●リプレイ本文
●囮捜査
「私の父が宮司と面識があったので、文化を学ばせて貰う為住み込みで働きに来た」
「なるほど‥‥ジャパンの文化は如何ですか? 他国にも誇れる、素晴らしい文化だと私は思うのですが‥‥」
インシグニア・ゾーンブルグ(ea0280)の言葉に、人の良さそうな笑顔でそう言うのは見習いの青年です。純粋に感心だと思っている様子で、装束一揃えなどをいそいそと用意してくれます。
「でも嬉しいですね、異国の方でもこうして文化を学ぼうという方がいらっしゃるなんて‥‥」
そうしみじみ言う青年から衣装を受け取ると、インシグニアは着替えるために奥へと下がるのでした。
昼も過ぎた頃でしょうか、暖かい日差しで、参拝客が増える時間帯、境内には囮として十六夜熾姫(ea9355)が、そして、境内の石階段に腰を下ろしてのんびりと煙管を燻らせて寛いだ様子を見せながらも、密かに水茶屋の様子を窺っているのは竜太猛(ea6321)です。
「あっ‥‥」
ぽてっという転び方、直ぐにちゃりちゃりんとお金がばらまかれる音がたち、べったりと参拝道にへばり付いてしまった熾姫は慌てて顔を上げます。元々こうしてスリの目を引くつもりではあったのですが、混み合っていたため予定と違い、心構えがなくばらまいてしまって慌てて身体を起こすと、道行く人が拾って渡してくれます。
「すっ、すみませんっ」
流石に少し恥ずかしかった様子でおろおろと受け取りながらお財布にお金を戻すと、それを帯に納めて再び歩き出します。
「‥‥読み通りじゃな」
水茶屋を眺めていた太猛は、遊び人風の男が先ほどから頻りに水茶屋を出入りして要るのに気が付きます。水茶屋の女将さんに声をかけては出て来るといったことを繰り返していますが、時折長い時間奥に籠もったかと思うと、2階の障子が微かに動いて隙間から人が覗いているのに気が付きます。
暫くして、男が再び水茶屋を出ると境内の方へと目を向けてからそそくさと鳥居を潜って出かけるのを、太猛はそっと後を付けます。
程なく神社より離れた町外れの川沿いを通りかかったときでした。ざっと脇へと道を折れた男を追って少し足を速めたときでした。
「なんの用だ、てめぇ」
道の端から飛び出してきた男はざっと歩を詰めると何やら刃物の切っ先らしき物を喉元へと突きつけて低い声で問いただします。
「‥‥何、神社でおぬしを見かけ、羽振りがよさそうじゃったからな。何か上手い話あらば、儂も一口混ぜて貰えんかと思うてのぅ」
ぴくっと小さく顔を引きつらせると、男は値踏みするように太猛を見ると、こうしてみると妙に腹の据わった様子に少し考え、手を引いて一歩下がります。
「かわすのは今一つとは言え、腕は立ちそうだな‥‥良いだろう、付いてこい、頭に合わせよう」
そう言うと男は先へと立って進み、暫くして見える川沿いの廃れた様子の小屋へとするりと滑り込み、直ぐに太猛もその後を追うのでした。
●昼の神社
次の日も熾姫はおどおどとした様子を見せつつ一番混み合う時間帯に境内を徘徊していました。
境内の隣接した建物の一室では、御子神夕(eb0154)とライル・カーライル(eb0156)が仲良く一緒の毛布にくるまって眠っています。それに気が付いた巫女さん、そうっと上から夜着を掛けて、そのまま寝かせておきます。
2人が夜の見回りを主としている様なのに、彼女なりに気をつかったのかも知れません。
「ユウ、今度のお仕事もがんばろーネ」
寝言で呟くカイルに夕も夢の中ながら小さく頷くのを見て、巫女さんはくすっと思わず小さく笑みを零します。
「お茶でも如何です?」
忙しい合間を縫ってお茶と茶菓子を運んでくる巫女さんに、カリン・シュナウザー(ea8809)は顔を上げました。
初日からずっと、境内と隣接する建物とを繋ぐ廊下から人の流れを確認し、夜には賽銭箱を見張っているカリンに感謝をしている様子で、何かと忙しい仕事の合間にお茶などを運んできたりしています。
「今のところ、動きはありませんね」
そう言い人混みに目を向けたカリンは、視界に太猛が入ったのを見つけます。水茶屋の中に遊び人風の男と太猛が入っていくのが見え、借りた手拭いを頭に書けて耳を隠すようにして、人混みの中に居る白翼寺涼哉(ea9502)が境内の側に来たときにこっそりと見張りがいたことを伝えます。
涼哉はお賽銭泥棒の囮として、礼服に身を包み羽振りが良さそうな装い、言伝られると長い列になっているお賽銭箱へと並びます。
「今夜は狙い目だな」
太猛の隣でそう言う男。
「見たか? この時期金持ち共がぽんと気前よく金を入れるもんだからな、良い鴨だ」
そう男はせせら笑います。
「お、どうやら大金の賽銭が有ったらしいの」
太猛がそう言うとお賽銭箱へ目を戻す男。ちょうど涼哉が重量の有りそうな財布を入れたところで、この様子に男は乾いた唇を軽く舌で湿られせ、にやりと笑うのでした。
