●リプレイ本文
●事前準備
「昨年暴れた冒険者だが‥‥特徴などを出来るだけ詳しく話して貰えないか?」
大売り出しの準備をしていた呉服屋の末娘にそう言って声をかけるのは九竜鋼斗(ea2127)。ルイ・アンキセス(ea8921)と共に末娘に念のために確認しようと言うことになったらしく話を聞きに来た様子でした。
16・7のその娘さんは目玉商品の反物を小脇に抱え、頬に手を当てて考え込みますが、直ぐに思い出したかのように頷いて口を開きます。
「あぁ、あぁ、あの短めの赤毛で異国の女性でした、こう、ちょっと小柄でなんだか目が血走ってました、振り袖の売り場当たりで‥‥」
そう言うと、配置は昨年と同じです、と言いながら店の少し奥まった当たりを反物で指し示します。
「振り袖とか、掴んで逃げられたらとても痛い物は入口付近には置かないで、店の者が止められるように少し奥まったところに出しておくのですけれど‥‥どうしても振り袖などは元々が高くて贅沢な品ですからね、競争も激しいんです」
盗まれないのが一番ですが、と言いながら昨年現れた冒険者について話す娘。
昨年は店の者が盗難防止には良くとも混雑するのを防ぎにくい場所、その上客商売の呉服屋の店の者が止められるわけもない冒険者が相手だったと言うことで問題が起きてしまったと娘さんは言いました。
「他に困った客などはいなかったのか?」
「あとは‥‥他の冒険者のお客さんはそんなにでは‥‥普通のお客さんが押し合いになってしまうぐらいでしたので‥‥」
ルイが聞くのにやはり頬に手を当てて考えながら答える末娘。そのあと、異国のお客さんに着付けのアドバイスをしては、と勧めるルイのアイデアになるほど、と笑いながら頷いて、準備しに奥へ下がるのでした。
「はい、腕をもう少し上げて‥‥そうそう、ちょっと少しだけぎゅっとなるかも知れないけれど‥‥大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
少し奥に入った着物を合わせる小部屋で呉服屋の次女が笑いながらレテ・ルシェイメア(ea7234)の着付けをしていました。
桜色の地に裾が薄紅でぼかしてあり、柄には絞りで作られた落ち着いた色合いの花が散りばめられており、レテに着付けたその出来に次女は満足げに笑います。
「うん、よく似合ってる。振り袖は少し動きにくかったりするかも知れないけど、裾に気をつけてれば大丈夫!」
「あ、ありがとうございます。可愛らしい着物ですね」
「どんなに良い着物も、その人にあった物を選ばない‥‥レテさんに良く合う着物って思って考えたんだけど、気に入ってくれたら嬉しいなっと♪ これで立派な看板娘の出来上がり〜」
帯をちょいちょいと直しながらそう言う次女に、レテは頬を染めて微かに微笑みました。
●大売り出しの現場
開店時間前には既に何人もの客が待ち構えていて、口々に袷を買うだ羽織を新調するだ、訪問着を買うだと賑やかに話していました。
開店と同時に店の者が戸を開けるとどっと押し寄せる客を前に、体格の良いルイが戸口のところで押し合ってなだれ込むのを防ぐかのように立っているのに、勢いが少し和らぎます。
店内は拝峰巫女乃(ea9491)が勧めたようにロープや布で通り道のように区切られており、売り場に着くまでに突っ切っていこうとする人は九竜が注意をして止めます。
「品物の用意は十分ありますので、皆様並んでお進みください。あ、シフールの方は飛んで列を無視されないようお願いします」
ぱたぱたと飛んで追い越そうとしたシフールにそう注意をしてから、巫女乃はいつの間にか客の列に紛れ込んでいる姉の拝峰黒音(ea9490)の姿を見つけます。
「‥‥姉さん、お客の列に並ぶのはやめて頂けませんか。まだ休憩時間ではありません」
「‥‥なんです、巫女乃? 私は決して怠けているのではありません。こうして実際にお客の中に混じることで、何か揉め事がありましたら、他の方にすぐにご連絡するのです」
疑わしげに見ている巫女乃にしれっとした表情で言う黒音ですが、その並んでいる先は訪問着などの一揃いが置かれている一角でした。
それぞれの売り場は、あっという間に人だかりが出来、あちらこちらで着物の奪い合いが始まります。
「ちょっと押さないでよっ!!」
「破れるだろうが、離しやがれっ!」
あちこちでそう言った怒号が飛び交う中で、巫女乃が取り合いをする客を宥めつつ、黒音が奥から在庫を持ってきて見せたりします。
「そちらのお召し物でしたら、まだ在庫がございますので取り合いをされる必要はございませんよ」
その言葉に幾つも反物や着物を抱えた女性が飛びついたりしていました。
「争いはいけませんよ」
その言葉と共にレテは隣の女性の腕を掴んで着物を奪い取った男性にそう言ってコンフュージョンをかけますと、その男性はその手を離して奪い取った着物を女性へと差し出しています。
その光景に小さく微笑むレテ。
そんな平和な光景と裏腹なのが、激戦区の振り袖販売場所でした。
「そこは何をしているのだ」
ルイが声をかけるのは二十代半ば辺りの女性と十代半ばの町娘でした。
「五月蠅いわねっ! 客に向かって失礼な‥‥」
そう言って睨み付ける女性の横では、町娘は絡まれただけなのか困ったような顔をしています。
この女性は、直ぐにまた町娘にぎゃんぎゃんかみついて、その上にとっていた青緑の振り袖を奪い取って、町娘がそれを講義しようとするのにひっぱたこうと手を振り上げます。
と、その手を後ろからがっちり掴まれます。
「他の客に迷惑をかける様な者は客ではない」
掴んでいたのはルイで、奪い取った振り袖を町娘に渡してやると、あまりに目に余る行動が多いため、この女性はあえなく退場となりました。
●現れた冒険者?
