●リプレイ本文
●方針は‥‥
「掃除中の荷物の警護ですね。任せてください!」
そう元気良く依頼人へ言うのは大空昴(ea0555)。昴は手をぐっと握って続けます。
「もし盗人が出ようものならこの刀でずばっ! と一刀両断です! え、ダメなんですか? ‥‥分かりましたそれでは穏便に‥‥指一本で‥‥」
「あ、あの、ゆ、指、ですか?」
目を瞬かせて昴に聞いている依頼人を横目に、依頼人が信用して見せてくれた屋敷と御店の絵図面を前に確認をしている一行。
「‥‥使用人として入り込んだ方が自然だろう。手間が省けるしな」
絵図面を見つつ言う氷雨雹刃(ea7901)に、依頼人は問題ないとばかりにこくこく頷きます。
「俺は周辺の巡回をしていよう」
三度笠の前を少し押し上げて言うパウル・ウォグリウス(ea8802)。
「現場を押さえて捕まえるのが一番だ。一人でも捕まると後の奴が動き難くなる」
つまり根本的な解決にはならないという氷雨の言葉に頷く一同。
「泳がせて捕まえる方針で良いのだな?」
そう確認する氷雨に頷くと、虎魔慶牙(ea7767)は立ち上がって、つと指で倉の当たりを差してから立ち上がります。
「じゃあ、俺は倉の方で使用人を見張りながら、重そうな荷物運びでも手伝うか」
「‥‥私も倉を見張るわ。‥‥穏便に過ぎればそれはそれで良いでしょうし、ね」
立ち上がる虎魔を見つつ朱蘭華(ea8806)も立ち上がると倉の方へと向かい歩き出し、ます。
「では私は庭と裏通りの間に堂々と構えて、不審人物が居ないか見張りをします!」
昴が元気良く言い、桐生純(ea8793)もこっくりと頷きながら立ち上がります。
「さて、と。僕は屋根の上から見張りをするね♪」
そう言って立ち上がって、ん〜っとばかりに伸びをしつつ草薙北斗(ea5414)はにこっと笑うのでした。
●出来心
蘭華が倉の入り口に立って掃除の様子を監督している側で、虎魔がずっしりと重い箱を抱えて庭の敷物の上へと運び出していました。
怪しまれている3人へと注意を向けていると、少なくとも使用人達自体はそれぞれ仲良くやっている様子で、依頼人に頼まれ無ければ、そのような大それた事を考えているような人間は居ないだろうと見えます。
倉から運び出された品物は、それぞれが見事な細工の小物や、小物を納めた箱ばかりで、確かについ出来心が起きてしまう気が分からないでもありません。
(「冒険者から盗人が現れなければいいけど‥‥私も気をつけましょう」)
蘭華が思わずそんな風に思うほどで、虎魔自身もそう言う気を起こしてしまう人間が出ても可笑しくはないと感じながら、美しい飾りの付いた箱をもう一つ、と運び出していました。
「あのう、そろそろ休憩ですので、お茶でも‥‥」
奉公している娘さんがお茶を用意して一同に言うと、虎魔と蘭華にも声をかけ、倉の前で見張りを続けていた蘭華にお茶を差し入れてくれます。
「‥‥ありがと」
マフラーをずらしてお茶を飲むとそう言う蘭華に、嬉しそうに笑う娘さん。暫くして、再び作業になると、丁稚の少年と男性の奉公人が一人、それと先ほどの娘さんが、屋敷内の方に手が足りないと言うことで呼ばれていきました。
それを見ていた虎魔が、一緒居作業していた30半ばの下女の一人が小物の埃を払っている間に、二つを布で被せるようにして手に取り、一つを丁寧に拭って戻し、もう一つを震える手で袖に押し込むのが見えました。
「止めておきなぁ。奉行所に突き出されたくは無いだろう?」
虎魔も言葉にびくっとする女。震える手で袖から螺鈿細工の髪飾りを取り出して、埃を拭うと並べていたところへ戻します。
「一度ちゃあんと主人に謝んなぁ。許してくれれば、また仕事を続ければいいさぁ」
虎魔の言葉を聞いて、小さく鼻を啜りながら目元を擦って、女は小さく頷くのでした。
部屋の方の反物や簪、帯留めなど、それぞれが混ざってぐしゃぐしゃにならないようにと気をつけながら純が片づけをしていると、倉の方から回された3人がやってくると、直ぐに手伝いを始めます。
先ほどから怪しまれていた人間を見ていた氷雨は、怪しまれている下男と丁稚の少年が部屋へと移ってきたのを見て、自身も部屋の方へと見に来ていたのでした。
少年と下男を見て、氷雨は危ないな、と感じます。
片づけの最中も下男に何か言われては目を彷徨わせて当たりにある小物へと目を走らせます。
幾度目か、下男が何かを言ってから離れると、丁稚の少年は高価な帯留めの箱を運ぶために手に持ちますが、目を落とすと泣きそうな顔で見てから、箱を開けてそうっと手を伸ばして帯留めを箱から出すと、それを懐へと押し込みます。
肩を叩かれ、びくっとした少年は、黙って首を振る氷雨が立って居るのに項垂れます。
そのまま物陰に連れて行かれる間、小さくしゃくり上げながら付いてきました。
「…お前、初めてか?」
「‥‥」
