●リプレイ本文
●おもてなしの心とは
「なるほど。ジャパンでの年初めのお祝いはなかなか盛大に行うのだな。これは楽しみだ」
そう言って、お祝いの宴の規模を確認するデュラン・ハイアット(ea0042)。見たところ料理も人数も大がかりで、なかなかに大きな宴席になりそうです。
「宴会のお手伝いですね? それじゃあ、賑やかしは虎彦おじちゃんに任せれば大丈夫!」
「おぅ、任せろや!」
「‥‥だといいなァ」
大丈夫と言っておきながらも、妙に自信満々に答える嵐山虎彦(ea3269)を見て、なんだか心配そうに付け足す美芳野ひなた(ea1856)。
「ジャパンの心はおもてなしの心と母から聞いています。私もジャパンの心を覚えたいと思いますので‥‥」
「客をもてなす心とは、その相手を見て、聞いて、そうして相手が求めているものを理解し、それに応えようとする心‥‥」
さっぱりとした品の良い薄青の着物に前掛けを付けながらそう言う桂春花(ea5944)に、天城烈閃(ea0629)は考える様子を見せつつ口を開きます。
「これは、人としての器が試される機会と言っても過言ではないからな。これも良い経験だ」
「武家の席か、懐かしい世界だ‥‥」
烈閃はそう言って小さく頷くと、その隣では南天輝(ea2557)が何かを思い出したかのように小さく呟くのでした。
「とりあえず力仕事は任せてもらわないとな!」
準備が始まると、嵐山は裏口に荷を届けに来た商家の店の物から受け取った酒樽を土間の入口へと運び込んでいきます。
お正月の祝い用だからなのか、それともそれだけ飲むのか、5つめの樽を運び込んでから、鼻を擽るえも言えぬ香りに一つの樽を開けて覗き込むと、ごくりとつばを飲み込んで、小さく息を付きます。
「‥‥こんだけ酒がありゃ、ちょっとぐらい減っててもわからねぇよなぁ?」
「‥‥お酒は土間の隅に運んで下さい‥‥」
嵐山に気が付いた大宗院透(ea0050)は、家の者に借りた着物の裾を軽く整えながら膝をつくと、そう言いながらお銚子を幾つも用意し始め、声をかけられた嵐山は慌てたように誤魔化し笑いをするのでした。
「この様な依頼の方が、忙しくなくいいです‥‥」
そう言って小さく溜息をつく透を実ながら、ひなたは何やら小さく溜息です。
「‥‥いいなァ透くん、男の子なのに。ひなたもあれくらいは‥‥はふゥ」
そう溜息をつきながら、何とはなしに前掛けを手で小さく弄りつつ、ひなたは宴の料理の準備をするのでした。
●武人ばかりの無礼講
客人が部屋に通されると、そこには既に膳にお重のおせち料理と、お屠蘇の支度、そして人数分のお絞りが既に用意されておりました。
先ほどまでに、天城が既に滞りなく用意を済ませていたようで、客人達の間に、ほう、と感心するような溜息が漏れます。
「ふむ、これがオセチという料理か‥‥なかなかバライティに富んだ食材が使われているな。うん、美味い」
「そうであろう、もとはしんせんと言って、節供用の料理であったのだよ」
ひょいとお重の中にあるかまぼこを摘んでそう言うデュランに上機嫌で説明するのは、ふっくらとした面差しの屋敷の主です。ちょうど主へと酒を持ってきていたデュランは、目に鮮やかなそのかまぼこに目を奪われたらしく、主に勧められるままに摘んで見た様子です。
「などとやっているだけではいかんな。仕事もしなければ‥‥。御客人。ささ、一杯どうぞ」
「おお、異国の方、忝ない」
そう言ってお銚子の首を摘んで勧めると、主の側に座っていた壮年の男性がそう言って軽く頭を下げつつ杯を差し出し酒を注いで貰っています。
「オトソというのかこの酒は。普通の酒と変わらんような気もするが? 味が違うのか?」
「年中の邪気を払い、延命長寿を願うために飲むもの‥‥異国の方、いかがかな、少し飲んでみては?」
「ふむ‥‥」
壮年の男性がお銚子を受け取って、使われていない杯を差し出すと、受け取るデュラン。きゅっと飲んでから、感心したように杯へと目を落とします。
「おお! 酒場で飲む酒よりも美味いな。どれ、もう一杯」
何やら気に入った様子のデュランに笑いながら杯を煽る主と酒を再び注ぐ壮年の男性。どうやら後引く味だったようです。
「これは忝ない」
天城が差し出す皿を受け取ると、その上に乗った数の子に舌鼓を打つ若い侍。この辺りには比較的若い武家の者が集まっているようで、近い年頃の天城に人懐っこく笑いかける者や気さくに酒を勧めてくる者もおります。
注いだときに酒の量が大分減っていたのに気が付いた天城はすかさず酒のお代わりを取りに戻り、切れる前に用意をして相手へと差し出します。
嬉しそうに笑って素直に受け取る若侍へと酒を注ぐと、若侍は新たな杯を差し出し天城からお銚子を受け取り笑って酒を注ぎ返すのでした。
「ん〜‥‥やっぱタメ口はまずいよなぁ?」
