●リプレイ本文
●前段階
「いくら依頼とはいえ年の瀬にのんびり致すのは申し訳ないのである」
「同感だ。当日迄のんびり過ごして良いとは言われたが‥‥中々難しい。師走で、家人も何かしら忙しそうだし、何か手伝える事を探すとしよう」
「大掃除を手伝うなど良いかも知れぬな」
そう言って屋敷内を見て回りながら話すのは天涼春(ea0574)と貴藤緋狩(ea2319)。
中々荷広々とした屋敷内ではお女中や下男が掃除をしたりしまう器を丁寧に埃を拭っていたりしていて、二人は声をかけて作業を手伝います。
「部屋の掃除は念入りにやりませんと、ごほごほっ‥‥」
茶室の掃除をした潤美夏(ea8214)は奥の方になっていた器の入った箱を取り出して埃を払うと噎せて小さく咳き込みます。木の箱の埃を払うと少し擦れた紐を結び直して丹念に片付けていきます。
「あらご隠居様、こちらの方の並びはこれで宜しいのでしょうか?」
茶室に現れたご隠居にそう聞くと、美夏は確認して貰って問題ないと聞いてにっこりと笑います。
「ほぅほぅ、これは良いですなぁ、ご隠居の屋敷の者達が掃除ずるより、ずっと綺麗になりましたな、これで私も腕の奮い甲斐が有りますよ」
お茶の先生がそう言って笑うのに全くだ、と笑って頷くと、ご隠居は器の入った箱を大切そうに撫でて笑いました。
●お茶席の手伝い
「のんびりとした依頼はいいですね」
そう微笑みながら玄関を掃き清めている姿があります。嵯峨野夕紀(ea2724)は枯葉やゴミの混じった砂を綺麗に掃いてお客様を迎える準備をしていました。
「心ばかりなのだが感謝の気持ちで‥‥」
そう言って白河千里(ea0012)がご隠居に差し出すのは南天の枝です。この『難を転じる縁起物』にご隠居は上機嫌で受け取ると礼を言って迎えます。
ご隠居馴染みの菓子屋から和菓子が届き始めると、それを運んだりするのに先ほどから山本建一(ea3891)が裏口と茶室を行ったり来たりしています。
「お疲れ様です」
「では、また明日来ますので〜」
そう言って帰っていく菓子屋を見送ると、山本は最後の菓子の箱を持って茶室へと向かいました。
「はるばるお越し頂き感謝致す」
玄関で客人を出迎えるのは涼春です。落ち着いた物腰で控えのままで案内する涼春に人の良さそうな客人達は頭を下げて着いていきます。
客人の中に荷物を持っている人間を見かけると、藤野羽月(ea0348)がそれを預かって運び、そのたびに客人は嬉しそうに何度も礼を言いました。
控えの間までは、茶の前なので温かな白湯を白河が運んで出し、数人ずつ招かれるのに、先に立って庭を抜けて落ち着いた茶室へと案内していきます。
「茶をたしなみ四季をかたどった菓子を愛でる。ジャパンの方は感性が豊かなのであるな」
涼春の言葉に嬉しそうな様子を見せる客人。
「お坊様の国の華国も、それは歴史があると窺いましたが」
「うむ、華国にも茶をたしなむ習慣があるが、ジャパンの茶も趣が深いものである」
なるほど、と感心する客人達を、涼春は穏やかな笑顔で見ていました。
笑顔で口と手を清めた客人に布を渡して見送ると、白河は笑顔で引きつった顔に手を当てて軽く手で頬を揉みながら茶室を見ました。
茶室内にいるのは貴藤です。この日はきちんと礼服を着て髪を結わえて、茶を運ぶのを手伝っていました。
始めは茶碗を運んだりそれを洗ったりと言ったことを手伝っていたのですが、ご隠居が茶を運ぶのを見ていて、年齢のためか立ったり座ったりが大変そうなのを見ると、思わず手を貸してしまっていました。
緊張したように茶を運ぶ貴藤に、客人の間に笑みが浮かびますが、それは決して悪い意味での笑いではなく、何と言いますか、微笑ましい、とでも言う様子で見ています。
「ど、どうぞ‥‥」
高価な茶碗と知ってなお固くなる貴藤ですが、品の良い老婦人の前に茶を出したときににっこりと微笑んだ老婦人に『ありがとうね』と言われて笑みを浮かべました。
茶室に美夏が現れたとき、美夏は盆に借りた藤色の小皿に胡麻の油で香り良く麩を揚げて油を切り、少々高価ではありますが、砂糖をほんの少しまぶした甘い菓子を二つずつ乗せて各人に配ります。
「これは華国の菓子でしょうか? 甘くて良い香りで結構ですなぁ」
ご隠居も客人も満足げに頂き、そのうっすらと色は付いている物の白い菓子に、冬を見立てたようですね、とお茶の先生も小皿に菓子を置いた姿が良い、と言って摘んで口へと運びます。
その席でお茶を運ぶのを手伝っていた貴藤にも声がかけられて、一緒に菓子を頂きながら、その日のお茶席は和やかなうちに終わりました。
●結構なお点前
お茶席で、思いの外手伝って貰えたためか、各々がお茶席の日に大変疲れた様子で休んでいたので、早起きをする習慣がない者はその日、お昼毎までのんびりと休ませて貰えたようです。