「女将さんってカネ回りのいい男と真っ当な職についてる男とどっちが好み? 俺も一応医者やってるけど、何故か良縁に恵まれないのよね? どこかでイイ話が転がってたらいいんだけど」
お賽銭を入れてから水茶屋に入ってから女将に声をかける涼哉ですが、どうにも様子が可笑しい。顔色悪く怯えるかのように落ちつか無げな目で辺りを見、上の空で答え、どうやら先ほどから頻りに2階を気にしているようでした。
●スリの正体
男と太猛が立ち去った頃、熾姫がそろそろ引き上げようかと思った時でした。微かに引っ張られる感覚にはっとし振り返ると、すれ違った品の良さそうな女性の方に引かれるのに気が付きますが、人混みの中疾風の術で飛びつくわけにも行かず後を追います。
糸は既に切れてしまったようですが、女性はその感覚に何かを感じたのでしょう、素早くその場を立ち去りました。
「‥‥あぁ‥‥またやってしまった‥‥」
悲しげな呟きを漏らす女性。境内の裏、竹藪の中に、既に忘れ去られていたような小さな井戸があります。急いで後を追った熾姫はその直ぐ側で眉を寄せ、小さく啜り泣く女性を見つけます。
身形はしっかりとしていて、どこぞの女将らしき様子で、その井戸の所には小さく穴が掘られ、その中に中身に一切手を付けずにスリ取った財布を落として埋めようとします。
「っ!?」
ざっと距離を一気に詰めた熾姫が女性を捕まえると、女性は抗うでもなく大人しく捕らえられたのでした。
神社に連れ帰り事情を聞くと、女性は郊外にある小さな宿の女将で、幼い頃は孤児のために一時期スリをしていた時期があったようです。足を洗って既に長かったのですが、たまたま見かけたスリの様子に昔の血が騒いでしまい収まらなくなったようで、女性の言ったとおり、財布を埋めたところから、外にも複数の財布が見つかり、中身はそのまま手を付けられていなかったのでした。
●夜の境内
女性をとりあえず番所へと預けてから、一行は太猛から今夜襲撃の旨を記した文を読んで待ち構えていました。
「寒くてもじっと我慢の子だね‥‥!」
神社の関係者にも内緒で陰に隠れて息を殺しているのは夕。空にはカイルがぱたぱたと飛びながら辺りを警戒しています。
夕方から夜に書けて仮眠などを取ってそれぞれが万全に準備を整え待つと、ひっそりと静まりかえった深夜の境内に、微かに足音が聞こえてきました。
よく見ると、顔を手拭いで隠した男達が5人、境内へと入ってくると同じ頃、水茶屋の戸の一カ所が開かれ、びくびくとした様子で水茶屋の女将が辺りを見回します。
男達がお賽銭箱へと辿り着き、その手に握った鉈や金槌を振りかぶろうとしたときでした。
「どろぼー! どろぼー! みんな捕まえてー!」
「なっ、何事が‥‥うぎゃっ!」
悲鳴を上げて金槌を取り落とし倒れ込む男。見れば脛に深々と矢が刺さっています。
泥棒と叫んだのはカイル、矢を放ったのはインシグニアです。
「神の名において成敗だよ! ―――じゃ、みんな頑張ってネ」
戦闘に直接巻き込まれれば危険だからでしょう、上空に逃げるカイルに怒声を上げつつも形勢が不利と、矢が刺さった男を置いて逃げ出しかける男達ですが、振り向き様に打ち込まれる一撃にばったりと昏倒する遊び人風の男。
「悪いの、逃がさんのじゃよ」
そう言ってにっと笑う太猛に懐の獲物へと手を伸ばし辺りへと素早く目を向ける3人の男。
「そこまでですっ!」
カリンの凛とした声が響き、威嚇とばかりにインシグニアの矢が足下に刺さり、素早く矢をつがえ、逃げかける男の足下へとさらに打ち込むと、口惜しそうに地面へと獲物を投げ捨てます。
その様子を見て、慌てたように店の戸を閉じようとした水茶屋の女将ですが、素早く詰め寄った熾姫がそれを阻み、観念したように膝をつくのでした。
●目出度く解決
一網打尽にした男達と水茶屋の女将の関係は、昔少々関わり合いがあった女将が良いところに店を構えた男と一緒になったために、強請りで場所を提供させ、親類の所へ出歩いて留守にしがちな亭主には親戚と偽っていたそうです。
前の時に犯行を押さえられなかったのは、ひとえに至近距離の水茶屋に金を運び込み隠していたからでしょう。
スリを働いた女将の見たスリとは一味の遊び人の男。お金が帰ってきたことから、神社の方で刑を軽くしてくれるように頼んだそうで、スリを働いた女将の亭主も戻るまで待つと約束してくれたそうでした。
一味は吟味の末極刑になるでしょうが、強請られた水茶屋の女将は強請れれていた事もあり温情有る裁きが下りそうです。
「記念に、この装束を貰えないだろうか?」
「報酬の変わりに僕も欲しいな!」
世話になったお礼やお賽銭と称してお金を渡しているときに、インシグニアと熾姫が言う言葉に、構いませんよ、と巫女さんは、自分の新調していた巫女服を渡すのでした。