に気が付いてか、その言葉を避けている所へ玲がやってくると、その物言いにぎろりと睨み付けて口を開きます。
「そう言うんだったら、全面改修せずにお前らが住んでみろ」
そう言う玲の背後に無言で嵐山が立ち、じっと見ているのに親戚達がぶつぶつと目を逸らしながら文句を口の中で言っている様子です。
「だったら今のままで結構。このままお代は払いましょう、お引き取り下さい」
親戚の一人がじろりと夫を睨み付けながら言う言葉に玲の頬がぴくっと動きます。
「大工は安心して住める家を作るのが仕事、そして誇りだ。仕事途中で放り出せる職人がいるか!」
玲の有無を言わせない迫力に気圧されたか、忌々しげにそそくさとその場を去る親戚達を見送って、依頼人夫婦はほっと息を付くと玲に頭を下げて礼を言います。
「まぁ、そう言うことだ、ここの改修が済むまでは通わせて貰うからな」
そう言うと、玲は再び床張りへと戻るのでした。
●お祝いの席
「ここのところは隙間が空いていても良いんですか?」
夜食に晶やエンジュ、そして妻が作ったおにぎりなどをぱく付いて休憩しているときです、ふと気になったのか新たに増やした柱と柱の間に出来た細い隙間にエンジュが聞くと、棟梁が上機嫌に頷いて答えます。作業は後は畳を入れれば形になります。最終日前日までにここまで間に合わせられたのは、奇跡と言っても良いでしょう。
「木ってなぁ少し膨らむもんだからな、それぐらいだとがっちりと組み合う物なんだよ」
煙管を蒸かしながら目を細めて言う棟梁。
「‥‥所で夜食を食べるとてきめんに太るそうで。『やー、しょっく』ですなぁ‥‥こほん」
言ってから太るという言葉に反応した妻に睨まれて誤魔化すように咳払いをする晶。それを見て笑っていた夫は、ふと屋敷の中を見渡すようにして、どこか嬉しそうに笑みを浮かべるのでした。
最終日、余裕を持って畳を入れる作業を終わらせると、女性陣が買い出しに行き、夕食の材料やお酒を買い込んで戻ってきます。
「とりあえず、2部屋と水回りはこれで問題なく使えますね」
出来上がり具合を見て感心したように言う晶に、歩き回っても床の抜けないのを嵐山が確認してから掃除を済ませると、早速食事とお酒が振る舞われて、ささやかなお祝いの席が出来上がります。
「無理を言ったお礼です、どうぞ」
結局期間中付き合ってくれた大工に、エンジュは自腹で買った酒を振る舞うと、持っていたふさふさの根付けを手に依頼人夫婦へと歩み寄ってそれを差し出します。
お祝いと渡されるその根付けを受け取って、夫婦は嬉しそうに微笑むのでした。