お昼に質素ながら健康によいさっぱりとした昼食を頂き、小腹が慣れてきた頃にお茶の先生がやってきてお茶席の準備を始めます。
「わたくしたちの国のお茶も良いものですけれど、この国のお茶も独特なものがあってよいものですね」
「うむ、趣があって大変によろしいのである」
美夏が同じ華国出身の涼春にそう声をかけると、涼春はゆっくりと頷きながら茶を点てるお茶の先生へと目を向けます。
白河は何やらもぞもぞと隣で貴藤が不思議と落ちつかなげに座っている様子ににやりと悪戯を思いついた子供のように笑うと、天晴れ扇子を取り出して握って膝の上に手を置き、頃合いを見計らって着物の袖を気にした素振りを見せると、その扇子を貴藤の足へと落とします。
「〜〜〜〜〜っ!!!」
声も出せずに悶絶する貴藤に笑いを必死で噛み殺す白河と、その様子を見て笑いながら、茶は楽に飲むに限ります、と言って足を崩しても構わないというご隠居。
それぞれに振る舞われる菓子は薄青の小皿に餡の入った小降りの団子が並び、その直ぐ横にある白い饅頭には小さな赤い点が書かれており、雪兎を表しているかのように楕円形です。
「ああ、ジャパンの真髄ここにあり!」
感に堪えないといった様子でその皿の上の和菓子に目を向けて白河はそう言うと、改めてその上に乗る上品な菓子添えられた竹串で団子を半分に切って一口食べると頷きます。
「この優しげな甘味が解るか?」
そう言って隣の貴藤へと目を向けると、団子を一つ竹串に刺してぱっくりと食べてその味ににっと笑う貴藤の姿が。既にご隠居から勧められた通り、足を崩して気楽に菓子を食べているその様に、白河が口を開きます。
「嗚呼その様に一度に口に入れては菓子に失礼だ! もっとこう、じっくりと味わってだな‥‥」
そう語り始める白河の皿の上に残るもう一つの団子へ、ひょいと笑いながら竹串を伸ばす貴藤ですが、白河がさっと自身の皿を持ってそれをかわして、思わず見つめ合ってにっと笑う二人。
微妙に妙に爽やかに笑っては居ますが、互いに何か、目で熱い戦いでも繰り広げているような様子です。
「そんなに気に入ったようでしたら、お土産に、是非持って行って下され、家人と後で食べるように余分に頼んだのですが、思ったよりも多くての。余らせてしまうのは勿体ない」
そう言って笑いながらご隠居が言うのに白河は目を輝かせてみるのでした。
菓子が振る舞われ、順々に入れられた茶を各々の前に出してから、のんびりとした物腰で一行へと目を向けるお茶の先生とご隠居。
ゆっくりと茶碗を傾けて味を楽しみつつ、ふと茶室の丸窓へと目を向ける山本。
「もうすぐ、一年が終わりますね」
窓の外はすっかりと冷え込み、年の瀬を感じさせます。
それでなくとも母屋から庭の小道を通って向かうこの茶室は整えられた庭の中、一種の切り離された空間のようになっているためか、余計にその様子を感じずには居られないようです。しみじみとそう言う様子に感慨深げに頷く涼春と、思いの外に可愛らしい菓子に僅かに目を細めながら茶を頂いている藤野。
お代わりは、と尋ねられて貴藤や白河が再びお茶を点てて貰い、他の皆さんも、と新たにお茶を入れ直して貰うのに、微笑を浮かべながらお茶の先生の手元を見ている涼春。
「さすがは茶の道を極めた先生、見事な手さばきであるな」
そう感心したように言われると、穏やかな物腰をしたお茶の先生は、少し照れたように笑いながらすっと涼春の前へと抹茶茶碗を置き、涼春もそれを受け取って飲み干すと、その茶碗をすっと置いてから笑って頷くのでした。
「お茶も美味しく頂きましたぞ」
時折茶のお代わりを点て、他にも幾つか、季節を感じさせる菓子を改めて振る舞うのに、夕紀はそれを味わって頂くと、抹茶の茶碗を置いてほうっと息を付きます。
「結構なお点前でした。とても美味しく、また楽しく参加させて頂きました」
表情が表に出ない性格なのか、冷たい表情のままではありますが、その言葉は本心からのようで、ご隠居とお茶の先生は嬉しそうに笑い合うのでした。
●また来年もご贔屓に‥‥
「この度のお茶の席、盛況のうちに終わりましたは皆様のお陰。幾度かギルドの皆様にお世話になり、また、今度もお世話になりました」
深々と頭を下げていたご隠居は、身体を起こすと笑いながらそう言います。
「帰ったら大掃除だな」
そう言って軽く伸びをする貴藤を見て笑いながらご隠居は改めて感謝を込めた目で一行を見て目を細めます。
一行にはそれぞれ菓子を幾つか包んだ包みが持たされます。
「本年は本当にお世話になりました。皆様、良いお年をお過ごし下され」
「来年もいい年になるように御仏にお祈り致そう」
そう言ってもう一度頭を下げるご隠居に、涼春がそういうと、ご隠居は本当に嬉しそうな様子で、一行を見送っているのでした。