●リプレイ本文
●手配は万全
少しだけ風が肌寒く感じられた昼下がり、菊見の催しを行っている通りにある茶屋の前で、琴宮茜(ea2722)は店構えを確認していました。
他にも幾つか茶屋があったのですが、直接飾られた菊を間近に見られるお店となると、そうはありません。茜は今朝方からお店を見て回っていて、あるところは菊は見えるのですが雰囲気が悪かったり、あるところは雰囲気は悪くなくても菊が綺麗に見られないといった具合で、漸く見つけたこのお店でお座敷をおさえます。
人の良さそうな老夫婦が、孫の年ほどの茜にお座敷を頼まれたので、ずいぶんと張り切って長式などの用意をしてくれると約束してくれました。
香辰沙(ea6967)はぶらぶらと催し物の通りを歩いていますと、江戸ではお馴染みの屋台があちこちに見受けられます。江戸の屋台と言えばいなり寿司やおでん茶飯、二八蕎麦に始まり、大福や飴売り、少し変わった物では椋の木の皮の煮汁で作った玉薬売りまで。
煎餅屋の屋台の前を通り、玉薬売りとすれ違うと、子供達が玉薬売りが通るのを追っかけて、ふわふわと降りてくる泡に嬉しそうに手を伸ばしています。
「ぎょうさんの人やわぁ‥‥。当日は、もっとようけなるんやろか? はぐれんよう気ぃつけんと‥‥うちが‥‥」
幾つかを回ってみながら小さく呟く辰沙。美味しい汁粉屋台などを見つけると、辰沙は屋台の様子を良く覚え、ついでに明日はどこの辺りにいるのかというのを聞いておくのでした。
●護衛? 護衛!
宴の当日、依頼人の屋敷で待ち合わせると、菊に合わせたのか、淡い黄色の着物を揃いで着た姉妹と、幾つか荷物を包んだ落ち着いた様子の妙齢の母親が待っていました。
「菊見は昔よく、お母様に連れて行ってもらいました。今年はどの様な花が咲いているか楽しみですね」
「はい、一度で良いから見に行ってみたかったんです。楽しみです♪」
にこにこと下に娘に声をかけるのは大宗院鳴(ea1569)です。その言葉に嬉しそうに笑って頷くと、自分より少しお姉さんである茜が入って来たのに気が付ます。下の娘は茜色の着物と山吹色の帯が華やかで茜の雰囲気に良く映えているのを見て、きらきらとした目で『素敵です〜っ♪』とはしゃぎながら繰り返します。
「皆様、本日は宜しくお願い致します」
母と娘が丁寧に頭を下げると、一行は菊見へと出発しました。
「荷物もちでも良いんだけど‥‥やっぱりこう言う事は男性陣にお任せするね♪ 乱暴に扱っちゃダメだよ?」
母から包みを受け取った跳夏岳(ea3829)が、くすっと笑いながら三笠明信(ea1628)に渡すと、三笠は頷いて荷を受け取って先頭を歩き出します。
店を出るときに少し心配そうに見る父親に、御堂鼎(ea2454)は笑いながら口を開きます。
「大丈夫さね。腕利きが集まってるしな。悪い虫も近づいて来ないだろうよ」
「はっ、なにとぞ宜しくお願い致します」
そう言って頭を下げて頼む父親。それを見てから、母親と並んで店を出た鼎は笑いながら、手を口元へとやって、くいっと呑む仕草をします。
「あんた、これ(呑む素振り)いけるクチなんだろう?」
「まぁ、お恥ずかしいですわ。嗜む程度です」
が母親に声をかけると、おっとりとした様子の母親は、口元に手を当てて微笑んで言いますが、目はどこか悪戯っぽく輝いています。
「大抵の奴がうちと呑むと先に潰れるのが不満でねぇ。たまにはとことん呑み合いたいものさね」
笑いながら言う鼎に頷く母親。着いた先で一緒に飲むのがますます楽しみになったようです。
「菊見の宴というからには、見事な菊が揃ってるんでしょうね。楽しみだわ〜♪」
向かう途中で楽しそうにそう言うのは浦添羽儀(ea8109)。通りに差し掛かり菊が飾られ始める辺り迄来ると、何人かが感心したように眺める大輪の菊の花にぱっと顔を輝かせて歩み寄ります。
「素敵ですね‥‥おっと、護衛なんだから‥‥」
「本当に素敵ですね」
はっと気が付いて羽儀が振り返ろうとすると、依頼人が直ぐ隣へと来て、嬉しそうにニッコリと微笑みます。羽儀も人懐っこそうな笑みを浮かべると連れだって二人を待つ一行の元へと戻りました。
華やかな女性ばかりの一行の中で先頭を颯爽と、風呂敷包みを小脇に抱えて歩く三笠に、列に戻った依頼人と並んで歩く山下剣清(ea6764)の姿があります。
女性ばかりの一行興味を持ったように見つめる、あまり柄が良くなさそうな男性方もいるにはいたのですが、三笠と山下がいるのを見て、粉をかけるのを諦めた様子でした。
●うわばみ
お座敷へと通されると、ゆったりとして落ち着いた場所で、庭を隔てて直ぐそこに、菊の花の山になっているところがあります。よくよく見ますと、ひとつの幹に接ぎ木して沢山の菊を咲かせているようで、圧巻です。