泣きながら微かに頷く少年。覗き込まれて目を見る氷雨に、涙で濡れた目で見ますが、嘘をついている様子はなく、目には後悔がありありと浮かんでいます。
「コイツはな‥‥タチの悪い病気のようなものだ。一度手を出したら‥‥やめられなくなるぞ?」
「ごめんなさい、これ一つあれば、おっ母さんに身体に良い物食べさせられるって言われて‥‥ごめんなさい‥‥」
母子一人だからと主人が色々としてくれるのが申し訳ないと思った母に止められていたらしく、体調を壊した母の薬代を頼むことが出来なかったため困っていたそうです。
それを知っていた下男に、先ほどからしきりに『これ一つあればおっ母さんに薬を買ってやれるだろう、美味いもんも食わせてやれる。俺ら貧乏人から搾り取って良い暮らししてるんだ、一つぐらい罰は当たらない』などと言われて耐えられずに手を出してしまったそうです。
「店の奴には黙っておいてやる‥‥戻して来い」
「本当にごめんなさい、もう、決してしません‥‥」
(「フン‥‥こんな所でガキの躾とはな。仕事とは言え‥‥洒落にならん」)
泣きながら謝り、帯留めを返しに行く少年を見つつ氷雨は仕事に戻るのでした。
●確信犯
「やっぱり高いところって気持ちが良いね〜♪」
北斗はそう言いながら、庭を見張るのに横からと上と重ねた方が効率いいし♪ などと言って屋根の上から眺めていました。庭に入り込みやすい場所を見つつ、先ほど手早く付けた鳴子の場所を確認すると、座ってのんびりと掃除の様子を眺めて居ました。
「うーん、しかし暇ですね‥‥一人尻取りでもしましょうか」
退屈そうにそう言うのは昴です。先ほどから何やら暇を持てあましているようで、裏通りにでんと構えて待ち構えていたのですが、とうとうしりとりなぞ始めていました。
「しりとり、りんご、ごま、まつたけ、け、け‥‥けけけ‥‥けがに! ‥‥んだか尻取りをしていたら食べたくなってきてしまいました‥‥ああ、けがに、まつたけ‥‥」
夢見る瞳で呟く昴が本当に夢の世界へと直ぐに旅立ちます‥‥立ったままですが。
「‥‥難儀な話だ‥‥おや? あれは‥‥」
ジャパンの屋敷の行事に興味がり依頼を受けたものの、紅の髪に異国の風体では目立つことこの上ない、お世辞にも適任とはいえない、そんなことを考えつつ巡回していると、何やら町人が裏通りへと入っていくのを見つけてそれを追い、何やら立ったまま寝ている昴に気が付いて驚いた様子を見せるパウル。
昴に近付いて声をかけようとした瞬間、からんころんと音が鳴るのに、はっと昴も目を覚まし、パウルは裏の低い塀の所へ急ぎます。
「誰かな〜まったく」
身体を起こして庭に降りると鳴子の方へと近付く北斗は、鳴子を再び鳴らして逃走を図る町人を見て追いかけます。手には細工のある小振りな、簪を幾つかしまった箱が抱えられています。
鳴子にかかりつつ、塀を越えて裏通りへと降り立った町人ですが、次の瞬間立ちはだかったパウルのスタンアタックが綺麗に決まり昏倒、直ぐに取り押さえられます。
「欲に目がくらんじゃ駄目だよっ! 盗人も罪人には違いないんだからね!」
びしっと捕らえた男に言う北斗。
「見つかったら駄目なんだから、命かける気でないと」
「何でこんな事をしたのか知りませんが、人として恥ずかしくないんですか!?」
北斗が続けるのに、昴も口を開いて男を叱りつけます。
「欲しい物があるなら働いて買えば良いじゃないですか。職にありつけない人だって世の中には一杯いるんですよ、それを人の物を盗もうだなんて‥‥きっと草葉の陰でご両親も泣いています!!」
「い、いや、俺両親は‥‥」
男の言葉を最後まで聞くことはなく、昴は張り切って仲間と共に男を生け捕りにして依頼人の所へと運ぶのでした。
純が片づけをしていると、氷雨が少年を連れて出て行ったのを見た下男がこそこそと簪やら櫛やらを漁って幾つか懐へと仕舞い込むのを見つけます。
「人から物を盗むの、よくない、ヨ‥‥」
「うるせぇ、なに因縁付けてやがるんだ」
「‥‥そこに仕舞ったヤツを見せろ」
純へとそう言って離れようとする下男ですが、既に少年から話を聞いて戻った氷雨に不意をつかれ腕を捩られながら言われる言葉に飛び上がらんばかりに驚きます。
凄まれて渋々出す男の懐からは幾つも高い装飾品ばかりが出てきて、初犯だ自分は悪くないだとごねる男の首に手刀を叩き込むと、氷雨と純は昏倒している男を引き立てていくのでした。
●色々あったが良いお年を
「‥‥嘗められないように‥‥これからも努力することね‥‥頑張って‥‥」
「ありがとうございました」
蘭華の言葉に答える依頼人、下男には暇を出し、謝った下女には引き続き働いて貰い、少年の母親には見舞いを持たせたそうです。
煤払いが終わって食事を振る舞いつつ何度も礼を言うと、依頼人はその人の良さそうな顔に満足げな笑みを浮かべているのでした。