九竜の顔に緊張が走ったのは、昨年スタンアタックを使ったと言われる短い赤毛の、小柄な異国の女性が現れたのを見つけたときでした。武装としては杖を持っているらしく、腰に下げたその杖を時折指でなぞっています。
女性はお買い得な反物などを幾つか見て回り、徐々に振り袖の辺りへと近付いていきます。その様子を見て警戒しつつ近付く九竜。
その様子にレテやルイも気が付いて少しずつ近付いていくと他の人を気にしつつもその女性へと神経を傾けます。
赤毛の女性は振り袖の山を暫く見ていましたが、満足げな様子でその場を離れて店の者へと向かう娘さんや、娘の振り袖を買いに来たであろう父親や母親を値踏みするかのようにして見るとうっすらと口元に笑みを浮かべます。
女性が目を留めたのは、一人の老人でした。
大切そうに深い蒼の振り袖を抱えて、それはもう大事そうにしながら店の者を探してきょろきょろとしています。
その振り袖の色合いと言い、決して派手ではありませんが、絞りで入れられた柄と言い、良い品であるし、さぞそれを若い娘さんに着せれば美しかろうと容易に想像できる代物でした。
その振り袖に羨望の眼差しを向けつつも、この老人を知っている者もそれなりにいるのか、『良かったね、爺さん』と声をかける人も見られます。
へこへこと頭を下げつつ店の者を見つけて足を踏み出した老人に近付く赤毛の女性。手は腰に下げられた杖に伸びています。
「ご苦労様、さっさとその振り袖寄越しなさい。あんたみたいな老いぼれが持ってても仕方ないでしょう?」
「こっ、これは孫娘に買ってやる振り袖なんじゃ、まだあっちに幾つも振り袖は有るじゃろ‥‥」
杖に手をかけつつ赤毛の女性に睨まれて縮こまる老人ですが、それでも振り袖を大事そうに抱きかかえて渡さないように身体で庇います。
「‥‥ジジィが‥‥」
眉をつり上げて睨み付けて杖に手をかける女性ですが、その手を九竜が押さえます。
「お客さん、こんな所でそう言う事しちゃぁ駄目ですよ?」
あくまで柔らかく言い穏やかな表情を浮かべてはいるものの、九竜はしっかりと女性の手首を押さえています。
その脇でルイとレテが老人を助け起こし、レテが店の者の所まで老人を連れて行きます。
女性が『離しなさいよっ!』と言いながら空いている手で九竜の手に爪を立てますが、間もなくこの女性は九竜とルイに連れられて番所でゆっくりと反省させられることになります。
振り袖を買ってそれを包んで貰った老人は、何度も何度も頭を下げて店を後にし、一時的に雰囲気が悪くなりかけた店内を和ませるような、レテの歌声に徐々に店内の人々の間にほうっとしたような、穏やかな空気が流れるのでした。
そんな中で‥‥
「おや、この着物はなかなか‥‥いえ、別に物色してるわけではございませんよ、巫女乃」
「‥‥姉さん、店内の見回りは結構ですが、ご自分好みの呉服をさがすのは閉店後にしてください」
スタンアタックの女性に他の仲間が向かったので店内の整理や案内などを受け持っていた姉妹の長閑な会話が聞こえるのでした。
●仕事を終えて
「いや、今回大きな怪我も揉め事も起きずに無事にこの日を終えることが出来ました」
そう言って上機嫌で言う商人は、何度も嬉しそうに一行に礼を言います。
「うちは呉服屋ですからな、呉服やらそう言った類の物しか在りませんが‥‥」
そう言いつつ、姉と自分のを買うという巫女乃にそれぐらいでしたら、とお代を受け取らずに、黒音がこっそりと選んでおいた着物を差し出します。
振り袖姿のレテが、九竜がひっかかれた手を覗き込むも、直ぐに治りそうな様子の為か、心配しなくて良いという九竜。
「警備をして負った傷は大した事無い、‥‥軽微だから‥‥なんてな」
きょとんとしたように見るレテに、気にした様子をみせるでもない九竜。
「何か、装身具を二つ戴けるだろうか? ‥‥家族への土産にしたいのだが」
「この辺りで宜しければ‥‥」
そんな会話が続く中‥‥礼の宴が準備できたと末娘が呼びに来るのは、後もう少しだけ後のようでした。