座敷から庭に降りて見渡してみれば、そのまま通りの菊で作った見立て絵や珍しい種類の菊などを見渡せる、素敵な座敷でした。
早速娘達は菊を眺め、茶店で用意されたお菓子や茜の持ってきたお菓子を食べて、お茶を頂きながら話に花を咲かせます。
「菊は元々は華国の花…海を渡ってジャパンに辿り着いたんどす。華国では、不老長寿の仙花として『延齢客』いう名がありますんえ。仙人が菊の露が落ちた谷川の水‥‥菊水を飲んで長寿を得たいう伝説からやの」
お茶の飲み方を教わりながら四苦八苦していた辰沙は、菊の花について話が及ぶと微笑みながら菊についての説明を始めます。
「素敵です〜。辰沙お姉様は菊に詳しいのですね♪」
すっかりと冒険や一行の女性陣へ懐いて目を輝かせる妹。
「菊水で作ったお酒を菊酒言うんやけど‥‥このお酒が伝説の菊酒やったら‥‥あのお二人、えらい長生きしはるんやろねぇ‥‥」
辰沙がふと目を向けてから呆然としたように言うのに、娘達もそちらを見ると、既に空になったお銚子を沢山転がしながら、互いに酒を注ぎ合って呑んでいる母親と鼎の姿があります。
「‥‥エルフのうちでも‥‥寿命、勝てそうにありまへん‥‥」
その言葉に頷く一行。
夏岳は、母親に手招きをされてお酒を勧められるのに、にっと笑いながらお猪口を受け取ります。
「僕もお酒は呑むけど、御堂さん達みたいに呑めないからお手柔らかにね?」
「はい、分かりましたわ」
そう笑いながら夏岳のお猪口にお酒を注ぐ母親。くすっと笑って自分のお猪口を傾けて飲み干す鼎に、母親もまた、自分のお猪口にお酒を注いでぐっと空けます。
釣られたようにお猪口を傾けて一口の見込んでから、夏岳は小さく噎せて目を白黒させました。
「うわ、これ、すっごく強いお酒だね〜」
そんな夏岳の様子に笑いながら鼎が酒瓶を見せます。どうやら、母親が持ち込んだ荷物の中にあったらしく、どこぞからか取り寄せた一品のようです。
何とかお猪口をひとつ空けた夏岳は、酔っぱらう前に他の娘達の所へと逃げ出したようでした。
●夕暮れの宴
「はい、お疲れ様です♪」
そう言って妹と鳴が、一人真面目に仕事をしている三笠の元へとやってくると、お菓子と御飯、お茶を載せたお盆を差し出します。
「ああ、ありがとうございます」
そう言って受け取ってお茶を手に取る三笠の側にちょこんと腰を下ろす二人。すっかり仲良くなったようで、先ほどから嬉しそうな顔で色々話している様子です。
「お姉さんは好きですか?」
「うんっ、優しくて、とっても大好きです!」
鳴が聞く言葉に、通りかかった屋台から買った汁粉を両手で大事そうに持って嬉しそうに頷く様子に、自身にも義理の兄弟が居ることが分かったからでしょうか、どことなく嬉しそうに笑っています。
「‥‥菊って綺麗ですね」
そうにこにこしながら、なおも座敷にあるご馳走をぱくつく鳴。その食べっぷりに、三笠も思わず目を瞬かせました。
程良い感じに盛り上がり、宴が始まったときほどの大騒ぎが無くなった辺りで、羽儀が場を盛り上げる為に舞を披露し、母親を誘うのに嬉々として加わる様を見て、鼎は参ったなぁとばかりに笑います。
「ありゃあうわばみじゃない、ざるどころか網だよ、網」
程良く酔っぱらって扇子でぱたぱたと扇ぎながら笑って言う鼎ですが、本人もしこたま呑んで居るので良い勝負でしょう。
辰沙と茜はだいぶ落ち着いたもので、のんびりとお茶を飲みつつ話しています。
「‥‥凄いな」
山下は鳴と仲良くしている妹を眺めたり、化け物じみた量を呑んでいるにもかかわらず、羽儀と楽しそうに踊っている母親に驚いたように呟くのに、笑いながらお銚子を持って依頼人が歩み寄ります。
「今回は楽しい依頼だな、うれしい限りだ」
山下の言葉に微笑みながら小さく首を傾げる依頼人。お銚子を手に、山下へどうですか? と聞きながらお酒を注ごうとすると、お猪口を差し出して口を開きます。
「依頼で美女と菊見の催しに参加できるとは‥‥」
言われる言葉が、自分を指す言葉だと気が付いて、ぽっと赤くなる依頼人。
盛り上がった菊見の宴は、それからまだ暫く続いたのでした。
●来年もきっと‥‥
結局、明け方まで呑んでいた母親を除く面々は程良いところで別の部屋を借りて各々が休んだようでした。
帰る段になって、妹はとても残念がります。
「ね、お姉様、また来年も、みんなで菊見に来ましょうね♪」
姉の手をぎゅっと握りながら言う妹にどこか困ったような、それで居てそれを望むかのような表情で笑う依頼人。
お店まで送る面々に、妹を中へと戻してから、依頼人とその母は一行へと頭を下げます。
「今回は、本当に有難うございました。いつかご縁がありましたら、その時は宜しくお願い致します」
頭を上げて微笑む依頼人は、本当に嬉しそうでした。