そう言って空いた皿を部屋の外へと運び出してからアーウィン・ラグレス(ea0780)は小さく息を付きます。
先ほどまで、ついつい砕けた言葉で話しかけてしまいそうな、そんな雰囲気の宴のためかずっと大人しく黙々と仕事を続けていたようでした。
それは輝も同じだったようで、南天の家や妹達に迷惑をかけないように、と気遣って先ほどから料理運びなどを主にしていた様子です。
「ささ、俺が運んでやろう。俺はあまり初めから客の対応はしたくないんでな、荷運び等の単純な力仕事や膳なら注意すれば運べるだろう」
そう言って春花の皿が沢山乗って重いお膳を受け取りながらそう言うと、奥へと下げていき、それを見送ると、春花は再び先ほどから華国の話を楽しげに聞く初老の男性の元へと戻り、微笑みお酌をしながら語って聞かせているようです。
いつの間にか、嵐山はちゃっかりとデュランと共に主の所へ行ってお屠蘇から、他の用意された酒と、半ば飲み比べに近い勢いで酒を飲んでいきます。
「それにしても‥‥本当に武士ばっかりだな‥‥」
再び酒を持って現れた輝は、武家らしくない和やかで砕けた様子の呑み会と、参加者の顔ぶれの妙に、どことなく面白さを感じているのでした。
●良い心地
「ひなた! 手伝うのもいいが、ちょいとご主人の話し相手でもどうだ? おっさんよりは可愛い娘さんの方がいいだろう♪」
嵐山に言われて、ちょこちょことお銚子や徳利など、お酒を透と共に運んでいたひなたはお酒を持ったまま主の所へと向かいます。ひょいとお銚子を持ってみせる嵐山に日向は首を傾げるとその調子を受け取ります。
「あ、お酒無くなっちゃいました? 熱燗でいいですね」
「あ、いや、そうじゃなくてよ‥‥」
「直ぐに持ってきます♪」
そう言って引っ込んでしまうひなたを見送る嵐山。その様子を見て、主はくっくっくっ、と、さも面白そうに笑い声を漏らします。
「冒険者とはどういった者達か興味があったが‥‥何、良い者ではないか、のう?」
「誠に‥‥」
壮年の男性と笑い合うと、どっと若手の者達が酒を持ってきたアーウィンを捕まえて色々と聞いている様子で、時折声色を混ぜて話す冒険の様子にすっかり夢中になっている様子です。
「さて、何か聞きたい声はある‥‥っとと、ありますか?」
「あぁ、口調など気にせずとも‥‥是非是非、春を呼ぶ鳥の声を‥‥」
「春を呼ぶ鳥?」
「うぐいすですよ、ほら、春にホーホケキョと‥‥」
そんな言葉が聞こえてきたかと思うと色々鳥の鳴き声を確認し、やがてアーウィンが出すうぐいすの囀りに、それまで盛り上がっていた人達もつい聞き惚れている様子。それを聞き、春花も自身の愛器を手に取り、ゆっくりと故郷の春を思い浮かべて奏で始め、輝も窓辺に腰を下ろして横笛でそれに合わせます。
「本当に、良い心地だ、のう、そうは思わんか?」
「全く持って‥‥今年はこの曲のように、きっと良い年になるでしょうな‥‥」
自然と思い浮かばれる春の情景に緩く息を吐き、静かに耳を向ける客人達。その中で、主はとても満足そうに目を細めているのでした。
「綺麗な曲ですねぇ‥‥」
そう言いながら、漸く人心地ついた使用人が、感心したように呟いていると、す、と透が茶を差し出します。
「一休憩しませんか‥‥」
「ああ、これは有りがたい。実は旦那様から後で食べるようにと饅頭を頂いておりますので、みんなで食べましょう」
そう言って、くるくると忙しそうに働いていたひなたにも、他の女中さん方にも声をかけて休憩となります。
演奏が終わったのか、拍手が聞こえてくると、次は少し明るい曲が流れ始め、再び宴が賑やかに盛り上がっていっている様子です。
「いやいや、先ほどの曲といい、良く気をつけて働かれていらっしゃる皆さんを見ていると、何と言いますか、一緒に何かをしていても気持ちが良いですね」
そう言うと、お饅頭を頬張ってから、同じく饅頭を食べ、茶を啜るひなたや透へと目を向けて笑います。
「うちは特別しきたりなどに五月蠅くもなく、家の者一同、気持ちよく働けていますからね。旦那様のお人柄や人徳なのかも知れませんねぇ」
そう嬉しそうににこにこと笑っていう様子を見ながら、しばしの休憩を楽しむのでした。
●気持ち良く帰途に‥‥
あれだけ飲んだというのに、存外にしっかりした足取りで、片づけを多少手伝ってから帰途につく若い者達と、暫く主と茶を飲みつつ話に花を咲かせている壮年や初老の武士達でしたが、やがて口々に曲を褒める言葉と、それぞれの新しい年に対しての事を述べて退出して行きました。
「結局、忙しい依頼になってしまいました‥‥」
「いやいや、全く持って良い気持ちで酒が飲めたわ。改めて礼を申す」
透の言葉にそう言って笑う主は、せめて残りの日数をのんびりと過ごしてくれるようにと、一行を持てなします。
依頼が終わって帰る段になると、主はその時間、役目から戻って一行を見送り、改めて礼を言って送り出すのでした。